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エストロゲンのインスリン情報伝達経路を介した糖代謝促進作用植物エストロゲンでエストロゲン不足を補う

Keiko Morimoto

森本 恵子

奈良女子大学研究院生活環境科学系生活健康学領域

Published: 2019-01-20

現代日本では,食生活の洋風化や運動量の減少が肥満を誘発し,メタボリック症候群などの生活習慣病が問題となっている.疫学研究によると,女性は同年代の男性に比べてこれらの罹患率が低いが,閉経後には増加する.

女性ホルモンのエストロゲンとプロゲステロンは卵巣で産生・分泌される脂溶性のステロイドホルモンである.エストロゲンはエストロン,エストラジオール,エストリオールの総称で,生理作用はエストラジオールが最も強い.女性において,エストロゲンは子宮・乳腺に作用して生殖機能を支えるほか,多くの生殖器外作用,すなわち,エネルギー代謝,脂質代謝,骨代謝,血管機能,脳機能などを良好に維持する作用を有している.プロゲステロンの生殖器外作用についてはエストロゲンの作用を抑制するとの報告があるが,不明な点も多い.

女性は閉経を境に卵巣機能が急激に低下し,血中エストラジオール濃度は約55歳以降では同年代の男性よりも低値になる.この急激な内分泌環境の変化が更年期症状のみならず,肥満,メタボリック症候群,脂質異常症,高血圧症,骨粗鬆症などの発症に関与する.なお,男性においても,血中エストロゲンは早期卵胞期の女性とほぼ同程度の濃度を有しており,その約80%以上が精巣から,残りの約20%は副腎皮質から分泌され,年齢とともに漸減する.

エストロゲン受容体(estrogen receptor; ER)には主にα(ERα)およびβ(ERβ)があるが,これらに加えて,細胞膜上のGタンパク質共役型受容体30(GPR30)もエストロゲンと結合しその機能を発揮する.これらERα・βは主に核内受容体であり,標的とする遺伝子の転写を調節する転写調節因子として働く.

さて,ここで閉経後のエストロゲン減少と糖代謝の関係について取り上げたい.閉経後には,糖代謝に重要なホルモンであるインスリンの作用が低下するとの報告が多いが,年齢による変化や閉経後の肥満による2次的変化の可能性もあり,エストロゲンの減少がその原因かどうかは議論の余地がある(1)1) E. D. Szmuilowicz, C. A. Stuenkel & E. W. Seely: Nat. Rev. Endocrinol., 5, 553 (2009)..そこで,雌性のげっ歯類を用いて,両側卵巣摘出による閉経モデル動物を作成し,エストロゲンを慢性的に補充した群と非補充の対照群を比較する研究がその解明に役立つ.既存の研究によると,高脂肪食による食事誘発性肥満を生じた閉経モデル動物のインスリン感受性の低下がエストラジオール補充によって改善したとの報告が散見される(2)2) E. Riant, A. Waget, H. Cogo, J. F. Arnal, R. Burcelin & P. Gourdy: Endocrinology, 150, 2109 (2009)..最近のわれわれの研究では,卵巣摘出ラットへのエストロゲン補充はインスリン情報伝達の促進によってインスリン感受性を改善することが判明した(3)3) M. Kawakami, N. Yokota-Nakagi, M. Uji, K. Yoshida, S. Tazumi, A. Takamata, Y. Uchida & K. Morimoto: Am. J. Physiol. Endocrinol. Metab., in press (2018)..食後の血糖上昇に伴い膵臓β細胞より分泌されるインスリンは,骨格筋や肝臓,脂肪組織の各細胞膜に存在するインスリン受容体と結合することで血糖値の低下作用をもたらす.インスリンによる受容体の活性化は,Insulin receptor substrate-1(IRS-1),Phosphatidylinositol(PI)3-kinase, Protein kinase B(Akt)など,インスリン情報伝達を担うシグナル分子のリン酸化カスケードを活性化させる.最終的に,骨格筋線維や脂肪細胞ではGlucose transporter 4(GLUT4)が細胞質から細胞膜に移行してグルコース取り込みが増加し,血糖値が低下する.最近,AktアイソフォームのAkt2が骨格筋には多く発現しており,この下流のシグナル分子として新たに発見された分子量160 kDaのAkt基質(AS160)が,GLUT4の細胞膜移行を引き起こすと報告された(4)4) H. Sano, S. Kane, E. Sano, C. P. Mîinea, J. M. Asara, W. S. Lane, C. W. Garner & G. E. Lienhard: J. Biol. Chem., 278, 14599 (2003)..エストラジオールのインスリン感受性促進作用には,このAS160遺伝子発現増加および活性化が関与することをわれわれの研究グループは明らかにした(3)3) M. Kawakami, N. Yokota-Nakagi, M. Uji, K. Yoshida, S. Tazumi, A. Takamata, Y. Uchida & K. Morimoto: Am. J. Physiol. Endocrinol. Metab., in press (2018).

ホルモン補充療法(通常はエストロゲン・プロゲステロン製剤の合剤)は更年期症状に有効であるが,糖代謝への影響に関しては,軽度の耐糖能障害においてインスリン感受性を改善したとの報告がある一方,すでに糖代謝異常を有する女性では動脈硬化のリスクを高めるなどのデメリットも報告されている.したがって,エストロゲン不足を補う補完療法の一つとして植物エストロゲンに注目が集まっている.

植物エストロゲン(フィトエストロゲン:Phytoestrogens)は植物に含まれる非ステロイド性の化合物群であり,エストラジオールと構造が類似しているため,吸収後,体内でERに結合し,アゴニスト,場合によってはアンタゴニストとして作用する.主たる化合物にはイソフラボン類,リグナン類,クメスタン類がある.大豆やクローバーなどマメ科の植物に含まれるイソフラボン類のゲニスチンとダイジンは配糖体であり,摂取後に腸内細菌によってアグリコンのゲニステインやダイゼインとなって吸収される.ダイゼインの一部は日本人の50~60%が保有する腸内細菌によってERβ刺激作用のより強いエクオールに変換される.植物エストロゲンの生物活性は,その種類や濃度によって異なるものの,エストラジオールの数千分の1程度と言われ,非常にマイルドである.しかも,2006年開催の内閣府食品安全委員会では,食事に上乗せして安全に摂取できる特定保健用食品からの大豆イソフラボン上限値をアグリコン換算で30 mgとした.

植物エストロゲンの糖代謝への影響であるが,50人の閉経後女性の無作為プラセボ対照試験により,24週間のゲニステイン投与(54 mg/日)は非投与群に比べ,安静レベルの血糖値やインスリンレベルを低下させ,インスリン感受性を高めただけでなく,HDLコレステロール増加にも寄与したとの報告(5)5) P. Villa, B. Costantini, R. Suriano, C. Perri, F. Macrì, L. Ricciardi, S. Panunzi & A. Lanzone: J. Clin. Endocrinol. Metab., 94, 552 (2009).がある.また,遺伝的に運動能力の低い雌性ラットを用いた研究では,卵巣摘出後のインスリン抵抗性と体脂肪の増加が大豆の多い餌によって改善した(6)6) T. L. Cross, T. M. Zidon, R. J. Welly, Y. M. Park, S. L. Britton, L. G. Koch, G. E. Rottinghaus, M. R. C. de Godoy, J. Padilla, K. S. Swanson et al.: Sci. Rep., 23, 9261 (2017).

このように植物エストロゲンは,閉経後女性の糖代謝障害のリスクを抑える補完的アプローチとして有効である可能性が高い.一方,中高年男性においてもERアゴニストとしての作用は糖代謝改善や動脈硬化予防にも効果をもたらす可能性があり,天然の植物やサプリメントとして日常生活に取り入れることにより健康寿命を延ばすことが期待できる.

Reference

1) E. D. Szmuilowicz, C. A. Stuenkel & E. W. Seely: Nat. Rev. Endocrinol., 5, 553 (2009).

2) E. Riant, A. Waget, H. Cogo, J. F. Arnal, R. Burcelin & P. Gourdy: Endocrinology, 150, 2109 (2009).

3) M. Kawakami, N. Yokota-Nakagi, M. Uji, K. Yoshida, S. Tazumi, A. Takamata, Y. Uchida & K. Morimoto: Am. J. Physiol. Endocrinol. Metab., in press (2018).

4) H. Sano, S. Kane, E. Sano, C. P. Mîinea, J. M. Asara, W. S. Lane, C. W. Garner & G. E. Lienhard: J. Biol. Chem., 278, 14599 (2003).

5) P. Villa, B. Costantini, R. Suriano, C. Perri, F. Macrì, L. Ricciardi, S. Panunzi & A. Lanzone: J. Clin. Endocrinol. Metab., 94, 552 (2009).

6) T. L. Cross, T. M. Zidon, R. J. Welly, Y. M. Park, S. L. Britton, L. G. Koch, G. E. Rottinghaus, M. R. C. de Godoy, J. Padilla, K. S. Swanson et al.: Sci. Rep., 23, 9261 (2017).