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腸内細菌によるmiRNAを介した腸管上皮透過性の調節腸管上皮におけるmiRNAの役割

Kyoko Takahashi

高橋 恭子

日本大学生物資源科学部

Published: 2019-02-20

腸管には,成人では数十兆個に及ぶと言われる莫大な数の腸内細菌が生息している.これらの腸内細菌は多彩な生理作用を示し,宿主の健康維持に重要な役割を果たす.一方,腸内細菌叢の乱れがさまざまな疾患のリスクとかかわることがこれまで数多く報告されてきている.本稿では,特に,腸管の広大な粘膜面を覆う腸管上皮細胞に対する腸内細菌の作用に焦点を当てる.腸管上皮は,食品成分を吸収するというよく知られた役割に加え,腸管管腔から体内への異物の侵入に対する物理的および化学的バリアとして機能し,また,管腔のさまざまな抗原の情報を受け取って上皮下に存在する免疫細胞へ伝達して適切な免疫反応を惹起させる.腸管上皮細胞は,腸内細菌からの刺激を常に最前線で受け取ることから,このような腸管上皮機能は腸内細菌による強い制御を受けることが予想される.

腸管上皮細胞は隣り合う細胞同士がお互いに強く密着し,単層の細胞層を形成している.口や肛門につながる腸管管腔は,「内なる外」と言われるとおり外界と通じる空間である.したがって,体の外と内がたった一層の上皮層により隔てられているということになる.腸管の管腔には大量の腸内細菌が存在するのに加え,食事のたびに食品抗原にさらされ,また時には病原菌が侵入してくる.腸管上皮の透過性が亢進すると,これらの外来抗原が体内へ流入し,強い炎症反応や過剰な免疫応答が誘導されてしまう.上皮バリア機能の破綻を防ぎ上皮透過性を適切に制御することが腸管における恒常性の維持に不可欠である.この制御は主に,隣り合う細胞同士がお互いの細胞膜タンパク質間で結合するタイトジャンクションと呼ばれる構造を形成することによる.

近年,ゲノム中のアミノ酸配列情報をコードしない領域も活発に転写され,生じた非コードRNAがさまざまな生理機能をもつことが注目されている.低分子非コードRNAであるmiRNAは,通常,標的mRNAの3′非翻訳領域に相補的に結合し,mRNAからタンパク質への翻訳を抑制,あるいは標的mRNAの分解を引き起こすことにより,遺伝子発現を負に制御する.このようなmiRNAによる遺伝子発現制御が,発生,分化,代謝,細胞死,細胞増殖などの生物学的プロセスにおいて重要な役割を果たすことが知られている.最近,われわれは,腸内細菌が腸管上皮細胞のmiRNA発現に影響を及ぼすことにより腸管上皮透過性を調節することを見いだした(1)1) K. Nakata, Y. Sugi, H. Narabayashi, T. Kobayakawa, Y. Nakanishi, M. Tsuda, A. Hosono, S. Kaminogawa, S. Hanazawa & K. Takahashi: J. Biol. Chem., 292, 5426 (2017).ので以下に紹介する.

まず,腸内細菌が存在する通常マウスと腸内細菌が存在しない無菌マウスの小腸および大腸の上皮細胞を調製し,miRNA発現を網羅的に比較した.その結果,両者で発現に顕著な差のあるmiRNAが認められ,腸内細菌が腸管上皮細胞のmiRNA発現に影響を及ぼすことが確認された.このうち,腸内細菌により発現が誘導されるmiRNAとして同定されたmiR-21-5pが,腸管上皮透過性を亢進させることが明らかになった.この機構として,タイトジャンクションを形成するタンパク質オクルディンやクローディン-4の発現が抑制されることが示された.さらに,miR-21-5pによるこれらのタイトジャンクション関連タンパク質の発現抑制は低分子量GTPアーゼARF4依存的であり,miR-21-5pが標的遺伝子であるphosphatase and tensin homolog(PTEN)やprogrammed cell death 4(PDCD4)の発現を抑制することによりARF4誘導シグナルを活性化してその発現を誘導することが明らかになった(図1図1■腸内細菌によるmiR-21-5pを介した腸管上皮透過性の調節機構の概要).これらの結果から,定常時にはmiR-21-5pおよび上皮透過性の恒常性が保たれているが,腸内細菌叢の乱れによりmiR-21-5pが過剰に発現された場合に上述の機構により上皮透過性が亢進されるのではないかと考えている.

図1■腸内細菌によるmiR-21-5pを介した腸管上皮透過性の調節機構の概要

miRNAの成熟化に必須のDicer1を腸管上皮細胞特異的にノックダウンしたマウスにおいては腸管における感染に対して感受性が高まることが報告されるなど(2)2) M. Biton, A. Levin, M. Slyper, I. Alkalay, E. Horwitz, H. Mor, S. Kredo-Russo, T. Avnit-Sagi, G. Cojocaru, F. Zreik et al.: Nat. Immunol., 12, 239 (2011).,腸管上皮細胞におけるmiRNAが上皮細胞の分化や機能にかかわることが示されている(3, 4)3) L. B. McKenna, J. Schug, A. Vourekas, J. B. McKenna, N. C. Bramswig, J. R. Friedman & K. H. Kaestner: Gastroenterology, 139, 1654 (2010).4) R. R. Chivukula, G. Shi, A. Acharya, E. W. Mills, L. R. Zeitels, J. L. Anandam, A. A. Abdelnaby, G. C. Balch, J. C. Mansour, A. C. Yopp et al.: Cell, 157, 1104 (2014)..さらに,腸管上皮細胞はエクソソームと呼ばれる微小な膜小胞体を分泌し,このなかにはタンパク質に加えてmiRNAをはじめとするRNAが含まれる.分泌されたエクソソームは,ほかの細胞へ取り込まれ,細胞間でその内容物がやり取りされ,情報交換が行われる.したがって,細胞内に発現するmiRNAに加えてこのような分泌型miRNAも,腸管上皮機能の維持に重要な役割を担うと考えられる.また,腸管上皮細胞におけるmiRNA発現の異常が大腸がん,炎症性腸疾患,過敏性腸症候群などで観察されることが報告されており(5, 6)5) J. Lee, E. J. Park, Y. Yuki, S. Ahmad, K. Mizuguchi, K. J. Ishii, M. Shimaoka & H. Kiyono: Sci. Rep., 5, 18174 (2015).6) S. B. Ke, H. Qiu, J. M. Chen, W. Shi & Y. S. Chen: Gene, 676, 329 (2018).,miRNAは腸管の恒常性の破綻に起因するさまざまな疾患のバイオマーカーやそれらの疾患に対する治療の標的としても期待されている.したがって,腸内細菌による腸管上皮細胞におけるmiRNAの発現制御は,腸管における適切な免疫応答の誘導と恒常性の維持に重要な役割を果たすと考えられる.このような腸内細菌の作用は,菌体成分自体に加え,短鎖脂肪酸など腸内細菌が産生する代謝産物により媒介される.腸内細菌とその代謝産物によるmiRNAの発現制御とその機構および生理的意義を明らかにすることは,腸内細菌叢の改善による,miRNA発現調節を介した腸管の恒常性の破綻からの回復を可能にすることにつながると考えられる.

Reference

1) K. Nakata, Y. Sugi, H. Narabayashi, T. Kobayakawa, Y. Nakanishi, M. Tsuda, A. Hosono, S. Kaminogawa, S. Hanazawa & K. Takahashi: J. Biol. Chem., 292, 5426 (2017).

2) M. Biton, A. Levin, M. Slyper, I. Alkalay, E. Horwitz, H. Mor, S. Kredo-Russo, T. Avnit-Sagi, G. Cojocaru, F. Zreik et al.: Nat. Immunol., 12, 239 (2011).

3) L. B. McKenna, J. Schug, A. Vourekas, J. B. McKenna, N. C. Bramswig, J. R. Friedman & K. H. Kaestner: Gastroenterology, 139, 1654 (2010).

4) R. R. Chivukula, G. Shi, A. Acharya, E. W. Mills, L. R. Zeitels, J. L. Anandam, A. A. Abdelnaby, G. C. Balch, J. C. Mansour, A. C. Yopp et al.: Cell, 157, 1104 (2014).

5) J. Lee, E. J. Park, Y. Yuki, S. Ahmad, K. Mizuguchi, K. J. Ishii, M. Shimaoka & H. Kiyono: Sci. Rep., 5, 18174 (2015).

6) S. B. Ke, H. Qiu, J. M. Chen, W. Shi & Y. S. Chen: Gene, 676, 329 (2018).