Kagaku to Seibutsu 57(2): 134-135 (2019)
農芸化学@High School
人為的環境の変化によるミドリムシの疎密パターン形成
Published: 2019-01-20
本研究は,日本農芸化学会2018年度大会(開催地:名城大学)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.葉緑体をもち光合成をする植物,鞭毛運動や体を変形させることで移動する動物,両者の性質をもつ単細胞藻類のミドリムシ,その不思議な生態に魅せられて,発表者らはこの研究をスタートさせた.その先には,地球環境の未来を支えるヒントが隠されているのかもしれない.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
一昨年,ミドリムシ研究班に参加し,ミドリムシの大量培養に挑戦した際,培養していたミドリムシが不思議な模様を形成していることに気が付いた.過去の論文を調べてみると,これはミドリムシの疎密パターンと呼ばれる現象だとわかった(1, 2)1) 洲崎敏伸:動物生理,3(2), 45 (1986).2) 永瀧 誠:数理解析研究所講究録,1313, 36 (2003)..近年,ミドリムシの栄養剤やバイオエタノールへの活用が注目されているなか,私たちは,ミドリムシ自体の行動の謎に立ち返って研究を進めることとした.
ミドリムシはその下部から強い光を浴びると水面付近に浮上する.しかし,水面のミドリムシ濃度が高くなると,酸素が欠乏状態に近くなり,ミドリムシは快適な環境を求め底に向かって遊泳する.この動きを繰り返し,水の対流が生じる.これがミドリムシ培養液の疎と密の部分を作り出すメカニズムであり,この現象を「ミドリムシの疎密パターン」という(2, 3)2) 永瀧 誠:数理解析研究所講究録,1313, 36 (2003).3) T. Ogawa et al.: Plos ONE, 11, e0168114 (2016).(図1図1■疎密パターン形成の原理を示す模式図(Robins, 1952)).
ミドリムシの生育環境では起こりえない条件(下部からの光照射などのことを指す)を作り出すと,ミドリムシは疎密パターンを形成する.本実験においては,光照射に加えて,電極の挿入や酸性溶液の添加による干渉の方法を探究し,これまで明らかにされていなかったミドリムシの集団行動の謎に迫ることを目的とした.
透明なシャーレ(直径9 cm)にミドリムシ培養液30 mLを入れ,下部から適量の光(3,900 lx)を照射し,疎密パターンが生じるか観察した.
光照射により標準疎密パターンを生じさせた状態の培養液に,電極を挿入し,電極間に微弱な電流を流し(5.0 V, 3分間),パターンの変化を観察した.
光照射により標準疎密パターンを生じさせた状態の培養液に,pH 5.5に希釈した炭酸水,pH 5.5に希釈した塩酸または水を,それぞれシャーレの中心部に液面を乱さないように1 mL添加し,パターンの変化を観察した.
下部から約3分間,光照射を行うことで,ミドリムシは典型的な粗密パターンを形成した(図2a図2■ミドリムシの粗密パターンとその変化).このパターンを「標準疎密パターン」とした.
同じ微生物であるゾウリムシには,電極間に微弱電流を流すことで陰極側に集まる性質があることが知られている.そこで,標準疎密パターンを形成したミドリムシに微弱な電流を流したところ,ゾウリムシの場合と同様にミドリムシは陰極側に偏った(図2b図2■ミドリムシの粗密パターンとその変化).
ミドリムシは一般に,酸性環境を好むことが知られていることから,標準疎密パターンを形成した状態に酸性溶液を添加し,パターンの変化を調べた.その結果,炭酸水および塩酸を加えたものは,溶液注入地点を中心に避けるような広がりを見せ,標準とは異なるパターンを形成した.なお塩酸によるパターンは,炭酸水によるものよりもコントラストが強く現れていた.これは,強酸と弱酸の違いが影響していたと考えられる.一方,水を加えたものでは標準粗密パターンは解消された(図2c図2■ミドリムシの粗密パターンとその変化).
本研究では,光照射によって形成されたミドリムシの標準疎密パターンを,通電や酸性溶液の添加による干渉で修飾できることを観察した(図3図3■実験全体の関係を示す模式図).
ミドリムシは一般に酸性環境を好むが,本実験においては,添加した酸性溶液を避けるような結果となった.しかし,本実験では,結果として標準粗密パターンと同じスケールのものを繰り返しておらずミドリムシの濃度が一定でなかったこと,また,酸性溶液添加時の水流の影響も否定できないことから,今回は酸性溶液の影響についての結論は見送ることとした.一方,通電の実験においては,ミドリムシ培養液に直接的に干渉する条件を上手く作りだすことができた.ここでは,ミドリムシの陰極側への明確な走性を認め,電位を操作することでミドリムシの疎密パターンをコントロールできるのではないかとの結論に至った.なお,その理由は現段階では解明できておらず,ミドリムシの集団行動についても謎が深まるばかりであった.
既に形成されているミドリムシの疎密パターンを,さらに人為的に修飾できることを示すことができた.今後,より詳細な干渉条件の検討を行うとともに,疎密パターンの数式化を目指したい.
人為的干渉によるミドリムシの疎密パターン形成・修飾には,生物学的,化学的,物理学的,それぞれの要因が複雑に影響し,その解明には多くの困難が予想される.問題を一つひとつ解決し,ミドリムシの集団行動の秘密に迫ることで,より効率的なミドリムシの培養法の確立や,この不思議な生き物がもつ無限の可能性を拡げていければと思っている.
(文責「化学と生物」編集委員)
Reference
1) 洲崎敏伸:動物生理,3(2), 45 (1986).
2) 永瀧 誠:数理解析研究所講究録,1313, 36 (2003).