今日の話題

乳に含まれる細胞外小胞と酸性リン脂質結合タンパク質の新たな機能局在変化が細胞外小胞の機能を規定する

Kenzi Oshima

大島 健司

名古屋大学大学院生命農学研究科

Published: 2019-04-01

細胞から放出される脂質二重膜からなる小胞,細胞外小胞(extracellular vesicles; EVs)は一般的に直径30 nmから1 µm以上の大きさで,その一種として定義されているエクソソーム(exosome)という名でも知られており,単細胞原核生物から動物,植物を含めた多細胞生物まで幅広い生物種において利用されている.EVsには産生細胞から特定のタンパク質や核酸(mRNA, miRNA)が選別されて積み込まれており,細胞から細胞へ積荷を輸送する小包として体液中や環境中へ放出され,複数の情報物質をまとめて伝達することにより幹細胞の維持,細胞分化,免疫活性化と免疫寛容,抗炎症,シナプス結合調節など多岐にわたる生命現象を制御している(1)1) A. L. Cicero, P. D. Stahl & G. Raposo: Curr. Opin. Cell Biol., 35, 69 (2015)..機能について多くの研究が行われている一方,生体内のEVsは近傍から遠距離までどの程度の距離を移動しどのような場所へ到達するかほとんど知られておらず,またその届け先を決める機構についても全く明らかとなっていない.EVsの細胞への結合や体内での動態は,小胞表面に存在するタンパク質,脂質,糖鎖などが大きく関与する.

さまざまな組織に由来するEVsに共通して検出される構成タンパク質の一つとして,milk fat globule-EGF factor 8(MFG-E8)がある(1)1) A. L. Cicero, P. D. Stahl & G. Raposo: Curr. Opin. Cell Biol., 35, 69 (2015)..MFG-E8はその名のとおり乳脂肪球(トリグリセリドを内包する直径100 nmから10 µmに達する大型分泌性膜小胞)から最初に同定された膜表在型タンパク質であり,N末端側EGF様ドメインと,C末端側のdiscoidin様ドメインからなる.EGF様ドメインにはArg-Gly-Asp(RGD)モチーフが存在し,ビトロネクチン受容体型インテグリンと結合する.discoidin様ドメインには正電荷をもつアミノ酸と隣り合う疎水性アミノ酸クラスターが分子表面から突出しており,これにより酸性リン脂質,特にホスファチジルセリン(PS)と高い親和性で結合する(2)2) C. Shao, V. A. Novakovic, J. F. Head, B. A. Seaton & G. E. Gilbert: J. Biol. Chem., 283, 7230 (2008)..MFG-E8はアポトーシス細胞の「eat me signal」として死細胞表面に露出したPSと結合し,インテグリン依存的にマクロファージによる貪食を誘導する(3)3) R. Hanayama, M. Tanaka, K. Miwa, A. Shinohara, A. Iwamatsu & S. Nagata: Nature, 417, 182 (2002)..EVsを構成するリン脂質中ではPSの含量が高いため,MFG-E8はPSを介してEVs表面へと結合すると考えられる.ヒト,マウス,ウシなどこれまでに研究されている哺乳動物の乳EVsには共通するmiRNA群が含まれ,出産後も母親から乳児へ情報伝達物質を供給することで免疫調節や代謝調節を行い,乳児の発育を促進すると考えられている(4)4) B. C. Melnik & G. Schmitz: Best Pract. Res. Clin. Endocrinol. Metab., 31, 427 (2017)..乳腺では妊娠後期からMFG-E8の発現が上昇し,泌乳期に高発現するMFG-E8は大半が乳脂肪球と結合している(5)5) H. Nakatani, T. Yasueda, K. Oshima, T. Okajima, D. Nadano, D. J. Flint & T. Matsuda: J. Biochem., 153, 31 (2013)..その後に子が離乳すると乳の産生を止めるため,乳腺組織はアポトーシスを伴い崩壊し,組織の再編成ののち妊娠前の休止状態へと戻る.この乳腺の崩壊と再構成を退縮と呼ぶ.成長による離乳を模倣した強制的授乳停止後の母マウスから得られた乳中では泌乳期以上にMFG-E8の発現が高く保たれており,直径200 nm以下のEVsと結合した状態で存在していた(5)5) H. Nakatani, T. Yasueda, K. Oshima, T. Okajima, D. Nadano, D. J. Flint & T. Matsuda: J. Biochem., 153, 31 (2013)..しかしながら,退縮期特異的に乳中に増加するMFG-E8結合EVsの生理的意義は永らく不明であった.

強制離乳後のマウス乳腺組織を観察すると,泌乳期では乳腺上皮細胞の頂端側から乳汁中に分泌されるMFG-E8が,上皮細胞基底膜に局在する様子が観察された(6)6) T. Ooishi, D. Nadano, T. Matsuda & K. Oshima: Genes Cells, 22, 885 (2017)..培養乳腺上皮細胞から分泌されたMFG-E8はEVsと結合しており,培地中に加えて細胞基底側の細胞外マトリクス(extracellular matrix; ECM)にも局在していた.MFG-E8はdiscoidin様ドメインでI型コラーゲンと結合することが知られている一方,骨形成の起点となるmatrix vesicleなど一部のEVsはECMへと局在する.ECMの界面活性剤処理やPS結合に必要なアミノ酸残基を置換したMFG-E8ではECMへの局在が消失したことから,乳腺上皮細胞から分泌されるMGF-E8のECM局在はEVsを介していることが推定された(図1図1■泌乳期と退縮期乳腺でのMFG-E8と細胞外小胞の結合と局在変化).ECM上でのMFG-E8の機能について検討したところ,MFG-E8とEVsが蓄積したECM上ではインテグリン依存的に培養乳腺上皮細胞の乳タンパク質発現が抑制されていた.MFG-E8はこれまで,2つの細胞同士を架橋することにより細胞認識を担う分子であることが知られていたが,新たにECMと細胞の結合やEVsと細胞の結合にも関与することが示唆された.MFG-E8が基底膜へ蓄積する離乳時期には,授乳停止により乳管内に乳成分が蓄積することで化学的または機械的な局所的刺激が誘発され,過剰な乳産生を抑制するためSTAT3依存的に乳成分の産生が停止する.離乳特異的に乳腺の基底膜へと局在・蓄積したMFG-E8は,EVsとともに局所シグナルの一つとして乳の生合成を抑制・停止させていると予想される.MFG-E8は腸上皮細胞の傷害回復を促進し,乳がんや前立腺がんの転移が見られる患者血中からEVsと結合するMFG-E8が検出されるため,退縮期に蓄積するMFG-E8はインテグリンやEVsを介して乳腺組織の再編成を促進する可能性についても考えられる.

図1■泌乳期と退縮期乳腺でのMFG-E8と細胞外小胞の結合と局在変化

(A) MFG-E8の模式図,(B)乳腺での細胞外小胞とMFG-E8の局在変化.

現在,EVsを疾患の診断検体や治療のターゲット,ドラッグデリバリーの輸送担体などへと使用する研究開発が進められており,応用利用のためにEVsの体内の動態を理解する必要がある.これまでEVsは液体中を漂う浮遊性の小胞としてターゲット細胞へ到達すると考えられ,「何を運ぶか?」について重点的に考えられてきたが,今回の結果や,がん細胞が放出するEVsが転移予定のECMへと集積し前転移ニッチを形成することから(7)7) A. Hoshino, B. Costa-Silva, T.-L. Shen, G. Rodrigues, A. Hashimoto, M. T. Mark, H. Molina, H. Molina, S. Kohsaka, A. D. Giannatale et al.: Nature, 527, 329 (2015).,EVsがECMなど特定の部位に局在することがその生理機能発揮に大きく関連することが示されつつあり,EVsが「どこでどのように作用するか?」のメカニズムについて今後さらなる解析が待たれる.

Reference

1) A. L. Cicero, P. D. Stahl & G. Raposo: Curr. Opin. Cell Biol., 35, 69 (2015).

2) C. Shao, V. A. Novakovic, J. F. Head, B. A. Seaton & G. E. Gilbert: J. Biol. Chem., 283, 7230 (2008).

3) R. Hanayama, M. Tanaka, K. Miwa, A. Shinohara, A. Iwamatsu & S. Nagata: Nature, 417, 182 (2002).

4) B. C. Melnik & G. Schmitz: Best Pract. Res. Clin. Endocrinol. Metab., 31, 427 (2017).

5) H. Nakatani, T. Yasueda, K. Oshima, T. Okajima, D. Nadano, D. J. Flint & T. Matsuda: J. Biochem., 153, 31 (2013).

6) T. Ooishi, D. Nadano, T. Matsuda & K. Oshima: Genes Cells, 22, 885 (2017).

7) A. Hoshino, B. Costa-Silva, T.-L. Shen, G. Rodrigues, A. Hashimoto, M. T. Mark, H. Molina, H. Molina, S. Kohsaka, A. D. Giannatale et al.: Nature, 527, 329 (2015).