プロダクトイノベーション

香り成分に着目した,ヱビスwithジョエル・ロブションの開発ロングセラーブランドにおける新価値創出

Sawako Mochizuki

望月 佐和子

サッポロホールディングス株式会社・サッポロビール株式会社

Kiyoshi Takoi

蛸井

サッポロホールディングス株式会社・サッポロビール株式会社

Published: 2019-02-20

はじめに

「ヱビスwithジョエル・ロブション」は,ビールのロングセラーブランド“ヱビス”のブランド拡張として,2018年で発売6年目となる商品である.2013年に「薫り華やぐヱビス」として新発売し,2016年に「ヱビスwithジョエル・ロブション 華やぎの時間」「同・余韻の時間」,2018年に「ヱビスwithジョエル・ロブション格別の乾杯」として商品名や香味の設計工夫をこらし,リニューアル発売した(図1図1■2013年以降発売された「ヱビスwithジョエル・ロブション」シリーズの350 mL缶パッケージデザイン).まるでシャンパンやワインを想起させる特徴的な香味を有し,発売以降,女性をはじめとして,ワイン好きや食にこだわる方々からも好評を博している.

図1■2013年以降発売された「ヱビスwithジョエル・ロブション」シリーズの350 mL缶パッケージデザイン

本商品は,“ヱビス”では珍しい他ブランドとのコラボレーションによるものであるが,単なるプロモーション施策としてのコラボレーションではなく,農芸化学的にも注目すべきホップにまつわる技術的なアプローチにより,ロングセラーブランドにおける新たな価値の創出を目指して開発してきたものである.本稿ではその開発について,ブランディングと技術アプローチの両面から紹介する.

120年以上の歴史を誇る“ヱビス”

ヱビスビールは1890年に誕生し,2019年で発売129周年を迎えた.サッポロビールの前身の一つである日本麦酒醸造会社が,本格的なドイツビールの味わいを目指し,ドイツの醸造技師カール・カイザー氏を招聘して完成させたビールである.発売後は,ほかのビールにはないコクと香り,味わいから評判となり,好評を博した.1900年にはパリ万博で金賞,1904年のセントルイス万博ではグランプリを獲得し,世界からも高評価を受けた.

1994年以降は,「ヱビスビールあります」の広告で躍進し,「ちょっと贅沢なビール」として現在でいうプレミアムビールの先駆的な存在となった.2003年以降は,「ヱビスザ・ブラック」(現在の「ヱビスプレミアムブラック」)といった黒ビールや「琥珀ヱビス」といったアンバービールなど,当時の日本のナショナルブランドのビールとしてはまだ珍しかったさまざまなビールタイプを軸に,新たな価値を提案してブランドを拡張してきた.また,「YEBISU BAR」や「ヱビスビール記念館」といった施設を情報発信基地・体験の場として,日本のビール文化の醸成をも目指してきた.

料理界を代表するフレンチの巨匠“ジョエル・ロブション”氏と協働

それではなぜ,そんな“ヱビス”がジョエル・ロブション氏と協働することになったのか.ジョエル・ロブション氏は世界でも名高い料理人で,史上最速でミシュラン3つ星を獲得後,世界中で最も多くの星をもち,「フレンチの巨匠」とも言われる.偉大な功績の一方で,彼の料理哲学である「料理は愛から始まる芸術」という言葉には学ぶべきことが大きい.人を愛し食材を愛することで人の心を動かす料理をつくり,お客様の笑顔に励まされ,さらに前進するという考え方である.

料理,ビールとフィールドは違っていても,この両者には,人を笑顔にして幸せにするという同じ信念があった.また両者には,伝統を重んじながらも頂点を目指し革新を続ける姿勢,素材を大切にする思想といった共通点もあった.“ヱビス”のお膝元である東京・恵比寿のガーデンプレイスに“ジョエル・ロブション”のシャトーレストランが存在したことも,この運命的な出会いのきっかけとなった.さらに言えば,ジョエル・ロブション氏本人がサッポロビールやヱビスビールの味を好んでおり,それが協働の決定打であったと言える.

両者は互いの哲学に想いを一つにし,この協働を通じて,これまでにない新たな食のシーンを創ることを目指した.それまでフランス料理のような高級な食事のなかでビールが登場することはまれであったが,そんな高級食材にも負けない華やかな薫りの余韻で,飲んだ後まで清々しい心地が続く上質なビールの設計を目指した.この新たなビールにより,食事に合わせてビールを選ぶことで,いつもの食卓をより豊かにする喜びの発見を提供したいと考えた(図2図2■“ヱビス”と“ジョエル・ロブション”による協働).

図2■“ヱビス”と“ジョエル・ロブション”による協働

ソーヴィニオン・ブランの香りのするホップ

こうしてスタートした“ヱビス”と“ジョエル・ロブション”とのコラボレーションにあたっては,「香り」に着目した新価値を目指すこととなった.ビールの「香り」は,原料(麦芽・ホップ)に由来するもの,酵母の発酵で生成,変化するものなど多岐にわたる.そのなかでも,ヱビス酵母が発酵で醸し出す複雑な香気~“ヱビス香”~は香味特徴に大きく寄与することがわかっている.そこで,開発にあたっては,原料を工夫することで,酵母由来の香気とお互いに引き立てあうような,新しいタイプの「香り」のヱビスを目指すこととした.そうして選抜された原料が「シャンパーニュ産麦芽」と「Nelson Sauvinホップ」だった.目指した香味は,フレンチをはじめとするさまざまな料理と相性のよい白ワインやシャンパーニュのような味わいであり,特にそのためのキーとなったのがこの「Nelson Sauvinホップ」であった.

「Nelson Sauvinホップ」はニュージーランド(NZ)で2000年に品種化された比較的新しいホップ品種である(1)1) R. A. Beatson, K. A. Ansell & L. T. Graham: New Zeal. J. Crop Hort., 31, 303 (2003)..NZにおける唯一のホップ産地ネルソン地区はNZ南島北端部に位置し,地理的に隣接したマルボロ地区ともどもワインの銘醸地として知られている.NZワインの代表品種は白ワインではソーヴィニオン・ブラン,赤ワインではピノ・ノワールが有名だが,ワイン用ブドウの栽培面積の6割程度はソーヴィニオン・ブランとされている.このホップで醸造したビールに,飲みなれたワインのニュアンスを感じた育成者の方々は,「ネルソン地区で育成されたソーヴィニオン・ブランの香りのするホップ」という意味を「Nelson Sauvin」という品種名にこめたとのことである(図3図3■収穫前の「Nelson Sauvinホップ」(写真左)およびネルソン地区の農場(写真右・ワイン用ブドウの畑にホップ畑の棚が隣接している)).