Kagaku to Seibutsu 57(2): 78-79 (2019)
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近紫外から近赤外の光を用いた食品の非破壊評価身近な光による食品の「おいしさ」評価
Published: 2019-01-20
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
私たちが口にする食品は色にあふれており,私たちは無意識のうちに色を見て食品の評価をしている.真っ赤なトマトは味が濃く栄養価が高そうだし,白いチーズはフレッシュなイメージ,黄色味が強いチーズは熟成が進んでそうである.私の2歳の娘のなかでも,緑の野菜=苦いという評価軸がすでにできている.
人間の目が認識できる光は400~800 nm程度の波長をもった「可視光」と呼ばれる光であり,上記のような人間の目による評価はこの波長範囲で光を吸収する化学成分に対して行っている.もちろん,可視光を吸収しない化学成分はたくさん存在し,たとえば糖は私たちの目には白あるいは透明なので糖液の濃度は目視では判断できない.このような私たちの目には見えない波長の光を計測したり,目視による評価よりも定量的な分析をしたりするためには,機械を使った分光分析が有効である.ここでは可視光とそれに近い波長をもつ近紫外(波長が約200~400 nm)および近赤外(約800~2,500 nm)の光を用いた食品の非破壊評価について解説したい.
まず,「非破壊」という点であるが,これは計測を行った後もその食品を人間が食べられることを目指している.つまり溶媒による抽出などをせず,固形の食品は固体の状態のままで,果皮が存在する青果物は基本的に果皮のうえから計測を行う.このような非破壊計測は短時間(コンマ数秒から数分)で行うことができ,抽出技術の習得や廃液処理が不要であるなどさまざまなメリットがある.一方,光の「散乱」や「反射」など計測対象の物理構造による影響,および光の透過深度を考慮する必要がある.
光の散乱という現象は,割ったばかりの卵の白身とそれを泡立てた状態を比較するとよくわかる.卵白はそのままではほぼ透明で僅かに黄色がかった色をしているが,泡立てると真っ白で不透明な状態になる.この2つの状態の間では化学成分に違いはないが,泡立てた状態では卵白と空気の境界が多数存在するため,その境界で光が散乱されて白く不透明に見える.人間の目で違いが存在するということは機械で測定しても違いが出てくるということであり,同じ成分なのに測定値は変わってきてしまう.これは極端な例であるが,固体や不透明な液体を計測する際は測定対象の物理的な構造が測定値に影響を与えるため,吸収ピークの大きさ=成分の量という単純な式が成立しない.そのため成分の定量分析には,化学成分の量とスペクトルの形状を結びつけるための計算(Chemometrics,ケモメトリックス)が必要になる.
もう一つ考慮が必要な点は光の透過深度である.たとえば果物の糖度を調べたい場合,測定に使う光は表皮を通過し果肉に達する必要がある.光が透過するということは,可視光の場合は「透明」に見えるということであるが,このような果皮はほとんど存在しない.一方,可視光よりも波長が長い近赤外光は「生体の窓」と呼ばれており,透過性に優れていることが特長の一つである(1)1) 尾崎幸洋:“近赤外分光法”,講談社,2015, p. 8..そのため,図1図1■果実の内部情報(糖度など)を測定するための装置に示すように光を照射した位置とは別の位置で測定を行い,照射光と透過光を比較することで果実内部の情報を得ることができる.
波長によって異なるのは透過深度だけではない.光の波長の違いはエネルギーの違いであり,近紫外から可視領域の光は電子励起のエネルギーに,近赤外領域は分子振動のエネルギーに対応するため,計測で得られる情報はこれに準ずる.具体的には,近紫外から可視領域の光ではπ結合が連なる分子や芳香環をもつ分子による吸収が計測され(2)2) T. Owen: “Fundamentals of Modern UV-Visible Spectroscopy: A Primer”, Hewlett-Packard, 1996.,近赤外では主に水素原子を含む官能基(OH, NH, CHなど)による吸収が観察される(1)1) 尾崎幸洋:“近赤外分光法”,講談社,2015, p. 8..また,芳香環をもつ分子は一度吸収した光の一部が再度放出される「蛍光」という現象を示すものが多く,吸収した光の波長(励起波長)と放出された蛍光の波長を組み合わせた蛍光指紋を計測することで成分の分析が可能である(3)3) 粉川美踏,蔦瑞樹,杉山純一:食品と開発,50,7 (2015)..
さて,食品の「おいしさ」にはさまざまな成分がかかわっており,個々の成分の量だけでなくバランスも重要である.特に食品の熟成や発酵など経時変化を伴うプロセスではさまざまな成分が変化し,私たちは五感でその変化を評価している.たとえば,チーズが熟成するプロセスでは,乳に含まれているカゼインタンパクが分解されて遊離アミノ酸となり,乳脂肪が分解して遊離脂肪酸になると同時に脂質の酸化が進む.さらに遊離アミノ酸と還元糖による非酵素反応により黄色っぽいメイラード化合物が生成する(4)4) P. L. H. McSweeney: Int. J. Dairy Technol., 57, 127 (2004)..また,熟成の方法によっては水分量やpHの変化も起こる.以上に挙げた現象のうち,遊離アミノ酸の一部は近紫外領域での吸収や蛍光,脂質酸化物やメイラード化合物は可視領域での吸収や蛍光,水やpH変化は近赤外領域での吸収に変化が見られる.
このような複雑な変化を機械計測で捉えようとする場合,複数の波長領域での計測を組み合わせることが有効であると考えている.実際,すでに可視–近赤外と中赤外分光を組み合わせてチーズを計測した例(5)5) R. Karoui, A. M. Mouazen, E. Dufour, R. Schoonheydt & J. De Baerdemaeker: Eur. Food Res. Technol., 223, 363 (2006).や中赤外とラマン分光を組み合わせて酒を計測した例(6)6) Z. Wu, E. Xu, J. Long, X. Pan, X. Xu, Z. Jin & A. Jiao: Food Chem., 194, 671 (2016).が報告されている.しかし,異なる装置で計測したデータを統合する方法や,捉えようとしている現象とは関係ない情報を除去する計算手法はまだ十分に開発されているとはいえない.
食品の計測をにおける究極的な目標は,人間が感じる「おいしさ」を捉えることだと筆者は考えている.そうであるならば,特定の成分の定量を目的とした計測ではなく,複数の成分のバランスや物理構造なども含めた総合的な特性把握を目指した計測を行うべきであり,上記で提案した複数の波長領域での計測データの統合はその一歩になる可能性がある.
Reference
1) 尾崎幸洋:“近赤外分光法”,講談社,2015, p. 8.
2) T. Owen: “Fundamentals of Modern UV-Visible Spectroscopy: A Primer”, Hewlett-Packard, 1996.
3) 粉川美踏,蔦瑞樹,杉山純一:食品と開発,50,7 (2015).
4) P. L. H. McSweeney: Int. J. Dairy Technol., 57, 127 (2004).
6) Z. Wu, E. Xu, J. Long, X. Pan, X. Xu, Z. Jin & A. Jiao: Food Chem., 194, 671 (2016).