Kagaku to Seibutsu 57(2): 95-101 (2019)
解説
細菌の栄養環境応答とタンパク質アシル化修飾栄養シグナルと増殖をつなぐメカニズム?
Protein Acylation: Its Potential for a Regulatory Mechanism of Bacterial Response to Nutrient Signals
Published: 2019-01-20
細菌は,生き物として単純なシステムをもちながら,周囲の環境変化に対して迅速に応答し適応する優れた能力をもつ.細菌が栄養の存在(欠乏)を感知すると,カタボライト制御やアミノ酸飢餓に対する緊縮応答のような遺伝子発現による応答を行うとともに代謝を変化させ,栄養環境に応じて増殖を制御していく.アシルCoAなど代謝より生じるメタボライトを利用するタンパク質アシル化修飾は,代謝を介して栄養シグナルと細胞応答をつなぐ分子メカニズムとして働く可能性を秘めている.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
タンパク質のリジン残基で起こるアセチル化は,1960年代に真核生物のヒストンにおいて最初に発見された(1, 2)1) V. G. Allfrey, R. Faulkner & A. E. Mirsky: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 51, 786 (1964).2) A. Inoue & D. Fujimoto: Biochem. Biophys. Res. Commun., 36, 146 (1969)..1990年に強力かつ特異的なヒストン脱アセチル化酵素(histone deacetylase; HDAC)阻害剤であるトリコスタチンAの発見を機に,ヒストンアセチル化はクロマチン構造変化を介してエピジェネティックな遺伝子発現制御に重要な役割を担うことが精力的に明らかにされていった(3)3) M. Yoshida, N. Kudo, S. Kosono & A. Ito: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 93, 297 (2017)..2006年にアセチル化の新たな標的タンパク質を求めて哺乳類細胞を対象としたアセチル化タンパク質のプロテオーム(アセチローム)解析が行われ,それまで十数個しか知られていなかったアセチル化タンパク質が195まで一気に増えた(4)4) S. C. Kim, R. Sprung, Y. Chen, Y. Xu, H. Ball, J. Pei, T. Cheng, Y. Kho, H. Xiao, L. Xiao et al.: Mol. Cell, 23, 607 (2006)..このとき,アセチル化タンパク質がミトコンドリアに濃縮されていた事実が注目され,これを契機にミトコンドリアさらには細菌のアセチル化研究が盛んに行われるようになる.現在では,タンパク質アセチル化はすべての生物ドメインに存在する普遍的な翻訳後修飾として知られている.
近年質量分析をベースとしたプロテオミクス解析技術の向上により,タンパク質リジン残基の側鎖にさまざまな短鎖アシル基が付加された修飾(アシル化修飾)が相次いで見いだされている:プロピオニル,ブチリル,クロトニルなど疎水性アシル基の付加,スクシニル,マロニル,グルタリルなど酸性アシル基の付加,2-ヒドロキシイソブチリル,ヒドロキシメチルグルタリル(HMG)のような分岐鎖アシル基の付加などである(図1図1■タンパク質アシル化修飾).アセチル化に次いで高頻度で見られるのはスクシニル化で,正電荷をもつリジン側鎖に対し負電荷を導入することから,標的タンパク質に対してアセチル化とは異なる効果をもたらすと考えられる.これらのアシル化修飾は代謝より生じるアシルCoAやアシルリン酸を基質とすることから,代謝との密接な関連が指摘されている.ここでは,主にアセチル化とスクシニル化について見ていく.
タンパク質アセチル化は,リジンアセチル化酵素(lysine[K]acetyltransferase; KAT)によって触媒される.KATはアセチルCoAをアセチル基供与体としてリジンの末端アミノ基への転移反応を行うが,一部のKATはほかのアシルCoAからのアシル基転移反応をも触媒する(5)5) B. R. Sabari, D. Zhang, C. D. Allis & Y. Zhao: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 18, 90 (2016)..そのため,KATはリジンアシル化酵素(lysine[K]acyltransferase)と呼ばれることもある.真核生物ではGNAT, MYST, p300/CBPなど多様なファミリーが知られているが,細菌ではGNATファミリーのKATしか見つかっていない.
アシル化のもう一つの分子機構として,非酵素的メカニズムが注目されている.アセチル化タンパク質がミトコンドリアに濃縮されていた事実に反して,ミトコンドリアに局在する典型的なアセチル化酵素は見いだされていない.ミトコンドリアには,クエン酸回路,脂肪酸のβ酸化経路,尿素回路,一部のアミノ酸代謝経路が局在しており,そこから生じるさまざまなアシルCoAが高濃度で存在する.アシルCoAはミトコンドリアの高いpH環境(pH 7.9)では非酵素的にアミノ基を修飾してしまうことがわかってきた(6, 7)6) G. R. Wagner & R. M. Payne: J. Biol. Chem., 288, 29036 (2013).7) G. R. Wagner, D. P. Bhatt, T. M. O’Connell, J. W. Thompson, L. G. Dubois, D. S. Backos, H. Yang, G. A. Mitchell, O. R. Ilkayeva, R. D. Stevens et al.: Cell Metab., 25, 823 (2017)..
大腸菌のアセチローム解析が報告されて以来(8, 9)8) J. Zhang, R. Sprung, J. Pei, X. Tan, S. Kim, H. Zhu, C. F. Liu, N. V. Grishin & Y. Zhao: Mol. Cell. Proteomics, 8, 215 (2008).9) B. J. Yu, J. A. Kim, J. H. Moon, S. E. Ryu & J.-G. Pan: J. Microbiol. Biotechnol., 18, 1529 (2008).,細菌で多くのアセチル化タンパク質が同定されているが,その多くはアセチルリン酸による非酵素的アセチル化によるものと考えられている(10, 11)10) B. T. Weinert, V. Iesmantavicius, S. A. Wagner, C. Schölz, B. Gummesson, P. Beli, T. Nyström & C. Choudhary: Mol. Cell, 51, 265 (2013).11) M. L. Kuhn, B. Zemaitaitis, L. I. Hu, A. Sahu, D. Sorensen, G. Minasov, B. P. Lima, M. Scholle, M. Mrksich, W. F. Anderson et al.: PLoS One, 9, e94816 (2014)..多くの細菌はアセチルCoAからアセチルリン酸を経由して酢酸を生成する経路(Pta–Ack経路)を有しており,解糖系基質が豊富な栄養条件では酢酸生成とともにアセチル化が起こりやすい.また,細菌のスクシニル化はコハク酸などクエン酸回路基質を炭素源とした栄養条件で高頻度に見られるが,スクシニル化もまたスクシニルCoAによる非酵素的メカニズムによるものと考えられている(12)12) G. Colak, Z. Xie, A. Y. Zhu, L. Dai, Z. Lu, Y. Zhang, X. Wan, Y. Chen, Y. H. Cha, H. Lin et al.: Mol. Cell. Proteomics, 12, 3509 (2013)..
酵素・非酵素的に導入されたアシル化の一部は,脱アシル化酵素(lysine[K]deacylase, KDAC)によって外される.KDACにはZn2+依存のhydrolase型とNAD+依存のサーチュイン型があり,細菌ゲノムには両方のタイプのホモログが見いだされる.大腸菌のサーチュイン型KDACであるCobBのように,脱アセチル化と脱スクシニル化の両方の活性を有するものもある(12)12) G. Colak, Z. Xie, A. Y. Zhu, L. Dai, Z. Lu, Y. Zhang, X. Wan, Y. Chen, Y. H. Cha, H. Lin et al.: Mol. Cell. Proteomics, 12, 3509 (2013)..
可逆的なアセチル化によるタンパク質の機能調節の例として,ヒストンに次いで良く知られているのがアセチルCoA合成酵素(Acs)であり,サルモネラ菌(Salmonella enterica)で初めて発見された(13)13) V. J. Starai, V. J. Starai, I. Celic, R. N. Cole, J. D. Boeke & J. C. Escalante-Semerena: Science, 298, 2390 (2002)..触媒ドメイン内の高度に保存されたリジン残基がGNATファミリーのKATであるPatによってアセチル化されると不活化され,活性化にはKDACであるCobBを必要とする.サルモネラ菌や大腸菌のCobB欠損株では,Acsはアセチル化により不活化されたままの状態となるため,酢酸を資化できなくなる.可逆的アセチル化によるAcs活性調節は哺乳類ミトコンドリアでも保存されており,絶食時の酢酸利用代謝に重要な役割をもつ(14)14) T. Shimazu, M. D. Hirschey, J.-Y. Huang, L. T. Y. Ho & E. Verdin: Mech. Ageing Dev., 131, 511 (2010)..細菌のアセチローム解析で同定されるアセチル化タンパク質は解糖系やクエン酸回路などの代謝酵素が多く,可逆的アセチル化は代謝酵素調節のメカニズムとして近年注目されている.
アセチル化基質となるアセチルCoAやアセチルリン酸は主に解糖系から,スクシニル化基質であるスクシニルCoAはクエン酸回路から供給される.細菌は炭素源の種類や培養フェーズによって解糖系とクエン酸回路への依存度を変化させることから,それに応じてアシル化修飾のパターンも変化すると予想される.筆者らは,Bacillus subtilisを対象にSILAC(アミノ酸によるタンパク質の安定同位体標識)法を用いた比較アシローム解析を行い,さまざまなタンパク質におけるアセチル化とスクシニル化修飾量が炭素源によって変動することを明らかにした(15)15) S. Kosono, M. Tamura, S. Suzuki, Y. Kawamura, A. Yoshida, M. Nishiyama & M. Yoshida: PLOS ONE, 10, e0131169 (2015)..B. subtilisの翻訳伸長因子EF-Tu(BsEF-Tu)は存在量の多いタンパク質であり,LBやグルコースを炭素源とする栄養条件ではアセチル化され,コハク酸やクエン酸を炭素源とした場合にはスクシニル化が活発に起こる.また,LB培養では対数期でアセチル化されるが,定常期に入ると速やかに脱アセチル化され,培養後期ではスクシニル化が起こる.LB培養の対数期では細胞のエネルギー代謝は主に解糖系に依存し,定常期ではクエン酸回路が活性化されるが,アシル化修飾の状態は細胞のエネルギー代謝が解糖系とクエン酸回路のどちらに依存するかをよく反映している(図2図2■炭素源(A)や培養フェーズ(B)によるアシル化修飾変化).
筆者は,アシル化状態の異なるEF-Tuが果たして同じ機能をもつのかに関心をもち,アセチル化/スクシニル化部位の機能解析を行った(16)16) S. Suzuki, N. Kondo, M. Yoshida, M. Nishiyama & S. Kosono: Microbiology, 10.1099/mic0.000737 (Epub ahead of print) (2018)..アシル化修飾の機能を推定するために,模倣変異がよく用いられる.主にリジン側鎖の荷電状態を模倣しており,グルタミン(Q)置換がアセチル化模倣,グルタミン酸(E)置換がスクシニル化模倣,アルギニン(R)置換が非アシル化模倣である.こうした模倣変異を用いた解析から,tRNAとの相互作用にかかわるドメイン3内に翻訳活性を負に制御すると考えられるスクシニル化部位を見いだした.一方,Gドメイン内に高頻度のアセチル化部位を見いだしているが,この部位にKQやKR変異を導入しても増殖や翻訳活性に全く影響が見られない.現在,この高頻度なアセチル化が特定のmRNAの翻訳にかかわる可能性を考えている.もし,修飾によって翻訳するmRNAの嗜好性が変わるとすれば,翻訳制御のメカニズムとして働く可能性が考えられる.
近年のゲノムワイドな解析から,遺伝子発現だけでは十分に説明できない代謝変化が見いだされており,代謝制御においてアロステリック制御や翻訳後修飾などの翻訳後制御の重要性が指摘されている(17)17) V. Chubukov, M. Uhr, L. Le Chat, R. J. Kleijn, M. Jules, H. Link, S. Aymerich, J. O. R. Stelling & U. Sauer: Mol. Syst. Biol., 9, 709 (2013)..遺伝子発現と代謝変化のギャップは,Corynebacterium glutamicumのL-グルタミン酸過剰生産にも見いだせる.C. glutamicumはL-グルタミン酸発酵などわが国のアミノ酸発酵工業で重要な位置を占める微生物である.この菌は,ビオチン制限や脂肪酸エステル系界面活性剤(Tween 40など)またはペニシリン添加などの刺激を受けると,増殖を止めてL-グルタミン酸を過剰生産する.上記の刺激は細胞膜上のメカノセンシティブチャネルを開口してグルタミン酸を排出させることがわかっているが,同時にグルコースからグルタミン酸生成に向かう代謝の流量を増加させる.しかしながら,対応する代謝酵素の遺伝子発現の増加は見られない.グローバルな代謝の切り替えが遺伝子発現量の変化を伴わずになぜ起きるのか,その分子メカニズムは今も謎である.
遺伝子発現量の変化を伴わずに代謝の流量が増加するということは,代謝酵素自身が質的に変化しているに違いない.筆者らは,グルタミン酸生産誘導刺激に応答して中央代謝経路酵素のアセチル化が抑制され,スクシニル化が誘導されることを見いだした(18)18) Y. Mizuno, M. Nagano-Shoji, S. Kubo, Y. Kawamura, A. Yoshida, H. Kawasaki, M. Nishiyama, M. Yoshida & S. Kosono: MicrobiologyOpen, 5, 152 (2016)..このようなアシル化修飾変化が代謝フラックス変化やグルタミン酸生産にどのようにかかわるかに興味がもたれた.
先述のアシル化修飾変化は,代謝酵素の活性調節にかかわるだろうか? その問いに答えるべく,グルタミン酸生産に重要なオキサロ酢酸供給の補充経路酵素に着目した.C. glutamicumは補充経路酵素としてホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(PEPC)とピルビン酸カルボキシラーゼ(PC)をもつ.このうちPEPCがグルタミン酸生産に必須であることがわかり,その653番目のリジン残基(K653)がアセチル化されることを突き止めた.アセチル化模倣変異を用いた解析から,K653アセチル化はPEPC活性とグルタミン酸生産を負に制御すると予想された.しかし,模倣変異が実際のアシル化修飾の効果を反映しているとは限らない.そこで,遺伝暗号を拡張したin vitroタンパク質合成系を用いて,653番目にアセチルリジンを導入したPEPCタンパク質(PEPC-K653Ac)を調製し,酵素活性に与える影響を調べた.PEPC-K653Acはアセチルリジンを含まないPEPCよりも比活性が約1/25に低下しており,K653アセチル化は確かにPEPC活性を抑制することを明らかにした(19)19) M. Nagano-Shoji, Y. Hamamoto, Y. Mizuno, A. Yamada, M. Kikuchi, M. Shirouzu, T. Umehara, M. Yoshida, M. Nishiyama & S. Kosono: Mol. Microbiol., 104, 677 (2017)..さらに,C. glutamicumがもつ2つのサーチュイン型KDACホモログのうち,少なくともNCgl0616はPEPC-K653Acに対して脱アセチル化活性を示したことから,NCgl0616はPEPCを活性化するメカニズムとして働くことが明らかとなった(図3A図3■アシル化によるC. glutamicumの酵素活性調節).
(A)可逆的アセチル化によるホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(PEPC)の活性調節.PEPCの653番目のリジン残基のアセチル化(K653Ac)によってPEPC活性は抑制され,サーチュイン型KDACであるNCgl0616による脱アセチル化によって活性化される.K653アセチル化がKATの反応によるものか非酵素的によるかは不明である.(B) OdhIのスクシニル化を介したODH活性調節.OdhIはリン酸化状態によって分子内フォールディング構造が変化する.非リン酸化OdhIはOdhAサブユニットに結合してODH活性を抑制する.OdhIの132番目のリジン残基のスクシニル化(K132Suc)はOdhAサブユニットへの結合を阻害し,ODH活性は維持される.
可逆的アセチル化によるPEPC活性調節は,グルタミン酸生産にとってどのような意義をもつだろうか? 野生株のグルタミン酸生産条件では,ライゼートに含まれるPEPCタンパク量が減少するにもかかわらずPEPC活性は維持されており,見かけ上のPEPC比活性が上昇することが観察されていた.KDAC欠損株やPEPC-K653R変異株ではPEPC比活性の上昇は見られなくなる.また,グルタミン酸生産条件で NCgl0616発現量は増加しており,PEPC-K653アセチル化レベルは低下している.以上を考慮すると,NCgl0616によるK653脱アセチル化はPEPCを活性化し,グルタミン酸生産に必要なPEPC流量を維持する役割をもつと考えられる(19)19) M. Nagano-Shoji, Y. Hamamoto, Y. Mizuno, A. Yamada, M. Kikuchi, M. Shirouzu, T. Umehara, M. Yoshida, M. Nishiyama & S. Kosono: Mol. Microbiol., 104, 677 (2017)..
C. glutamicumのグルタミン酸生産条件では,2-オキソグルタル酸デヒドロゲナーゼ(ODH)活性の低下を伴うことが知られている.ODHはクエン酸回路とグルタミン酸生成経路との分岐に位置する酵素であり,ODH活性の低下はグルタミン酸生成経路への代謝流量を上げるため,その制御はグルタミン酸生産にとって重要な意味を持つ.ODH活性の抑制にはOdhIと呼ばれる制御因子が関与する.OdhIはリン酸化に依存して自身の分子フォールディングを変化させ,非リン酸化型OdhIがODHのE1サブユニット(OdhA)に結合してODH活性を阻害する.筆者らは模倣変異やin vitroスクシニル化したOdhIを用いて,OdhIの132番目のリジン残基(K132)のスクシニル化がOdhAとの相互作用を阻害してODH活性を維持することを明らかにした(図3B図3■アシル化によるC. glutamicumの酵素活性調節).その効果はグルタミン酸生産に対してはネガティブであったが,スクシニル化がグルタミン酸生産にとって重要な代謝酵素であるODHの活性調節にかかわることを示したと言える(20)20) A. Komine-Abe, M. Nagano-Shoji, S. Kubo, H. Kawasaki, M. Yoshida, M. Nishiyama & S. Kosono: Biosci. Biotechnol. Biochem., 81, 2130 (2017)..
ところで,グルタミン酸生産条件で見られるアシル化修飾変化はどのようにして起きるのか? まずアセチル化の変化に着目した.アセチルCoAからアセチルリン酸生成反応を担うpta(phosphotransacetylase遺伝子)欠損により,非生産条件でタンパク質全体のアセチル化レベルが低下したことから,C. glutamicumでもアセチルリン酸に依存した非酵素的アセチル化が働いていると考えられる.しかし,グルタミン酸生産条件ではpta欠損の影響は見られず,またアセチルリン酸を蓄積すると予想されるackA(acetate kinase遺伝子)欠損もアセチル化レベルを上昇させることはなかった.このことから,グルタミン酸生産条件ではPta–AckA経路の代謝流量が減少しており,アセチル化基質が供給されないためにアセチル化が抑制されたと考えられる.ではいったい,代謝はどこに流れているのか? PEPC欠損株でグルタミン酸生産におけるアセチル化レベルの上昇が見られたことから,PEPCを介した補充経路へ流れていると考えられた.このような変化はPC欠損株では観察されず,グルタミン酸生産条件でPEPを起点とした代謝フラックスの切り替えが起きていることが示唆された(18, 19)18) Y. Mizuno, M. Nagano-Shoji, S. Kubo, Y. Kawamura, A. Yoshida, H. Kawasaki, M. Nishiyama, M. Yoshida & S. Kosono: MicrobiologyOpen, 5, 152 (2016).19) M. Nagano-Shoji, Y. Hamamoto, Y. Mizuno, A. Yamada, M. Kikuchi, M. Shirouzu, T. Umehara, M. Yoshida, M. Nishiyama & S. Kosono: Mol. Microbiol., 104, 677 (2017).(図4図4■グルタミン酸生産時のアシル化修飾変化).
グルタミン酸非生産条件(左)では,グルコースからの代謝フラックスはPta–AckA経路に流れ,アセチル化基質(アセチルCoAとアセチルリン酸)が供給される.PEPCを含むタンパク質のアセチル化が起こる.グルタミン酸生産条件(右)では,PEPCを介したオキサロ酢酸補充経路の代謝フラックスが増加し,Pta–AckA経路のフラックスは低下する.アセチル化基質が枯渇することからアセチル化が抑制される.NCgl0616が脱アセチル化によりPEPCを活性化して,PEPCフラックスの維持に寄与している.
一方,スクシニル化レベルの上昇について明確な答えは得られていない.グルタミン酸生産条件でODH活性は抑制されるため,ODHからのスクシニルCoA供給増加は期待できない.グリオキシル酸経路を経由したスクシニルCoA供給の可能性を考えたが,グリオキシル酸経路の欠損はスクシニル化とグルタミン酸生産に顕著な影響を与えなかった.スクシニルCoAは反応性が高いため,アセチル化基質が制限される状況ではスクシニル化が入りやすくなっているのではないかと考えている(18)18) Y. Mizuno, M. Nagano-Shoji, S. Kubo, Y. Kawamura, A. Yoshida, H. Kawasaki, M. Nishiyama, M. Yoshida & S. Kosono: MicrobiologyOpen, 5, 152 (2016)..つまり,グルタミン酸生産条件で観察されたアシル化修飾変化は,PEPを起点とした代謝フラックス変化を反映していると考えられる.
細菌においてタンパク質のアセチル化やスクシニル化は栄養環境や代謝状態に応じて変化し,それがタンパク質の機能調節にかかわることがわかってきた.その影響は代謝や翻訳に及ぶことから,栄養環境に対する細胞応答の分子メカニズムとして働く可能性がある.一方,個々のアシル化修飾が細胞応答や増殖に与える影響を表現型として捉えられた例は限られている.その理由として,修飾を受けているタンパク質の割合が大きくないことが挙げられる.しかしながら,1細胞レベルで見ると修飾の割合が大きい細胞とそうでない細胞があり,前者では修飾は細胞に対して何らかの影響を及ぼすかもしれない.修飾による細胞の応答の違いは,細胞の「個性」の問題ともかかわってくる.また,細菌ではアセチル化とスクシニル化の多くが非酵素的に起こることを考えると,代謝を反映した痕跡であり1種のストレスだという見方もある(21)21) G. R. Wagner & M. D. Hirschey: Mol. Cell, 10, 5 (2014)..しかし,それはどのような栄養環境を経てきたかの「記憶」と捉えることもできる.細菌のアシル化修飾の研究はまだ始まったばかりだが,今後もその意義とインパクトを追求していきたい.
Reference
1) V. G. Allfrey, R. Faulkner & A. E. Mirsky: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 51, 786 (1964).
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16) S. Suzuki, N. Kondo, M. Yoshida, M. Nishiyama & S. Kosono: Microbiology, 10.1099/mic0.000737 (Epub ahead of print) (2018).