Kagaku to Seibutsu 57(4): 221-227 (2019)
解説
微生物とその酵素を利用した物質生産と細胞内メカニズムの解明微生物の糖質分解酵素を利用した糖タンパク質調製法の開発と細胞応答機構の解明
Utilization of Microbial Enzyme for Production of Glycoprotein and for Analysis of Intracellular Mechanism: Preparation of Glycoprotein and Clarification of Intracellular Response by Using Microbial Glycoside Hydrolases
Published: 2019-04-01
糖質は,細胞のエネルギー生産の源として利用されるほか,糖が連結した「糖鎖」としてタンパク質や細胞膜に存在し,生体分子と細胞の機能維持に不可欠である.筆者はこれまで,糖質の代謝分解に関わる微生物酵素の機能について,分子レベル・細胞レベルの双方から研究に取り組んできた.本稿では,次の2つの研究内容について解説する.第1部では,カビ由来の糖質分解酵素を利用した糖タンパク質調製法について解説する.第2部では,パン酵母の細胞内で働く糖質分解酵素が関わる栄養応答の仕組みについて解説する.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
真核生物の細胞内で生合成されたタンパク質の半数以上は,ポリペプチド鎖上の特定のアミノ酸残基に糖鎖が付加され,糖タンパク質となり機能する.糖タンパク質の糖鎖は,タンパク質の構造維持や可溶化,プロテアーゼからの保護などさまざまな役割を担っており,タンパク質が生体内で持続的に機能するために不可欠である.ヒトの生理機能を調節する種々のサイトカインや抗体などの生理活性タンパク質が,バイオ医薬品として生産され用いられているが,これらの多くは生体内では本来糖鎖の付加した糖タンパク質である.その糖鎖の有無や微細な構造の違いにより,タンパク質の機能や生理活性は大きく異なることから,種々のバイオ医薬品を生産する際には,特定の構造の糖鎖が適切に付加した糖タンパク質を高収量かつ低コストで生産する実用的技術が必要となる.筆者らは,カビの酵素がもつユニークな糖鎖付加機能を飛躍的に向上させることにより,末端にシアル酸を含むヒト型糖鎖が付加した糖タンパク質を簡便かつ高収率で生産する実用的手法を開発した.
タンパク質に付加される糖鎖には,ポリペプチド鎖中のアスパラギン残基に結合するN-結合型とセリン・スレオニン残基に結合するO-結合型の2つに大別される.O-結合型糖鎖は少数糖からなる比較的単純な構造をしているが,N-結合型糖鎖は多糖からなり複雑で多様な構造をしている.とりわけ,ヒトのN-結合型糖鎖の末端には,シアル酸と呼ばれる負電荷をもつ糖が付加しており,多くのタンパク質の生理活性に非常に重要である.一例として,ヒトのサイトカインの一種であり,貧血治癒薬として用いられるエリスロポエチンは,3本のN-結合型糖鎖をもつ糖タンパク質であるが,末端のシアル酸が欠如すると血中半減期が著しく減少し,生理活性をほとんど示さない.
上述のことから,バイオ医薬品を生産する際には,ヒト型のN-結合型糖鎖が付加したタンパク質を容易かつ高収量で生産する技術が必要である.しかし,これは容易ではない.バイオ医薬品生産に汎用される手法の一つに,ポリエチレングリコールという高分子化合物を糖鎖の代わりに生理活性タンパク質に化学的に付加するPEG化がある.大腸菌などを宿主として大量生産した組換えタンパク質のアミノ基またはチオール基をPEG化することにより,抗原性を低下させることや血中滞留性を向上させることができる.しかし,タンパク質の特定のアミノ酸残基のみをPEG化することは難しいため,PEG化によりタンパク質の活性や構造が損なわれる場合がある.
哺乳類のチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞やヒトのがん細胞を宿主とした生物学的手法は,組換え糖タンパク質を安定的に生産できる.しかし,収量やコストの問題に加えて,糖タンパク質の糖鎖構造が正常なヒトの細胞で生合成されるものと微妙に異なるため,医薬品としてヒトに投与した場合,抗原抗体反応を引き起こす可能性がある.最近では,ヒトの複数の糖鎖合成遺伝子を,酵母や植物,大腸菌に導入することにより,ヒト型糖タンパク質を低コストで大量生産する手法も開発されつつある(1)1) 秋吉一成:“糖鎖の新機能開発・応用ハンドブック「創薬・医療から食品開発まで」”,エヌ・ティー・エス,2015..しかし,細胞を用いた場合,糖鎖構造が均一な糖タンパク質を生産することはやはり難しい.
大腸菌や化学合成によって得たタンパク質に,糖加水分解酵素の糖転移付加活性を用いて,試験管内で糖鎖を付加する酵素法がある.本来,糖加水分解酵素は,糖鎖のグリコシド結合を加水分解する酵素であるが,いくつかの糖加水分解酵素は,切り出した糖鎖を水分子に代わって受容できるアクセプターが反応溶液中に高濃度で存在した場合,糖鎖をアクセプターに付加する糖転移付加活性をもつことが知られている.山本らにより,糸状菌から単離・同定された糖加水分解酵素Endo-Mは,シアル酸を含むヒト型のN-結合型糖鎖のオリゴ糖を,1残基のN-アセチルグルコサミン糖(GlcNAc)が付加したペプチドやタンパク質などのアクセプターに付加できるという珍しい糖転移付加活性を有する(2)2) K. Yamamoto, S. Kadowaki, J. Watanabe & H. Kumagai: Biochem. Biophys. Res. Commun., 203, 244 (1994)..しかし,Endo-Mは,本来の糖加水分解活性が強く,基質となるN-結合型糖鎖の大半が加水分解される.さらに,一度生成した糖転移生成物も酵素の基質となり加水分解されることで減少する.そのため,合成の目的物である糖転移生成物の収量はごく微量しか得られない(図1図1■野生型Endo-Mによる糖転移反応と加水分解反応の生成物量).
まず筆者は,Endo-Mの組換え酵素を遺伝子操作の容易な大腸菌で大量生産させる系を構築し,Endo-Mの部位特異的変異体を効率的に作製することを可能にした.当時,遺伝子配列の近い近縁酵素間においては立体構造が解明されていなかった.そのため,近縁酵素間において進化的に保持されているいくつかのアミノ酸残基を別のアミノ酸残基に置換したEndo-Mの変異体酵素を網羅的に作製し,酵素学的性質を比較解析した.その結果,糖転移付加活性の初速度が元の野生型Endo-Mの2倍程度まで上昇したY217F変異体(Endo-M酵素の217番目のアミノ酸残基のチロシンをフェニルアラニンに置換)が得られた(2)2) K. Yamamoto, S. Kadowaki, J. Watanabe & H. Kumagai: Biochem. Biophys. Res. Commun., 203, 244 (1994)..Y217F変異体は,糖転移付加反応のアクセプターに対する親和性が上昇したことにより,糖転移付加活性が上昇したことが示唆された.鶏卵より多量に得られるヒト型のシアロ複合型糖ペプチドを糖鎖供与体基質として,1残基のGlcNAcが結合したエリスロポエチンの部分ペプチドをアクセプターとして,Y217F変異体による糖転移付加反応を行った.その結果,Y217F変異体を用いることにより,糖転移生成物の最大収量は野生型Endo-Mを用いた場合と比較して大幅に向上した(3)3) M. Umekawa, W. Huang, B. Li, K. Fujita, H. Ashida, L. X. Wang & K. Yamamoto: J. Biol. Chem., 283, 4469 (2008)..しかし,やはり糖転移生成物は時間とともに加水分解され,長時間反応させると消失した.そこで筆者は,「糖転移生成物を加水分解しない変異体」の作製を試みた.
多くの糖加水分解酵素は,酸/塩基触媒残基と求核触媒残基の2つの酸性触媒残基を有する.Withersらは,糖加水分解酵素の求核触媒残基として働く酸性触媒残基をアラニンなどに置換した変異体を,反応中間体構造を模倣したフッ化糖と反応させることにより,糖転移生成物を加水分解することなく蓄積させる「グライコシンターゼ化」と呼ばれる手法を考案した.一方,Endo-Mは,一般的な糖加水分解酵素とは異なる特有のメカニズムにより機能すると考えられており,酸/塩基触媒残基のみを有するが求核触媒残基をもたない.そのため,求核触媒残基を破壊してグライコシンターゼ化することはできない.求核触媒残基の代わりに,基質のGlcNAcの2-アセトアミド基が求核基として機能し,環状のオキサゾリン中間体構造が形成される.当該機構は元々,Glycoside Hydrolase(GH)family 18に分類されるキチナーゼやGH family 20に分類されるβ-ヘキソサミニダーゼにおいて提唱されたのであるが,これらの酵素では共通して,活性中心に存在するアスパラギン酸残基(Asp)がオキサゾリン反応中間体形成を促す役割を担うことが構造解析により示されていた.興味深いことに,Endo-Mが分類されるGH family 85の近縁酵素間では,Aspの代わりに非酸性残基のアスパラギン残基(Asn-175)が保存されていることに筆者は着目した.もしAsn-175がオキサゾリン中間体形成を促す鍵残基であれば,アラニン置換体(Endo-M-N175A)を作製し,オキサゾリン中間体構造を有する糖オキサゾリンを基質として反応させることによって,糖転移生成物を加水分解することなく蓄積させることができるのではないかと筆者は考えた.
解析の結果,Endo-M-N175Aは,通常のN-結合型糖鎖に対する触媒活性をほとんど有さないが,糖オキサゾリンを供与体基質として反応させることにより,糖転移生成物を生成することが判明した.そして,N-結合型糖鎖に対する触媒活性を失ったEndo-M-N175Aは,生成した糖転移生成物を加水分解することなくグライコシンターゼ様に蓄積できることを見いだした(3)3) M. Umekawa, W. Huang, B. Li, K. Fujita, H. Ashida, L. X. Wang & K. Yamamoto: J. Biol. Chem., 283, 4469 (2008).(図2図2■シアロ複合型(ヒト型)糖オキサゾリン(図の左)を基質としたペプチドへの糖転移反応における糖転移生成物の収量(図の右)).バクテリアの近縁酵素であるEndo-Aの相同な変異体(Endo-A-N171A)を作製した結果,Endo-M-N175Aと同様に糖転移生成物を加水分解することなく蓄積することが確認できた(4)4) W. Huang, C. Li, B. Li, M. Umekawa, K. Yamamoto, X. Zhang & L. X. Wang: J. Am. Chem. Soc., 131, 2214 (2009)..これらの結果から,Endo-Mとその類似酵素においては,イレギュラーなAsnがオキサゾリン中間体形成の鍵残基として機能することを示唆された.その後,Endo-Mの近縁酵素である,バクテリア由来のEndo-AとEndo-Dの立体構造がX線結晶構造解析によって海外のグループらにより発表された.Endo-MのAsn-175に対応するアスパラギン残基はオキサゾリン中間体アナログと結合していた.このことは,Endo-Mが分類されるGH family 85の近縁酵素間では,保存されたAsnがキチナーゼやβ-ヘキソサミニダーゼ (それぞれGH family 18, 20) のAspに取って代わってオキサゾリン中間体形成の鍵残基としての機能するのではないかという筆者の仮定を裏づけるものである.では,アミド側鎖を有するAsnが,どのようにしてAspのカルボン酸の機能を代替しうるのであろうか.近年,Endo-Dの立体構造を明らかにしたグループは,Asnがイミド酸の形を取ることによって,その窒素分子が2-アセトアミドのプロトンを吸引する機能をもつのではないかと考察している(5)5) D. W. Abbott, M. S. Macauley, D. J. Vocadlo & A. B. Boraston: J. Biol. Chem., 284, 11676 (2009)..
筆者らは,Endo-MのAsn-175をほかのすべてのアミノ酸に置換した変異体を作製し,グルタミン残基に置換したEndo-M-N175Qが,糖オキサゾリンに対する糖転移付加活性が著しく高められた変異体であることを見いだした(6)6) M. Umekawa, C. Li, T. Higashiyama, W. Huang, H. Ashida, K. Yamamoto & L. X. Wang: J. Biol. Chem., 285, 511 (2010)..鶏卵由来シアロ糖ペプチドを出発材料として得たヒト型のシアロ複合型糖鎖を,野口らにより開発された簡便法(7)7) M. Noguchi, T. Tanaka, H. Gyakushi, A. Kobayashi & S. I. Shoda: J. Org. Chem., 74, 2210 (2009).を用いてオキサゾリン化し,Endo-M-N175Qと反応させた結果,均一なヒト型糖鎖を有する目的タンパク質が約80%の高収率で得られた(8)8) M. Umekawa, T. Higashiyama, Y. Koga, T. Tanaka, M. Noguchi, A. Kobayashi, S. Shoda, W. Huang, L. X. Wang & H. Ashida: Biochim. Biophys. Acta, 1800, 1203 (2010).(図2図2■シアロ複合型(ヒト型)糖オキサゾリン(図の左)を基質としたペプチドへの糖転移反応における糖転移生成物の収量(図の右)).また,本手法を用いていくつかの生理活性ペプチドにシアロ複合型糖鎖を付加した結果,生理活性を損なうことなく,プロテアーゼ抵抗性や水溶性が高められたことから,血中滞留性を向上させる効果が期待できる.
上記のEndo-M-N175QとEndo-M-Y217Fは,共に2011年に東京化成工業より市販化され,タンパク質にN-結合型糖鎖を付加するツールとして利用されている.本研究で新たに開発した「エンド型糖加水分解酵素のアスパラギン変異体と糖オキサゾリン誘導体を用いて糖転移産物を蓄積させる」という手法は,ほかの類縁酵素にも適用可能であり,近年いくつかの変異体が創出されている.本研究によって,ヒト型糖タンパク質を酵素的に生産する実用的手法を確立することができたと考えている.本手法を用いて,種々の生理活性ペプチドやタンパク質の任意の部位にヒト型糖鎖を付加し,血中滞留性を向上させることが可能である.また,バイオ医薬品生産だけでなく,種々のタンパク質に構造の異なる糖鎖を酵素的に付加し,その機能を比較することにより,糖タンパク質糖鎖の機能解明にも利用可能である.
糖質は,糖タンパク質の糖鎖やエネルギー源,微生物や植物では細胞壁を生合成するために不可欠の栄養素である.そのため,細胞は,細胞外糖質の量や質の変化に応じて,細胞内の生理反応を制御調節する仕組みを備えている.第2部では,真核モデル微生物である出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)における,糖質および糖質飢餓に対する細胞応答のメカニズムについての研究内容を解説する.筆者は,上述した微生物由来の糖加水分解酵素に関する酵素化学的解析を行う中で,これらの酵素が生物の細胞内ではどのように働くのか,細胞生物学的視点から明らかにしたいと考えた.
筆者は博士研究員として2年間,ミシガン大学のKlionsky博士の研究室に在職し,酵母におけるオートファジーの細胞内制御機構の解明に取り組む機会を得た(9)9) M. Umekawa & D. J. Klionsky: J. Biol. Chem., 287, 16300 (2012)..オートファジーとは,細胞質のタンパク質やリボソーム,粗面小胞体からミトコンドリアまで,さまざまな細胞内自己成分を膜で包み込み,細胞内消化器官である液胞(動物細胞のリソソーム)に輸送することにより,分解するシステムである(10)10) 水島 昇,吉森 保:“オートファジー”,化学同人,2012..2016年にノーベル医学生理学賞を受賞した大隅良典博士は,遺伝子操作の容易なパン酵母と顕微鏡を駆使し,オートファジーの分子機構の解明に大きく貢献した.オートファジーは,細胞内不要物質を分解除去するだけでなく,アミノ酸などの栄養飢餓時に活発化することから,自己タンパク質を分解して生じるアミノ酸を供給する役割をもつと考えられている.オートファジーの終着点であり分解の場である液胞(動物ではライソゾーム)には,タンパク質だけでなく高分子の細胞内糖鎖も輸送され分解される.実際に,オートファジーはアミノ酸だけでなく,糖質飢餓によっても誘導されるが,その意義については明らかでない.筆者は,ミシガンで2年間の研究生活の後に帰国し,独自の研究テーマに着手する機会に恵まれた.そこで,糖質飢餓条件における細胞内糖鎖分解の意義を明らかにしたいと考え,以下の解析を進めてきた.
筆者はまず,酵母の細胞内の自己糖鎖の代謝分解が糖質飢餓によって活発化するのかどうかを明らかにした.そのために,細胞内糖加水分解酵素であるα-マンノシダーゼ(Ams1)に着目し,本酵素が細胞内でどのような生理的条件で働くのかを解析した.糖タンパク質が生合成される過程において,フォールディングに失敗した糖タンパク質からは,N-結合型糖鎖が切り出され,細胞質に遊離のN-結合型糖鎖が生じる.出芽酵母のN-結合型糖鎖は,マンノースに富む高マンノシル糖鎖を有しており,Ams1は細胞質に遊離したN-結合型高マンノシル糖鎖を恒常的に代謝分解する酵素(マンノシダーゼ)として同定されていた(11)11) I. Chantret, J. P. Frénoy & S. E. Moore: Biochem. J., 373, 901 (2003)..また,Ams1は細胞質で発現した後,オートファジーの基質となり,細胞質から液胞へ輸送されることが報告されていた(12)12) M. U. Hutchins & D. J. Klionsky: J. Biol. Chem., 276, 20491 (2001)..筆者らは,出芽酵母の細胞内に存在する主要な高マンノシル糖鎖の代謝分解を担うAms1酵素が,糖質飢餓に応じて著しく活発化されること,そしてオートファジーと連動して誘導されるメカニズムを以下の手法により明らかにした(13, 14)13) M. Umekawa, M. Ujihara, K. Makishima, S. Yamamoto, H. Takematsu & M. Wakayama: Biochim. Biophys. Acta, 1860, 1192 (2016).14) M. Umekawa: Trends Glycosci. Glycotechnol., 31, J21 (2019)..
まず,Ams1の細胞内活性を定量する手法を樹立し,異なる栄養条件で培養した酵母の細胞内のAms1活性の変化を調べた.その結果,Ams1の細胞内活性は,富栄養条件においては抑制されており,窒素源飢餓培地で培養することにより6倍程度,糖質飢餓培地では10倍程度まで著しく上昇することが判明した(図3図3■出芽酵母の高マンノシル糖鎖は糖質飢餓に応じて細胞内で分解される).また,Ams1の細胞内発現量は,転写レベル,タンパク質レベル双方において,富栄養条件においては微量であり,糖質飢餓時に著しく増加していた.Ams1の内在性タンパク質の量的変化と分子量を解析した結果,窒素源飢餓条件,糖質飢餓条件においては,液胞内でプロテアーゼのプロセシングと活性化を担うペプチダーゼであるPep4を介して,液胞内でプロセシングを受けることがわかった.Pep4の有無によるAms1の酵素活性の変化を調べた結果,Pep4を介したプロセシングによって,Ams1の酵素活性が高められることが示唆された.これらの結果から,Ams1は糖質・窒素源の飢餓時に転写レベルで発現量が増加することに加え,オートファジーを介して液胞に輸送されプロセシングされ,翻訳後レベルにおいても酵素活性が上昇することが示唆された(13)13) M. Umekawa, M. Ujihara, K. Makishima, S. Yamamoto, H. Takematsu & M. Wakayama: Biochim. Biophys. Acta, 1860, 1192 (2016)..
細胞内の高マンノシル糖鎖を分解するAms1酵素は,糖質飢餓時に転写レベル・翻訳後レベルの双方において活発化する.Ams1の転写因子であるMsn2/4の活性化に加え,オートファジーにより液胞へ輸送され,液胞プロテアーゼPep4を介してプロセシングを受けることによってAms1の酵素活性が上昇する.Ams1の活発化に必要なMsn2/4とオートファジーは,TORC1, Snf1, PKAが相互連携することにより,糖質シグナルに応じて制御される.
Ams1の制御因子を調べた結果,栄養応答に重要なキナーゼ複合体であり,オートファジーの主要な抑制因子である,TORC1の下流で抑制されることがわかった.TORC1の阻害剤であるRapamycinを富栄養培地に添加することによって,Ams1の細胞内活性と発現量(転写および翻訳)いずれも著しく増加した.また,グルコース応答に重要とされるPKAの過剰活性化型変異株であるbcy1Δにおいては,糖質飢餓・窒素源飢餓のいずれの条件下においてもAms1は活性化されなかった.これらの結果から,3つの栄養応答性キナーゼである,TORC1, PKA, Snf1が相互連携することによって,糖質・アミノ酸の双方からの栄養シグナルに応じてAms1の細胞内活性が制御調節されることがわかった.Ams1の転写因子を探索した結果,TORC1, PKAの双方によって下方制御されることが報告されているストレス応答性転写因子Msn2/4が,糖質飢餓,窒素源飢餓に応じたAms1の転写因子であることがわかった.Ams1遺伝子のプロモーター領域には,Msn2/4が結合するコンセンサス配列が3カ所存在しており,これらを部位特異的に変異させると,いずれの誘導条件(糖質飢餓・窒素源飢餓・Rapamycin添加)においてもAms1は活性化されなかった.これらの結果から,Msn2/4がAms1の主要な転写因子として同定した(13)13) M. Umekawa, M. Ujihara, K. Makishima, S. Yamamoto, H. Takematsu & M. Wakayama: Biochim. Biophys. Acta, 1860, 1192 (2016)..
上記の実験結果から,液胞における細胞内N-結合型高マンノシル糖鎖の代謝が,栄養応答性キナーゼを介して制御されることにより,オートファジーと連動して栄養源(特に糖質)の飢餓時に転写レベル・翻訳後レベルの双方において活発化されることが明らかとなった(図3図3■出芽酵母の高マンノシル糖鎖は糖質飢餓に応じて細胞内で分解される).窒素源の飢餓時に細胞内のタンパク質分解により生じるアミノ酸を供給するために働くオートファジー経路が,糖質の飢餓時においても,細胞内N-結合型糖鎖の代謝分解を促進する働きがあることがわかった.出芽酵母が,細胞内のN-結合型高マンノシル糖鎖を栄養飢餓時に積極的に代謝分解する仕組みをもつことが明らかとなったため,引き続きその生理的意義を解明していきたい.
細胞増殖やオートファジーなどのさまざまな細胞内生理反応は,細胞外から取り込まれた糖質が細胞内でシグナルとなり適切に伝達されることにより,制御調節されている.そのため,細胞外からの糖質取り込みや細胞内におけるシグナル伝達にかかわる分子・経路は細胞の恒常性維持に非常に重要である.前項において,筆者らは,出芽酵母の細胞内糖加水分解酵素Ams1が細胞外からの糖質の枯渇に応答して活発化することを明らかにした.そこで,栄養条件の異なる培地で酵母を培養し,Ams1の細胞内活性が適切に制御されない一遺伝子欠損株をスクリーニングすることにより,糖質応答にかかわる新たな遺伝子を探索することを着想した.
出芽酵母一遺伝子欠損株ライブラリーの中から得た約120種類の機能未知遺伝子の欠損株について,栄養源を豊富に含むYPD培地で培養し,細胞内のAms1の活性を定量解析した.その結果,富栄養条件におけるAms1の細胞内活性は,野生株においては微弱であったが,機能未知のYbr078w遺伝子の欠損株においては著しく上昇していた(15)15) M. Umekawa, M. Ujihara, D. Nakai, H. Takematsu & M. Wakayama: FEBS Lett., 591, 3721 (2017)..Ybr078wの機能は不明であるが,細胞表層に局在し,Ecm33と呼ばれるタンパク質をコードすることがわかっている.そこで,Ybr078w/Ecm33は,細胞表層において細胞外からの栄養取り込みまたは栄養シグナル伝達に関与するのかどうかを次に調べた.筆者らの先行研究により,富栄養条件におけるAms1の負の制御には栄養応答性キナーゼであるTORC1がかかわることが判明している.そこで,栄養源に応答して活性化されるTORC1により直接リン酸化される基質タンパク質(Atg13およびSch9)のリン酸化状態を調べることにより,TORC1の細胞内活性を解析した.富栄養条件においては,野生株ではTORC1の基質であるAtg13およびSch9はリン酸化されていたが,Ybr078w/Ecm33の遺伝子欠損株においては,脱リン酸化されており,TORC1の細胞内活性が低下していることが示唆された.TORC1については,従来アミノ酸飢餓応答の主要因子として知られてきたが,最近では,PKAやSnf1キナーゼと相互連携することにより,糖質応答にもかかわることが報告されている(16)16) J. E. Hughes Hallett, X. Luo & A. P. Capaldi: eLife, 4, e09181 (2015)..また,Ams1の細胞内活性は,糖質飢餓時に最も著しく活発化することを筆者らは明らかにしている(13)13) M. Umekawa, M. Ujihara, K. Makishima, S. Yamamoto, H. Takematsu & M. Wakayama: Biochim. Biophys. Acta, 1860, 1192 (2016)..そこで,Ybr078w/Ecm33が,細胞外からの糖質取り込みそのものに必要であるのか,あるいは糖質取り込み後のシグナル伝達に必要であるのかを調べた.グルコースのアナログである2-デオキシグルコースの取り込み効率を解析した結果,Ybr078w/Ecm33の欠損株においては,栄養増殖時の細胞におけるグルコースの取り込み効率が有意に低下しており,細胞内のATPレベルについても野生株と比較して有意に低下していた.これらの結果から,栄養増殖時の細胞表層において,細胞外からの糖質の取り込みと細胞応答にかかわる新たな因子Ybr078w/Ecm33を同定した(14, 15)14) M. Umekawa: Trends Glycosci. Glycotechnol., 31, J21 (2019).15) M. Umekawa, M. Ujihara, D. Nakai, H. Takematsu & M. Wakayama: FEBS Lett., 591, 3721 (2017).(図4図4■栄養増殖時の酵母におけるYbr078w/Ecm33を介した糖質取り込みと細胞応答).
あらゆる細胞においてグルコースの取り込みは,ATP産生の材料として,また細胞増殖のためのシグナルとしても,生存に不可欠なステップである.グルコースの取り込みとその細胞応答にかかわる分子を個々に同定し,分子機構を解明していくことは重要である.今回筆者らが同定したEcm33のホモログは真菌類にはよく保存されているが,哺乳類には保存されていないことから,真菌類に特有のタンパク質であると考えられる.Ecm33はunassignedなGH familyに分類されており,細胞膜上でどのようにして糖質取り込みを促進する機能をもつのか興味深い.
本研究において,細胞外炭素源の飢餓に端を発し,最終的に細胞内糖鎖の代謝分解に至るまでのシグナル伝達経路にかかわる新たな分子および分子機構の解明に貢献出来たと考えている.筆者らは,細胞内N-結合型糖鎖の代謝分解酵素であるAms1の細胞内活性変化を指標することによって,グルコースの取り込みと細胞応答にかかわる新たな因子を同定するに至った.したがって,「Ams1の細胞内活性を定量して栄養シグナル伝達を解析する」という本手法は,酵母を用いて栄養伝達・応答にかかわる新規因子をスクリーニングするための一手法として活用できると考えている.引き続き,本手法を利用して未知因子の同定に取り組むとともに,細胞内N-結合型糖鎖の代謝分解の新たな意義を明らかにしていきたい.
Reference
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