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難培養放線菌Leucobacter sp. ASN212株が要求する増殖因子の探索難培養微生物を培養可能にする新たな増殖因子の発見

Ryogo Takai

高井 亮吾

北海道大学大学院農学院・農学研究院

Kengo Shigetomi

重冨 顕吾

北海道大学大学院農学院・農学研究院

Makoto Ubukata

生方

北海道大学大学院農学院・農学研究院

Published: 2019-02-20

土壌,海水などさまざまな環境から得られる同一の微生物サンプルにおいて,それらを寒天平板上で培養して得られるコロニー数は,顕微鏡で直接計数して得られた細胞数に比べて極めて少ないことが広く知られている.Great plate count anomalyとして知られるこの食い違いは,見えるけれども培養できないVBNC(viable but nonculturable)状態,あるいはいまだ培養が行われていない難培養微生物に起因するものであり,全微生物に対するその割合は99%とも99.9%とも見積もられている(1)1) R. I. Amann, W. Ludwig & K. H. Schleifer: Microbiol. Rev., 59, 143 (1995)..近年,PCR法やメタゲノム解析技術の発展により,培養を介さずこれら難培養微生物のゲノムに直接アクセスし,菌叢の全体像を解析することが可能になったが,新たな微生物機能や微生物由来の新たな生理活性物質を発見するためには,難培養微生物を純粋培養可能にする手法の確立が重要である.実際に,土壌中の難培養性微生物より見いだされた新規抗生物質teixobactinは,既存の薬剤に耐性をもつ病原菌に対して阻害活性が認められており,新たな薬剤として期待されている(2)2) L. L. Ling, T. Schneider, A. J. Peoples, A. L. Spoering, I. Engles, B. P. Conlon, A. Mueller, T. F. Schäberle, D. E. Hughes, S. Epstein et al.: Nature, 517, 455 (2015).

これらを「難培養」たらしめている理由の一つは純粋培養が困難であるためである.環境中において微生物はほかの微生物と複雑に相互作用しながら生存していると考えられるが,当然,純粋培養系においてはこれらの相互作用は再現されていない.ある種の微生物種は化合物を介した相互作用を行っており,自身の増殖に必要な物質(増殖因子)を他種(ヘルパー細菌)に依存している例がある.D’Onofrioらは,潮間帯に生息する細菌であるMaribacterが固体培地上でヘルパー細菌の周辺においてのみ良好に生育すること発見し,ヘルパー細菌の生産する化合物をMaribacterが増殖因子として要求していることを明らかにしている(3)3) A. D’Onofrio, J. M. Crawford, E. J. Stewart, K. Witt, E. Gavrish, S. Epstein, J. Clardy & K. Lewis: Chem. Biol., 17, 254 (2010).

筆者らは上記のような難培養微生物に対する増殖因子を探索するために,Actinobacteriaの一種である難培養放線菌Leucobacter sp. ASN212株,およびそのヘルパー細菌であるSphingopyxis sp. GF9株に注目し研究を行ってきた.2種の菌株はともに活性汚泥より見いだされ,ASN212株はGF9株培養上清の添加条件でのみ生育可能な難培養微生物である.GF9株培養上清に含まれるASN212株に対する増殖因子を特定するために,GF9株培養上清より増殖因子の単離と同定を行った.当初3 Lの培養から精製を開始したものの,次第に目的とする増殖因子が培養上清中にごく微量しか含まれていないことが明らかとなり,最終的に100 L容のジャーファメンターを用いたGF9株の大量培養の必要に迫られた.複数回の培養の末,210 LのGF9株培養液を調製し,精製を行った結果,僅か0.5~2.0 mgの6種類の増殖因子の単離に成功した.各種機器分析により,得られた増殖因子はcoproporphyrin I(Cop.I)およびcoproporphyrin III(Cop.III)とそのZn錯体であることが明らかになった(4)4) M. N. I. Bhuiyan, R. Takai, S. Mitsuhashi, K. Shigetomi, Y. Tanaka, Y. Kamagata & M. Ubukata: J. Antibiot. (Tokyo), 69, 97 (2016).図1図1■ASN212株が要求する増殖因子であるCoproporphyrin III (①)とその金属錯体のASN212株に対する増殖活性(②),およびCoproporphyrin IIIとFe錯体を中間体とするActinobacteriaおよびFirmicutesにおけるheme生合成経路(③)-①).これまでシデロフォア,キノン類およびResuscitation promoting factor(Rpf)と呼ばれる16–17 kDaのサイトカイン様タンパク質などが微生物増殖因子として見いだされてきたが,coprporphyrin類は新たなタイプの増殖因子と言える.またProteobacteria門(GF9株)とActinobacteria門(ASN212株)という門レベルを超える初めての増殖因子である.単離量から量れるとおり,coproporphyrin類の増殖促進活性は極めて強力で,その最小有効濃度は14 pM~8 μMである.筆者らは5種類のcoproporphyrin金属錯体(Zn, Fe, Co, Ni, Cu)を用いてASN212株に対する増殖活性評価を行った.錯体調製に関して,検討の結果,Zn錯体形成は室温条件においても容易に進行する一方,Cuを除く多くの金属は100°Cの加温条件でしかポルフィリン環へ導入されないことが分かった.続いてASN212株に対する増殖活性評価を行った結果,ZnおよびFe錯体のみに増殖活性が認められた(5)5) R. Takai, K. Shigetomi, Y. Kamagata & M. Ubukata: Heterocycles, 95, 145 (2017).図1図1■ASN212株が要求する増殖因子であるCoproporphyrin III (①)とその金属錯体のASN212株に対する増殖活性(②),およびCoproporphyrin IIIとFe錯体を中間体とするActinobacteriaおよびFirmicutesにおけるheme生合成経路(③)-②).Cop.IIIおよびCop.III-Fe錯体はASN212株を含むActinobacteriaおよびFirmicutesにおけるヘム代謝経路の重要な中間体であることが知られており(6)6) H. A. Dailey, S. Gerdes, T. A. Dailey, J. S. Burch & J. D. Phillips: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 2210 (2015).図1図1■ASN212株が要求する増殖因子であるCoproporphyrin III (①)とその金属錯体のASN212株に対する増殖活性(②),およびCoproporphyrin IIIとFe錯体を中間体とするActinobacteriaおよびFirmicutesにおけるheme生合成経路(③)-③),上記の化合物がASN212株に対して増殖活性を示すことから,増殖因子はASN212株のヘム生合成経路に影響を与えていると考えられた.詳細な記述は省略するが,ASN212株のゲノムと近縁種のゲノムとを比較する順遺伝学的解析(forward genetics)により,ASN212株はヘム生合成酵素の複数の遺伝子が欠損しているために増殖できないことが示された(投稿準備中).

図1■ASN212株が要求する増殖因子であるCoproporphyrin III (①)とその金属錯体のASN212株に対する増殖活性(②),およびCoproporphyrin IIIとFe錯体を中間体とするActinobacteriaおよびFirmicutesにおけるheme生合成経路(③)

本研究において,これまで既知のプロセスでは培養が困難であった難培養微生物であるLeucobacter sp. ASN212株は,門レベルを超えた異種微生物であるSphingopyxis sp. GF9株の培養上清より見いだされたcoproporphyrin類を添加することによって純粋培養が可能となった.今回見いだされた難培養微生物に対する増殖因子は,環境中においてごく微量しか存在せず,通常の培養,精製過程では見落とされがちな存在であった.しかし,このような増殖因子のさらなる探索が難培養微生物の培養技術に新たな知見を与えるだろう.技術の進歩によりほんの一細胞の微生物よりさまざまな解析を行うことが可能になった現在において,微生物を大量に培養し,カラムやHPLCを用いて目的の化合物を得る手法は,労力を要する古典的な手法である.しかし,今回のように実際に微生物が生産している化合物を研究するためには,依然として重要な手法であることは言うまでもない.

Reference

1) R. I. Amann, W. Ludwig & K. H. Schleifer: Microbiol. Rev., 59, 143 (1995).

2) L. L. Ling, T. Schneider, A. J. Peoples, A. L. Spoering, I. Engles, B. P. Conlon, A. Mueller, T. F. Schäberle, D. E. Hughes, S. Epstein et al.: Nature, 517, 455 (2015).

3) A. D’Onofrio, J. M. Crawford, E. J. Stewart, K. Witt, E. Gavrish, S. Epstein, J. Clardy & K. Lewis: Chem. Biol., 17, 254 (2010).

4) M. N. I. Bhuiyan, R. Takai, S. Mitsuhashi, K. Shigetomi, Y. Tanaka, Y. Kamagata & M. Ubukata: J. Antibiot. (Tokyo), 69, 97 (2016).

5) R. Takai, K. Shigetomi, Y. Kamagata & M. Ubukata: Heterocycles, 95, 145 (2017).

6) H. A. Dailey, S. Gerdes, T. A. Dailey, J. S. Burch & J. D. Phillips: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 2210 (2015).