セミナー室

専門知識をわかりやすく説明するサイエンスライティング教育事例

Saho Tateno

舘野 佐保

青山学院大学アカデミックライティングセンター

Published: 2019-04-01

研究者が自身の専門について説明するような機会は,ジャーナル投稿による学術論文出版や学内外での研究成果発表に限らない.科学研究費補助金申請や就職活動などを行うときには,所属学術領域以外の立場におられるどなたかに対して専門知識をわかりやすく説明しなければならない.翌年以降の研究の方向性や進路を左右するだけに,慎重さを要する.申請書やエントリーシートは,読み手にとって興味関心をひき,たくさんの応募から「選んでもらえるような」卓越した中身となることが望ましい.そもそも,伝えるべき専門知識の発想や研究データの価値こそが審査の対象となり評価されるのが理想ではあるが,実際のところ伝え方そのものが学術的価値の伝わり方となり,評価自体に影響を及ぼすことが多い.ラテン語で「Doctus orator」(学識があり雄弁であれ)という表現が古代ローマ時代のキケロによって提唱されているように,いつの時代においても,研究者の説明能力や伝える力は欠かせない技能となっている.

さて,学術論文,申請書,エントリーシートをはじめ,大学生活や学術研究活動では書く力が必要である.繰り返し書く経験を積めば経験値により執筆技術は身についていくが,「アカデミックリテラシー」や「コミュニケーション力」は,学生・大学院生や若手研究者になるべく早めに身に着けてもらいたいものである.指導教員にとっては論文指導時に科学的な中身を集中して指導ができるというメリットがある.基本的な文章力は本人にとっても業績を積むための自身の研究スキルの一つとして,もしくは社会人になってから最も求められる素養の一つとして重要である.

では,科学技術をはじめとした学術専門知識について,専門家以外の一般向けに説明するためには,どのような作文作法が必要なのだろうか.今回の記事では「論文向け以外の作文トレーニング」について解説を試みる.前半ではサイエンスライティングというジャンルおよびサイエンスライターという職業に焦点を当て,後半では大学院生向けのサイエンスライティング講座を少人数制で実施した事例について紹介する.一般向けに科学の専門知識をわかりやすく説明する技能習得について興味のある場合はもちろんのこと,卒業後の進路にサイエンスライターの道を検討してみたい方や,「一般向けに科学をわかりやすく説明する作文トレーニング」を教育プログラムとして考案しておられる大学教員の先生方などにとって一助となれば幸いである.

サイエンスライティングとは何か

自然の森羅万象,もしくは社会や人間の暮らしにまつわる科学のありようを論じている執筆ジャンルとして,サイエンスライティング(Science writing)がある.起源は諸説あるが,古代ローマ詩人・哲学者ルクレチウス(紀元前50年頃)の著作「物の本質について」(1)1) ルクレーティウス:“物の本質について”,岩波書店,1961.にまで遡る.親しい友人たちを部屋に招き,窓からさしこむ光が室内の塵を踊るように見せたという逸話から,原子論に近い概念を描写して見せた.比較してみると,学術論文は学術誌の査読者が読者であり授業課題は担当教員が読者であるが,ルクレチウスの作品からもわかるように,サイエンスライティングは主に一般読者向けに書かれる.現代のサイエンスライティングの定義づけでは「専門用語を簡易な日常表現へと翻訳し,それでいて内容の意味が失われることのないようにしつつ記述するジャンル」と説明されている(2)2) H. Krieghbaum: “Science and the Mass Media,”New York, 1967.

人類の歴史上で専門家がネイチャー誌やサイエンス誌の科学雑誌を創刊したのは19世紀後半である.それに対して一般向けのサイエンスライティングとして,20世紀以降にはレイチェル・カーソン著「沈黙の春」のような環境問題を扱った書物やリチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」など,サイエンスライティングの科学啓蒙書が代表作品として研究者の学術出版物とともに台頭した.1999年,20世紀の総括としてユネスコ・世界科学会議の主催により研究者やジャーナリスト,政府関係者らが世界各国から集まり「ブダペスト宣言」(科学的知識利用に関する世界宣言)を提言し,「①知識のための科学」,「②平和のための科学」,「③開発のための科学」,「④社会の中の社会のための科学」の4条件を明文化している.これにより,研究者・科学者と政府関係者はもちろんのこと,サイエンスライティングを担う執筆者であるサイエンスライターや科学ジャーナリストも目指すべき科学像を確認していた.しかし,条約のような取り決めではなかったために,ブダペスト宣言は国際社会および各国の地域で法的な効力をもつことはなかった.知る人ぞ知る現代科学像として細々と関係者に語り継がれているのみとなっている.

そして21世紀になった昨今,科学技術と社会をめぐる状況は度重なる社会情勢の変遷や自然の猛威によりますますの複雑さを増している.サイエンスライティングは重要でかつ困難を極めているが,だからこそやりがいを秘めている.手始めに今朝発行の新聞紙一面を眺めてみるとしよう.すると,いずれの新聞紙の一面にも何かしら「科学」関連の報道がある.自動車会社の経営トップによる資金運用の問題は,人間がビジネスでテクノロジーを社会に普及させ,インフラなど大きな事業として繁栄したときに法律と照らし合わせて妥当であるかが判断される.大手SNS外資系企業の情報管理問題では,情報テクノロジーにより地域や国,言語の壁を越えて進むグローバル化の影響を受け,過去には予測不可能だった範囲にまで安全やプライバシー保護に対する注意が払われなければならないことを再認識させた.ほかにも,イルカにまつわる日本の水族館の話題が報じられていた.自然や生き物に対する考え方は時代とともに変遷を遂げるが,地域や土着の習慣によって守られている文化や伝統もある.そういったものを国際的視座で見渡すと,日本と海外で見識の違いが生じる場合がある.

このような地域比較のみならず,現在の科学記事つまりサイエンスライティングは多岐にわたる専門分野を俯瞰し社会に知識を還元する一方で,社会の関心やその尺度を見極めて学術コミュニティに伝える役割を担っている.大学教育の現場でも,新聞報道の一面を見ながら議論するような機会があれば,学術領域全体を俯瞰して論じられるような姿勢が養われるだろう.

さて,大学の作文教育では,このところ私たちは「伝えることやアピールすること」,言い換えると,科学的・論理的な記述に加え「説得力ある言語表現」を教育における学術的文章表現のプライオリティにしてしまいがちである.もちろん,それは論文や申請書が受理されるためには欠かせない教育ではある.だが,誇張とさえみてとれる説得表現重視の風潮が,かえって業績評価先行による研究活動の形骸化に見られるような「不正問題」を生じさせている理由の一つとなっていると考えられる.「科学を伝え合うための言葉の力」を駆使し,科学現場のアウトリーチや読み手にアピールする書き方が的確にできるようになったなら,それ以上に現代のサイエンスライティングという執筆ジャンルにまつわるトレーニングへ期待されているのは,これから学ぶ学生が「よく観察し調べてから執筆すること」や「批評性」ではないかと筆者は考えている.

特に,批評性をもつ思考や文章は,英語ではクリティカルシンキングやクリティカルライティングと言われ,大学教育論や英語教育論においても論理的思考・作文と並び重要な技術であり,それらに関連する図書や参考書が出版されている.しかし一方で,理工系学生の教育に限って述べるならば,科学的に論じることが主な作文教育プログラムとなっている.もし一般向けに専門知識をわかりやすく説明するトレーニングを積めば,「科学」に対して,もしくは「社会と科学」に対して論じられるようになり,自身の価値観と向き合い言葉にする実践的な学習となる.たとえば筆者は北海道の大自然のなかで生まれ育ち,東北の大学キャンパスで農学を学んだことにより,故郷や母校で培われた「自然への畏敬の念」や「生命の尊厳」の倫理観,さらに「社会に流通する商品の安全性・健康への効果」,「農芸化学をはじめとする学術研究がもたらす豊かさ」といった価値観を身に着けた.海外留学での作文トレーニングや出版社就職勤務時に改めて批評文や科学的議論を書く機会があり,自身の価値観を思い知った.

ここで述べている倫理観や価値観とはつまり,「何を大事に考えているか」という,自然と人間社会への眼差しや尺度のことであり,化学や生物学,物理学などそれぞれの専門分野により形成されていくような「物の見方」や「視点」のこととも言える.サイエンスライティングの練習をすれば,新しい科学技術や今後の社会像を論じる際の「自身の価値判断基準」を改めて理解する機会となるだろう.一般向けに科学を書く教育シーンでは,何が大事なのかを把握し,伝える情報量を調整できるようになる.クラスメート同士のコミュニケーションは「説得させあうこと」の前に「理解し合うこと」が前提となる.このようなサイエンスライティングのトレーニングに時間をかけるのは,科学記者を目指す学生のみならず,申請書や就職活動のエントリーシートなどを書く前の準備としても有効となる.

プロのサイエンスライターを目指すには

ではここで,プロとしてサイエンスライティングの実践を行う「サイエンスライター」という職業について,社会での具体的な職種を紹介する.

1. 新聞社の科学記者・ジャーナリスト

主要五紙と呼ばれる朝日新聞,毎日新聞,読売新聞,日本経済新聞,産経新聞など,新聞社の科学部に所属する記者は,研究機関など科学にまつわる現場へ足を運び取材をする.新しさや面白さ,時には問題・課題を提示し「社会的に関心を向けるべきニュース」として新聞記事を書く.科学記者に求められるのは「調査報道」と呼ばれ印象論や意見ではなく取材により事実を検証する.科学ジャーナリズムについては,詳しくは毎日新聞元科学部長の牧野賢治氏による著作(3)3) 牧野賢治:“科学ジャーナリストの半世紀”,化学同人,2014, p.125.の参照を勧める.

2. 出版社の科学編集者

日本で現在刊行されている一般向け科学雑誌には,岩波書店の『科学』,ニュートン・プレスの『ニュートン』などがある.やや専門家向けであるが化学同人の『化学』も挙げられるだろう.編集部には,理系出身の編集者が少なくない.科学にまつわる執筆依頼や編集,校正の作業は理系出身の人材であれば取り組みやすい.もちろん,文系出身人材もいる.情報の整理の仕方や伝え方に工夫を凝らし,執筆者だけではなく編集者の存在によって記事が完成する.

3. 大学研究機関の広報担当者

新聞記者や雑誌編集者以外にも,社会で科学を伝える仕事はある.たとえば,研究機関や大学理学部などが,理系出身の広報担当者を雇用している.広報担当者とは報道機関へ提供する情報をプレスリリースで準備し,記者会見の手配や,地域との交流イベントの開催などに携わる.

4. フリーランス

フリーランスのライターとは,執筆プロジェクトごとに出版社などの出版先と契約を取り交わし,記事や書籍の執筆を行う.個人事業主として仕事をするため法人を立ち上げて執筆ビジネスを続けている場合も少なくない.

以上が,サイエンスライターの職種である.現在はネット上の言論空間にて誰でも自由に考えを述べて発信できるが,プロのサイエンスライターには存在意義がある.研究者の論文執筆と同じで,サイエンスライターは人類の歴史や先達の書物に学び自身の眼差しと題材とで原稿を綴っていく.その際,さきほど述べたような科学に対する批評力や価値観を身に着けるために,学生時代に読解力や統計解析力,思考力を磨けば,プロの物書きを目指すときにも糧となる.普段の授業や研究活動が重要であると強調したい.

大学院生向けサイエンスライティング講座の事例

次に,大学教育現場におけるサイエンスライティングの実例を紹介する.主催は国立総合大学の大学院生物系研究科で,講師は研究機関広報者,家庭画報やネイチャー誌などを媒体として活躍するフリーランス記者と筆者の3名が勤めた.表1表1■サイエンスライター養成講座のプロセスのような3つの段階により,一学期分の約3カ月にわたって「サイエンスライター養成講座」が開催された.

表1■サイエンスライター養成講座のプロセス
1Plan/Propose(計画段階)執筆講義および大学院生と講師との打ち合わせ
2Practice(実践)ジャンル毎にチーム分け 実技指導
3Report/Reflect(発表)成果発表会後に大学HPで記事公開

少人数制で事前に受講生を募り,2~3名に対して講師1名が指導を担当した.受講生の志望動機を事前提出してもらったところ,主に「特に作文上達をしたい」,「レポートや論文ではなく,一般向けのサイエンスライティングへ興味がある」,「プロから作文を学んでみたい」との意見が多かったようである.

1. 通常の作文講義との違い

通常の作文講義との違いを以下に述べる.まず,サイエンスライティングの実際の形式にのっとって書けるようになる.授業課題レポートや投稿論文と同じように「序論・本論・結論」という文章の流れをとっていたとしても,ジャンルごとに「序論で述べるべき事柄,本論で述べるべき事柄,結論で述べるべき事柄」について異なる流儀がある.たとえば,新聞や雑誌に掲載されている書評の形式では,文字数の少ない簡潔な記事のなかに鋭い批評性が伴う.評する書籍の特徴について具体的な箇所の紹介を織り交ぜながら,長所と短所をバランスよく配置して論じている.インタビュー記事では,書評よりあたかも絵画の肖像画かのような人物像描写力を求められる.取材された人物のコメントを紹介し,時に人物描写を原稿で積み上げることにより,人物像が記事から浮かび上がってくるような書き方だ.イベント報告記事では,開催情報を記事に掲載しながら,特に白熱した議論についてスポットライトを当て,会場の様子,発表者と参加者のコメントなどを紹介する.記事の読者がまるでイベントに参加しているかのような臨場感があればなお良いだろう.形式が異なるのは,記事の担う役割や読者の期待する内容がジャンルごとに異なるからである(4)4) C. Berkenkotter & T. N. Huckin: “Genre knowledge in Disciplinary communication,” Routledge, 1994.

次に,他者や自身の考え方の違い,もしくは引用文献からの文章と自身の文章とを明確に区別して書く力が身に着けられる.書評では,書籍から文章を抜き取って引用したり,要約して引用したりし,授業課題レポートや投稿論文と類する引用表現を用いるだろう.しかし,気をつけなければならないのはアイデアや意見の所在についてである.①「一般論」②「本の著者(他者)の見識」③「筆者(書き手)の見識」という3つについて,書き分けなければならない.この3種類の見識①②③について分けて書けることが学生にとっては難しいようだがこれができて初めて,書評で評している書籍の魅力や限界がくっきりとした輪郭を帯びて伝わる.インタビューやイベント報告の記事においても,コメントを紹介するときの語彙に特徴がある.学生はそういった語彙に馴染みがあまりないので,書いてみることによって「新聞や雑誌の記事の書かれ方」に改めて興味をもつことだろう.

さらには,サイエンスライティングらしい文体を習得できる.新聞や雑誌の記事の書評では紙面の都合によりかなり文字数が限られている.限られた文字数だからこそ,評者の文章スタイルが際立つ.多彩な語彙を使用して句読点の打ち方や文末の響きにさえも自由度がある.それゆえに個性が光る.インタビュー記事やイベント報告記事では,執筆者は考えを述べることよりも人物やイベントの客観的解説に徹する.シンプルな表現の文章が綴られることにより,かえって人物やイベントでのコメントなどが具体的に伝わる.普段の授業課題レポートや投稿論文では,学術的な文体を学生が身につけるよう訓練される.だが,文体について学生が意識できる機会はかえって少ない.そのため,「学術的文章の文体で書く」と授業課題で指定をされても,指定どおりの文体がわからなくなっていることがある.書評やインタビュー記事,イベント報告記事など,学術的文章以外のジャンルに慣れ親しみ実際に書いてみることにより,逆説的に「学術的文章とはどういうものなのか」という違いを実感できる.作文教育の奥深さを知る機会となり興味深い.

2. ジャンルごとのプロジェクト詳細

インタビュー記事や書評記事の作成について,以下に作業工程を記す.

①インタビュー記事

まずは事前に情報収集をする.取材先の研究室を学内で選び,研究室のウエブサイトにアクセスをする.そこで研究テーマ,研究内容のキーワードや社会的関心を得そうな題材を知る.

次にブレインストーミングとしてメモ書きを試みる.取材先について,何が面白そうで何をもっと知りたいのか.どんな研究室なのか.面白さ,課題,一般読者との繋がりとなりそうな部分,読者目線での関心事などを書き表してみる.事前にメモ書きをしてみることで,あらかじめアイデアを練っておく.

メモ書きができたら,取材先への確認事項を箇条書きする.まずは簡単な質問からはじめるように工夫すると,取材先は回答しやすい.取材時間の長さに合わせ5項目程度の質問を1週間前ぐらいまでに送付するのも大切である.そうすることで,取材先へ回答内容の検討をしてもらえる時間を与えることができる.

プロジェクトとして怠ってならないのは段取りである.取材場所,時間配分を取材先と連絡調整する.インタビュー相手が多忙な研究者であればたとえ学内の取材でもひと月先にようやく実施できる場合がある.

カメラの使い方も重要であり,事前にその基本を教えておく.記事作成へ向けて,撮影のイメージを決めておく.光の取り入れ方,サイズ,臨場感,逆光防止,先生らしさのある撮影シーンなどを考案しておき,現場を訪ねたときになるべくたくさん撮影できるよう備えておく.

そしていよいよ当日には取材時間よりも30分は早めに取材クルーのチームは集合しておく.万が一遅れる場合の対応も事前に決めておくと安心である.

取材前後には,取材相手との挨拶もマナーとして気をつけるよう事前に指導しておく.たとえば,取材中のメモの取り方にもマナーがある.取材先もメモを目にするので書き方に気をつけると同時に,メモ書きや録音,撮影の許可を取るようにする.発表前のデータを見せてもらう場合もあり,公開をご了承いただけない項目には公開しないことを約束する.取材先との信頼関係を築くために細心の注意を払う.

そして取材の後には,記事の準備をすぐに始める.「取材時に聞いたことがらすべてを文字にはしない」ということを前提に,最も面白い内容をリストにして挙げてみる.そこからさらに論点を3つ程度に絞ることで,完成記事に具体性がもてる.

下書きを始める際には,論点3つの詳細をメモ書きから参照して書き起こしていく.下書きからアウトラインをつくると次のステップがスムーズである.特に気をつけるのはデータなどを紹介する際の数字である.掲載前に取材先に必ず確認を取るほか,執筆者や指導者も調べてファクトチェックをするよう勧めたい.

原稿が書き上がったら,全体を見渡して工夫できる箇所を大学院生と指導者で検討する.タイトルや小見いだし,写真レイアウトに工夫を凝らすことで読みやすさが改善できる.

完成原稿ができたあとは,取材先に送付する.大学院生と作文指導の講師,大学院生と取材先の先生が連絡を取り合うことによって,原稿を通じたコミュニケーションの練習ができる.取材先から修正依頼があれば誠実に対応し,改訂作業を行う.

②書評

書評のプロジェクトチームがまず時間をかけるべきことは,もちろん本選びである.図書館や書店へ足を運びインターネット上での情報検索をすることにより,本を見つけて自分の興味関心を再発見することもあるだろう.

本が見つかったら,読解力や読み方の指導もする.読みながらメモをすることの大切さや,本の中身の概要をつかむコツ,要約文章の書き方などを議論することは有益である.

本を読む期間には,関連情報検索もしておく.著者のプロフィールや専門,書籍の単価と出版年および版元などは基本情報として書評記事に掲載するので準備しておく.また同じ書籍についてすでに出版されている書評があれば入手しておき,自身の書評執筆前後に必ず一度目を通してみるようにする.そこで,既出ではなくオリジナルな書評となるようにできる.

次に,書評を試みるにあたり,新聞や雑誌のプロが書いた書評から学ぶ作業にも取り組んでみると良いだろう.視点や文体,コンパクトさ,語彙の洗練さ,文法の正確さなどは,実際に書評の書き手となることでより厳密に気づかされる.紹介する書籍の長所や短所,特徴,違和感などをどのような論調で書いているのかも注目してみる.絶賛型や辛辣な酷評型などさまざまな論調に学生は驚くことだろう.

書評はほかのジャンルに比べて文字数が少ない.それにもかかわらずかえって難解さがあるのは,無駄のない筆運びと情報の凝縮度合いにある.それぞれの大学院生の個性によって,淀みなくスラスラ長文が仕上がるタイプや,レンガを一つひとつ積み上げるかのように言葉を慎重に並べてみるタイプなどがある.個別に対応することで個性を生かした成長を促せる.

サイエンスライティング教育の意義

今回取り上げた理系大学院生向け作文教育プログラムについて,どんな能力が大学院生へ身に着き,そして大学組織にとりどのようなメリットがあったのかを考察する.

1. 良質な「ファイナルプロダクト」を仕上げる力

何らかの執筆物は,社会において何らかの役割を担う.筆者は米国大学院留学先がミシガン州デトロイト市近郊の大学に位置していたため,自動車産業で有名な地域として「テクニカルな書類作成技術」にまつわるライティング業も発達しており,プロのテクニカルライターから学ぶ機会もあった.仕様書や取扱説明書など,作成書面は多岐にわたる.デトロイト市の姉妹都市である日本の愛知県豊田市で市立図書館を訪れてみたが,やはり多くの自動車関連の書類書物が蔵書として棚に並べられていたのを記憶している.

自動車産業関連のテクニカルな書類では,科学的・技術的な書面が正確で誤解がなく,執筆物が「プロダクト(商品)」として機能するために,ユーザーテストが行われる(5)5) J. M. Lannon & L. J. Gurak: “Technical communication (13th ed.),” Pearson, 2013..安全性や再現性などが検証され確認されて初めて「プロトタイプ(試作品)」が「ファイナルプロダクト(流通商品)」となる.

インタビュー記事や書評記事にも同じことが当てはまり,たとえ自動車運転マニュアルでなかったとしても,執筆物の質の検証が求められる.仕上がった原稿が執筆物として問題がないのかと,問いかける.取材先や出版元にとって,もしくは読者にとって,そして執筆者自身にとって「謙虚に」問いかけることは,客観的な視点をもつことと言える.これは,論文投稿時に求められる素養であり推敲能力の養成にもつながっている.

2. 完成記事発表会

さらに,執筆後の発表会では,ほかのクラスメートの取り組みも良い刺激となる.普段なかなか作成することのないジャンルの記事を完成させ,客観的に論じ合い,改訂部分を提案しあったほか,講師陣から大学院生それぞれの記事について講評の時間も設けられた.クラスメートからの意見は,主観と客観の入り混じる特性がある.そうであったとしても,なぜだか講師の講評より心に残りそして励みになることが少なくない.互いに批評しあいながら大学院生同士が切磋琢磨できる機会と言える.

大学院生の受講生のなかには,完成記事を目にして,「書くことの奥深さや面白さ」を発見して新聞社科学部記者となった者もいれば,書評へ挑戦したことによって気づいた「自身の興味関心」により,就職先を決めた者もいる.それぞれが何かしら気づきを得て成長の糧とできたようである.

3. 大学情報発信での好循環

また,インタビュー記事は大学のウエブサイトにて公開していたが,公開記事を目にした高校生が興味をもち,大学受験で合格したのちに本講座を受講したというケースがあった.「在学中の大学生の先輩が研究室を紹介するという趣旨が新しく,高校生としてはより身近でリアルなコンテンツとして記事を読み,入学して自分もインタビュー記事を書いてみたいと思った」という学生の声からは,大学からの情報発信の好循環となっている兆しがあった.

大学広報についてこの頃は外注するケースも少なくない.ウエブサイトのデザインなどによるブランディングも含めると多額な経費で業者へ依頼することが一般化しており,もちろんそれは大学の学生募集にも影響するために必要ではある.だが,大学生や大学院生が学内を取材して大学情報発信の一端を担うという今回の事例により,大学からの情報を求めている高校生読者の反応も得られて,在学生でしか書けない素朴で貴重な記事の制作の機会となったのは確かである.

さらには,筆者が東日本大震災直後に実施した社会心理とメディアにまつわる調査によると,緊急時に大学や研究機関のホームページは市民にとってNHKや新聞など伝統的メディアの次に「信頼を寄せている情報源」となっていることがわかった(6)6) S. Tateno & H. Yokoyama: J. Clin. Outcomes Manag., 12, A03 (2013)..学部生や大学院生が在学生の目線で知恵を絞りエンターテイメントや緊急対応といった目的に応じて大学からの情報発信をしていく試みは,もちろん教員からの監督や指導のもとではあるが,今後も潜在的に大きく社会貢献できる可能性を秘めている.

4. 作文教育TA養成

以上のような作文講座にてライティング能力が順調に身についた大学院生には,ティーチング・アシスタント(TA)として,学部生の作文教育にかかわってもらうことも可能である.実際に,今回ご紹介した大学のケースでは,大学院生向けの作文講座の翌学期に学部生向けの作文講座を開催して大学院生がTAとして作文教育の一部を担うこととなった.TAから学部生向けの作文支援は,先輩だから相談しやすく教育効果が期待できる.執筆過程において苦労や挫折するところはどこか類似しているので,TAが細やかにこれまで学んだことを共有していくのだ.ただ今後の課題としては,TA養成後のマネジメントの点がある.TAの大学院生が学部生の原稿作成を支援するときには,原稿修正を支援する部分に間違えのないよう教員と念入りな打ち合わせをしておく必要がある.「大学院生TAはできることだけを教える,わかることだけを教える」というように支援内容を限定することが望ましい.それ以外のことは,「耳を傾け質問を受けとめること」に徹してもらう.大学院生のTAが理解していなかった作文の基礎知識については教員がフォローして解決できる.

まとめ

今回は,専門知識をわかりやすく説明するための作文力について焦点をあてた.サイエンスライティングの定義やこれまでの歴史的背景を述べ,サイエンスライターの職業を紹介した後に,理系大学院生向けの「論文作成以外での作文能力育成」を目指す教育について解説した.こういった取り組みを実施して大学院生の作文力を鍛えると,指導教員の論文指導時の負担も減る傾向にあり,TA(ティーチングアシスタント)として学部生の作文教育にも貢献できるような人材育成へとつながる.それぞれの大学研究機関によって強みや特徴があり,インタビュー記事作成のための取材や書評記事作成のための書籍検索や読解練習のような演習をすることで,大学院生の興味関心を刺激しつつ実践的な演習となる.サイエンスライティングの作文作法は,基本的な概要を学んだ後に試行錯誤し時間をかけて実践してみて初めて身に着いていく.語学や作文の学習へ苦手意識のある大学院生,もしくは得意でもっと能力を伸ばしたい大学院生,いずれにとっても少人数グループによる作文教育はきめ細やかに指導を受けられる.今後もこのような理系作文教育プログラムの広まりが期待される.

Acknowledgments

今回紹介した理系大学院生向けの少人数作文教育プログラムについて,開催してくださいました筑波大学生命環境学研究科の和田洋教授,渡辺政隆教授,マシューウッド助教,筑波大学社会連携課の尾嶋好美コーディネータ,一緒に講師として携わってくださいました小島あゆみ氏に心より感謝申し上げます.

Reference

1) ルクレーティウス:“物の本質について”,岩波書店,1961.

2) H. Krieghbaum: “Science and the Mass Media,”New York, 1967.

3) 牧野賢治:“科学ジャーナリストの半世紀”,化学同人,2014, p.125.

4) C. Berkenkotter & T. N. Huckin: “Genre knowledge in Disciplinary communication,” Routledge, 1994.

5) J. M. Lannon & L. J. Gurak: “Technical communication (13th ed.),” Pearson, 2013.

6) S. Tateno & H. Yokoyama: J. Clin. Outcomes Manag., 12, A03 (2013).