Kagaku to Seibutsu 57(4): 201 (2019)
巻頭言
日本らしい独創性
Published: 2019-04-01
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
日本のエネルギー自給率は僅か6%,食料自給率もカロリーベースで38%にすぎない.われわれにとって資源の強みは何か? やはり謙虚に自然界に向き合って粘り強く探索する知的資源しかなく,新たなイノベーションなくして日本の発展は望めない.おりしも,昨秋京都で開催された「第15回科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム」での安倍首相の挨拶は,“われわれの成長にとって重要なものは3つしかない.それはイノベーション,イノベーション,そしてイノベーションである”であった.
日本が世界をリードするには,海外の追随ではなく日本らしい独創性で勝負することが大切である.代表例として,「日本独自の文化をベースに,自然界の現象に真っすぐ向きあって独創的な成果を生み出してきた実学研究」が挙げられる.1908年,東京帝国大学の池田菊苗博士が“昆布を入れた湯豆腐が何故美味しいのか”という素朴な疑問から「うま味」が基本味であることを直感し,「うま味」のもとがグルタミン酸であるという大発見を成し遂げた.それまでの「甘味・酸味・塩味・苦味」の4つのみが基本味という常識を覆し,「うま味」は基本味であるはずという未常識への跳躍発想が大きなブレークスルーを生み出した.さらに特筆すべきことは,この発見が契機となって数多くの波及効果が生み出されている点にある.
「うま味」の発見を契機に,うま味調味料としてのグルタミン酸ナトリウムがグルテン分解法で実用化(1908年)される.グルタミン酸が発酵生産できるという新発見(1955年)により,副生物の少ない効率的な生産方法として発酵法が実用化(1957年)される.発酵基盤技術として代謝制御理論が体系化され,制御機構を打破した変異株を用いる数多くのアミノ酸の発酵生産が可能となる.その後,核酸関連物質にも「うま味」成分があることが発見(1913年イノシン酸Na, 1960年グアニル酸Na)され,これらもアミノ酸と同様に実用化される.そして1986年には,池田菊苗博士が当初予想したとおり,「うま味」が基本味であることが確定され,2002年には舌に存在する味覚受容体が発見されるに至る.現在は,これら受容体を用いた新たなうま味物質,甘味物質などの味覚物質の探索が世界中の競争となっている.このように,池田菊苗博士の「うま味」の発見は,100年以上にわたる大河的研究の流れを必然的に生み出し,数多くの新たな基礎・応用の研究領域を創出している.本物の実学研究の強みがここにある.
私の専門領域において目的反応を触媒する未知酵素を探索する場合,求める性質に近い既知遺伝子の相同性で探索する手法がよく使われるが,これだけでは大魚を逃がす可能性がある.ここで得られたものは既知概念の延長に位置づけられる新規である.一方,大きなブレークスルーは前述のとおりすでに解明された周辺ではなく,未解明の未常識領域の中に存在する可能性が高い.“狙いの反応が自然界の摂理に矛盾しないならばスクリーニングする価値がある”という発想(尊敬する恩師山田秀明京大名誉教授からご教示いただいたもので,“熱力学の法則に則っているかどうか”と捉え直して大切にしている考え方である)と“大きなブレークスルーを得るには既知発想から離れた跳躍的研究の考え方”を併せ持つことが大切である.思い出深い研究成果の一つであり,最近実用化に成功した“新規酵素によるによるペプチド新製法”もこのような考えに立脚して行った研究である.自然界からの探索には“運鈍根”が極めて大切な要素と実感している.