セミナー室

概日時計を制御標的とした,化合物による植物の生長制御の可能性植物の季節認識を自在に操る

Keita Bekki

別城 啓太

京都大学大学院生命科学研究科

Motomu Endo

遠藤

奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス領域

Published: 2019-02-20

はじめに

植物は温度や光などの環境刺激が適当になれば発芽し,生長を始める.そして適切な季節に花を咲かせ,次世代へと生命をつなげる.自身の生長(栄養生長)から次世代に向けて花芽を形成する生長(生殖生長)への転換を花成といい,花成の成否は固着生活を営む植物の生存戦略において極めて重要であるため,植物はさまざまな方法を用いて花成を適切に決定している.さらに,多くの農作物は葉や実を食すことから,農業においても適切なタイミングで花成を制御することは重要である.これまでの研究から,花成制御には図1図1■花成制御経路の概略図で示されるような複数の経路が存在し,特に日長や温度,栄養,齢などの重要性が明らかとなっている(1, 2)1) A. Srikanth & M. Schmid: Cell. Mol. Life Sci., 68, 2013 (2011).2) A. Yamaguchi & M. Abe: J. Plant Res., 125, 693 (2012)..なかでも日長の変化,つまり季節変化に応じた花成を光周性花成といい,花成制御において中心的な役割を果たしている.

図1■花成制御経路の概略図

これまでさまざまな植物で光周性花成制御に関する研究が進められ,モデル植物であるシロイヌナズナやイネを用いた研究から,FT遺伝子(イネではHd3a遺伝子)がコードする「花咲かホルモン」フロリゲンによって花成が誘導されることが明らかになった(3)3) L. Corbesie, C. Vincent, S. Jang, F. Fornara, Q. Fan, I. Searle, A. Giakountis, S. Farrona, L. Gissot, C. Turnbull et al.: Science, 316, 1030 (2007)..現在は多くの植物種で同様のフロリゲン機能が明らかにされている.この季節変化に応じたフロリゲンの発現誘導には光受容体が受け取る外部の光情報と概日時計による内部の時間情報の2つの情報が利用されている.COと呼ばれる遺伝子およびタンパク質上でこれらの情報は統合され,その下流でフロリゲンが誘導されることで花成が引き起こされる.つまり,概日時計(体内時計)は季節変化を感知するための鍵として働いている.

ご存じのように,概日時計は地球の自転に伴う約24時間周期のリズムに対応するために獲得された仕組みであり,植物を含めたほとんどの生物種では転写・翻訳を基本とした複数のフィードバックループによって構成されている(4)4) S. E. Sanchez & S. A. Kay: Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 8, a027748 (2016).図2図2■概日時計の入出力系).植物の概日時計は分子レベルから個体レベルまで生体のさまざまなレイヤーで,花成だけでなく多くの遺伝子発現や代謝,気孔開口などさまざまな応答を制御する.概日時計のフィードバックループは極めて精巧なバランスのうえに成り立っており,特定の時計遺伝子の過剰な発現は,結果として概日リズムを崩壊させることが報告されている.

本稿ではまず,花成制御の研究事例を紹介し,その後,化合物による花成制御を含めた生理応答制御の実例を紹介する.そして,これまで,それほど有望な花成制御の標的としてはみなされてこなかった概日時計に焦点を当て,化合物による花成制御が有望であること,およびその実現可能性について紹介する.

図2■概日時計の入出力系

概日時計は温度や日長といった外部信号を受け取る.外部からの情報により概日時計は転写・翻訳のフィードバックループによる概日リズムを形成し,直接的・間接的に様々な生理応答を制御する.円に内包されている遺伝子群はそれぞれ同じ転写・翻訳グループを示す.

農業における花成制御の現状

花成時期を人為的に制御する際の標的として最も研究されているのはフロリゲンをコードするFT遺伝子およびその関連遺伝子である.

トマトでは変異体のスクリーニングにより,フロリゲン遺伝子SFTの弱い対立遺伝子とそのほかにフロリゲン活性化複合体に影響する2つの変異が分離された.これらの変異を組み合わせることで花成と生長のバランスが最適化され,収量を最大化できることが示されている(5)5) S. J. Park, K. Jiang, L. Tal, Y. Yichie, O. Gar, D. Zamir, Y. Eshed & Z. B. Lippman: Nat. Genet., 46, 1337 (2014)..また,ダイズでは品種によって日長応答性が異なり,花成時期が変化に富んでいる.こうした品種間の日長応答性の違いは長日条件下で発現し,ダイズフロリゲン遺伝子の発現を抑制するE1遺伝子の変異により生じており,E1遺伝子を本来発現していない早生型の品種に導入すると,フロリゲン遺伝子の発現が抑えられ,花成時期が遅れることが示されている(6)6) Z. Xia, S. Watanabe, T. Yamada, Y. Tsubokura, H. Nakashima, H. Zhai, T. Anai, S. Sato, T. Yamazaki, S. Lü et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 2155 (2012)..また,草本性植物に限らず,木本性植物でも研究が進められている.ポプラでは,FT相同遺伝子を過剰発現させると早期の開花が誘導される(7)7) H. Böhlenius, T. Huang, L. Charbonnel-Campaa, A. M. Brunner, S. Jansson, S. H. Strauss & O. Nilsson: Science, 312, 1040 (2006)..またリンゴでも,開花抑制遺伝子であるMdTFL1の発現を抑制することで,通常5年から10年かかる開花を1年以内に短縮できることが知られている(8)8) N. Kotoda, H. Iwanami, S. Takahashi & K. Abe: J. Am. Soc. Hortic. Sci., 131, 74 (2006)..こうした遺伝子組換えを用いた花成制御はまだ基礎研究の段階にあるものの,品種改良の迅速化や,収量の増加などが期待されている.

しかし,遺伝子組換え技術の利用には問題点もいくつか存在する.一つは遺伝子組換え作物に対する消費者の心理的な抵抗が強いことである.近年,WHOやAAAS(アメリカ科学振興会)が数々の研究報告を基に遺伝子組換え作物は安全であるという声明を発表しているが(9, 10)9) WHO: Frequently asked questions on genetically modified foods, http://www.who.int/foodsafety/areas_work/food-technology/faq-genetically-modified-food/en/, 201410) AAAS: Statement by the AAAS Board of Directors On Labeling of Genetically Modified Foods, https://www.aaas.org/sites/default/files/AAAS_GM_statement.pdf, 2012,消費者は安全性に対する疑念をいまだ晴らせないままでいる.事実,日本国内において栽培・流通・加工が承認された遺伝子組換え作物は9作物,118品種あるが,そのうち日本で商業栽培に至っているのは「青バラ」のみである(11)11) 農林水産省:遺伝子組換え作物の現状について,http://www.maff.go.jp/kanto/syo_an/seikatsu/iken/pdf/h250805hamamatsusiryou.pdf, 2013.遺伝子組み換え作物栽培面積世界1位であるアメリカでも,2016年に遺伝子組み換え食品のラベル表示義務化法案「GMO Labeling Bill」(12)12) The United States: A BILL To amend the Agricultural Marketing Act of 1946 to require the Secretary of Agriculture to establish a national disclosure standard for bioengineered foods, and for other purposes, https://www.agriculture.senate.gov/imo/media/doc/Ag%20biotech%20compromise%20proposal.pdf. (2016)が成立するなど,依然として遺伝子組み換え技術への風当たりは強い.また,導入した遺伝子が生態系へと紛れ込んでしまう,いわゆる遺伝子汚染や耐性をもった害虫の発生といった問題もある.こうした問題に対し隔離圃場での生育や農場の一部に非遺伝子組換え作物を育てるなど,対応策を講じているがそのすべてを防ぐことは難しい.国内では未承認であった遺伝子組換えのペチュニアが日本市場に出廻り,何十万粒もの種子を回収する事態になったことは記憶に新しい.こうした問題点により,遺伝子組換えの実用化はDNAやタンパク質が残らない製品などに限られた状況にある.

こうした懸念を払拭できる技術として期待されているのがCRISPR-Cas9に代表されるゲノム編集技術を始めとしたNPBT(New Plant Breeding Techniques)である.ゲノム編集技術は従来の遺伝子組換え技術に比べ格段に高効率な遺伝子改変を可能とする.実際,トマトやダイズでゲノム編集を用いた花成制御の報告がなされている.圃場で栽培されるトマトでは長日条件下でフロリゲンのパラログである開花抑制因子SP5Gの発現が誘導されている.このSP5GにCRISPR-Cas9で変異を導入することで獲得したnull変異体では長日条件下で早生につながる迅速な花成表現型を示す(13)13) S. Soyk, N. A. Müller, S. J. Park, I. Schmalenbach, K. Jiang, R. Hayama, L. Zhang, J. Van Eck, J. M. Jiménez-Gómez & Z. B. Lippman: Nat. Genet., 49, 162 (2017)..また,ダイズではCRISPR-Cas9によりGmFT2aをノックアウトすると,長日・短日条件,自然条件のいずれにおいても花成が遅延する(14)14) Y. Cai, L. Chen, X. Liu, C. Guo, S. Sun, C. Wu, B. Jiang, T. Han & W. Hou: Plant Biotechnol. J., 16, 176 (2017)..日本でもゲノム編集を使ったイネが野外試験栽培を開始するなど,実用化に向けて進んでいる.

ただし,ゲノム編集についても解決すべき課題が存在する.まず,ゲノム編集に対する規制が十分に検討されていないことである.ゲノム編集では変異を挿入後,交雑により外来遺伝子を排除することが可能である.それゆえ,ゲノム編集で生じた変異は自然変異のものと見分けがつかなくなる.また,EU裁判所がゲノム編集作物も従来の遺伝子組み換え食品と同じ規制を設けるべきとの見解を示す一方で,米農務省(USDA)はゲノム編集育種については特別な規制を設けないとの方針を出しており,足並みは揃っていない.日本でも2018年7月に環境省がゲノム編集による遺伝子機能の組み入れは規制対象とするものの,遺伝子機能喪失については規制対象外とする方針を示した.このようにゲノム編集に対する法整備は各国で進捗がさまざまであり,統一的な結論はまだ出ていない.次に,本来の標的遺伝子以外の箇所に変異が入ってしまうオフターゲット変異についても十分な考慮が必要である.最近になって,思っていた以上にCRISPR-Cas9は大規模な欠失や複雑な組換えが起こってしまうという報告がなされ,やや暗雲が立ち込めている.ゲノム編集技術そのものに目がいきがちであるが,オフターゲット変異を最小化する取り組みや変異の検出・予測技術にも目を当てることが必要であり,オフターゲットへの影響をどれだけ排除できるかは今後の課題と言えるだろう.

化合物を用いた植物の生理応答の制御

遺伝子組換えやゲノム編集ではほとんどの場合,遺伝子発現やタンパク質の活性などは遺伝的に決まってしまう.こうしたアプローチとは別に,化合物を用いることで生育段階の途中から遺伝子発現やタンパク質の活性を制御する技術についてもいくつか報告がなされている.花成については例が少ないため,それ以外の生理応答制御も含めていくつか紹介する.

アブシジン酸(ABA)受容体PYR1のバリアントの一つが既存の農薬であるマンジプロパミドに対しナノモル濃度レベルでの感受性をもつことからこのPYR1遺伝子を操作し,マンジプロパミド処理で活性化する改変ABA受容体が作出された.これにより,マンジプロパミド処理を行うことでABA応答を介して水分消費量やストレス耐性を人為的に行うことが可能となった(15)15) S. Y. Park, F. C. Peterson, M. Assaf, J. Yao, B. F. Volkman & S. R. Cutler: Nature, 520, 545 (2015).

また,別の例では特定の市販農薬処理により,開花と収穫時期を自在に制御できるイネ系統の開発に成功している.研究グループはまず花成抑制遺伝子のGhd7を過剰発現させることでイネフロリゲン遺伝子Hd3aの働きを抑制し,環境刺激に応じた花成を抑制した系統を作出した.次に,市販農薬の一種である抵抗性誘導剤に反応して発現する遺伝子の探索を行い,そのうえで薬剤反応性の高い遺伝子の制御領域をHd3aの制御領域に交換した人工フロリゲン遺伝子を作成し,これをその抑制系統に導入した.これにより,誘導剤で処理しない限り花を咲かせないが,誘導剤の処理後40日ほどで花を咲かせるイネ系統が創出された(16)16) R. Okada, Y. Nemoto, N. Endo-Higashi & T. Izawa: Nat. Plants, 3, 17039 (2017).

植物ホルモンとその受容体を改変して生理現象の自在操作を可能とする研究も行われている.植物では生理作用をもたない人工オーキシンとその人工オーキシンを認識する受容体を組み合わせるbump-and-hole法(凸凹法)という分子設計技術を用いることで,天然のオーキシン受容体には結合できない凸オーキシンおよび凸オーキシンのみに結合する凹受容体が創出された(17)17) N. Uchida, K. Takahashi, R. Iwasaki, R. Yamada, M. Yoshimura, T. A. Endo, S. Kimura, H. Zhang, M. Nomoto, Y. Tada et al.: Nat. Chem. Biol., 14, 299 (2018)..凹受容体は植物の特定の部位に自在に導入可能で,凹受容体によって認識された凸オーキシンは天然のオーキシン同様に多彩な生理作用を誘起できる.しかし,改変凹受容体をもたない自然界の植物には凸オーキシンは作用しないという特徴をもつ.つまり,凹受容体を特異的な箇所に発現させておけば,凸オーキシンを全体に散布しても着果の促進といった有用な効果のみを発揮させることが可能となる.

こうした化合物投与による生理応答制御は面白い試みではあるが,現状ではこうした方法もまた遺伝子組換えを利用しているため,昨今の状況を鑑みれば実用化の流れは限定されてしまうと考えられる.一方で,遺伝子改変を伴わず,与える化合物に工夫を凝らすアプローチも研究されており,たとえば,ABAの農業利用を目的に植物の乾燥耐性能を向上させる化合物の研究が報告されている(18)18) J. Takeuchi, M. Okamoto, R. Mega, Y. Kanno, T. Ohnishi, M. Seo & Y. Todoroki: Sci. Rep., 6, 37060 (2016)..ABAは植物ホルモンの一種であり,乾燥ストレスに反応して合成され,気孔を閉鎖し,過剰な蒸散を抑止するように誘導することが知られている.ABAは農薬登録されているものの,植物体内で急速に代謝不活性化されるため,ABAそのものを乾燥ストレスへの耐性付与剤として利用できない.そこで,ABAの代謝不活性化を阻害する化合物が創出された.Abz-E3Mと名づけられたこの化合物はシロイヌナズナ,およびトウモロコシにおいてABAの代謝不活性酵素を選択的に阻害する.この化合物の添加により,シロイヌナズナのABA内生量が一時的に増加し,気孔閉鎖誘導が起こることで乾燥耐性を向上させることが明らかとなった.実用化にはフィールドへの適用が可能かどうかといったさらなる研究が必要であるが,有用な効果が得られれば,農業に広く利用されるであろう.

このように花成を含めた生理応答制御のアプローチは多岐にわたっている.非遺伝子組替えの代替手法としてゲノム編集が注目を集めているが,本稿では,特定の標的を化合物により制御するアプローチにもう少し焦点を当てたい.このアプローチでは先述したように遺伝子改変を必要としない.日本を含め,各国での遺伝子組換え作物に対する抵抗感を考えると,これが意味するところは大きい.また,化合物の添加度合による調整が可能となれば,遺伝子組換えとは異なり,スイッチを切り替えるように自在なタイミングでの生理応答の調整が可能となり,市況や天候に合わせた生産が可能となる.しかし,多くの植物ホルモンが低分子量であり,これらを改変・模倣するような農薬は植物に比較的容易に取り込まれる.一方でフロリゲンはタンパク質としては低分子量であるが,ほかの植物ホルモンに比べるとはるかに大きいため,フロリゲンそのものを投与することは難しい.そこで,次章では化合物の投与による花成制御標的としての概日時計がもつ可能性について議論をする.

概日時計制御による花成制御の可能性

概日時計は季節認識と密接な関係にあるため,変異体では花成時期が変化することが知られている.たとえば,時計遺伝子cca1 lhy二重変異体では短日条件下で早咲き形質となることや(19)19) T. Mizoguchi, K. Wheatley, Y. Hanzawa, L. Wright, M. Mizoguchi, H. R. Song, I. A. Carré & G. Coupland: Dev. Cell, 2, 629 (2002).PRR5, 7, 9の多重変異体では著しく花成が遅れる(20)20) N. Nakamichi, M. Kita, K. Niinuma, S. Ito, T. Yamashino, T. Mizoguchi & T. Mizuno: Plant Cell Physiol., 48, 822 (2007).,といったことが知られている.さらに,栽培化の過程で概日時計に変異をもった系統が選抜されてきた,との解析結果も報告されている(21)21) N. Müller, C. L. Wijnen, A. Srinivasan, M. Ryngajllo, I. Ofner, T. Lin, A. Ranjan, D. West, J. N. Maloof, N. R. Sinha et al.: Nat. Genet., 48, 89 (2016)..このように,概日時計は分子育種や生長制御剤による制御標的として有望であるにもかかわらず,概日時計は多様な生理応答にかかわっていることもあり,ほとんど顧みられてこなかった.

近年,私たちは,表皮の概日時計が温度情報を処理することで細胞伸長を,維管束の概日時計が日長情報を処理することで花芽形成を制御することを明らかにし(22, 23)22) M. Endo, H. Shimizu, M. A. Nohales, T. Araki & S. A. Kay: Nature, 515, 419 (2014).23) H. Shimizu, K. Katayama, T. Koto, K. Torii, T. Araki & M. Endo: Nat. Plants, 1, 15163 (2015).,花成と細胞伸長を切り離して考えることができることを示した.さらに,哺乳類の培養細胞では概日時計を標的とした化合物をデザインした例が報告されている.ヒト培養細胞を用いたスクリーニングから概日リズム周期を延長させる化合物KL001が同定された(24)24) T. Hirota, J. W. Lee, P. C. St John, M. Sawa, K. Iwaisako, T. Noguchi, P. Y. Pongsawakul, T. Sonntag, D. K. Welsh, D. A. Brenner et al.: Science, 337, 1094 (2012)..この化合物は時計タンパク質CRYに特異的に結合し,CRYのプロテアソームを介する分解を抑制することで用量依存的に概日時計の周期を遅らせる.こうしたことから,植物についても維管束の概日時計のみを標的とするような化合物を開発することができれば,多様な生理応答の中から花成のみを特異的に制御できるのではないかと考えた.

このアイデアを検証するため,現在,私たちは植物維管束の概日時計を標的とし,花成時期を制御できる化合物の探索を行なっている.ここではその実験の一部を紹介したい.時計遺伝子CCA1を維管束のみで過剰発現させた遺伝子組み換え植物SUC2pro::CCA1-GFP(SUC2-CG)では維管束の概日リズムが消失し,花成が遅くなる.そこで私たちは,化合物投与によって野生型の維管束の概日時計の振る舞いがSUC2-CGと同じ挙動を示す化合物のスクリーニングを行った.用いた化合物ライブラリは既存薬で構成されており,いわゆるドラッグリポジショニングのアプローチをとっている.これにより新規効能の獲得や,人体に及ぼす影響が詳細に研究されていることによる安全性の確保,といった恩恵を享受できると考えられる(実際には登録済み農薬で行うべきであるが,そちらについては現在進行中である).これまで,約3,000種類の化合物のスクリーニングを行い,その結果,数十種類の化合物を候補として見いだしている.図3図3■化合物投与における花成制御実験の結果の一例で示されているように,いくつかの候補化合物では濃度依存的に維管束の概日リズムが阻害されるとともに,FTの発現量が低下している.また,そうした化合物の多くは濃度依存的に花成が遅れることも明らかにしている.これらの化合物の作用機序の詳細や実際の栽培条件で農作物に対しても効果があるかについては検討が必要であるものの,概日時計を標的にした花成制御は有望ではないかと考えている.

図3■化合物投与における花成制御実験の結果の一例

(A)化合物投与時の維管束時計遺伝子の発光リズムの一例.(B)候補化合物を加えた植物におけるFT発現量.長日条件(16時間明期・8時間暗期)下で7日間育成した芽生えの培地に最終濃度50 µMとなるよう化合物を加え,添加して長日条件で7日後の植物体でのFT発現量を測定した.内部標準にはIPP2を用いた.Cはコントロールを表す.(C)化合物添加時の花成表現系.播種後10日目の芽生えに最終濃度がそれぞれ5 nM,0.5 µMおよび50 µMとなるよう培地に化合物を添加し,抽台後のロゼット葉茎生葉の総葉数を測定した.Cはコントロールを表す.

おわりに

植物にとって一大イベントである花成は私たちにとっても重要である.世界の人口は増加の一途をたどり,今現在70億人を超えている.2050年には95億人を超えるだろうといった試算もされている.現時点では,食糧は分配の問題はあるものの,地球規模では十分に生産されている.しかし,今後の人口増加を考慮すれば,依然として食料増産の必要性は高い.しかし,ここ数十年,耕作地はほとんど増えておらず,農作物の増産は単収の増加に頼っている状況にある.今後はいかに効率的に食糧生産を行うべきか考える必要があるだろう.

今回,花成を制御することが作物の収量向上や開花時期の調整など農業上大きな恩恵を与える可能性を示した.本稿で紹介したとおり,花成制御に関する研究は日進月歩で進んでおり,遺伝子組換えにとどまらず,ゲノム編集など最先端の技術も導入されている.こうしたアプローチは劇的な効果が期待できるものの,一般消費者の心理的障壁が大きく立ちはだかっており,組換え作物を受け入れようとする機運を高めていくにはまだ時間がかかるであろう.

これまで概日時計はその多面的な表現型から,花成制御において有効な制御標的としてみなされてこなかった.しかし,今回,私たちは化合物の添加により概日リズムを変化させることで,非遺伝子組換えかつ自在な花成制御が行える可能性を示した.概日時計を標的とした花成調整剤には先に挙げたように多くのメリットがある.また,概日時計はほぼすべての植物種に存在していることから植物種を問わずに応用できる可能性もある.もちろんこのアプローチにも課題はある.農薬登録にも時間と費用がかかるために,登録済みの化合物からの再スクリーニングを中心とした工夫などが必要であろう.また,維管束以外への滞留性を下げることで花成以外への影響を最小限にするような工夫も必要だと考えられる.2018年8月には除草剤の発がん性の警告を怠ったとしてモンサント社に対して約3億ドルの賠償命令の判決がアメリカで下されており,農薬,化合物投与の風当たりが強くなる可能性も大いにある.私たちはこうした課題を乗り越えていかなければならない.

今回,花成にかかわる維管束の概日時計のみに焦点を当てたが,概日時計の特性は組織ごとに異なる.たとえば,表皮の概日時計は温度依存適な細胞伸長を制御している.これをうまく利用すれば,表皮の概日時計を適切に制御することにより植物の温度応答も調節することができるかもしれない.表皮,維管束の概日時計の調整が化合物投与により可能となれば,それらを組み合わせることで思い思いの植物を育てることが可能となる.概日時計を標的とした化合物が「花咲か爺さんの灰」と呼ばれる日が訪れるかもしれない.

Note

ABAabscisic acid
CCA1CIRCADIAN CLOCK ASSOCIATED 1
COCONSTANS
CRISPRCLUSTERS REGULARLY INTERSPACED SHORT PALINDROMIC REPEAT
CRYCRYPTOCHROME
cry2CRYPTOCHROME2
ELF3EARLY FLOWERING 3
ELF4EARLY FLOWERING 4
FTFLOWELING LOCUS T
GFPgreen fluorescence protein
Ghd7Grain number, plant height and heading date 7
GmFT2aGlycine max FLOWERING LOCUS T 2a
GIGIGANTEA
Hd3aHEADING date 3a
IPP2ISOPENTENYL PYROPHOSPHATE: DIMETHYLALLYL PYROPHOSPHATE ISOMERASE 2
LHYLATE ELONGATED HYPOCOTYL
LUXLUX ARRHYTHMO
MdTFL1Malus domestica TERMINAL FLOWER 1
NOX(BOA)BROTHER OF LUX ARRHYTHMO
PRRPSEUDO-RESPONSE REGULATOR
PYR1PYRABACTIN RESISTANCE 1
SFTSINGLE FLOWER TRUSS
SP5GSELF PRUNING 5G
SUC2SUCROSE-PROTON SYMPORTER 2

Reference

1) A. Srikanth & M. Schmid: Cell. Mol. Life Sci., 68, 2013 (2011).

2) A. Yamaguchi & M. Abe: J. Plant Res., 125, 693 (2012).

3) L. Corbesie, C. Vincent, S. Jang, F. Fornara, Q. Fan, I. Searle, A. Giakountis, S. Farrona, L. Gissot, C. Turnbull et al.: Science, 316, 1030 (2007).

4) S. E. Sanchez & S. A. Kay: Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 8, a027748 (2016).

5) S. J. Park, K. Jiang, L. Tal, Y. Yichie, O. Gar, D. Zamir, Y. Eshed & Z. B. Lippman: Nat. Genet., 46, 1337 (2014).

6) Z. Xia, S. Watanabe, T. Yamada, Y. Tsubokura, H. Nakashima, H. Zhai, T. Anai, S. Sato, T. Yamazaki, S. Lü et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 2155 (2012).

7) H. Böhlenius, T. Huang, L. Charbonnel-Campaa, A. M. Brunner, S. Jansson, S. H. Strauss & O. Nilsson: Science, 312, 1040 (2006).

8) N. Kotoda, H. Iwanami, S. Takahashi & K. Abe: J. Am. Soc. Hortic. Sci., 131, 74 (2006).

9) WHO: Frequently asked questions on genetically modified foods, http://www.who.int/foodsafety/areas_work/food-technology/faq-genetically-modified-food/en/, 2014

10) AAAS: Statement by the AAAS Board of Directors On Labeling of Genetically Modified Foods, https://www.aaas.org/sites/default/files/AAAS_GM_statement.pdf, 2012

11) 農林水産省:遺伝子組換え作物の現状について,http://www.maff.go.jp/kanto/syo_an/seikatsu/iken/pdf/h250805hamamatsusiryou.pdf, 2013

12) The United States: A BILL To amend the Agricultural Marketing Act of 1946 to require the Secretary of Agriculture to establish a national disclosure standard for bioengineered foods, and for other purposes, https://www.agriculture.senate.gov/imo/media/doc/Ag%20biotech%20compromise%20proposal.pdf. (2016)

13) S. Soyk, N. A. Müller, S. J. Park, I. Schmalenbach, K. Jiang, R. Hayama, L. Zhang, J. Van Eck, J. M. Jiménez-Gómez & Z. B. Lippman: Nat. Genet., 49, 162 (2017).

14) Y. Cai, L. Chen, X. Liu, C. Guo, S. Sun, C. Wu, B. Jiang, T. Han & W. Hou: Plant Biotechnol. J., 16, 176 (2017).

15) S. Y. Park, F. C. Peterson, M. Assaf, J. Yao, B. F. Volkman & S. R. Cutler: Nature, 520, 545 (2015).

16) R. Okada, Y. Nemoto, N. Endo-Higashi & T. Izawa: Nat. Plants, 3, 17039 (2017).

17) N. Uchida, K. Takahashi, R. Iwasaki, R. Yamada, M. Yoshimura, T. A. Endo, S. Kimura, H. Zhang, M. Nomoto, Y. Tada et al.: Nat. Chem. Biol., 14, 299 (2018).

18) J. Takeuchi, M. Okamoto, R. Mega, Y. Kanno, T. Ohnishi, M. Seo & Y. Todoroki: Sci. Rep., 6, 37060 (2016).

19) T. Mizoguchi, K. Wheatley, Y. Hanzawa, L. Wright, M. Mizoguchi, H. R. Song, I. A. Carré & G. Coupland: Dev. Cell, 2, 629 (2002).

20) N. Nakamichi, M. Kita, K. Niinuma, S. Ito, T. Yamashino, T. Mizoguchi & T. Mizuno: Plant Cell Physiol., 48, 822 (2007).

21) N. Müller, C. L. Wijnen, A. Srinivasan, M. Ryngajllo, I. Ofner, T. Lin, A. Ranjan, D. West, J. N. Maloof, N. R. Sinha et al.: Nat. Genet., 48, 89 (2016).

22) M. Endo, H. Shimizu, M. A. Nohales, T. Araki & S. A. Kay: Nature, 515, 419 (2014).

23) H. Shimizu, K. Katayama, T. Koto, K. Torii, T. Araki & M. Endo: Nat. Plants, 1, 15163 (2015).

24) T. Hirota, J. W. Lee, P. C. St John, M. Sawa, K. Iwaisako, T. Noguchi, P. Y. Pongsawakul, T. Sonntag, D. K. Welsh, D. A. Brenner et al.: Science, 337, 1094 (2012).