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プロテアーゼを利用した構造タンパク質モチーフの化学合成簡便かつグリーンなポリペプチド合成法

Kousuke Tsuchiya

土屋 康佑

理化学研究所環境資源科学研究センターバイオ高分子研究チーム

Keiji Numata

沼田 圭司

理化学研究所環境資源科学研究センターバイオ高分子研究チーム

Published: 2019-01-20

クモの糸は一見同じに見えるが,実際には数種類の異なるクモ糸が存在しており,クモは用途に合わせて使い分けていることをご存知だろうか.クモ糸の構成要素であるクモ糸タンパク質(スピドロイン)のアミノ酸配列はクモの種やクモ糸の用途によって異なっており,これがクモ糸の物性に多様性を生み出している(1)1) A. D. Maley, K. Arakawa & K. Numata: PLOS ONE, 12, e0183397 (2017)..特に,牽引糸と呼ばれるクモの巣の縦糸に相当するクモ糸は高い力学的物性を示すことで知られ,高強度ポリマーに匹敵する高強度(>1.6 GPa)と伸びやすい性質を兼ね備えた高タフネス性(>180 MJ/m3)を示す素材である.

家蚕のように天然のクモ糸を養殖によって大量に集めることは極めて難しく,素材利用に向けて人工クモ糸を合成する試みが中心となっている.大腸菌などの遺伝子組み換え生物を利用したバイオ合成によって部分的配列をもった人工クモ糸タンパク質の合成が一般的ではあるが,安価な化学的手法で同様の構造・特性をもったポリペプチドを合成できれば実用的な応用に向けたスケールアップとコストダウンにつながる.われわれは天然のタンパク質を模倣した人工ポリペプチド材料を化学的に合成する手法として,タンパク質加水分解酵素(プロテアーゼ)を利用した化学酵素重合法に着目してきた(2)2) K. Tsuchiya & K. Numata: Macromol. Biosci., 17, 1700177 (2017)..本稿では,この手法により天然タンパク質の物性を担う特異的なペプチドモチーフを作り出し,これらを組み合わせることによって構造タンパク質の一次構造に類似した人工ポリペプチド材料を合成する戦略について概説する.

実際のクモ糸タンパク質のアミノ酸配列を見てみると,CおよびN末端ドメインの間に高度に繰り返された特異的な配列からなるドメインをもっている.ポリアラニン配列がグリシンを多く含む配列の中で周期的に現れる特徴的なドメインであり,非晶性マトリックスの中でポリアラニンによるβシート結晶がクモ糸の繊維軸方向へ配向した構造を形成し,クモ糸に高強度を付与する.そこで,重要なポリペプチドモチーフとしてポリアラニンおよびグリシンとロイシンの共重合ポリペプチドを選択し,プロテアーゼとしてパパインを用いた化学酵素重合により合成した(3)3) K. Tsuchiya & K. Numata: ACS Macro Lett., 6, 103 (2017).図1図1■クモ糸タンパク質の繰り返し配列から抽出したペプチドモチーフを有するマルチブロックポリペプチドの合成).合成はリン酸などのバッファー水溶液中でパパインとアミノ酸エステルモノマーを混合し,至適温度下で撹拌するというシンプルかつ簡便なものであり,重合の進行とともに目的のポリペプチドが沈殿として得られる.実際に合成したポリアラニンはクモ糸と同様の逆平行βシート構造を形成し,別途バイオ合成したクモ糸タンパク質のフィルムへ添加すると強度が向上することがわかった(4)4) K. Tsuchiya, T. Ishii, H. Masunaga & K. Numata: Sci. Rep., 8, 3654 (2018)..この事実は,結晶性配列がマクロな材料物性を支配する重要なモチーフであることを示唆する.さらに,合成したポリペプチドモチーフを縮合反応によりつなぎ合わせることで,クモ糸タンパク質に類似した一次構造をもつマルチブロックポリペプチドを合成した.合成の際の仕込み比によって結晶性モチーフであるポリアラニンの含有量を調節することが可能であり,ポリアラニン含有量が天然のクモ糸に近い組成のときにミクロフィブリル構造を形成することが明らかとなった.

図1■クモ糸タンパク質の繰り返し配列から抽出したペプチドモチーフを有するマルチブロックポリペプチドの合成

実際のタンパク質モチーフはほとんどが極めて複雑かつ精巧なアミノ酸配列をもち,固相合成のような逐次的な合成でなければ完全に模倣することは困難である.われわれは,ジペプチドやトリペプチドをモノマーとして利用した化学酵素重合により,ある程度複雑な配列をもったポリペプチドモチーフを合成する手法を見いだした(5, 6)5) K. Tsuchiya & K. Numata: Chem. Commun. (Camb.), 6, 103 (2017).6) P. G. Gudeangadi, K. Tsuchiya, T. Sakai & K. Numata: Polym. Chem., 9, 2336 (2018)..アミノ酸数残基が繰り返される配列はコラーゲン(GXY)やエラスチン(VPGVG)などの構造タンパク質に多く含まれており,これらのタンパク質を模倣するための極めて有効な合成法となる.エラスチンは周期的に存在するVPGVG配列により規則的な自己集合体を形成することで知られる.そこで,化学酵素重合によりVPGトリペプチドおよびVGジペプチドモノマーを共重合することによりエラスチン模倣ポリペプチドを合成した(図2図2■化学酵素重合によるエラスチンの一次構造を模倣したポリペプチドの合成).得られたポリペプチドはエラスチンの可溶性前駆体(トロポエラスチン)と同様の性質として,温度依存性のある二次構造転移を示すことがわかった.

図2■化学酵素重合によるエラスチンの一次構造を模倣したポリペプチドの合成

以上のように,化学酵素重合を利用した天然の構造タンパク質を模倣した人工ポリペプチド材料の開発に向けて,類似した一次構造を作り上げることで天然と同様の高次構造や物性を模倣できることを示してきた.本手法で得られるポリペプチドには配列や分子量にまだまだ制限があり,さらなる合成手法の改良に取り組んでいきたい.

Reference

1) A. D. Maley, K. Arakawa & K. Numata: PLOS ONE, 12, e0183397 (2017).

2) K. Tsuchiya & K. Numata: Macromol. Biosci., 17, 1700177 (2017).

3) K. Tsuchiya & K. Numata: ACS Macro Lett., 6, 103 (2017).

4) K. Tsuchiya, T. Ishii, H. Masunaga & K. Numata: Sci. Rep., 8, 3654 (2018).

5) K. Tsuchiya & K. Numata: Chem. Commun. (Camb.), 6, 103 (2017).

6) P. G. Gudeangadi, K. Tsuchiya, T. Sakai & K. Numata: Polym. Chem., 9, 2336 (2018).