Kagaku to Seibutsu 57(2): 88-94 (2019)
解説
植物細胞壁多糖の生合成新規ペクチン生合成糖転移酵素の発見と今後の展望
Biosynthesis of Plant Cell Wall Polysaccharides: Identification of Novel Pectin-Biosynthetic Glycosyltransferases
Published: 2019-01-20
植物は重力に対抗して垂直に立つ強度が求められる.この戦略の一つとして植物は細胞壁をもっていると考えられている.細胞壁とは糖と糖が連なった多糖を主成分とした,細胞膜の外側に作られる構造体である.細胞壁は堅牢かつ柔軟な性質をもっており,外敵や環境変化から細胞を守る鎧としての機能や,細胞内外の情報伝達,植物体の発達や分化,成長にもかかわる多彩な機能をもつ.細胞壁の研究は作物の収量やバイオマスエネルギー生産に直結することから精力的に行われ,細胞壁多糖の生合成に関連する遺伝子が見つかり始めている.しかし,多糖生合成酵素の生化学的性質が十分に解明されていないことが多く,細胞壁の生合成メカニズムの全容はいまだに不明である.本稿では,私たちが生化学的な手法によって見いだしたペクチン生合成にかかわる酵素が属する新規糖転移酵素ファミリーを含め,細胞壁多糖生合成研究の現状と今後の課題について解説する.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
植物の細胞壁は2種類に大別される.細胞の成長途中に合成され,すべての植物細胞が保有する一次細胞壁と,細胞の成長が止んだ後に一次細胞壁と細胞膜の間に肥厚する二次細胞壁である.一次細胞壁は一般的に「細胞壁」として知られている.二次細胞壁は植物の体を支える繊維細胞や通水機能をもつ道管細胞といった,より物理強度が求められる特殊な細胞で発達する.
一次細胞壁の8~9割程度は多糖で構成される.多糖成分は主にセルロース・ヘミセルロース,そしてペクチンの3つに分類される(図1図1■細胞壁の構造).これらの多糖は,糖と糖を繋げる活性をもつ糖転移酵素(Glycosyltransferase; GT)によって生合成される.以下,これら3つの多糖成分の生合成に関する最新の知見を述べる.
セルロースはグルコース分子がおおよそ数千個β1-4結合で連なった直鎖状の構造をしている多糖で,細胞壁の骨格を形成している(図2A図2■細胞壁多糖の構造).植物や藻類,カビ,動物(ホヤ)に加えてバクテリアといった幅広い種が合成する(1)1) M. Kumar & S. Turner: Phytochemistry, 112, 91 (2015)..セルロース分子は数十本が束になってセルロース繊維を作る.
セルロースはCELLULOSE SYNTHASE(CESA)と呼ばれる酵素によって合成される.ある種の酢酸菌をココナッツ水に加えて発酵させると,セルロース繊維がゲル化した食品であるナタデココが作られる.この酢酸菌のCESAは1990年にクローニングされ,セルロース合成酵素遺伝子の研究の先陣を切った.植物のCESAは,酢酸菌のセルロース合成酵素遺伝子のホモログとして発見された.CESAはGT2ファミリー(コラム参照)に登録されている.シロイヌナズナでは複数のCESA遺伝子が存在する.一次細胞壁ではCESA1, CESA3, CESA6が,二次細胞壁ではCESA4, CESA7, CESA8がそれぞれセルロース生合成にかかわる(1)1) M. Kumar & S. Turner: Phytochemistry, 112, 91 (2015)..
CESAはUDP-グルコースを基質としてβ1-4結合でグルコース分子を直鎖状に繋げてセルロース分子を合成する.セルロース合成にかかわるほかの分子として,SUCROSE SYNTHASE(SuSy,スクロース合成酵素),KORRIGAN, COBRA様タンパク質などが知られている(2)2) C. Somerville: Annu. Rev. Cell Dev. Biol., 22, 53 (2006)..SuSyはUDP-グルコース生合成にかかわっている.COBRAはGPIアンカー型の機能未知タンパク質であり,KORRIGANはセルロース分解酵素β1-4グルカナーゼである.COBRAやKORRIGANを欠損させるとセルロース合成が抑制され,植物は著しく矮化することが示されているが,セルロース合成におけるそれらの機能は明確にされていない.KORRIGANは,セルロース繊維が束化するときに絡まってしまった場合,分解活性を発揮することでセルロース繊維の構造を正す役割があるなどと考えられている.
CESAはロゼッタと呼ばれる巨大な複合体に含まれる.電子顕微鏡による観察などから,ロゼッタは6つの同一のユニットから構成されていると考えられている.一つのユニットには,3種類のCESAホモログが2分子ずつ含まれていると予想されている.KORRIGANもロゼッタに含まれていると考えられている(3)3) N. Mansoori, J. Timmers, T. Desprez, C. L. Alvim-Kamei, D. C. Dees, J. P. Vincken, R. G. Visser, H. Höfte, S. Vernhettes & L. M. Trindade: PLOS ONE, 10, e0140411 (2014)..また,ロゼッタ複合体の形成には機能未知の糖転移酵素STELLO(STL)がかかわることが報告されている(4)4) Y. Zhang, N. Nikolovski, M. Sorieul, T. Vellosillo, H. E. McFarlane, R. Dupree, C. Kesten, R. Schneider, C. Driemeier, R. Lathe et al.: Nat. Commun., 7, 11656 (2016)..
ロゼッタは,表層微小管と呼ばれる植物に特異的な微小管構造の上を動きながらセルロース繊維を作っていく(5)5) S. Li, L. Lei, Y. G. Yingling & Y. Gu: Curr. Opin. Plant Biol., 28, 76 (2015)..ロゼッタと表層微小管をつなぐPOM-POM2/CELLULOSE SYNTHASE INTERACTING1(CSI1)タンパク質がCESAの移動や局在にかかわっている(5)5) S. Li, L. Lei, Y. G. Yingling & Y. Gu: Curr. Opin. Plant Biol., 28, 76 (2015)..また,セルロース含有量の多い木部組織(道管や繊維細胞など)の細胞が作る二次細胞壁では,ロゼッタが密度高く存在し,ロゼッタの動く速度が速い(6)6) Y. Watanabe, M. J. Meents, L. M. McDonnell, S. Barkwill, A. Sampathkumar, H. N. Cartwright, T. Demura, D. W. Ehrhardt, A. L. Samuels & S. D. Mansfield: Science, 350, 198 (2015)..
ロゼッタの構成タンパク質がどのようなものか,いまだにわかっていない.複数あるCESAのうち,どれが,何個ロゼッタに含まれているのか明確になっていない.数千のグルコース分子が重合していくメカニズムも不明である.どのようにセルロース分子同士が束化して結晶構造を取るのかなど,生化学的に解明しなければならない課題が多く残されている.巨大なロゼッタを変性させずに単離あるいはin vitroでの再構成できる実験系の構築が急務である.
ヘミセルロースは化学的な性質が半分(ヘミ)ほどセルロースと似ていることから名付けられた.複数種類の多糖の総称である.代表的なものはキシログルカンやキシランなどであり.そのほか,マンナン,グルコマンナン,β1-3, 1-4グルカンなど豊富な種類が含まれている.構成糖もグルコースだけでなく,キシロース,アラビノース,ガラクトースやマンノースなど幅広い.ヘミセルロースは,セルロースと相互作用し細胞壁を強固に保つことや,セルロース繊維間の距離を適正に保つ機能があると考えられている(7)7) M. Pauly, S. Gille, L. Liu, N. Mansoori, A. de Souza, A. Schultink & G. Xiong: Planta, 238, 627 (2013)..ヘミセルロースも細胞壁の重要な成分であり,その生合成酵素の欠損により矮化や花茎が垂れる表現型を示し,植物成長が抑制される(7)7) M. Pauly, S. Gille, L. Liu, N. Mansoori, A. de Souza, A. Schultink & G. Xiong: Planta, 238, 627 (2013)..
キシログルカンは一次細胞壁の約20%を占める.主鎖はβ1-4グルカンであり,O6位でキシロースが結合し,さらにガラクトース残基やフコース残基が結合している(図2B図2■細胞壁多糖の構造).セルロースと相互作用することで物理強度を細胞壁に付与している(7)7) M. Pauly, S. Gille, L. Liu, N. Mansoori, A. de Souza, A. Schultink & G. Xiong: Planta, 238, 627 (2013)..シロイヌナズナでは,キシログルカン主鎖生合成にはGT2に属するCELLULOSE SYNTHASE-LIKE C4(CSLC4)(8)8) J. C. Cocuron, O. Lerouxel, G. Drakakaki, A. P. Alonso, A. H. Liepman, K. Keegstra, N. Raikhel & C. G. Wilkerson: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 8550 (2007).が,キシロース残基,ガラクトース残基,フコース残基の転移にはGT37に属するXYLAN XYLOSYLTRANSFERASE(XXT)(7)7) M. Pauly, S. Gille, L. Liu, N. Mansoori, A. de Souza, A. Schultink & G. Xiong: Planta, 238, 627 (2013).,GT43に属するMURUS3(MUR3)(9)9) M. Pauly & K. Keegstra: Annu. Rev. Plant Biol., 67, 235 (2016).,GT37に属するFUCOSYLTRANSFERASE1(FUT1)(9)9) M. Pauly & K. Keegstra: Annu. Rev. Plant Biol., 67, 235 (2016).がそれぞれ関与している.また,キシログルカンの修飾酵素としてXYLOGLUCAN ENDOTRANSGLYCOSYLASE/HYDROLASE(XTH)が見いだされている(10)10) J. K. Rose, J. Braam, S. C. Fry & K. Nishitani: Plant Cell Physiol., 43, 1421 (2002)..これはキシログルカン鎖を別のキシログルカンへとつなぎかえる.細胞壁多糖のネットワークの組替えを行うことで,細胞壁の成長や状態に合わせた再編成を担う中心的な酵素である.
キシランは主に二次細胞壁に含まれるヘミセルロースの主成分の一つであるが,その生合成酵素遺伝子の同定研究がほかの多糖のものより進んでいるため,本稿で紹介する.キシランは,キシロースがβ1-4結合で連なった主鎖をもつ(図2C図2■細胞壁多糖の構造).細胞壁中ではO3位やO2位がアセチル化されており,アセチル基がセルロースとの相互作用に重要である(11)11) M. Busse-Wicher, T. C. Gomes, T. Tryfona, N. Nikolovski, K. Stott, N. J. Grantham, D. N. Bolam, M. S. Skaf & P. Dupree: Plant J., 79, 492 (2014)..そのほか,アラビノース残基やグルクロン酸残基によっても修飾を受けている(7)7) M. Pauly, S. Gille, L. Liu, N. Mansoori, A. de Souza, A. Schultink & G. Xiong: Planta, 238, 627 (2013)..また,還元末端側はキシロース,ラムノース,ガラクツロン酸およびキシロースから構成される特徴的な四糖構造をとっている.キシラン主鎖生合成にかかわる糖転移酵素としてGT43に属するIRREGULAR XYLEM9(IRX9),IRX9-Like(IRX9-L),IRX14, IRX14-Lや,GT47に属するIRX10, IRX10-Lが報告されている(7)7) M. Pauly, S. Gille, L. Liu, N. Mansoori, A. de Souza, A. Schultink & G. Xiong: Planta, 238, 627 (2013)..酵素活性はIRX9とIRX14をタバコ培養細胞BY-2株で共発現した場合(12)12) C. Lee, R. Zhong & Z. H. Ye: Plant Cell Physiol., 53, 135 (2012).とリコンビナントIRX10タンパク質で検出されている(13)13) J. K. Jensen, N. R. Johnson & C. G. Wilkerson: Plant J., 80, 207 (2014).が,各酵素の役割や連携は不明である.キシロース残基のアセチル化酵素遺伝子として,いくつかのTRICOME BRIEFRINGENCE-LIKE(TBL)が同定されている(14)14) S. Gille & M. Pauly: Front. Plant Sci., 3, 12 (2012)..還元末端四糖の形成にはGT8に属するIRX8, PARVUS,そしてGT47に属するFRA8, F8Hといった酵素が関連しているとされるが,どの酵素がどの結合の形成にかかわっているのか,明確になっていない.なお,キシランなどの二次細胞壁成分の合成にかかわる遺伝子の発現制御にかかわる転写因子が見つかっている.この転写因子が司る遺伝子発現ネットワークについては,詳細な解説(15)15) 出村 拓,大谷美沙都:化学と生物,53, 313 (2015)を参照されたい.
本節では代表的な2成分のヘミセルロースの構造と生合成酵素を簡単に紹介した.上述のように,キシログルカンやキシランの生合成に関与する多くの糖転移酵素遺伝子が見いだされてきている.これらの糖転移酵素同士で協調的に働いて多糖を合成していることが予想されている.しかし,多数見いだされつつある酵素がどのような複合体を組んでいるのか,どのように酵素同士が連携しているのか,といったメカニズムは不明のままである.これらの糖転移酵素はゴルジ体に発現している.ゴルジ体局在のタンパク質の発現量は多くなく,これまでに植物ゴルジ体局在のタンパク質複合体の解析例はほぼない.そのため,ヘミセルロース生合成にかかわる糖転移酵素の生化学的解析には,微量膜タンパク質複合体の解析技術の開発・適用が望まれる.
ペクチンは伸長中の細胞で合成され,一次細胞壁や細胞間隙にある中葉に多く存在する.ペクチンは主に3つのドメインをもち,12種類の単糖から構成されている.α1-4結合で連なったガラクツロン酸多糖から構成されるホモガラクツロナン(HG),HGと同じ主骨格に6種類の側鎖(16)16) D. Ndeh, A. Rogowski, A. Cartmell, A. S. Luis, A. Baslé, J. Gray, I. Venditto, J. Briggs, X. Zhang, A. Labourel et al.: Nature, 544, 65 (2017).をもつラムノガラクツロナンII(RG-II),そしてラムノース残基とガラクツロン酸残基の二糖繰り返し構造を主鎖に,ガラクトース残基が連なったガラクタンやアラビノース残基が連なったアラビナン側鎖をもつラムノガラクツロナンI(RG-I)の3つのドメインである(17)17) M. A. Atmodjo, Z. Hao & D. Mohnen: Annu. Rev. Plant Biol., 64, 747 (2013).(図2D図2■細胞壁多糖の構造).各ドメインの構造やアセンブルは現在でも解析が行われている.HGはカルシウムイオンを介して二量体を形成し,細胞壁の強度にかかわる(18)18) S. Wolf, G. Mouille & J. Pelloux: Mol. Plant, 2, 851 (2009)..RG-IIは,側鎖の根元に存在する希少糖であるアピオース残基がホウ素とジエステル結合することでRG-II分子同士で二量体を形成し,強固な細胞壁形成に貢献している(19)19) M. A. O’Neill, T. Ishii, P. Albersheim & A. G. Darvill: Annu. Rev. Plant Biol., 55, 109 (2004)..ホウ素欠乏状態ではRG-IIの二量体形成が妨げられることで細胞壁が脆くなり,植物に著しいダメージが生じる(19)19) M. A. O’Neill, T. Ishii, P. Albersheim & A. G. Darvill: Annu. Rev. Plant Biol., 55, 109 (2004)..このように,HGやRG-IIは分子間の相互作用が解析され,生理機能の解析が始まっている.一方,RG-Iドメインによるペクチンの高次構造形成や機能は不明なままである.
ペクチンの生合成には,ペクチン分子中の結合様式を考慮すると約30種類の糖転移酵素がかかわっているとされる.しかし,ペクチンの生合成にかかわる糖転移酵素の遺伝子同定の例は少ない.HG主鎖を生合成する酵素として,GT8に属するガラクツロン酸転移酵素であるHG: GALACTURONOSYLTRANSFERASE 1(GAUT1),GAUT4, GAUT11が同定されている(20~22)20) M. A. Atmodjo, Y. Sakuragi, X. Zhu, A. J. Burrell, S. S. Mohanty, J. A. Atwood 3rd, R. Orlando, H. V. Scheller & D. Mohnen: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 20225 (2011).21) A. K. Biswal, M. A. Atmodjo, M. Li, H. L. Baxter, C. G. Yoo, Y. Pu, Y. C. Lee, M. Mazarei, I. M. Black, J. Y. Zhang et al.: Nat. Biotechnol., 36, 249 (2018).22) C. Voiniciuc, K. A. Engle, M. Günl, S. Dieluweit, M. H. Schmidt, J. Y. Yang, K. W. Moremen, D. Mohnen & B. Usadel: Plant Physiol., 178, 1045 (2018)..GAUT7はGAUT1と複合体を組むが,リコンビナントGAUT7タンパク質に酵素活性は検出されていない(20)20) M. A. Atmodjo, Y. Sakuragi, X. Zhu, A. J. Burrell, S. S. Mohanty, J. A. Atwood 3rd, R. Orlando, H. V. Scheller & D. Mohnen: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 20225 (2011)..これらと相同性の高いGAUT遺伝子はシロイヌナズナに15個あるが,それらの生化学的解析はまだ途上である.また,GT77に属するRG-II: XYLOSYLTRANSFERASE(RGXT)は,メチルフコースに対してUDP-キシロースからキシロース残基を転移する活性をもっていることから,RG-II側鎖末端のフコース残基にキシロースを転移する酵素であると考えられている(23)23) J. Egelund, B. L. Petersen, M. S. Motawia, I. Damager, A. Faik, C. E. Olsen, T. Ishii, H. Clausen, P. Ulvskov & N. Geshi: Plant Cell, 18, 2593 (2006)..
RG-Iの生合成に関しては,側鎖のガラクタン伸長酵素GALACT AN SYNTHESIS(GALS)(24)24) A. J. Liwanag, B. Ebert, Y. Verhertbruggen, E. A. Rennie, C. Rautengarten, A. Oikawa, M. C. Andersen, M. H. Clausen & H. V. Scheller: Plant Cell, 12, 5024 (2012).,アラビナン伸長酵素ARABINAN DEFICIENT(ARAD)(25)25) J. Harholt, J. K. Jensen, S. O. Sørensen, C. Orfila, M. Pauly & H. V. Scheller: Plant Physiol., 140, 49 (2006).が同定されている.主鎖生合成にかかわる酵素は不明であった.RG-I主鎖ガラクツロン酸転移酵素の候補としてGATL5が報告されているが,その酵素活性は検出されていない(26)26) Y. Kong, G. Zhou, A. A. Abdeen, J. Schafhauser, B. Richardson, M. A. Atmodjo, J. Jung, L. Wicker, D. Mohnen, T. Western et al.: Plant Physiol., 163, 1203 (2013)..
私たちはRG-I主鎖ラムノース転移酵素遺伝子の同定に挑んだ.これまでに解析されたペクチン合成にかかわる糖転移酵素のノックアウト変異体は,表現型が出ないか複数現れることが観察されているため,ラムノース糖転移酵素遺伝子の同定にも単純な逆遺伝学的な手法は通用しないことが予測された.そこで,酵素の基質であるRG-Iオリゴ糖とUDP-ラムノースを調製し,RG-Iラムノース転移酵素活性を見いだす生化学的研究から着手した.市販のジャガイモ由来のRG-Iを酸加水分解し,末端がガラクツロン酸のオリゴ糖をさまざまな鎖長で調製した(27)27) Y. Uehara, S. Tamura, Y. Maki, K. Yagyu, T. Mizoguchi, H. Tamiaki, T. Imai, T. Ishii, T. Ohashi, K. Fujiyama et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun., 486, 130 (2017)..ドナー基質UDP-ラムノースは,UDP-ラムノース合成酵素を用いて調製した.これら二つの基質に植物粗酵素を作用させて,RG-I主鎖を合成するラムノース転移酵素(RG-I RHAMNOSYLTRANSFERASE; RRT)活性を検出した(27)27) Y. Uehara, S. Tamura, Y. Maki, K. Yagyu, T. Mizoguchi, H. Tamiaki, T. Imai, T. Ishii, T. Ohashi, K. Fujiyama et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun., 486, 130 (2017)..
次にRG-Iラムノース転移酵素遺伝子RRTの候補をシロイヌナズナの遺伝子発現情報から探索した.細胞壁多糖の組成は組織ごとや発達段階ごとに異なり,ある組織のある発達段階では特殊な細胞壁多糖の組成をもつことがある.私たちはシロイヌナズナ種子に含まれるムシレージ多糖に注目した(図3A図3■ペクチンRG-I主鎖ラムノース転移酵素候補遺伝子RRTの選抜).ムシレージは種子が発達する過程において合成され,最外層にあたる種皮を構成する細胞に溜め込まれる.成熟した種子が水に浸されると,細胞膜と細胞壁を破って即座に膨潤し,放出されて,種子を覆うゲル状成分として機能する.このムシレージは90%以上がRG-I主鎖のみからなる多糖で構成されている(28)28) T. L. Western, D. J. Skinner & G. W. Haughn: Plant Physiol., 122, 345 (2000)..私たちはムシレージが合成される時期にRRTの発現量が上昇すると予測し,種子発達段階における遺伝子発現情報からRRT候補を絞り込んだ(図3B図3■ペクチンRG-I主鎖ラムノース転移酵素候補遺伝子RRTの選抜).シロイヌナズナの糖転移酵素遺伝子および糖転移酵素と考えられる遺伝子から,ムシレージが作られる時期に特に高く発現する遺伝子を候補とし,RRT1とした(図3B図3■ペクチンRG-I主鎖ラムノース転移酵素候補遺伝子RRTの選抜).次に,RRT1タンパク質の異種発現を試みた.膜タンパク質である糖転移酵素の異種発現は難しいが,大腸菌や酵母をはじめ,複数の宿主を試したところ,タバコ培養細胞BY-2株を宿主としてRRT1タンパク質を発現させることができた.精製したRRT1タンパク質は,UDP-ラムノースからRG-Iオリゴ糖の非還元末端にラムノースを1残基転移した(図4図4■RG-Iラムノース転移酵素活性の測定).すなわち,RRT1がRG-I主鎖ラムノース転移酵素であることを見いだした(29)29) Y. Takenaka, K. Kato, M. Ogawa-Ohnishi, K. Tsuruhama, H. Kajiura, K. Yagyu, A. Takeda, Y. Takeda, T. Kunieda, I. Hara-Nishimura et al.: Nat. Plants, 4, 669 (2018)..
(A). RG-Iが多く含まれるシロイヌナズナ種子ムシレージ.ルテニウムレッドで染色している.赤く染まっている領域がムシレージゲル.(B).シロイヌナズナ種子発達段階のマイクロアレイ解析.種子が作られる過程での糖転移酵素遺伝子の発現量をグラフ化したもの.ムシレージは種子発達後期(矢印)で合成される.太線の線が示す遺伝子が本稿での解析対象としたRRT1の発現パターンである.
シロイヌナズナではRRT1のほかに3つのホモログが存在し,それぞれRRT2, RRT3, RRT4と名づけた.これらにもRG-Iラムノース転移酵素活性を検出した.4つのRRT遺伝子は植物の器官ほぼすべてで発現しており,特に,RRT1は鞘,RRT2は花茎,RRT3とRRT4は花弁における発現量が高かった.生体内では各RRTが協調的に働くことでペクチンRG-Iを合成していることが示された(29)29) Y. Takenaka, K. Kato, M. Ogawa-Ohnishi, K. Tsuruhama, H. Kajiura, K. Yagyu, A. Takeda, Y. Takeda, T. Kunieda, I. Hara-Nishimura et al.: Nat. Plants, 4, 669 (2018)..このように,RG-I主鎖の生合成にかかわる糖転移酵素遺伝子を同定できたため,今後,これまで不明であったペクチンRG-Iドメインの機能が明らかになることが期待される.
RRTはDUF246ドメイン(DUF: Domain of Unknown Function,機能未知ドメイン)を有しシロイヌナズナではこのドメインを有する34遺伝子がファミリーを形成していた.このファミリーはこれまでに分類されていた糖転移酵素ファミリーと相同性がなく,新規糖転移酵素ファミリーとして新たにGT106の番号がCAZyデータベースより付与された(29, 30)29) Y. Takenaka, K. Kato, M. Ogawa-Ohnishi, K. Tsuruhama, H. Kajiura, K. Yagyu, A. Takeda, Y. Takeda, T. Kunieda, I. Hara-Nishimura et al.: Nat. Plants, 4, 669 (2018).30) P. Ulvskov & H. V. Scheller: Nat. Plants, 4, 635 (2018)..34個の酵素のうち,RRT以外で酵素活性が検出されたものは報告されていない.GT106ファミリーには,細胞接着に関与すると考えられているFRIABLE(FRB)(31)31) L. Neumetzler, T. Humphrey, S. Lumba, S. Snyder, T. H. Yeats, B. Usadel, A. Vasilevski, J. Patel, J. K. Rose, S. Persson et al.: PLoS One, 7, e42914 (2012).や,マンナン生合成にかかわると考えられているMANNAN SYNTHESIS-RELATED(MSR)(32)32) Y. Wang, J. C. Mortimer, J. Davis, P. Dupree & K. Keegstra: Plant J., 73, 105 (2013).を含んでいる.また,GT106に属する酵素遺伝子がペクチンやヘミセルロース関連遺伝子と共発現していることも観察されている(33)33) S. F. Hansen, J. Harholt, A. Oikawa & H. V. Scheller: Front. Plant Sci., 3, 59 (2012)..これらのことから,GT106ファミリーはペクチンやヘミセルロースの生合成にかかわる糖転移酵素が含まれるユニークな特徴をもつGTファミリーであると予想している.このように,私たちは酵素活性解析の側面から切り込むことで,RRTをはじめとしてペクチン生合成にかかわる未同定の糖転移酵素遺伝子を多く含むと思われる新規GT106ファミリーを見いだした(29, 30)29) Y. Takenaka, K. Kato, M. Ogawa-Ohnishi, K. Tsuruhama, H. Kajiura, K. Yagyu, A. Takeda, Y. Takeda, T. Kunieda, I. Hara-Nishimura et al.: Nat. Plants, 4, 669 (2018).30) P. Ulvskov & H. V. Scheller: Nat. Plants, 4, 635 (2018)..
小葉類,シダ類,裸子植物,被子植物のゲノムには,複数のRRT類似遺伝子が存在していた.進化上で陸上植物にもっとも近縁な車軸藻類やコケ植物ではGT106に分類される遺伝子群が存在し,RRT類似遺伝子を一つずつ保持していた.一方で,水中で生活する緑藻類ではRRT類似遺伝子もGT106に分類される遺伝子も見いだされなかった.このように,GT106ファミリーはストレプト植物(陸上植物と車軸藻類を含む)に特異的に存在することが示唆された(図5図5■植物進化系統分類におけるGT106およびRRT遺伝子の出現).植物は車軸藻を境にして水中から陸上に生存圏を拡大する陸上化を行ったと考えられている.陸上では重力の影響を強く受けるために,植物は重力に逆らって直立する強靭さと同時に細胞成長を行う柔軟さを兼ね備えた細胞壁の獲得が進化上,重要であったと思われる(34)34) K. Soga: J. Plant Res., 126, 589 (2013)..ペクチンを獲得することがより陸上生活に適した細胞壁の形成に寄与し,植物の生存圏拡大に貢献した可能性が考えられる.GT106のほかに植物特異的なファミリーは現在のところGT37が知られている.GT37はヘミセルロース成分のキシログルカンや,糖タンパク質の糖鎖生合成に関与している(33)33) S. F. Hansen, J. Harholt, A. Oikawa & H. V. Scheller: Front. Plant Sci., 3, 59 (2012)..こういった細胞壁多糖合成に関与する遺伝子ファミリーを植物が獲得することが現在の植物の繁栄につながったのであろう.
細胞壁多糖生合成に関連する糖転移酵素遺伝子は,ようやく見つかり始めたところである.しかし,精力的に研究が進んでいるセルロースやヘミセルロースの生合成であっても,酵素複合体の構成や多糖が生合成される順番などの分子機構はわかっていない点が多い.不安定でかつ微量のタンパク質複合体の解析技術が開発されていくと,糖転移酵素同士の連携の情報がわかり,細胞壁多糖の生合成の全容がわかってくるだろう.また,私たちが2018年に発見したGT106ファミリーはペクチン生合成にかかわる未知の糖転移酵素を多く含んでいるという状況証拠が多くあり,ペクチン由来のオリゴ糖やペクチンに含まれる希少糖に対応する糖ヌクレオチドの調製技術の開発が進めば,今後数年でペクチン生合成糖転移酵素遺伝子は次々に同定されると思われる.また,同じく2018年にペクチンを含む一次細胞壁多糖の生合成酵素の発現を制御するマスター転写因子が見いだされた(35)35) S. Sakamoto, M. Somssich, M. T. Nakata, F. Unda, K. Atsuzawa, Y. Kaneko, T. Wang, A. M. Bågman, A. Gaudinier, K. Yoshida et al.: Nat. Plants, 4, 777 (2018)..この転写因子が制御する遺伝子群の包括的解析からもペクチン生合成糖転移酵素が多く同定されると思われる.ペクチン生合成に関して,GT106やこの転写因子が見つけられた2018年は,細胞壁多糖(特にペクチン)の生合成機構解明に向けた幕明けの年と言って過言でなく,今後数年でペクチン生合成の分子機構の全貌が見えてくることが期待される.
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