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キサントフモールによるコレステロール逆転送系の活性化食品成分によるHDLの高機能化

Hiroshi Hirata

平田

サッポロホールディングス株式会社価値創造フロンティア研究所

Harumi Uto-Kondo

近藤 春美

日本大学生物資源科学部くらしの生物学科

Published: 2019-04-01

コレステロールは生体の重要な成分であることから肝臓で積極的に合成される.疎水性分子であるコレステロールはリポタンパク質というキャリアによって血流を通して運搬される.リポタンパク質はその密度によって分類され,肝臓から末梢への運搬はLDL(Low density lipoprotein)が担っている.LDLは生体内の活性酸素により酸化LDLとなり,この酸化LDLをマクロファージが貪食し,泡沫化マクロファージが蓄積して動脈を肥厚させて動脈硬化巣となる.しかし,余剰な動脈硬化巣マクロファージ中のコレステロールは,HDL(High density lipoprotein)によって肝臓へ運搬される(コレステロール逆転送)(RCT: Reverse cholesterol transport).RCTは,HDLによる‘コレステロール引き抜き’から始まる複数のステップで構成される:末梢における細胞内の過剰なコレステロールは,2種のABCトランスポーター(ABCA1, ABCG1)によって搬出され,HDLに引き抜かれる(図1A図1■コレステロール引き抜きとその測定方法).HDLはコレステロールを取り込みながら成熟化して,CETPという転送タンパク質によってコレステロールをLDLに受け渡し,LDL受容体(LDLR)を介して,肝臓にコレステロールを運搬する.一部は直接HDL受容体(SR-BI)を介して肝臓にコレステロールを受け渡す.したがって,RCTの初動を担うコレステロール引き抜きはHDLの質を決定づけるものとして注目されている.実際に,健常人および冠動脈疾患患者を対象とした研究では,HDL-コレステロールの量と関係なくコレステロール引き抜き能が動脈硬化リスクと関連していることが示されている(1)1) A. V. Khera, M. Cuchel, M. de la Llera-Moya, A. Rodrigues, M. F. Burke, K. Jafri, B. C. French, J. A. Phillips, M. L. Mucksavage, R. L. Wilensky et al.: N. Engl. J. Med., 364, 127 (2011)..さらに最近になり,遺伝的にコレステロール値の高い家族性高コレステロール患者において,コレステロール引き抜き能はHDL-コレステロール値よりも強く動脈硬化性疾患の発症歴と相関していることが明らかとなった(2)2) M. Ogura, M. Hori & M. Harada-Shiba: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 36, 181 (2016)..このことからもHDLの量よりもHDLの質(=引き抜き能)を高めることでRCTを活性化することが動脈硬化リスクの低減に有効であると考えられる.そこで近年,HDLの質を向上させる,すなわちコレステロール引き抜きを増強させる物質の探索が精力的に研究されている.

図1■コレステロール引き抜きとその測定方法

コレステロール引き抜きを評価する方法は3H-コレステロールを用いたトレーサー実験が主流である.In vitro実験では,マクロファージ系培養細胞に3H-コレステロールを添加して泡沫化させた後に,食品成分とHDLを添加して培養液中および細胞中の3H-コレステロールの放射能活性をシンチレーションカウンターで測定することで引き抜き能を評価する(図1B図1■コレステロール引き抜きとその測定方法).細胞中よりも培地中の放射能活性が高ければ,被験物質がドナー側であるマクロファージに作用して引き抜き能を増強させる作用をもつことになる.一方,ex vivo実験として食品成分を摂取した実験動物・ヒトの血液からHDLを分取して,その引き抜き能を評価することでアクセプター側であるHDLに作用する被験物質の効果が確認できる(図1C図1■コレステロール引き抜きとその測定方法).また,In vivo実験で引き抜き能の増強がRCTの活性化につながっているかを調べることが重要である.具体的には,食品成分を摂取させた実験動物に3H-コレステロールで泡沫化させたマクロファージを投与して,一定時間後に解剖して血液,肝臓,胆汁,糞便を採集して放射能活性を測定する(in vivo RCT実験).血液,肝臓,胆汁は末梢から糞便までのルートであるために,最終的に糞便中の放射能活性が増加していれば,被験物質によってRCTが活性化しているとわかる.このようなスクリーニング・生体での有効性確認を通して,引き抜き能の増強・RCTの活性化物質が探索できる.

上記のように,マクロファージのような末梢細胞とHDL間のコレステロールの受け渡しはドナーとアクセプターの関係にある.これまでにコレステロール引き抜き能を増強させる食品成分はカロテノイド,フラボノイド,アミノ酸など複数報告されているが,ドナー側であるマクロファージ細胞のコレステロール輸送タンパク質であるABCトランスポーターの発現上昇を介して搬出能を高めているものがほとんどである.

近年,われわれはアクセプター側であるHDLの高機能化によってRCTを活性化させる食品成分としてキサントフモールを見いだした.キサントフモールは分子内にプレニル基を有することを特徴とするホップに含まれる代表的なフラボノイドである.過去にわれわれはキサントフモールによるHDL-コレステロール値の上昇作用を明らかにした(3)3) H. Hirata, Yimin, S. Segawa, M. Ozaki, N. Kobayashi, T. Shigyo & H. Chiba: PLOS ONE, 7, e49415 (2012)..そこで次に,ハムスターにキサントフモールを投与してin vivo RCT実験を行ったところ,糞便中の3H-コレステロールの排泄量が上昇していた(4)4) H. Hirata, H. Uto-Kondo, M. Ogura, M. Ayaori, K. Shiotani, A. Ota, Y. Tsuchiya & K. Ikewaki: J. Nutr. Biochem., 47, 29 (2017)..また,ex vivo実験としてキサントフモールを摂食させたハムスターの血液からHDLを調製して引き抜き能を評価したところ,培地中の放射能活性が上昇していた.このとき,マクロファージにおけるABCA1, ABCG1のmRNA発現量に変化はなかった.これらのことは,キサントフモール摂食によって生体内のHDLの質が向上してRCTが活性化されたことを示唆している.そこでHDLの高機能化の要因を調べるために,HDL粒子上のタンパク質発現と酵素活性を調べた.キサントフモールを摂食したハムスターではHDLの成熟に寄与するLCAT(Lecithin–cholesterol acyltransferase)タンパク質量と酵素活性が上昇していた.LCATはHDL粒子上に存在して,ABCA1を介して受け取ったコレステロールをエステル化する.コレステロールエステルはHDL粒子内に移行することでHDLが成熟化する.すなわち,キサントフモールは,HDL上のLCAT量を増加させることで,粒子上のコレステロールのエステル化・内部移行を促し,末梢細胞から受け取るコレステロールのキャパシティを増加させていると推測された.以上からキサントフモールはHDL粒子上でのLCATの増加を介してHDLの質を増強し,RCTを活性化させていると考えられた.キサントフモールがどのようにしてHDL上のLCATを増加させているのかは未解明のままである.LCATは肝臓で合成された後に血中に分泌され,HDL 上でapoAI(HDLの構成因子の一つ)とともに酵素反応を触媒する(5)5) M. G. Casteleijn, P. Parkkila, T. Viitala & A. Koivuniemi: J. Lipid Res., 59, 670 (2018)..われわれの実験ではキサントフモール摂取によるハムスターの肝臓LCAT量とHDL上のapoAI量に変化はなかった.このことから,肝臓でのLCAT合成促進やapoAIを介したLCATの活性化ではなく,キサントフモールはHDL-LCAT複合体の相互作用を助ける,もしくはLCATの分解を抑制することでLCATを増加させているのではないかと考察している.

日本人の4人に1人は心疾患や脳血管疾患といった動脈硬化を基盤とする疾患で亡くなっており,現在その予防には「LDL(悪玉)コレステロールを下げる」ことが主であるが,その効果は3割程度に留まる(6)6) Cholesterol Treatment Trialists’ (CTT) Collaboration: Lancet, 376, 1670 (2010)..したがって,残り7割の残余リスクを軽減するものの一つとして,「HDL(善玉)コレステロールの質を良くする」ものを見つけることは重要課題であり,次世代の動脈硬化予防のキーとなる分子として注目を集めている.今回初めて,コレステロール引き抜きにおけるHDLを高機能化する物質としてキサントフモールを見いだしたことで,これまでのマクロファージ側に作用する物質との相乗効果も期待される.今後は,コレステロール引き抜き能を増強する食品開発を通して,健康的な社会に貢献していきたい.

Reference

1) A. V. Khera, M. Cuchel, M. de la Llera-Moya, A. Rodrigues, M. F. Burke, K. Jafri, B. C. French, J. A. Phillips, M. L. Mucksavage, R. L. Wilensky et al.: N. Engl. J. Med., 364, 127 (2011).

2) M. Ogura, M. Hori & M. Harada-Shiba: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 36, 181 (2016).

3) H. Hirata, Yimin, S. Segawa, M. Ozaki, N. Kobayashi, T. Shigyo & H. Chiba: PLOS ONE, 7, e49415 (2012).

4) H. Hirata, H. Uto-Kondo, M. Ogura, M. Ayaori, K. Shiotani, A. Ota, Y. Tsuchiya & K. Ikewaki: J. Nutr. Biochem., 47, 29 (2017).

5) M. G. Casteleijn, P. Parkkila, T. Viitala & A. Koivuniemi: J. Lipid Res., 59, 670 (2018).

6) Cholesterol Treatment Trialists’ (CTT) Collaboration: Lancet, 376, 1670 (2010).