解説

タンパク質工学を利用した産業用酵素の開発実際に使われている手法,応用,開発例の紹介

Industrial Enzyme Development by Protein Engineering: Examples of Methods and Strategies of Protein Engineering and Applications in Various Industries

Tomoko Matsui

松井 知子

ノボザイムズジャパン株式会社研究開発部門

Published: 2019-02-20

ゲノムですら全合成できつつある現在においては,タンパク質の特定のアミノ酸を変えることにより,新しい機能をもった分子を創出するというタンパク質工学の手法は,もはや誰でも使える技術である.しかし,この技術をいかに実際の産業に応用していくかには,さまざまな苦労が伴うものの,この技術を用いて開発され,実際に利用されている酵素は既にさまざまな分野で数多く存在する.本稿ではこれらの開発例を含め,タンパク質工学における手法,応用例を紹介し,今後の展望も併せて議論したい.

産業用酵素とは

あらゆる生命の中に存在し,その生命活動におけるさまざまな反応を円滑に行う多数の酵素.これらの酵素は,その常温常圧の比較的穏やかな条件下での反応の促進,高い基質特異性などの特徴を生かして,われわれの身近な製品の製造において,「環境にやさしいバイオ触媒」として多く利用されている.

最初に産業化された酵素は19世紀後半デンマークでの仔牛由来の乳凝固用キモシンであるが,現在ではその多くが,大量培養のしやすさや高い生産性などにより,微生物由来となっている.また,起源が動植物由来のものも組換え技術を利用して微生物で生産されることがほとんどであり,微生物由来の酵素も数多くが組換え技術を利用して大量発現系の微生物宿主にクローニングして生産されている.図1図1■自然界から産業用酵素製品へに産業用酵素開発の流れ,表1表1■産業用酵素生産に使用される宿主の代表例に産業用酵素生産に主に使用される宿主を示す.産業用酵素は,洗剤に配合される酵素のように一般消費者の目に触れる数少ない例もあるが,ほとんどの場合,工場などで使用される加工助剤であり,安価に大量供給される必要がある.そのため,実験用,治療用酵素などの発現に多く利用される大腸菌は産業用酵素製造ではあまり利用されておらず,菌体破砕などの工程が不要な菌体外酵素分泌能力の高い微生物,そして「高い生産性」が見込まれる,たとえばバクテリアであればBacillus属,糸状菌であればAspergillus属,Trichoderma属などが主に利用されている.

図1■自然界から産業用酵素製品へ

表1■産業用酵素生産に使用される宿主の代表例
生産用GMO宿主生産されている代表的な酵素
Bacillus subtilisプロテアーゼ
Bacillus licheniformis液化用α-アミラーゼ
Aspergillus niger糖化用グルコアミラーゼ
Aspergillus oryzaeα-アミラーゼ
Trichoderma reeseiバイオマス分解用酵素群

産業用酵素の開発

地球上には微生物が1011–12種存在すると推定されているが,実際培養されたのは104種以下,難培養性微生物もメタゲノムの手法により発見されてはいるが,それを合わせても105種以下である(1)1) K. J. Locey & J. T. Lennon: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 5970 (2016)..その点を鑑みれば,今後さらに自然界から見つけられる多様性は無限である.超好熱菌や酸性細菌,アルカリ性細菌,アーキアなどは極限状況での生育可能な点から,これら由来の酵素は高温,低・高pHでの高い活性および耐性などが期待できる.

しかし,産業用酵素は多分野にわたり,独自のプロセスで利用されるため,自然界からの酵素をさらに最適化し,所与の用途に合わせて「人為的な」多様性を作りスクリーニングを行うほうが効率的な場合が多い.また,製品として既にマーケットに出ている酵素を基にし,「人為的な」多様性を広げ新しい需要のための酵素を作り出すことも産業用酵素に必要な非常に重要な特質「高い生産性」を担保するためにも有効な手段である.図2図2■産業用酵素生産工程の概略に産業用酵素の生産工程の概略を示す(2)2) 日本酵素協会「日本酵素産業小史」ワーキンググループ編集:“日本酵素産業小史”,日本酵素協会,2009, p.39.現在では,生産菌の培養は発酵槽での液体培養(Submerged Fermentation)が主流ではあるが,固体培養(Solid-state Fermentation)も一部行われている.

図2■産業用酵素生産工程の概略

通常,スラントやペトリディッシュで前培養された生産菌は三角フラスコなどで液体培養され,pH,温度,溶存酸素などがコントロールされた種母培養用タンク,主タンクでの培養を経て,菌体を取り除いたのち,限外ろ過,濃縮,製剤化(保存安定剤添加など)される(3)3) V. Sewalt, D. Shanahan, L. Gregg, J. L. Marta & R. Carrillo: Ind. Biotechnol., 12, 295 (2016)..概略で示されるように,この工程は,培養,菌体除去,濃縮,保存安定剤の添加のみで,生産コストを上げる要因となる精製などをほぼ行わないため,目的酵素以外の不要な酵素,二次代謝産物などの不純物は極力生産されないように生産菌は改良されている.純度を上げて製品の品質を高めるためにも目的酵素の高い生産性は必須である.また,産業用酵素として利用されるには,所与の用途にあった酵素であるだけではなく,その生産工程,あるいは,出荷され工場などで使用されるまでの期間における十分な安定性も重要である.

さまざまな産業への応用

タンパク質工学で作られた酵素の利用の普及は,遺伝子組換え技術で作られた酵素の普及に追従している.タンパク質工学の利用は1980年代に始まるが,その初期はほとんどが家庭用洗濯洗剤用に用いられるプロテアーゼが主であった.現在では,そのほか,洗剤用のリパーゼやアミラーゼなどほかの加水分解酵素にも応用されている.当初のタンパク質工学を用いる目的は,洗剤や漂白剤に対する耐性やアルカリpH側での安定性および活性の増強であったが,現在ではさまざまな付加価値を付与するために行われている(後述).また,洗剤用だけでなく,バイオエタノール,食品および飼料など(4)4) 松井知子:生物工学会誌,85,394(2007)に使用される酵素にも利用は拡大している.表2表2■タンパク質工学により生み出されたノボザイムズ社酵素製品の一例に弊社における改変酵素の例を示す.

表2■タンパク質工学により生み出されたノボザイムズ社酵素製品の一例
製品名酵素の種類産業改善点
Everlaseプロテアーゼ洗剤酸化耐性
Kannnaseプロテアーゼ洗剤低温での洗浄効果
Ovozymeプロテアーゼ洗剤卵由来プロテアーゼ阻害剤に対する活性
Lipexリパーゼ洗剤洗浄効果
Duramylα-アミラーゼ洗剤酸化耐性
Stainzymeα-アミラーゼ洗剤洗浄効果,酸化耐性
Ronozyme NPフィターゼ飼料保存安定性
Opticakeα-アミラーゼ食品(パン)性能,プロダクト阻害
Lipopan primeリパーゼ食品(パン)性能
Attenuzyme clipプルラナーゼビール醸造性能,安定性(日本未発売)
Attenuzyme fastグルコアミラーゼビール醸造安定性(日本未発売)
Acrylaway friesアスパラギナーゼ食品高温での活性(日本未発売)
StickAwayリパーゼ製紙性能,基質特異性
LpHeraα-アミラーゼ澱粉糖酸性側での活性
Extenda Goグルコアミラーゼ澱粉糖性能,安定性

応用例—洗剤用酵素

洗剤に利用される酵素,そのなかでもプロテアーゼは,洗剤に対する耐性および漂白剤に対する酸化耐性の付与のためさまざまな変異体が作られ,タンパク質工学をリードしてきた(5)5) L. Vojcic, C. Pitzler, G. Körfer, F. Jakob, R. Martinez, K. H. Maurer & N. Schwaneberg: N. Biotechnol., 32, 629 (2015).

現在洗剤に利用されているプロテアーゼはBacillus属由来のセリンプロテアーゼ,サチライシン(EC 3.4.21.62)に由来するものが多い.プロテアーゼは,タンパク質のペプチド結合を分解して短鎖ペプチドとして水に溶解しやすくする.そして,界面活性剤との相乗作用により,洗浄力を向上させる,また,プロテアーゼの溶菌効果と汚れの除去により,衣類を部屋干しした際の不快臭を軽減することができるため,広く洗剤に配合されている.一方,代表的な陰イオン洗剤であるLAS(直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム)や,非イオン性のアルコールエトキシレートは酵素分子の全体的な構造あるいは,活性部位と相互作用を起こし,酵素の安定性や活性に大きく影響する.また,洗剤内成分の漂白剤も酵素活性に影響を及ぼす.サチライシンには,通常アミノ酸221, 64, 32位に存在するセリン,ヒスチジン,アスパラギン酸からなる活性部位(Catalytic triad)近傍にメチオニン残基(通常アミノ酸222位)が存在し,このメチオニンは酸素系漂白剤の存在下などの強い酸化条件では酸化されスルホキシド,スルホンとなりサチライシンは活性を失ってしまう.洗剤での保存安定性の改善には,漂白剤によって酸化されるメチオニン残基をより安定なアミノ酸に変えることが必要であった(6)6) G. Walsh: Biochem. Mol. Biol. Educ., 35, 2 (2007).

また,安定性だけでなく,異なった洗濯条件に合わせるためにもタンパク質工学でカスタマイズされており,2000年には,サチライシンでは全275アミノ酸のうち50%以上でさまざまな変異導入の報告がされている(7)7) P. N. Bryan: Biochim. Biophys. Acta, 29, 203 (2000)..たとえば,日本はヨーロッパと異なり,水道水をそのままの温度で利用する低温での洗濯が主流である.そこで,プロテアーゼ分子の基質結合部位近辺のフレキシビリティを上げることにより,10,15度といった低温での比活性を上昇させたプロテアーゼも開発されている(8)8) N. Tindbaek, A. Svendsen, P. R. Oestergaard & H. Draborg: Protein Eng. Des. Sel., 17, 149 (2004)..また,卵汚れに対する汚れ落ちに特化して改善した酵素も自動食洗器用洗剤として開発されている.卵にはプロテアーゼ阻害剤が多く含まれているためプロテアーゼ活性が阻害を受けやすく活性が低下するが,タンパク質工学で阻害を軽減させた変異体では阻害剤存在下でも活性を高く維持できる.

プロテアーゼだけでなく,洗剤に利用されているリパーゼやアミラーゼでも既にタンパク質工学によって開発された酵素が配合されている.リパーゼの応用範囲は広く,洗剤利用のほかにも,製紙工場でのピッチコントロール,古紙利用の際の脱インクなどにも利用され,また,後述の製パンやさまざまな食品への利用も広がっている.逆反応を利用した有機合成の観点からもリパーゼは非常に興味深い酵素であり,1980年代当初からさまざまな変異酵素の構築が試みられている.特に80年代後半からは数多くのリパーゼの結晶構造が解かれ,基質ポケット上部に位置し基質の有無により蓋が開閉するリッド構造(図3図3■さまざまなリパーゼの構造7))の存在,広い基質特異性および基質となるトリグリセリドに対する位置選択性など,機能と構造に関する科学的な興味も相まってさまざまな変異体が構築され,リパーゼ機能の解析に利用された(9)9) A. Svendsen: Biochim. Biophys. Acta, 1543, 223 (2000).Thermomyces lanuginosa由来のリパーゼが配合された洗剤は,世界に先駆けて日本で販売された.リパーゼは,皮脂や食品に含まれるトリグリセリドのエステル結合を溶解度の高い脂肪酸に加水分解して遊離しやすくすることによって界面活性剤の洗浄力を向上させる.また,油汚れは衣類に再付着する傾向が強く,疎水性が高いため,より疎水性の高い衣類(ポリエステル繊維など)への再付着が特に起こりやすく,リパーゼ添加はその再付着を防ぐ役目もある.タンパク質工学は,安定性の向上,基質特異性の改善により基質に対する分解能を高める目的に主に利用されている.

図3■さまざまなリパーゼの構造7)

(a)Pseudomonas glumae由来リパーゼ,(b)Candida rugosa由来リパーゼ,(c)Candida antarctica由来リパーゼB, (d)Humicola lanuginose由来リパーゼ,(e)Fusarium solani pisi由来クチナーゼ,(f)Human pancreatic由来リパーゼ.構造はリボンモデル,リッド構造はすべてグレーで表示.(e)は,リッド構造が存在しない.

洗剤用アミラーゼもプロテアーゼ同様に低温での洗浄性や漂白剤耐性が付与され,漂白剤が配合された衣料用洗剤や食洗器用洗剤への応用も広がっている.

応用例—食品製造用酵素

表2表2■タンパク質工学により生み出されたノボザイムズ社酵素製品の一例に示したように食品分野にもタンパク質工学の利用は拡大している.食品利用の分野は広く,需要の大きなものでは製パン,デンプン糖製造,油脂加工,ビール醸造などがある.

洗剤利用でもさまざまなタンパク質工学が行われている前述のリパーゼは,パン用にも特化したタンパク質工学が施されている.小麦には,デンプン,タンパク質のほかにペントサンなどの非デンプン性多糖類,脂質も含まれる.リパーゼは,主に非極性油脂であるトリグリセリドを脂肪酸とモノグリセリドに加水分解し,生じた各種モノグリセリドが製パンにおいて食感改良,柔らかさ,ボリュームアップ,生地の物性強化などの利点を生み出す(10)10) 安部京子:BIO INDUSTRY, 19, 62 (2002).しかし,リパーゼが遊離する脂肪酸の中には短鎖脂肪酸も含まれるため,焼成後に短鎖脂肪酸由来の好ましくない臭い(主に酪酸などによる)が発生することが知られていた.そこで,非極性脂質由来の短鎖脂肪酸の生成を抑える酵素を開発することにより,好ましくない臭いの生成を抑制させることが現在では可能となっている(11)11) 福永健三,栃尾 巧,柏倉雄一,安井 忍:月刊フードケミカル,5, 119 (2018)

また,製パン用のBacillus属由来の二糖生成α-アミラーゼは,糸状菌由来のα-アミラーゼと異なり,小麦粉中のデンプンを焼成時に一部分解して二糖と可溶性デキストリンを生成し,焼成後のデンプンの再結晶化を防いでパンの老化を起こしにくくする(12)12) 黒坂玲子:月刊フードケミカル,12, 78 (2015).しかし,菓子パンやケーキなどスクロース含量の多い生地では,デンプンの糊化温度が上昇するため,従来のアミラーゼでは効果が得られにくかった.そこで,タンパク質工学の手法を用い,当該アミラーゼに対して耐熱性の向上またはスクロースによる阻害の軽減といった性質を付与し,これらの生地にも対応できるように改良した(13)13) A. Acton: Amylases—Advances in Research and Application, Scholarly Editions, 2013, p. 134

また,上述に加えて,デンプン糖製造時にデンプンをデキストリンに分解する液化用α-アミラーゼ(Bacillus属由来)も,タンパク質工学によって大きく性能が改善された例である.液化用α-アミラーゼは,活性と安定性保持のためにカルシウム添加が必要であった.しかし,工場でのカルシウム塩の利用は,カルシウム塩が配管やタンクへ沈着を起こすため頻繁な除去作業が必要となり,できるだけ抑制すべき点であった.そこで,タンパク質工学によって,カルシウム結合部位近辺に変異を導入し,その結合を強固にすることにより,低カルシウム濃度でも安定に,なおかつ高い活性を保つことができるα-アミラーゼ分子が開発された.また,既存の液化α-アミラーゼは,至適pHが中性であるため,デンプンからデキストリンへの液化工程ではpHを5.6~6.2へ調整する必要があった.そして,その後のデキストリンからグルコースへの糖化工程移行時にはpHをグルコアミラーゼの至適pHである4.0~4.5付近に再調整しなければいけなかった.しかし現在では,低いpHでの活性が上昇したα-アミラーゼが開発されており,工程間での大幅なpH調整が不要となっている.また低いpHではメイラード反応が起こりにくいため,糖液の着色および,マルトースのアルカリ異性化によるマルチュロース生成を防ぐことも可能となった.また,基質特異性改変により,基質(デンプン)のα-1,6結合の分枝鎖から離れた箇所を切断するように改変したため,3糖のパノースの生成も抑制することができるようになった(14)14) 眞野弘範:月刊フードケミカル,12, 42 (2016)

液化用α-アミラーゼ同様,デンプン糖製造で利用される糖化用グルコアミラーゼは,さまざまな糸状菌からスクリーニングし,逆反応(イソマルトース生成)の起こりにくいグルコアミラーゼを見つけ出し,タンパク質工学でさらに十分な耐熱性を付加した.これにより実際に工場での使用に耐えうるグルコアミラーゼを構築することに成功した.また,糖化工程でグルコアミラーゼとともに使用されるプルラナーゼも耐熱性,比活性とともにタンパク質工学で向上させたプルラナーゼ変異体が構築されている.この両者の組み合わせにより,高い基質濃度でも高い収率で最終産物であるグルコースを得ることができる.これにより,30年近く価格競争だけに追い込まれていた糖化用酵素に高性能化を付与することが可能となった.

タンパク質工学の手法

人為的に多様性を広げる方法は,変異の導入法により,ランダム変異,セミランダムと部位特異的変異導入の3つに分けられる.また,セミランダムと部位特異的変異導入時での変異箇所の選定には,実験に基づいた予測や,配列・構造情報に基づいた予測,コンピューターシュミレーションなどの手法が利用される(図4図4■タンパク質工学による酵素タンパク質の改良).

図4■タンパク質工学による酵素タンパク質の改良

温度・保存・pH安定性,比活性,工業プロセスヘの適合性の向上,カルシウム等に対する依存性や生成物阻害等の低減.

いずれのタンパク質工学の手法にせよ,出発点となる酵素分子の選択,ターゲットとする酵素の性質の設定が重要であり,また,ランダム比重が高い大きなライブラリーサイズになるに従ってハイスループットなスクリーニング方法とカップリングさせる必要がある.また,効率よく目的とする変異体を取得するためには,一つの手法にこだわることなくいくつもの手法を試すことが必須である.たとえば,高い触媒活性をもつ耐熱性の高い酵素が目的であるならば,高い触媒活性をもつが耐熱性の低い分子を出発点として耐熱性を向上させるか,または,耐熱性は高いが触媒活性が低めの分子を出発点として触媒活性を改善させるか,または,性質としては平均的な分子だが生産性が見込める分子を出発点として両方の性質を改善するか,取るべき道はさまざまである.確保できる人員と時間とスクリーニング方法などのバランスにより,最善の策を取るべきであろう.

ランダム変異導入法

酵素の2次・3次構造の情報を利用せず,ランダムに変異を導入するため,手軽ではあるが,目的とする性質をもった変異体が選択できるように構築されたハイスループットスクリーニング法が必須となる.スクリーニングを繰り返し,変異を濃縮して疑似進化を起こす進化分子工学(Directed evolution)もこの一例である(15)15) V. G. H. Eijsink, S. Gåseidnes, T. V. Borchert & B. van den Burg: Biomol. Eng., 22, 21 (2005)..ランダム変異導入法としては,古典的なError Prone PCR法や20年ほど前に発明され当時画期的手法であったGene shuffling法などがある.Gene shufflingは,Stemmerのオリジナルの方法(16)16) W. P. Stemmer: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 91, 10747 (1994).ではDNaseによって複数の遺伝子を断片化しin vitro recombinationで(あるいは,酵母などのin vivo recombinationを利用して)再合成し,新規の遺伝子を作成するという方法であるが,その後,さまざまな類似の方法が提唱された.両者とも遺伝子合成のコストがかからず,手軽ではあるが,完全にランダムに変異が導入できるとはいいがたく,スクリーニングのターゲットとしていない性質に影響を与えてしまう変異が不本意にも入ってしまう可能性もある.またGene shufflingでは,ある程度のホモロジーをもった遺伝子群しか再合成できないといった問題点もあった.

一方,すべてのアミノ酸のコドンに対応するNNSあるいはNNKといった混合オリゴヌクレオチドを用いたDegenerated primerで全アミノ酸を一つずつ(あるいは複数個ずつ)全20アミノ酸に変えるサイトサチュレーションも多く利用されている.また,最近では不活性化したCas9とデアミナーゼを用い直接ゲノムに変異を導入する進化分子工学の方法(17)17) G. T. Hess, L. Frésard, K. Han, C. H. Lee, A. Li, K. A. Cimprich, S. B. Montgomery & M. C. Bassik: Nat. Methods, 13, 1036 (2016).も編み出されており,さらなる新規な手法の開発が期待される.ランダム変異導入ライブラリーは,目的変異体を取得するために非常に大きなライブラリーサイズを必要とするため,近年では,ある程度,シュミレーションや実験的手法により変異導入箇所を狭めて変異をセミランダム方法(後述,セミランダム変異導入法)が好まれてきた(18)18) S. Lutz: Curr. Opin. Biotechnol., 21, 734 (2010)..しかし,最近ではまたオートメーション技術やAI(Artificial intelligence)の進化により数勝負のランダム変異導入の潮流も復活してきている.また,DNAの全合成技術の発展とそのコストの大幅な低下から,ライブラリー自体を全合成するということも容易になってきており,ライブラリー合成を受託する会社も増えてきている.

セミランダム変異導入法

セミラショナルスクリーニングとも称されるセミランダム変異導入法は,実験に基づいた予測や,配列・構造情報に基づいた予測,コンピューターシュミレーションなどを用い,ある程度変異を導入する箇所を選定するため,ライブラリーサイズを小さくできるのが魅力である.前述のサイトサチュレーション法も変異導入箇所を狭めることで非常に効率的にな手法となる.予測方法は,大きく分け,タンパク質構造に基づくものとアミノ酸配列に基づくものに分けられる.

PDB(Protein Data Bank)に登録されているタンパク質結晶構造の数はこの20年弱の間に10倍以上となり,扱う酵素自体の構造が解けていなくてもホモロジーモデリングにより,既存の構造から類似モデル構造を推測することが容易になっている.基質特異性あるいは,基質またはプロダクト阻害の改善をターゲットにする場合,構造や構造モデルを用い基質や阻害剤とのドッキングシュミレーションを行って,変異を導入する部位を推定する.この20年の間に60以上ものドッキングシュミレーション用のツールやソフトウェアが開発されている(19)19) N. S. Pagadala, K. Syed & J. Tuszynski: Biophys. Rev., 9, 91 (2017)..また,分子動力学(MD: Molecular Dynamics)法(20)20) A. Hospital, J. R. Goñi, M. Orozco & J. L. Gelpí: Adv. Appl. Bioinform. Chem., 8, 37 (2015).を用い,タンパク質分子全体の温度やpHなどによるコンフォメーション変化をシュミレーションし,変異箇所を絞っていく方法もとられている.耐熱性がターゲットの場合,温度による酵素分子の動きを予測することは変異箇所の同定に有効な手段となる.

直接基質ポケットや活性部位近辺に位置せず,立体的に離れた位置にある変異が耐熱性だけでなく,基質特異性や触媒活性に影響を与える場合もあり,MD法により分子の動きや活性部位の動きの変化をシュミレーションすることにより,耐熱性だけでなくさまざまな情報が得られる可能性がある.

また,X線結晶構造解析だけでなく,NMR, SAXS(X線小角散乱法)やHDX-MS(水素–重水素交換質量分析)(21)21) A. Leitner: Chem. Sci. (Camb.), 7, 4792 (2016).といった手法により酵素の構造や動き,基質などとの相互作用の情報が得やすくなり,タンパク質工学の予測に利用できるツールが増えてきている.

部位特異的変異導入法

工場での酵素生産工程や製品保存中に酵素タンパク質が酸化,糖化,脱アミド化などの修飾を受けることにより,酵素活性あるいは実際の工業プロセスでのパフォーマンスに影響を及ぼすことがある.現在では質量分析技術の進化のおかげで,修飾が起きたアミノ酸を即座に同定して,修飾が起こらないようなアミノ酸に変え,修飾を受けにくい酵素の開発がより容易になっている.このうち,メチオニン残基が酸化されメチオニンスルホキシドになるのは代表的な例である.そのほかにも,フルクトースやグルコースなどの糖分子が側鎖アミノ基に結合して起きるリジン残基の糖化や,アスパラギン酸残基が脱アミド化しアスパラギン酸残基に変換されるなどの例がある.

構造のPDB情報と同様に,配列情報もシークエンス技術の発展とともに飛躍的に数が増えており,現在では容易に数多くの配列情報を得ることができる.また,メタゲノム配列により難培養性の好熱菌などの配列情報も得られるようになっている.そのため,耐熱性をターゲットとしている場合など,これらの好熱菌の配列,あるいは,コンセンサス配列や祖先型配列を推定し,その比較により耐熱性に寄与すると予測される変異を導入し変異体を構築する方法もかなり一般的になっている(22)22) V. A. Risso, J. A. Gavira, E. A. Gaucher & J. M. Sanchez-Ruiz: Proteins, 82, 887 (2014).

今後の発展

産業用酵素には,実際の工業プロセスでの性能は必要不可欠であるが,保存安定性も非常に大事な要素である.工場などで利用される酵素は,過酷な保存状況に放置されることも少なくない.また,産業用酵素である限り,低コストにするための「高い生産性」という要素を除外することができない.液体製品であれば,工場においてコストのかかる大幅な濃縮工程を踏まなくてはならず,製品に必須な保存安定剤などを添加することにより製品中の有効な酵素活性濃度がさらに低下することになる.同じ活性に数倍のボリュームが必要となり,物流にもコストがかかる.産業用酵素の製品を作る際の加工助剤という役割を担うためには,コストの上昇は避けなければいけない要因である.これらは,どれか一つの要素が欠けても産業用酵素としては成立しがたいが,すべての要素を初めから備えている酵素は少ない.自然界の多様な微生物が作り出す酵素の多様性は無限であり,現在では,配列が明らかになった酵素の数は飛躍的に増加している.しかし,アーキアや酸性・アルカリ性細菌,難培養性細菌などからクローニングした酵素は,必要な耐熱性,酸性あるいはアルカリ耐性が高くとも生産性が低いことがあり,産業用酵素としての大事な要素が足りないことがある.そういった場合,常温酵素をタンパク質工学で改変し,必要な性能(耐熱性やpH耐性など)を付与したほうが産業用酵素として成り立つ場合もある.どの酵素分子を出発点にし,何をターゲットにしてタンパク質工学を行って目的とするアプリケーションに適した酵素を開発していくか,どの方法をとるのが一番成功確率が高いか,あるいは,迅速に開発できるか,実験的な難しさ(スクリーニング系の構築の難しさ),コスト,時間などを見定めて最適な方法をとる必要がある.自然界の多様性とタンパク質工学からの多様性を掛け合わせることで生み出される多様性は無限である.この無限の多様性をうまく利用してさまざまな産業用酵素が今後も開発されていくであろう.

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