解説

海洋微生物からの有用機能の探索とその応用生活や環境保全に微生物酵素を役立てる

Screening and Development of Biological Functions of Marine Microbes: Application of Microbial Enzymes to Our Life and Environment

Yukari Ohta

大田 ゆかり

国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)

Published: 2019-02-20

太陽光エネルギーが利用可能な地球表層では,光合成一次生産を基軸とする豊かな生命圏が維持されている.海洋表層で生産された有機物に加え,陸域有機物の一部も海洋沿岸や河川を通じて海域に流入して混ざり合う.海域表層の有機物の大部分は,浅海でさまざまな生物代謝を受けながら短いターンオーバーでリサイクルされ,その一部が残渣として海底に堆積する(1)1) C. L. Follett, D. J. Repeta, D. H. Rothman, L. Xu & C. Santinelli: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 16706 (2014)..海底の残渣に依存した従属栄養型の微生物の中には多くの生物では処理しきれない難分解性有機物を何らかの形で利用する機能をもつことが期待される.そこで,われわれは深海を含むさまざまな海域から難分解性有機物を分解する細菌や酵素を探索し,その利用法の提案を行ってきた(2, 3)2) 秦田勇二,小西正朗,大田ゆかり:“極限環境生物の産業展開”,シーエムシー出版,2012, p. 190.3) 秦田勇二,能木裕一,大田ゆかり:“酵素利用技術体系”,エヌ・ティー・エス出版,2010, p. 250.

海藻多糖分解酵素の利用

1. アガラーゼ

アガロース(寒天)は,テングサやオゴノリなどの紅藻類の細胞壁成分であり,D-ガラクトースと3,6-アンヒドロ-L-ガラクトースがα-1,3, β-1,4結合で交互につながったヘテロ多糖であり,多くの微生物にとっては難分解有機物の一つである.アガロースをオリゴ糖サイズにまで切断して得られる「寒天オリゴ糖」には,さまざまな優れた生理的機能があることが報告されている(4)4) 有賀 修,岡本直樹,井上貴由,久保 元,森山浩憲:応用糖質科学,2, 142 (2012).ことから,われわれはアガロース切断酵素(アガラーゼ)を深海由来細菌より探索した.その結果,アガロースのα-1,3結合を切断してアガロオリゴ糖を生産する酵素「α-アガラーゼ」,β-1,4結合を切断して,ネオアガロオリゴ2, 4, 6糖をそれぞれ生成する複数の「β-アガラーゼ」を取得した.そのうちの一つ,Microbulbifer thermotolerans JAMB-A94T株に由来するβ-アガラーゼはとりわけ高い耐熱性をもっていた(5)5) Y. Ohta, Y. Nogi, M. Miyazaki, Z. Li, Y. Hatada, S. Ito & K. Horikoshi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 68, 1073 (2004)..現在,本酵素は遺伝子試薬メーカーから遺伝子研究用試薬として販売されている.本アガラーゼは,アガロースゲル電気泳動で分離したDNA断片の回収に利用することができる.あらかじめ加温溶解したゲルにアガラーゼを混ぜるだけという簡便な操作で,ゲルは不可逆的に可溶化される.特に高分子DNAを損傷することなく効率良く回収ができる点(160 kbまで確認済み),実験操作で発生するプラスチックごみを最小限に抑えられる点,有毒試薬を使用しない点で,従前の使い捨ての精製カラムと変性剤を併用する手法よりも優れている.回収したDNA断片は,そのまま次の実験に用いることができることから,さまざまな研究機関における遺伝子機能解析・配列解析に活用いただいている(図1図1■アガラーゼを用いたアガロースゲルからのDNA断片の回収とその利用).

図1■アガラーゼを用いたアガロースゲルからのDNA断片の回収とその利用

2. カラギナーゼ

世界的に古くから食品の増粘剤やゲル化剤として使用される紅藻類の細胞壁多糖にカラギーナンがある.カラギーナンの特徴は硫酸基をもっている点にあり,その構成糖の硫酸基置換パターンに基づき,カッパ,イオタ,ラムダ型の3タイプに大別される(6)6) F. van de Velde, S. H. Knutsen, A. I. Usov, H. S. Rollema & A. S. Cerezo: Trends Food Sci. Technol., 13, 73 (2002)..それぞれの物理的性質が大きく異なっているため,用途に応じて使い分けがなされている.カラギーナンは,原料藻の品種や採取地,生育段階によって,その置換基パターンが多種多様に変化する.このため,いわゆるカラギーナンという名称で市場に流通している物は,実際には非常にヘテロな高分子構造を有しており,精密な構造解析は困難である.そこでわれわれは酵素の“基質特異性”を生かした分析手法の開発に取り組んだ.カラギーナン分析手法の確立には,主要な3タイプのカラギーナンそれぞれに対して各構造を厳密に区別して認識する機能,すなわち高度の基質特異性をもつカラギーナン分解酵素3種を利用できることが鍵であった.われわれは,その3種の酵素を新規性と多様性の高い深海域の細菌から取得することに成功し,つづいてこれら3種の酵素を利用した未知カラギーナンの分析法も開発した(7)7) 秦田勇二,大田ゆかり:公益財団法人アサヒグループ学術振興財団—研究助成報告,22, 23 (2008)..本手法は,これまで分析が困難であった飲食品中のカラギーナンの検出・組成分析に極めて有効であった.

これまで,ほとんどの海藻多糖分解酵素は研究室内での使用に限定されていたが,現在は地球環境保全へ貢献するための産業利用技術の開発に期待が寄せられている.地球温暖化や海洋酸性化などの要因である人為的CO2の増大につながる化石資源の使用を断ち切るため,太陽光エネルギーで形成された植物バイオマスの体系的利用技術の開発が精力的に行われている.これらを背景として,海洋大型藻類が再生可能原料として注目されるに従い,多様な海藻多糖を分解する優れた微生物や酵素の必要性も急速に増している(8)8) K. A. Jung, S. R. Lim, Y. Kim & J. M. Park: Bioresour. Technol., 135, 182 (2013).

リグニン分解酵素の利用

陸域の植物には主要成分としてリグニンが含まれており,その構造的特性から生物分解が著しく困難な物質と位置づけられる.セルロースに次ぐ第2位の存在量をもち,地球最大の再生可能な芳香族化合物資源であるとされる.再生可能資源である植物バイオマスを利用しようとするとき,それらのすべての成分を無駄なく利用することが重要である.リグニンは構造が複雑であるため,さまざまな化学品などの有価物に変換できる可能性をもっている.しかしその反面,構造の正確な理解や制御が困難であり,さらに生成物の分離精製にも大きなコストがかかるという難点をもっている.これらを克服するため,植物のリグニンを遺伝子操作によって改変して利用効率を上げる試みや,さまざまな触媒を使った化学的・生物学的手法が開発されている(9)9) A. J. Ragauskas, G. T. Beckham, M. J. Biddy, R. Chandra, F. Chen, M. F. Davis, B. H. Davison, R. A. Dixon, P. Gilna, M. Keller et al.: Science, 344, 1246843 (2014).

われわれは,海洋微生物の酵素群を使ったリグニンを原料とする芳香族化合物の生産を実現するため,まず海域からリグニン関連芳香族代謝細菌の分離を試みた.分離源として,駿河湾海底から回収された沈木を選び(図2図2■穿孔性二枚貝による侵食が進んだ海底沈木),種々のオガクズを人工海水に混ぜ,海底の沈木を模した培地を用いて,本沈木に生息する微生物を培養した(10)10) Y. Ohta, S. Nishi, T. Haga, T. Tsubouchi, R. Hasegawa, M. Konishi, Y. Nagano, Y. Tsuruwaka, Y. Shimane, K. Mori et al.: Open J. Mar. Sci., 2, 177 (2012)..また,沖縄県南西諸島海溝に沈設,約1年半後に無人探査機「かいこう7000II」で回収された木材,加えて東北沖深度約5,000 mに生息するシロウリガイコロニー付近から「しんかい6500」を使って採取された底泥(図3図3■「しんかい6500」を使った深海底泥の採取)からも,同様にリグニン関連芳香族代謝微生物の分離を試みた.ここで単離した細菌に対し,p-クマル酸(p-coumaric acid),フェルラ酸(ferulic acid)などのリグニンに関連する芳香族モノマーを基質として,これらを代謝する能力の有無を調べたところ,被検菌株のうちの約4割の株に代謝活性が検出された.これらの微生物の分類学的位置を,16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列に基づき調べたところ,それらのすべてがデータベースに登録された基準株の配列とは異なっており(97~99%の一致性),各分離株は相互に異なる16SリボソームRNA遺伝子配列をもつ微生物であることがわかった.海域から分離される微生物は陸域で検出される微生物と共通するものも多く存在するが,海洋固有種と位置づけられる微生物も存在した.