解説

離島大国「日本」における微生物創薬の現状と可能性日本は微生物の宝庫

Current State and Availability of Microbial Drug Discovery in Remote Islands Power “Japan”: Japan Is a Grate Source of Microbes

Kenichi Nonaka

野中 健一

北里大学

Published: 2019-01-20

1928年に青カビの代謝産物から世界初の抗生物質となるペニシリンが発見されて以来,微生物から数多くの生物活性物質が発見され,医薬品の開発に多大なる貢献を果たして来た.1990年代になると科学技術の発展とともに製薬業界でもロボットによる化合物合成が採用されることになり,手間とコストのかかる微生物創薬が衰退していった.しかし,現在でも上市されている医薬品の約6割は天然化合物に関連していると言われている.微生物創薬の歴史を振り返りながら「日本」という立場と筆者の専門である菌類学の見地から現状と将来の可能性について紹介したい.

微生物創薬の草創期

1928年にイギリスの細菌学者アレクサンダー・フレミング博士は世界最初の抗生物質であるペニシリンを糸状菌(いわゆるカビ)の一種であるPenicillium notatumの培養液中から発見した(1)1) A. Fleming: Br. J. Exp. Pathol., 10, 226 (1929)..暫くサルファ剤の陰に隠れることとなったが,1940年のペニシリンの再発見により臨床的に細菌感染症の顕著な治療効果が示され,化学療法は大いなる発展を遂げることとなった.その後,1944年にアメリカの生化学者セルマン・エイブラハム・ワックスマン博士により抗結核作用をもつストレプトマイシンが放線菌の一種であるStreptomyces griseusから発見され(2)2) A. Schatz, E. Bugie & S. A. Waksman: Proc. Exptl. Biol. Med., 55, 66 (1944).,この後より糸状菌および放線菌から新たな抗生物質が次々と発見されることとなる.

この偉大なる2名の科学者の業績に対し,フレミング博士は1945年に,ワックスマン博士は1952年にそれぞれノーベル生理学・医学賞を受賞した.

微生物創薬の黄金期

1950年代以降になると日本の製薬企業,大学でも本格的な微生物創薬が始まり,抗細菌薬ロイコマイシン(生産菌Streptomyces kitasatoensis,報告年1953年),抗がん剤マイトマイシン(生産菌Streptomyces caespitosus,報告年1956年),高コレステロール治療薬プラバスタチン(生産菌Penicillium citrinum,報告年1976年),抗寄生虫薬イベルメクチン(生産菌Streptomyces avermectinius,報告年1979年),免疫抑制剤タクロリムス(生産菌Streptomyces tsukubaensis,報告年1984年),抗真菌薬ミカファンギン(生産菌Coleophoma empetri,報告年1989年)など,例を挙げればきりがないほどの医薬品が微生物の作り出す化合物から開発された(3~8)3) T. Hata, Y. Sano, N. Ohki, Y. Yokoyama, A. Matsumae & S. Ito: J. Antibiot., 6, 87 (1953).4) T. Hata & R. Sugawara: J. Antibiot., 9, 147 (1956).5) A. Endo, M. Kuroda & K. Tanzawa: FEBS Lett., 72, 323 (1976).6) R. W. Burg, B. M. Miller, E. E. Baker, J. Birnbaum, S. A. Currie, R. Hartman, Y. L. Kong, R. L. Monaghan, G. Olson, I. Putter et al.: Antimicrob. Agents Chemother., 15, 361 (1979).7) T. Kino, H. Hatanaka, M. Hashimoto, M. Nishiyama, T. Goto, M. Okuhar, M. Kohsaka, H. Aoki & H. Imanaka: J. Antibiot. (Tokyo), 40, 1249 (1987).8) A. Fujie: Pure Appl. Chem., 79, 603 (2007).

このなかでも顕著な業績として,イベルメクチンを発見した大村智博士(北里大学特別栄誉教授)が2015年に微生物創薬分野で3人目となるノーベル生理学・医学賞の受賞となり,スタチンを発見した遠藤章博士(東京農工大学名誉教授)が2017年にガードナー国際賞の受賞となった.

このように日本から数多くの医薬品が微生物から発見された背景として,古くは醍醐(奈良時代のバターのようなもの)に始まり,味噌・醤油・焼酎などの微生物を利用した発酵技術を古来より現在に至るまで伝統的に培って来た土台と,日本人のきめ細かく,丁寧かつ真面目で諦めない性格が微生物創薬に向いているのであろうと考えている.

微生物創薬の衰退期

1990年代に入ると科学技術の進歩が著しくなりさまざまな業界でロボットが導入され始めた.製薬業界も例外ではなく,ロボットの導入により創薬の現場がハイスループット化された.特に短時間で10万化合物も合成可能なコンビナトリアルケミストリーが登場したことで,評価効率の大幅な向上に成功した.その一方で,手間とコストのかかる微生物創薬の地位が製薬業界のなかで急落し,多くの製薬企業が微生物創薬から撤退することとなった.

さらに微生物創薬の衰退とともに低分子化合物を成分とする医薬品自体も僅かながら衰退し始めており,代わりに抗体医薬などが台頭して来ている.微生物創薬を推進している筆者としても非常に残念な状況であるが,現在でも上市されている低分子医薬品の6割が天然物に由来している状況を考えると,微生物が作り出す低分子化合物は創薬の現場でいまだ重要な役割を果たしており,その地位は揺らいでいない(9)9) D. J. Newman & G. M. Cragg: J. Nat. Prod., 79, 629 (2016).

微生物代謝産物の底力

コンビナトリアルケミストリーでは,何十万化合物を合成できたとしても機能不明な化合物も多く,現在の技術であっても合成で作り出す化合物に構造的多様性をもたせることが難しい.そのため新しい評価系を立ち上げたときのヒット率の予測が難しく,製品化までたどり着けないことも意外と多い.それに引き換え,微生物は何らかの意味をもって二次代謝産物(低分子化合物)を生産しているものと考えられる.たとえば,植物内生菌であれば宿主である植物が物理的に傷つけられた場合,植物病原菌の餌食となってしまい,宿主に被害があれば内生菌にも被害が及ぶことから,内生菌は宿主(間接的には自分)を守るために抗菌物質を生産する(10)10) S. K. Deshmukh, M. K. Gupta, V. Prakash & S. Saxena: J. Fungi (Basel), 4, 77 (2018)..昆虫寄生菌であれば,宿主である昆虫に寄生する際に昆虫の体を加水分解酵素で破壊しながら菌糸を侵入させるが,昆虫にも免疫システムが備わっているため簡単には寄生できない.その対抗策として免疫抑制作用のある化合物を生産して昆虫の免疫を抑えることによって菌類が昆虫に寄生することが可能となり,次いで昆虫の神経毒となる化合物で昆虫を弱らせて宿主全体を乗っ取っている(11)11) S. S. Sandhu, A. K. Sharma, V. Beniwal, G. Goel, P. Batra, A. Kumar, S. Jaglan, A. K. Sharma & S. Malhotra: J. Pathogens, 2012, 126819 (2012)..このように過酷な自然界で生き残る生存戦略として,微生物はさまざまな機能をもつ二次代謝産物を生産している.このような生態システムに着目することにより,集中的に植物内生菌を集めれば抗菌剤の開発が効率的となり,昆虫寄生菌を集めれば免疫抑制剤や殺虫剤の開発を効率的に行うことができる.

このことが現在でも上市されている低分子医薬品の6割が天然化合物に由来しているゆえんである.新規医薬品を開発するには成分となる化合物の構造に新規性が求められる.菌類(いわゆるカビ,キノコ,酵母の総称)を例に取ると分類学的な「種」と生産される化合物の間には高い相関性があることが経験的にわかっている.つまり,誰もが収集できるようなありふれた菌類からは既に知られている化合物しか取得できない確率が非常に高い.効率良く新規化合物を取得するには「種」が異なる多様な菌類をいかに収集できるかが鍵になると考えている.上述の相関性を考慮すると,まだ誰も見つけていない未知の菌類や分離頻度の非常に低い珍しい菌類の収集も非常に有効であると考えている.実際に,私たちの研究グループでは新規化合物が得られる確率は既知種の菌類と比べ未知種の菌類のほうが高い傾向にある.幸いにも「日本」は多様な菌類の収集を可能とする世界有数の自然環境である.

微生物の生息地としての「日本」

日本の面積は約37.8万km2で世界第62位となっている.地球上の全陸地における日本の占める面積は0.25%に過ぎず,世界的に見ても小さい島国である.しかしながら,日本には実に多様な生物が生息しており微生物も例外ではない.筆者が専門としている菌類を例にとると,現在までに約10万種もの菌類が世界中で見つかっており(12)12) P. M. Kirk, P. F. Cannon, D. W. Minter & J. A. Stalpers: “Dictionary of the Fungi 10th Edition”, CABI Europe - UK, 2008.,日本からはそのうち1万5千種が見つかっている(13)13) 勝本 謙:“日本産菌類集覧”,日本菌学会関東支部,2010..生物の多様性は温帯地域よりも熱帯地域で高い傾向にあり,特に熱帯雨林で最も高いと言われている.インドネシア,マレーシアなどの東南アジア諸国がその典型であるが,日本は主に温帯地域であるにもかかわらず,これら諸国に引けを取らないほどの多様な生物が生息している.その要因として,1)日本には四季があること,2)亜寒帯地域から熱帯地域までの幅広い気候帯を有していること,3)世界でもトップレベルの離島数を要する島国であること,が考えられる.

日本には四季があるため季節ごとに異なる種の植物が生育し,昆虫も成虫として活動する季節が種によって異なる.さらに,植物病原菌や昆虫寄生菌は特定の宿主に感染するものが多いため,その季節に出現する植物や昆虫に合わせて,それらに感染する菌類も出現する.四季に加え日本には雨期に当たる梅雨と秋雨の時期が存在する.菌類であるキノコは雨上がりに発生する種が多く,梅雨と秋雨の時期でも異なるキノコが発生する.土壌中の糸状菌ですら同じ地域であっても季節によって出現する種が異なる.

生物の生息範囲は気候によっても異なる.北海道は亜寒帯気候,本州・四国・九州は温帯気候,沖縄県の八重山諸島などは熱帯気候に区分される.気候帯ごとに異なる植物や昆虫が生息しており,このことも多様な気候帯を有する日本の生物を多様化している要因の一つとなっている.私たちの研究グループでは日本全国から菌類を分離・収集を行っているが,実際に北海道,本州と沖縄では出現する菌類がそれぞれ異なる傾向が認められる.

日本は世界でもトップレベルの離島数を要する「離島大国」である.具体的な数としては1位のインドネシアが約17,500, 2位のフィリピンが約7,500, 3位が日本で6,852(国土交通省調べ)と続き,インドネシアが2位を大きく引き離している.次いで4位が韓国で約3,300であり,離島の多くはアジア圏に集中している.離島は本土から隔離された環境であることから,独自の進化を遂げた固有生物が存在する.対馬のツシマヤマネコ,与那国島のヨナグニイソノギク,御蔵島のミクラミヤマクワガタなどが該当し,限られた狭い地理的範囲にしか生息していないため,発見された地域に因んだ名前が付けられていることが多い.特に2011年に世界自然遺産に登録された小笠原諸島は固有種の宝庫で,小笠原諸島に生息している全植物の40%が固有種であるとも言われている(14)14) 特定非営利活動法人 小笠原野生生物研究会:“小笠原の植物 フィールドガイド”,風土社,2002, p. 7..当然,目に見えない菌類にも固有種が存在すると考えられており,何十年もの間,発見された離島以外の地域から見つかっていない例も多々ある.地理的な距離が近いと島と島,または島と本土の間を生物が行き来できてしまうが,「日本」に6,852もの島があることを考えると相当数の固有種が生息していることが推測できる.

これら3つの要因を総合的に考えると「日本」は微生物の宝庫であることが伺える.前述にて世界中で発見されている菌類は10万種(そのうち日本は1万5千種)であると紹介したが,地球上には150万種とも500万種とも言われる菌類が生息していると推測されており(15, 16)15) D. L. Hawksworth: Mycol. Res., 105, 1422 (2001).16) M. Blackwell: Am. J. Bot., 98, 426 (2011).,単純に世界の菌類の15%が日本に生息していると考えると,22.5から75万種もの菌類が日本に生息していることになる.これら未発見の菌類を効率良くかつ簡便に収集できれば,今後も菌類から新しい医薬品が生まれる可能性が十分に秘められている.

微生物分離法・培養法

糸状菌の様な微生物であっても地理的分布が存在し,植物や動物の様に「種」ごとに生息する地域が異なっている.そのため目に見えない微生物であれば,誰も調査を行っていない地域から採集を行うことで簡単に未知種の微生物を見つけることができる.日本に生息していると推測される菌類のポテンシャルを考えると土壌中や植物には極めて多くの微生物が人目に触れず潜んでいる.実際に土壌や植物から糸状菌などを分離する際の方法を工夫しなくとも,近年では毎年約1,000種の菌類が世界中で発見されており,新種として発表されている(15)15) D. L. Hawksworth: Mycol. Res., 105, 1422 (2001)..当然ながら分離方法の工夫次第では新種の発見効率はさらに向上すると考えられる.土壌中の糸状菌や細菌の分離・培養を行うには寒天培地を用いるのが一般的であるが,19世紀に寒天培地が開発されて以来,現在に至るまでほとんど変化がない.近年になり,寒天以外の新しい固化剤が開発されてきており,セルロースプレートもその一つである(17)17) S. Deguchi, M. Tsudome, Y. Shen, S. Konishi, K. Tsujii, S. Ito & K. Horikoshi: Soft Matter, 3, 1170 (2007)..セルロースプレートは寒天培地と比べ,熱や酸・塩基に対して安定であり,好熱菌や好酸菌の培養に非常に効果を発揮している(17)17) S. Deguchi, M. Tsudome, Y. Shen, S. Konishi, K. Tsujii, S. Ito & K. Horikoshi: Soft Matter, 3, 1170 (2007)..中温域で生育する一般的な細菌や酵母も寒天培地と同様に培養可能である(17)17) S. Deguchi, M. Tsudome, Y. Shen, S. Konishi, K. Tsujii, S. Ito & K. Horikoshi: Soft Matter, 3, 1170 (2007)..しかし,一般的な糸状菌の培養に使用された例はない.そこで,筆者はセルロースプレートを土壌中の糸状菌の分離に用いることで,一般的な糸状菌の培養および分離に利用できるか確認した.その結果,土壌中の糸状菌はセルロースプレート上で寒天培地上と同様に生育し,土壌からの糸状菌の分離にも利用可能であることがわかった.そのうえ,セルロースプレートと寒天培地では共通して出現した糸状菌は全体の約半数と重複が少ない.そのため,これらを併用すると個々の培地で分離を行なったときと比べ,一つの土壌から分離できる種数が大幅に向上した(18)18) K. Nonaka, N. Todaka, S. Ōmura & R. Masuma: J. Antibiot. (Tokyo), 67, 755 (2014)..また,この中には多くの未知の糸状菌が含まれていたため,いくつかを新種として発表してきた(19, 20)19) S. Kaifuchi, K. Nonaka, S. Ōmura & R. Masuma: Mycoscience, 54, 291 (2013).20) K. Nonaka, T. Ishii, K. Shiomi, S. Ōmura & R. Masuma: Mycoscience, 54, 394 (2013)..微生物の分離方法は100年以上もの間進化していないため,科学技術が成熟して来た現在であっても,新しい方法論をいくらでも開拓できる数少ない研究分野であるとも言える.

図1■上段:各種培地上に出現したコロニーの様子,下段:セルロースプレートで分離した新種糸状菌

一方,微生物に化合物を生産させる培養方法や容器も同じものが長い間利用されて来た.微生物に化合物を生産させるにはガラス製の試験管,三角フラスコ,坂口フラスコ,もしくはこれらより大量に培養可能なジャー培養装置を用いる(21)21) 岸本通雅,堀内淳一,熊田陽一:生物工学,90, 192 (2012)..培養の仕方も振とう培養装置で培養液を撹拌させるか,そのまま放置(静置)する程度でそれほど多くの選択肢はない.そのため,培地成分,培養温度,pH,溶存酸素量,回転数程度しか培養条件を工夫する余地がない.新しい化合物を生産させるには,やはり培養に用いる微生物が鍵となる.同じような微生物しか収集できなければ,同じ構造の化合物を何度も単離してしまう要因となり,新しい化合物の発見率の低下にもつながってしまう.このことが微生物創薬の衰退を招いた原因であると考えられる.

ここ10年ほどでゲノム解析技術が大幅に発展し,微生物であれば安価かつ簡便に全ゲノム配列を解読できる時代に突入した.微生物のゲノム配列から化合物を生合成するために必要な遺伝子も比較的簡単に特定できるようになり,一つの微生物が作り出せる化合物の数や構造も推定できるようになって来た.たとえば,麹かびの1種であるAspergillus oryzaeからは,これまでに5つの化合物が報告されて来たが,ゲノム解析により55もの化合物の生合成遺伝子を保有していることが判明した(22)22) N. P. Keller, G. Turner & J. W. Bennett: Nat. Rev. Microbiol., 3, 937 (2005)..ほかの糸状菌においてもだいたい同様であり,保有している生合成遺伝子の1~2割程度しか人間の技術では引き出せていないことが明らかとなった.

そのため,近年では働いていない生合成遺伝子をいかに働かせて新しい化合物を生産させるかということに世界中の研究者が取り組んでいる.遺伝子工学的手法では,直接遺伝子を操作することにより強制的に遺伝子を発現させ,いくつもの化合物の生産に成功している(23)23) A. A. Brakhage & V. Schroeckh: Fungal Genet. Biol., 48, 15 (2011)..しかしながら,糸状菌の生合成遺伝子クラスターの発現は複雑であるため膨大な時間とコストを要する.そこで,簡便な方法で糸状菌に新しい化合物を作らせる試みとして,2種の異種糸状菌を混合状態で培養する共培養法,糸状菌の光受容体に光照射による刺激を与えることで生合成遺伝子を発現させる光照射培養法,低分子化合物(HDAC阻害剤)を培地に添加するという簡便な方法で糸状菌の遺伝子が発現しやすい状態にして化合物生産を行うケミカルエピジェネティクスなどいくつもの方法が登場し,微生物の化合物生産方法が進化して来ている(24~26)24) S. Bertrand, N. Bohni, S. Schnee, O. Schumpp, K. Gindro & J. L. Wolfender: Biotechnol. Adv., 32, 1180 (2014).25) T. Miyake, A. Mori, T. Kii, T. Okuno, Y. Usui, F. Sato, H. Sammoto, A. Watanabe & M. Kariyama: J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 32, 103 (2005).26) 浅井禎吾,大島吉輝:化学と生物,51,13(2013)..私たちの研究グループでも共培養法や低分子化合物を利用した培養方法でいくつもの新しい化合物を発見や化合物生産量の向上に成功している(未発表含む)(27~29)27) K. Nonaka, T. Abe, M. Iwatsuki, M. Mori, T. Yamamoto, K. Shiomi, S. Ōmura & R. Masuma: J. Antibiot. (Tokyo), 64, 769 (2011).28) K. Nonaka, T. Chiba, T. Suga, Y. Asami, M. Iwatsuki, R. Masuma, S. Ōmura & K. Shiomi: J. Antibiot. (Tokyo), 68, 530 (2015).29) K. Nonaka, M. Iwatsuki, S. Horiuchi, K. Shiomi, S. Ōmura & R. Masuma: J. Antibiot. (Tokyo), 68, 573 (2015).

図2■異種糸状菌の共培養で取得した化合物

しかし,共培養法ではどのような糸状菌の組み合わせでも化合物生産に変化が現れるのではなく,現時点では偶然性が高く,組み合わせの規則性も明確には解明されていない.光照射培養では生育促進効果は現れるが化合物生産性には変化がない種も多く,逆に負に働いて化合物生産性が低下することもある.ケミカルエピジェネティクス法でも現時点では化合物生産性に顕著な変化が現れるのは全試験菌の1割程度であるため汎用性に課題がある.このように近年検討されている手法は,まだまだ発展途上の段階であり,今後大幅に発展することが予測される.

おわりに

微生物創薬分野では微生物の分離方法や化合物の生産方法が数十年以上もの間,同じ方法で行われて来た歴史がある.有機合成分野ではロボットの導入で大幅な発展を遂げることになり,近年ではAI(人工知能)も参入しつつある.一方で,微生物を扱う分野は保守的な印象があり,これまでの歴史のなかで新しい手法が生まれても定着することは希であった.当然,ロボットやAIの導入にも取り残された感があり,先進的研究とはかけ離れた古典的な研究分野であると指摘する研究者も存在する.製薬企業ではコンビナトリアルケミストリーによるハイスループット化が主流となり,手間とコストのかかる微生物創薬が衰退していった.しかしながら,先にも述べたように微生物が作り出す天然化合物には無限の可能性がある.しかも,「日本」は四季と多様な気候帯があり,6,800以上もの離島を要する離島大国である.そのため「日本」は世界有数の微生物の生息地である.微生物創薬が衰退し始めた2000年頃から新しい微生物の分離法や化合物生産法が次々と登場し始めて来ている.現時点では,これら新しい方法も発展途上の段階であるが,ある程度完成に近づいて来たときに再びブレイクスルーがやってくると信じている.遺伝子工学であれ,共培養であれ,ケミカルエピジェネティクスであれ,微生物がなければ研究は進まない.しかも微生物創薬分野では多様な種の微生物に対する汎用性が求められる.そのため,私たちの研究グループのように将来を見据えて多様な微生物をライブラリー化している研究機関には強みがある.筆者は専門である微生物の分離・分類の分野で新たな方法論の開発,導入に取り組みながら,ほかの研究機関で保有していない微生物の収集に取り組む努力を継続していく.微生物創薬が再興と復権するその日まで.

図3■北里生命科学研究所の菌株保管庫の様子

Reference

1) A. Fleming: Br. J. Exp. Pathol., 10, 226 (1929).

2) A. Schatz, E. Bugie & S. A. Waksman: Proc. Exptl. Biol. Med., 55, 66 (1944).

3) T. Hata, Y. Sano, N. Ohki, Y. Yokoyama, A. Matsumae & S. Ito: J. Antibiot., 6, 87 (1953).

4) T. Hata & R. Sugawara: J. Antibiot., 9, 147 (1956).

5) A. Endo, M. Kuroda & K. Tanzawa: FEBS Lett., 72, 323 (1976).

6) R. W. Burg, B. M. Miller, E. E. Baker, J. Birnbaum, S. A. Currie, R. Hartman, Y. L. Kong, R. L. Monaghan, G. Olson, I. Putter et al.: Antimicrob. Agents Chemother., 15, 361 (1979).

7) T. Kino, H. Hatanaka, M. Hashimoto, M. Nishiyama, T. Goto, M. Okuhar, M. Kohsaka, H. Aoki & H. Imanaka: J. Antibiot. (Tokyo), 40, 1249 (1987).

8) A. Fujie: Pure Appl. Chem., 79, 603 (2007).

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12) P. M. Kirk, P. F. Cannon, D. W. Minter & J. A. Stalpers: “Dictionary of the Fungi 10th Edition”, CABI Europe - UK, 2008.

13) 勝本 謙:“日本産菌類集覧”,日本菌学会関東支部,2010.

14) 特定非営利活動法人 小笠原野生生物研究会:“小笠原の植物 フィールドガイド”,風土社,2002, p. 7.

15) D. L. Hawksworth: Mycol. Res., 105, 1422 (2001).

16) M. Blackwell: Am. J. Bot., 98, 426 (2011).

17) S. Deguchi, M. Tsudome, Y. Shen, S. Konishi, K. Tsujii, S. Ito & K. Horikoshi: Soft Matter, 3, 1170 (2007).

18) K. Nonaka, N. Todaka, S. Ōmura & R. Masuma: J. Antibiot. (Tokyo), 67, 755 (2014).

19) S. Kaifuchi, K. Nonaka, S. Ōmura & R. Masuma: Mycoscience, 54, 291 (2013).

20) K. Nonaka, T. Ishii, K. Shiomi, S. Ōmura & R. Masuma: Mycoscience, 54, 394 (2013).

21) 岸本通雅,堀内淳一,熊田陽一:生物工学,90, 192 (2012).

22) N. P. Keller, G. Turner & J. W. Bennett: Nat. Rev. Microbiol., 3, 937 (2005).

23) A. A. Brakhage & V. Schroeckh: Fungal Genet. Biol., 48, 15 (2011).

24) S. Bertrand, N. Bohni, S. Schnee, O. Schumpp, K. Gindro & J. L. Wolfender: Biotechnol. Adv., 32, 1180 (2014).

25) T. Miyake, A. Mori, T. Kii, T. Okuno, Y. Usui, F. Sato, H. Sammoto, A. Watanabe & M. Kariyama: J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 32, 103 (2005).

26) 浅井禎吾,大島吉輝:化学と生物,51,13(2013).

27) K. Nonaka, T. Abe, M. Iwatsuki, M. Mori, T. Yamamoto, K. Shiomi, S. Ōmura & R. Masuma: J. Antibiot. (Tokyo), 64, 769 (2011).

28) K. Nonaka, T. Chiba, T. Suga, Y. Asami, M. Iwatsuki, R. Masuma, S. Ōmura & K. Shiomi: J. Antibiot. (Tokyo), 68, 530 (2015).

29) K. Nonaka, M. Iwatsuki, S. Horiuchi, K. Shiomi, S. Ōmura & R. Masuma: J. Antibiot. (Tokyo), 68, 573 (2015).