Kagaku to Seibutsu 57(3): 161-166 (2019)
解説
小胞体ストレスセンサーIRE1αによるプロインスリンの酸化的折り畳みの制御機構プロインスリンの折り畳みには5種類のジスルフィド結合形成酵素の共同作業が必要
Endoplasmic Reticulum Stress Sensor IRE1α Regulates Oxidative Proinsulin Folding: Cooperation of the Five Specific Protein Disulfide Isomerases Is Required for Proinsulin Folding
Published: 2019-02-20
インスリンは,血糖値の上昇に応じて血中へと分泌され,糖の取り込みと糖代謝を促す重要なホルモンで膵臓ランゲルハンス島のβ細胞で合成される.インスリンの分泌や合成が低下すると,高血糖が持続する糖尿病を発症することが知られている.したがって,膵臓β細胞で,インスリン合成がどのように行われ,生理的にどのように正確に制御されているのかを理解することは,インスリン合成の観点からだけでなく,糖尿病の予防および治療の観点からも非常に重要である.インスリン前駆体のプロインスリンは,小胞体と呼ばれる細胞小器官で合成され,3つのジスルフィド結合形成を介して酸化的に正しく折り畳まれる.これまで,プロインスリンの折り畳み酵素やそれらの酵素群の発現制御の機構は未解明のままであった.今回,私たちは遺伝子改変マウスと膵臓由来β培養細胞の解析により,小胞体ストレスセンサーIRE1αが膵臓β細胞で5つの酵素遺伝子を転写誘導することで,プロインスリンの折り畳みを促進していることを見いだした(1)1) Y. Tsuchiya, M. Saito, H. Kadokura, J. I. Miyazaki, F. Tashiro, Y. Imagawa, T. Iwawaki & K. Kohno: J. Cell Biol., 217, 1287 (2018)..
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インスリンは,N末端にシグナルペプチドのついたプレプロホルモンとして翻訳される.プレプロインスリンは,N末端側からシグナルペプチド,B鎖,Cペプチド,A鎖の4つのモチーフから構成されている(2)2) C. R. Kahn & G. C. Weir: Endocrinologist, 5, 157 (1995).(図1図1■インスリンの生合成系).プロインスリンは小胞体に挿入された後,シグナルペプチドがシグナルペプチダーゼにより切断されプロインスリンになる.小胞体内腔でプロインスリンは3つのジスルフィド結合形成を受け,酸化的に折り畳まれる(2, 3)2) C. R. Kahn & G. C. Weir: Endocrinologist, 5, 157 (1995).3) M. Liu, M. A. Weiss, A. Arunagiri, J. Yong, N. Rege, J. Sun, L. Haataja, R. J. Kaufman & P. Arvan: Diabetes Obes. Metab., 20(Suppl. 2), 28 (2018)..正しく折り畳まれたプロインスリンは,小胞体からゴルジ体へと輸送されたのち,インスリン分泌顆粒へと蓄えられ,六量体形成とCペプチドの切断によってインスリンへと成熟する(2)2) C. R. Kahn & G. C. Weir: Endocrinologist, 5, 157 (1995).(図1図1■インスリンの生合成系).最終的に,インスリン分泌顆粒は高血糖時にエキソサイトーシスにより,細胞外へと分泌される(2)2) C. R. Kahn & G. C. Weir: Endocrinologist, 5, 157 (1995)..近年,インスリンの合成だけでなく,上記に述べた合成後の折り畳み過程も,インスリンを正常に産生・分泌するためには非常に重要であることがわかってきた.Akitaマウスと呼ばれるインスリン遺伝子が変異した糖尿病モデルマウスや,若年性糖尿病患者のなかに,プロインスリンのジスルフィド結合が正しく形成されない例が見つかり,その場合には小胞体ストレスや酸化ストレスにより膵臓β細胞死が引き起こされるということがわかった(3)3) M. Liu, M. A. Weiss, A. Arunagiri, J. Yong, N. Rege, J. Sun, L. Haataja, R. J. Kaufman & P. Arvan: Diabetes Obes. Metab., 20(Suppl. 2), 28 (2018)..さらにI型およびII型の糖尿病患者の臨床研究からは,膵臓β細胞では小胞体の機能低下が起こっていることも報告されている(4, 5)4) F. Engin, A. Yermalovlch, T. Nguyen, S. Hummasti, W. Fu, D. L. Eizisik, D. Mathis & G. S. Hotamisligil: Sci. Transl. Med., 5, 211 (2013).5) F. Engin, T. Nguyen, A. Yermalovich & G. S. Hotamisligil: Sci. Rep., 4, 4054 (2014)..これらのことから,インスリンの合成・折り畳み過程における小胞体の機能と小胞体ストレス応答との関連,さらにその破綻による糖尿病の発症に関して生体レベル,分子レベルでの研究が注目されている.
小胞体では,分泌タンパク質や膜タンパク質の合成,折り畳みとその品質管理が行われている(6)6) L. Ellgaard & A. Helenius: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 4, 181 (2003)..細胞内外の環境の変化により,小胞体内に構造異常タンパク質が蓄積すると,小胞体のさまざまな機能が低下する.このような状態を“小胞体ストレス”と呼ぶ.小胞体ストレスの情報は翻訳装置や核内へと伝えられ,翻訳開始の抑制や小胞体シャペロンの誘導,さらには小胞体の構造異常タンパク質を分解する因子などの遺伝子群の転写誘導を引き起こす.この応答は小胞体ストレス応答(ER stress responseあるいはUnfolded Protein Response(UPR))と呼ばれる(7~10)7) M. J. Gething: Semin. Cell Dev. Biol., 10, 465 (1999).8) K. Kohno: J. Biochem., 147, 27 (2010).9) K. Mori: J. Biochem., 146, 743 (2009).10) D. Ron & P. Walter: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 8, 519 (2007)..小胞体ストレス応答において,小胞体ストレスを最初に感知し,ストレス応答のシグナルを発信するのが小胞体膜上にある小胞体ストレスセンサーである.
哺乳動物では,現在までに小胞体ストレス応答の主要3経路(IRE1, PERK, ATF6)に関して,合計5種類の小胞体ストレスセンサー遺伝子の存在が報告されている.そのなかで最も進化的に保存されている(酵母からヒトまで保存されている)分子がinositol-requiring enzyme 1(IRE1)である(9)9) K. Mori: J. Biochem., 146, 743 (2009)..IRE1は小胞体局在のI型の膜貫通タンパク質であり,小胞体内腔側のN末端側には小胞体ストレスの感知に働くドメインが,サイトゾル側C末端側にはKinaseとRNase(リボヌクレアーゼ)ドメインが存在する(図2図2■IRE1α–XBP1経路).哺乳動物のIRE1には,発生に必須な遺伝子であるIRE1α(12)12) T. Iwawaki, R. Akai, S. Yamanaka & K. Kohno: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 16657 (2009).と消化器系のムチン合成にかかわるIRE1β (13, 14)13) A. Bertolotti, X. Wang, I. Novoa, R. Jungreis, K. Schlessinger, J. H. Cho, A. B. West & D. Ron: J. Clin. Invest., 107, 585 (2001).14) A. Tsuru, N. Fujimoto, S. Takahashi, M. Saito, D. Nakamura, M. Iwano, T. Iwawaki, H. Kadokura, D. Ron & K. Kohno: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 2864 (2013). 2つのパラログがある.IRE1βの活性制御機構に関してはさらなる検討が必要であるが,IRE1αの機能については詳細なメカニズムが明らかとなっている.IRE1αは,通常時には小胞体内腔ドメインに小胞体シャペロンBiP(Hsp70ファミリーの一つ)が結合し,不活性化状態の単量体として存在する.小胞体ストレス下においては,IRE1αはBiPの解離によりホモ多量体化する(11, 15~17)11) Y. Kimata & K. Kohno: Curr. Opin. Cell Biol., 23, 135 (2011).15) A. Bertolotti, Y. Zhang, L. M. Hendershot, H. P. Harding & D. Ron: Nat. Cell Biol., 2, 326 (2000).16) Y. Kimata, Y. Ishiwata-Kimata, T. Ito, A. Hirata, T. Suzuki, D. Oikawa, M. Takeuchi & K. Kohno: J. Cell Biol., 179, 75 (2007).17) D. Oikawa, Y. Kimata, K. Kohno & T. Iwawaki: Exp. Cell Res., 315, 2496 (2009)..ホモ多量体化したIRE1αは,Kinaseドメインの自己リン酸化を経て構造変化を引き起こす.その結果,IRE1αのC末端側に位置するRNaseドメインが活性化し,XBP1u mRNA(転写因子XBP1の前駆体型をコードし,その新生ペプチド鎖の小胞体局在化シグナルによって翻訳の途中で小胞体膜上に存在する(18)18) S. Kanda, K. Yanagitani, Y. Yokota, Y. Esaki & K. Kohno: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, E5886 (2016).)を特異的に切断する(19~22)19) H. Yoshida, T. Matsui, A. Yamamoto, T. Okada & K. Mori: Cell, 107, 881 (2001).20) M. Calfon, H. Zeng, F. Urano, J. H. Till, S. R. Hubbard, H. P. Harding, S. G. Clark & D. Ron: Nature, 415, 92 (2002).21) 柳谷耕太,河野憲二:化学と生物,50, 633 (2012).22) K. Yanagitani, Y. Kimata, H. Kadokura & K. Kohno: Science, 331, 586 (2011)..この切断反応によって,XBP1u mRNAはopen-reading frame(ORF)から26塩基のイントロンが切り出されたのちに,RNAリガーゼRtcBによって連結され,スプライシング部位以降のmRNA配列でフレームシフトを起こす.その結果,活性化型転写因子をコードするspliced XBP1(XBP1s)が翻訳されるようになる(23, 24)23) S. Shinya, H. Kadokura, Y. Imagawa, M. Inoue, K. Yanagitani & K. Kohno: Nucleic Acids Res., 39, 5245 (2011).24) Y. Lu, F. X. Liang & X. Wang: Mol. Cell, 55, 758 (2014)..このスプライシング反応は一般的なスプライソソームに依存しないこと,また細胞質で起こることから,unconventional splicingまたは細胞質スプライシングと呼ばれている.転写活性化因子XBP1sは,小胞体関連分解や小胞体シャペロンにかかわる因子などの遺伝子群の転写を誘導し,小胞体ストレス状態の緩和に働く(25)25) H. Yoshida, T. Matsui, N. Hosokawa, R. J. Kaufman, K. Nagata & K. Mori: Dev. Cell, 4, 265 (2003).(図2図2■IRE1α–XBP1経路).
上記のような小胞体ストレス応答の分子機構の詳細は,小胞体ストレス誘導剤によって解析されてきた.しかしながら,通常の生理現象で見られる小胞体ストレスに対する細胞応答性,その生理学的重要性に関しての解析は遅れていた.私たちは哺乳動物のモデル生物としてマウスを用い,代表的な組織でIRE1αの活性化状態をRT-PCRによるXbp1 mRNAのスプライシング解析を指標に定量したところ,IRE1α-XBP1経路は通常の組織ではほとんど活性化していないにもかかわらず,膵島(膵臓ランゲルハンス島)では恒常的に,かつ非常に強く活性化していることを見いだした(図3図3■膵島でのIRE1α–XBP1経路の生理的活性化).膵島はその70%が,インスリンを合成・分泌する膵臓β細胞から構成されている.したがって,膵島でのIRE1α–XBP1経路の恒常的活性化は,膵臓β細胞での現象を反映している可能性が高いと考え,この生理的意義を明らかにするために以下の解析を行った.
膵臓β細胞特異的にIRE1αのRNaseドメインを欠損するIre1αコンディショナルノックアウト(CKO)マウスを作製したところ,野生型マウスに比べて,生後4週齢から血清インスリン値の低下による高血糖を示したが,ランゲルハンス島の数やその大きさには大きな変化は認められなかった.一方,膵島におけるプロインスリンとインスリンの量は大きく低下していることが明らかとなった(図4A図4■Ire1α CKOマウスとIre1α KO MIN6細胞の表現型解析).これらの結果から,Ire1α CKOマウスは,β細胞数の減少ではなく,β細胞内でのインスリン合成量が低下するために糖尿病様の表現型を示すことが示唆された.
A. Ire1α CKOマウス膵島と野生型マウス膵島でのプロインスリンとインスリンの免疫ブロット.GAPDHは対照.B. Ire1α KO MIN6細胞と野生型MIN6細胞でのプロインスリンとインスリンの免疫ブロット.C. Ire1α KO MIN6細胞と野生型MIN6細胞でのプロインスリン折り畳みの速度をパルスチェイス実験により定量化(Mean±S.D., n=3, **p<0.01 by unpaired t-test).D. Ire1α KO MIN6細胞と野生型MIN6細胞でのPDIファミリーと小胞体シャペロンの相対的タンパク質量を免疫ブロット法により定量化(Mean±S.D., n=3, *p<0.05 by unpaired t-test).
つぎに,Ire1α CKOマウスでのインスリン合成量の低下の原因を明らかにするために,マウスからRNaseドメインを欠損したIRE1αを発現するβ細胞株,Ire1α KO MIN6細胞を樹立した(大阪大学 宮崎純一教授との共同研究).Ire1α KO MIN6細胞は,Ire1α CKOマウスと同様に,プロインスリンとインスリン含有量の低下を示した(図4B図4■Ire1α CKOマウスとIre1α KO MIN6細胞の表現型解析).その原因をさらに詳細に調べたところ,プロインスリンの合成量が落ちているのではなく,合成後の折り畳み速度が低下していることがわかった(図4C図4■Ire1α CKOマウスとIre1α KO MIN6細胞の表現型解析).プロインスリンは,小胞体内で3つのジスルフィド結合形成によって酸化的に折り畳まれる(図1図1■インスリンの生合成系)が,折り畳みに関与する折り畳み酵素は未解明のままであった.そこで,膵臓β細胞においてIRE1α–XBP1経路が,プロインスリンの折り畳みに関与する遺伝子群を転写誘導している可能性を調べた.
RNaseドメインを欠損していない野生型IRE1αを発現するMIN6細胞を対照とし,Ire1α KO MIN6細胞で発現量が低下している遺伝子の特定を試みた.その結果,Ire1α KO MIN6細胞では,protein disulfide isomerase(PDI)ファミリーに属する,PDI, PDIR, P5, ERp44, ERp46の5つの発現量が大きく低下していた(図4D図4■Ire1α CKOマウスとIre1α KO MIN6細胞の表現型解析).PDIファミリーとは,チオレドキシンモチーフ“CXXC”をもつ小胞体シャペロンであり,基質のジスルフィド結合の酸化,還元,掛け替えを制御する.これまでに哺乳動物では,20種類以上のPDIファミリーの遺伝子が存在することが報告されている(26)26) M. Okumura, H. Kadokura & K. Inaba: Free Radic. Biol. Med., 83, 314 (2015)..PDIファミリーに属する5つの遺伝子発現の低下は,Ire1α CKOマウス由来の膵島においても認められた.さらに,ChIP(クロマチン免疫沈降)アッセイの実験結果から,IRE1α下流のXBP1sが直接5つのPDIファミリーのプロモーター領域に結合し,それらの転写を誘導していることも示唆された.
これら5つを含むPDIファミリーは,小胞体内においてジスルフィド結合の形成を制御する折り畳み酵素である(26)26) M. Okumura, H. Kadokura & K. Inaba: Free Radic. Biol. Med., 83, 314 (2015)..実際にプロインスリンの折り畳みに関与しているのかどうかを明らかにするために,これら5つの遺伝子をIre1α KO MIN6細胞に導入しその影響を調べた.Ire1α KO MIN6細胞に5つの野生型のPDIファミリーを一過的にかつ同時に過剰発現すると,Ire1αやXbp1sを安定発現したときと同様にインスリン分泌の回復が認められた(図5A図5■Ire1α KO MIN6細胞への5つのPDIファミリーの再構成実験).この効果をさらに確認するために,野生型IRE1αを発現するMIN6細胞にこれら5つのPDIsを同時に過剰発現してみたところ,膵臓β細胞のインスリン分泌がさらに増大することがわかった.これらの結果から,膵臓β細胞でIRE1α–XBP1経路によって制御される5つのPDIファミリー(PDI, PDIR, P5, ERp44, ERp46)は,プロインスリンの折り畳みを促進することでインスリンの合成・分泌を促進するという結論に至った.
本研究の解析から,膵臓β細胞においてIRE1α–XBP1経路が恒常的に活性化しており,その下流で5つのPDIファミリー遺伝子(PDI, PDIR, P5, ERp44, ERp46)が転写誘導されることで,最終的にプロインスリンの酸化的な折り畳みが促進されていることが明らかとなった(1)1) Y. Tsuchiya, M. Saito, H. Kadokura, J. I. Miyazaki, F. Tashiro, Y. Imagawa, T. Iwawaki & K. Kohno: J. Cell Biol., 217, 1287 (2018).(図5B図5■Ire1α KO MIN6細胞への5つのPDIファミリーの再構成実験).哺乳動物のPDIファミリーは約20種類あることがわかっているが,なぜそのように多くのPDIを必要とするのかはいまだよくわかっていない(26)26) M. Okumura, H. Kadokura & K. Inaba: Free Radic. Biol. Med., 83, 314 (2015)..今回の研究によりプロインスリンの効率良い立体構造形成には,少なくとも5種のPDIの協調作業が必要であることが示唆された.今後のPDIの機能的役割解析にとって,この実験系は一つの有用な解析モデルになるであろう.さらに本研究で明らかとなった膵臓β細胞でのIRE1αの新しい役割は,今後,糖尿病の発症メカニズムの解明や糖尿病の治療に貢献することが期待される.
Acknowledgments
本研究のマウスを用いた研究は,現京都薬科大学斉藤美知子准教授によるものである.また,Ire1α CKOマウスは金沢医大の岩脇隆夫教授との共同研究,膵臓β細胞株の樹立は大阪大学宮崎純一教授との共同研究によるものである.これらの方々にこの場を借りて感謝いたします.
Reference
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