Kagaku to Seibutsu 57(2): 80-87 (2019)
解説
オーキシン応答の自在操作を実現する人工ホルモン・受容体ペアの創成植物ホルモン応答の自在操作に向けた新展開
Synthetic Pair of Modified Auxin and Its Receptor for Freehand Manipulation of Auxin Responses: New Approach for Freehand Manipulation of Plant Hormone Responses
Published: 2019-01-20
植物ホルモンは,植物の一生のさまざまな局面でその生理機能を精密に制御する化合物である.しかし,各々のホルモンは植物体内の部位ごとに多彩な作用を発揮するため,着目する作用だけを狙って誘導することが難しく,植物ホルモン研究やその応用における大きな壁となってきた.もし植物ホルモン応答の精密操作法が確立できれば,ホルモン応答の仕組みをより深く理解するだけでなく,農業園芸分野へのこれまで以上の応用展開も期待できる.最近われわれは代表的な植物ホルモンであるオーキシンの応答の自在操作を可能にする画期的な手法を開発した.そこで,その開発の基となった凸凹法の紹介とともに,本手法の開発経緯や展望について解説する.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
植物ホルモンは植物の生活環全般を通して自身の成長を調節し,植物体内外の環境変化に対する応答を仲介する低分子化合物である.オーキシン,ジベレリン,サイトカイニン,エチレン,アブシシン酸,ブラシノステロイド,ジャスモン酸,サリチル酸,ストリゴラクトンが主要な植物ホルモンとして知られており,多種多様なペプチドやフロリゲンなどのタンパク質も植物ホルモン様の作用を示すことが明らかとなってきた.これら植物ホルモンの多くは細胞間で輸送され,作用部位の細胞に存在する受容体に結合することによって細胞内シグナル伝達を駆動し,最終的に生理反応を誘導する.このような一連の植物ホルモン応答を人為的に操作する技術は,植物ホルモンが関与する生理現象を解明するうえで重要な基礎研究の手法であるとともに,個々の植物ホルモンの特性を活かして農業や園芸の分野でも広く応用されている.
植物ホルモン応答を自在に操作するにはどのようにすればよいだろうか.まず思いつくのは,植物ホルモンそのものやホルモンと同等の作用をもつ類縁化合物(アゴニスト)を植物体に処理することにより植物ホルモン応答を誘起することであろう.逆にホルモンに拮抗するアンタゴニスト作用を示す類縁化合物の処理はホルモン応答の抑制につながる.さらに,植物ホルモンの生合成や代謝(不活化)の過程を制御する化合物や植物ホルモンの細胞間輸送を制御する化合物にも効果が見込まれる.しかしながら,植物ホルモンは一般に個体内のさまざまな組織や細胞でそれぞれ多彩な生理反応を誘導することが知られているため,植物体への化合物処理は多くの反応を同時多発的に引き起こす恐れもある.そのため,化合物処理を行う植物体の部位や時期,処理濃度などを厳密に管理することが求められるが,目的に応じた適切な処理条件・方法を設定することが難しい場合も多い.一方,植物ホルモンの生合成,代謝,輸送,シグナル伝達に関与するタンパク質の機能にかかわる遺伝子を改変することも考えられるが,遺伝子レベルでの改変を行うと,個体発生の初期段階からその改変の効果が現れるため,植物ホルモン応答を操作するタイミングを調節することは難しくなる.本稿では,これらの困難の打開に向け,植物ホルモン応答のうち,オーキシン応答の自在操作を実現するための人工化合物とそれを受容する受容体のペアを創成した例を紹介する(1)1) N. Uchida, K. Takahashi, R. Iwasaki, R. Yamada, M. Yoshimura, T. A. Endo, S. Kimura, H. Zhang, M. Nomoto, Y. Tada et al.: Nat. Chem. Biol., 14, 299 (2018)..
オーキシンは最初に発見された植物ホルモンであり,胚発生,細胞増殖,細胞伸長,維管束の分化・形成,側根形成などのさまざまな発生過程や,光屈性,重力屈性,避陰反応のような多様な環境応答など非常に多彩な生理現象に関与する.オーキシン研究の歴史を振り返ってみると,その嚆矢は進化論で有名なCharles Darwinが1880年に発表した「The Power of movement in Plants」であると言えよう.彼はイネ科植物の芽生えの光屈性現象の実験・観察から,芽生え(幼葉鞘)の先端で生じた「何らかの影響(some influence)」が基部方向へ移動し,幼葉鞘の陰側が光照射側よりも早く生長することにより屈曲が引き起こされると報告した.その後,Boysen–Jensenによってこの「何らかの影響」は「物質」であることが示唆され(1911年),さらにWentによって確立された生物検定試験(アベナ屈曲試験)によってその「物質」の定量が可能となる(1928年).このように,詳細は書ききれないが多くの植物生理学者によってその「物質」は成長促進物質であることが示された.その後,有機化学者のKöglとHaagen-Smitはこの検定法を用いて成長を促進する物質を人尿から単離し,オーキシン(auxin)と名づけた.ギリシア語の「増加」や「成長」を意味するauxeinにちなんでいる.Köglらは大量の人尿から得られた成長促進物質がインドール-3-酢酸(IAA)であると同定し(1934年),さらにHaagen-Smitらがコーンミール(1941年),トウモロコシの未熟種子(1946年)からIAAを単離することで植物組織にIAAが存在することを明らかとした.その後,さまざまな植物組織からIAAが見いだされ,今日ではIAAが最も代表的な天然オーキシンであることがわかっている.
天然オーキシンがIAAであると証明された時期に前後して,オーキシンの農業利用への道が早くも切り拓かれている.1934年にはオーキシンが挿し木発根を促進することが報告された.その翌年には化学合成されたナフタレン酢酸(1-NAA)や塩素化フェノキシ酢酸類(2,4-Dや2,4,5-Tなど)が非常に高いオーキシン活性を有していることが発見され,その後の数年間で合成オーキシンの除草剤としての利用価値が見いだされた.今日でもオーキシンは生理活性物質として挿し木発根や単為結果などを目的に農業利用されており,1-NAAや2,4-Dを含め多くのオーキシン関連化合物が除草剤や植物成長促進剤として利用されている.
1990年代以降,モデル植物の一つであるシロイヌナズナを用いた分子遺伝学的研究が広く展開されるようになり,オーキシンの生合成,代謝,輸送,シグナル伝達に関与するタンパク質も多数同定されてきた.これらのタンパク質の生化学的解析などにより,オーキシンの受容とシグナル伝達のメカニズムの全貌も明らかとなりつつある.
オーキシンの細胞内シグナル伝達は,ユビキチン-プロテアソーム経路が中心的な役割を果たしており,その過程でE3ユビキチンリガーゼとして機能するSCF(Skp1/Cullin/F-box)複合体のサブユニットであるF-ボックスタンパク質(TIR1)がオーキシン受容体として働く(2)2) 浅見忠男,柿本辰男編:“新しい植物ホルモンの科学 第3版”,講談社,2016, p. 4.(図1図1■オーキシン受容とシグナル伝達).オーキシン応答遺伝子群の発現にはそれらの遺伝子群の転写制御因子として働くARFが深くかかわるが,オーキシン非存在下ではARFの活性を阻害するAUX/IAAタンパク質がARFと結合しており,オーキシン応答は不活性化されている.しかし,オーキシンがTIR1に結合すると,オーキシン分子があたかも接着剤のような働きをしてTIR1とAUX/IAAタンパク質が複合体を形成し,ユビキチン–プロテアソーム経路を介してAUX/IAAが分解へと導かれる.その結果,ARFの転写調節機能が昂進され,オーキシン応答遺伝子の転写促進(もしくは場合によっては転写抑制)に至る.このように,受容体TIR1とAUX/IAAを介したシグナル伝達は,遺伝子発現調節を経てオーキシンによる生理応答を引き起こすと考えられている.シロイヌナズナにはTIR1に相同性が高くオーキシン受容体として働くタンパク質がほかに5個(AFB1 [AUXIN SIGNALING F-BOX 1], AFB2, AFB3, AFB4, AFB5)存在するだけでなく,29個のAUX/IAAタンパク質,23個のARFが存在する(2)2) 浅見忠男,柿本辰男編:“新しい植物ホルモンの科学 第3版”,講談社,2016, p. 4..これらの多様な組み合わせにより,多彩なオーキシン生理応答が調節されていると考えられる.
TIR1, Transport inhibitor response1 (F-box protein); AUX/IAA, Auxin/indole-3-acetic acid; ARF, Auxin response factor; E2, E2リガーゼ;RBX1, RING-box protein1; Ub, ユビキチン
オーキシンが引き起こす多彩な生理応答のなかで,幼葉鞘や胚軸の伸長誘導は最も古くから知られた現象であり,特にオーキシン誘導性伸長の初期過程は「酸成長説」として説明されている(3)3) A. Hager: J. Plant Res., 116, 483 (2003).(図2図2■オーキシン誘導性胚軸伸長(酸成長)のモデル).オーキシンが何らかの経路を介して細胞膜H+-ATPaseを刺激してプロトンを細胞から放出することで細胞壁を酸性化し,エクスパンシンなどの細胞壁機能タンパク質の働きによって細胞壁伸展性を増大させるという説である.また,細胞膜H+-ATPaseの機能昂進は細胞膜の過分極も誘導し,内向き整流性のカリウムチャネルを活性化してカリウムイオンを細胞内に取り込み,細胞内外の溶質濃度差と細胞壁伸展性の増大によって生じた水ポテンシャル勾配にしたがって水が細胞内に流入することで細胞体積が増大することで,組織の伸長が起こる.酸成長は,オーキシン添加後10~20分以内に観察される早い反応であるため,この過程に遺伝子発現調節を介したシグナル伝達が関与しているかどうかは長らく疑問であった.遺伝子発現調節を介さない(すなわち,上述のTIR1を介さないかもしれない)オーキシンシグナル伝達の受容体候補の一つが,1980年代にトウモロコシの細胞膜画分から生化学的に単離精製されたオーキシン結合タンパク質1(ABP1)である(4)4) M. Löbler & D. Klämbt: J. Biol. Chem., 260, 9848 (1985)..ABP1は細胞外もしくは細胞膜上でオーキシンを受容し,細胞内にシグナルを伝達すると考えられた.1990年代にABP1が細胞体積増大を制御することを示唆する報告も提出されたが(5)5) A. M. Jones, K. H. Im, M. A. Savka, M. J. Wu, N. G. DeWitt, R. Shillito & A. N. Binns: Science, 282, 1114 (1998).,下流のシグナル伝達機構は解明されておらず,ABP1の役割はその後も不明確なままである.
転写調節を介さないオーキシンシグナル伝達経路があるとすれば,その受容体の分子実体は何であるのか.ABP1か,それ以外の因子であるのか.あるいは,酸成長のような早いオーキシン反応もTIR1が仲介しているのか.TIR1とAFB因子群の多重変異体は極端な矮性を示すため酸成長の生理学的な解析には向いておらず,ABP1のノックアウト変異体は胚性致死であるとされていた(なお,2015年に新たに作成されたABP1のノックアウト変異体は実は胚性致死ではないことが報告され,従来のABP1変異体を用いた解析結果は再考を余儀なくされている(6, 7)6) X. Dai, Y. Zhang, D. Zhang, J. Chen, X. Gao, M. Estelle & Y. Zhao: Nat. Plants, 1, 15183 (2015).7) Y. Gao, Y. Zhang, D. Zhang, X. Dai, M. Estelle & Y. Zhao: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 2275 (2015).).このような状況の下,酸成長を仲介するオーキシン受容体の同定はオーキシンの研究分野における長年の課題として残されたままとなっていた.
ABP1とTIR1のX線結晶構造はそれぞれ2002年と2007年に解かれており,オーキシンの結合様式は明らかとなっていた(8, 9)8) E. J. Woo, J. Marshall, J. Bauly, J. G. Chen, M. Venis, R. M. Napier & R. W. Pickersgill: EMBO J., 21, 2877 (2002).9) X. Tan, L. I. Calderon-Villalobos, M. Sharon, C. Zheng, C. V. Robinson, M. Estelle & N. Zheng: Nature, 446, 640 (2007)..これらの情報に基づいてTIR1やABP1にそれぞれ特異的に結合するオーキシン類縁体を分子設計し,それぞれに特異的なオーキシン応答を観察することは,ABP1とTIR1のかかわる生理作用を解析する有効な手段になると考えられる.実際,TIR1のアンタゴニスト(Auxinol, PEO-IAAなど)が設計・合成され,TIR1を介したオーキシン応答の重要な研究ツールとして広く用いられている(10)10) 林 謙一郎,野崎 浩:化学と生物,50, 876 (2012)..しかしながら,未知のオーキシン受容体の存在を否定できないため,これら人工合成したオーキシン類縁化合物が未知の受容体に作用し効果を発揮している可能性を否定することもできない.このような問題に解決の光を当てたのが,以下に説明する,凸凹法によるオーキシン応答操作法の開発である.
特定のタンパク質機能の自在な操作を行いたい場合の代表的な手法の一つに凸凹法(bump and hole approach)が挙げられる(11)11) K. Islam: Cell Chem. Biol. 18, 1171 (2018)..この手法は,タンパク質が機能を発揮するにあたり低分子化合物を補助因子として用いる場合にとりわけ有効な手法である.まず,その先駆けとなった分りやすい例として,ATP依存性タンパク質リン酸化酵素(キナーゼ)で用いられたケースを説明する.細胞内では数千にも及ぶさまざまなキナーゼ群がATPのリン酸をそれぞれに特異的な基質に転移させる酵素活性を発揮する.この際に,各キナーゼの特異的な基質を見つけるのは一筋縄ではいかない作業であった.しかし,凸凹法を用いることで,この困難を乗り越える方法が提案された(12)12) K. Shah, Y. Liu, C. Deirmengian & K. M. Shokat: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 3565 (1997).(図3図3■凸凹戦略によるキナーゼ活性の操作例).キナーゼはその活性中心に,基質に転移させるリン酸の供給源となるATPを結合するポケットをもつ(図3図3■凸凹戦略によるキナーゼ活性の操作例上).ここで,ATPのアデノシン部分にかさ張る修飾を導入した改変ATPを準備すると(飛び出た部分をもつことからこの分子をここでは凸ATPと呼ぶ),凸ATPはキナーゼのATP結合ポケットにはうまくフィットできないので,細胞内に存在するさまざまなキナーゼは凸ATPを用いて基質のリン酸化反応を進めることはできない.しかし,自身の着目するキナーゼのATP結合ポケットに凸ATPの突起に合わせた形で「くぼみ」をもたせるように,ちょうど良い位置のアミノ酸をより側鎖のサイズの小さいアミノ酸に変える変異を導入した変異型キナーゼを準備すると(これを凹キナーゼと呼ぶ),凸ATPは凹キナーゼにうまくフィットし,そのキナーゼの特異的基質のリン酸化反応を進めることが可能になる.この方法論を用いると,狙ったキナーゼを凹キナーゼに改変したのち,γ位のリンをラジオアイソトープ標識した凸ATPを添加することで,その凹キナーゼの基質のみがリン酸化され,転移した放射活性を指標にその基質を特異的に検出することが可能になる(図3図3■凸凹戦略によるキナーゼ活性の操作例下).実際に,このアイデアやそのさらなる改良法が多くのキナーゼに対して使われており,さまざまなキナーゼの基質同定にも役立っている.本稿での説明は省略するが,凸凹法はキナーゼのほかにも,さまざまな酵素やクロマチン制御因子などにも用いられている.凸凹法の歴史,適用範囲の拡大,方法論のさらなる展開については,Islamが詳しく説明した総説を発表しているので,それを参照いただきたい(11)11) K. Islam: Cell Chem. Biol. 18, 1171 (2018)..
凸凹法に似た手法を植物のホルモン経路に用いた例としては,アブシシン酸(abscisic acid; ABA)の受容体のPYR1を改変した報告が挙げられる(13)13) S. Y. Park, F. C. Peterson, A. Mosquna, J. Yao, B. F. Volkman & S. R. Cutler: Nature, 520, 545 (2015)..このケースでは,PYR1のABA結合ポケットを構成するアミノ酸のうち6個に変異を導入することにより,病原菌に対する殺菌効果をもつ農薬マンジプロパミドを受容する改変型PYR1を作り出すことに成功した.この改変型PYR1を発現させた植物にマンジプロパミドを添加すると,通常の植物にABAを作用させた場合と同じ作用が現れたことから,マンジプロパミドを受容した改変型PYR1は通常どおりのABA経路を活性化することがわかる.このケースで特筆すべき点は,マンジプロパミドはそもそもABAとは構造が大きく異なる物質であり,ABAシグナル経路とは本来関係がない化合物である点である.すなわち,このケースでは,6個もの変異を導入することで,そもそも関係のない物質を受容するポケットをもつ受容体を作り上げたことになる.一方で,このPYR1の例と比べてよりシンプルな手法と言える凸凹法によって植物ホルモン経路を活性化できる受容体を作った報告はなかった.そこで,われわれはオーキシン経路の自在操作を目指すにあたり,凸凹法のアイデアに沿ってオーキシン受容体の一つであるTIR1タンパク質を改変することにした.
シロイヌナズナのオーキシン受容体の一つであるTIR1タンパク質と,内在性のオーキシン分子であるIAA(インドール酢酸:図4図4■凸凹戦略による人工オーキシン・受容体ペアのデザイン左上)の複合体のX線結晶構造は上述したように既に報告されていた(9)9) X. Tan, L. I. Calderon-Villalobos, M. Sharon, C. Zheng, C. V. Robinson, M. Estelle & N. Zheng: Nature, 446, 640 (2007)..そこで,そのTIR1のオーキシン結合ポケットの構造情報(図4図4■凸凹戦略による人工オーキシン・受容体ペアのデザイン左)をもとに,内因性のTIR1には結合しない人工化合物(植物に何の作用も発揮しないと期待)と,内因性のIAAには結合しないもののその人工化合物には結合できる改変TIR1のデザインを試みた(1)1) N. Uchida, K. Takahashi, R. Iwasaki, R. Yamada, M. Yoshimura, T. A. Endo, S. Kimura, H. Zhang, M. Nomoto, Y. Tada et al.: Nat. Chem. Biol., 14, 299 (2018)..まず,野生型TIR1の79番目のフェニルアラニン残基(F79)の芳香環がIAAのインドール環のすぐ横に位置していることに注目した(図4図4■凸凹戦略による人工オーキシン・受容体ペアのデザイン左).この大きな側鎖芳香環をもつF79から側鎖をもたない小さいグリシン(G)に置換すると(F79G変異),オーキシン結合ポケットが大きくなりすぎるためにIAAがポケットにうまくフィットできなくなると考えた.すなわち,このF79G改変型TIR1(凹受容体)は内因性のオーキシンに応答しないと期待した.次に,この凹受容体のポケットにフィットする人工化合物のデザインを行った.この際には,IAAのインドール環の5位の位置(図4図4■凸凹戦略による人工オーキシン・受容体ペアのデザイン左)に芳香環を導入すれば,凹受容体のオーキシン結合ポケットにフィットする化合物になると考えた(図4図4■凸凹戦略による人工オーキシン・受容体ペアのデザイン右).言い換えると,そもそも野生型TIR1のF79の芳香環をIAA側に移したような形になる.この芳香環を付加したIAA改変化合物を凸オーキシンと呼ぶことにする.この凸オーキシンは,付加した芳香環部分が野生型TIR1のF79とは立体的に干渉すると推定し,野生型TIR1のオーキシン結合ポケットには収まらないと考えた.すなわち,凸オーキシンは野生型の植物に対してはオーキシン活性を発揮しないと期待できる.
このデザインに基づき,想定どおりの作用を示す凸オーキシン候補として,少しずつ違いのある官能基を付加した改変型IAAを7種類合成し,これらの化合物の中から期待どおりの働きをする化合物を選抜することにした.野生型TIR1と凹受容体に対するそれぞれの化合物の結合能力を,酵母2ハイブリッド法,ならびに,組換えタンパク質を用いたin vitro結合アッセイにより検証した結果,図4図4■凸凹戦略による人工オーキシン・受容体ペアのデザイン右上に記した5-(2-MeOPh)-IAAが最も理想的な作用を示した.すなわち,この凸オーキシンは,内因性の野生型TIR1との結合能力は劇的に低下しているが,凹受容体とは相互作用することができた.一方で,凹受容体は内因性のIAAには全く結合活性を示さなかった.これらの結果から,この凹受容体と凸オーキシンのペアは,内因性のオーキシン・受容体ペアに干渉することなく人工的にオーキシンシグナルを惹起させるツールになりうると考えられた.
この凹受容体・凸オーキシンのペアが植物体を用いた実験でも想定どおりに働くのかを調べるために,凹受容体を全身で発現している形質転換シロイヌナズナ(凹受容体発現植物)を作成し,検証実験を行った.まず,野生型植物を凸オーキシンで処理した場合にはオーキシン応答は誘導されなかった.しかし,凹受容体発現植物に対して凸オーキシンの処理を施すと,根の伸長阻害,植物の矮小化,側根(根の枝分かれ)の発生促進など,野生型植物をIAAで処理した場合と全く同じ効果が顕れた.また,オーキシンがTIR1に作用すると,そのシグナル下流で転写が調節されることでオーキシン応答につながることがわかっているので,次にRNA-シーケンスによる網羅的発現変動解析を行った.その結果,IAAを野生型植物に作用させた場合に誘導される遺伝子群は,凸オーキシンを凹受容体発現植物に対して作用させた場合にも同様に誘導された.以上のことから,開発した凹受容体・凸オーキシンの人工ペアは,植物を用いた際にも期待どおりに内因性のオーキシン経路と同様のシグナル経路を惹起させることができると結論した.
次に,この凸凹法を用いることで,上述した早いオーキシン応答現象の一つである胚軸伸長誘導(酸成長)がTIR1を介して引き起こされる現象かどうかを検討した.野生型植物は凹受容体をもたないので凸オーキシンを処理しても応答を示さなかったが,凹受容体発現植物に凸オーキシンの処理を施したところ胚軸伸長が誘導された.野生型植物に天然オーキシンを処理した場合と同様に短時間での伸長誘導が観察されたことから,酸成長もTIR1を介して誘導されることが実験的に明らかとなった.酸成長では細胞膜H+-ATPaseの機能昂進が重要な役割を果たしていることは上述のとおりである.その機能昂進は細胞膜H+-ATPaseのC末端から二番目に位置するアミノ酸残基(penultimate residue)のリン酸化が関与することは既に報告されていたが(14)14) K. Takahashi, K. Hayashi & T. Kinoshita: Plant Physiol., 159, 632 (2012).,凹受容体発現植物に凸オーキシン処理を施すことによって細胞膜H+-ATPaseのリン酸化レベルが上昇することも明らかとなった.近年,細胞膜H+-ATPaseのpenultimate residueのリン酸化にはSAUR(Small Auxin-Up RNA)という低分子量タンパク質が関与することが報告された(15)15) A. K. Spartz, H. Ren, M. Y. Park, K. N. Grandt, S. H. Lee, A. S. Murphy, M. R. Sussman, P. J. Overvoorde & W. M. Gray: Plant Cell, 26, 2129 (2014)..SAURは早期オーキシン応答遺伝子の産物として古くから知られていたことから,酸成長もTIR1を介した早期オーキシン応答遺伝子群の発現制御を介して引き起こされているのかもしれない.一方で,ごく最近,オーキシン処理による根の素速い伸長抑制はTIR1を介した現象であるものの,遺伝子発現制御は関与していないことを示唆する報告も出されている(16)16) M. Fendrych, M. Akhmanova, J. Merrin, M. Glanc, S. Hagihara, K. Takahashi, N. Uchida, K. U. Torii & J. Friml: Nat. Plants, 4, 453 (2018)..TIR1を介したオーキシンシグナル伝達は,現時点では遺伝子発現調節を介した経路しか明確には示されていないが,今後,遺伝子発現調節を介さないTIR1経路が明らかとなるかもしれない.その解明の際にも,今回開発した凸凹法が役立つことになると期待している.
オーキシンは植物体内のさまざまな細胞ごとに異なった生理応答を引き起こすホルモンである.したがって,植物全体にオーキシンを与える実験を行うと,さまざまな箇所で異なったオーキシン応答が一度に誘起されてしまうために一つひとつの作用を厳密に区別して解析することができず,その重要性とは裏腹に細胞種ごとの厳密なオーキシンの応答操作や解析はこれまで困難を極めていた.しかし,今回開発した凸凹法を用いるとそれが可能となる.特異的なプロモーターを用いて,着目するオーキシン応答の場となる細胞にのみ今回開発した凹受容体を発現させておけば,その植物を凸オーキシンで処理することにより,着目した細胞で起こる反応のみを解析することが可能になるだろう.
また,上述したTIR1/AFBファミリーの因子群は一部機能重複しつつもそれぞれ個別の役割も担っていると推定されているものの,その個別の機能の解析は進んでいない.しかし,今回着目したTIR1オーキシン結合ポケットの79番目のフェニルアラニン残基は,TIR1/AFBファミリーで共通して保存されている残基である.したがって,TIR1/AFBファミリーの各因子ごとにそのフェニルアラニンをグリシンに変え,さらに凸オーキシンを用いれば,それぞれの因子ごとのシグナル経路を活性化させることが可能になり,個別の役割を分離して解析できるだろう.さらに,このフェニルアラニン残基は,陸上植物の基部に位置するコケ類から単子葉類・真正双子葉類に至るまで進化を通して保存されていることから(17)17) H. Kato, R. Nishihama, D. Weijers & T. Kohchi: J. Exp. Bot., 69, 291 (2018).,今回の方法論はほぼすべての陸上植物に適応可能であるとも期待でき,今後はさまざまな植物種で本手法が活用されていくだろう.オーキシンは着果促進作用などの農業上有用な効果ももつことから,農作品種での応用も当然視野に入る.従来のオーキシン剤には,植物全体を処理すると多様な効果を同時に引き起こすことで生育への悪影響が生じてしまうという問題がある.この悪影響を回避して狙った有用効果のみを発揮させるには,オーキシン剤を慎重に丁寧に狙った部位だけに与える作業が必要で,これは農業現場で非常に大きな手間がかかっている.この問題に関しても,望んだ部位・細胞だけで凹受容体を発現させておけば,凸オーキシンを植物体全体に噴霧しても望んだ有用効果だけを発揮させることができ,農作業の手間を大幅に削減できるだろう.
以上のように,今回開発に成功した凸凹法によるオーキシン応答の操作技術は基礎科学・応用展開の両面で今後大きく活用されていくと期待される.さらに使い勝手の向上した凸オーキシンの開発を目指した化学的改変は継続して行っており(18)18) R. Yamada, K. Murai, N. Uchida, K. Takahashi, R. Iwasaki, Y. Tada, T. Kinoshita, K. Itami, K. U. Torii & S. Hagihara: Plant Cell Physiol., 59, 1538 (2018).,本手法の今後の展開を加速させるだろう.また,植物で働く低分子植物ホルモンはほかにも多数存在するものの,オーキシンと同様にその自在応答操作が困難なものは多い.今後,さまざまな植物ホルモンの応答操作に凸凹法が適応されていくのも楽しみである.
Reference
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