セミナー室

環境DNAメタバーコーディング—魚類群集研究の革新的手法バケツ一杯の水で棲んでいる魚がわかる技術

Masaki Miya

正樹

千葉県立中央博物館生態・環境研究部

Published: 2019-04-01

はじめに

科学技術が急速に発展した今日においても,野外生物調査の基本となる「どこにどのような生きものがいるのか?」というシンプルな問いに答えるのは容易でない.水生生物である魚の場合には,魚を潜水観察したり漁具で採集したりなど,多大な労力と費用がかかるうえに長期間の調査が必要となる.さらに,日本周辺に生息する魚類だけでも4,300種以上いるため,種を特定するには高度に専門的な知識と経験が必要となる.

どこにどのような生きものがいるのか把握することを「種多様性モニタリング」と呼ぶが,専ら視覚という感覚を拠り所に生きているヒトにとって,見えないものはなきに等しい.なきに等しいものだから,それは知りようがなくても(以下「不可知」であっても)困らなかった.とはいっても,食糧やレクリエーションなどを通じて生態系サービスの恩恵を広く受けているヒトにとって,自然とは無縁ではいられない.不可知を可知にすれば新たな世界が開けてくるはずだ.

ただ,この不可知の世界をイメージするのは難しい.たとえば,近所の池でも川でも海でも,水辺の環境を想像してほしい.水辺に立って,いま目の前の水中にどんな魚がいるのか(考えたことがある人も)答えられる人もほとんどいない.この問いに答えられるのはそのフィールドに精通した専門家か(それ以外の人が答えられたとしても)過去にどんな魚が釣れたから○○○と×××がいるはず,あるいはこのあいだ跳ねていた魚は△△△に違いないという断片的で不確定要素が大きい経験に基づく推定にすぎない.

要するに陸上生物であるヒトにとって,水中という環境は直接見ることができないブラックボックスのようなものなのである.直接覗き見ることができたとしても水が濁っていたり,澄んでいたとしても水中の視界は空気中のそれと比べて比較にならないほど悪かったりする.そのブラックボックスである水中にどんな魚が棲むのか知るには,すでに記したように「調査」というより「事業」と呼んだ方が相応しい規模の労力と費用に加えて専門的知識が必要となる.

今回紹介する「魚類環境DNAメタバーコーディング法」(環境DNAを用いた魚類の多種同時並列分析法)(1)1) M. Miya, Y. Sato, T. Fukunaga, T. Sado, J. Y. Poulsen, K. Sato, T. Minamoto, S. Yamamoto, H. Yamanaka, H. Araki et al.: R. Soc. Open Sci., 2, 150088 (2015).を用いる種多様性モニタリングは,そんなブラックボックスである水中の世界をまるで見てきたかのようなデータで再現してくれる.フィールドに精通した研究者やダイバーに環境DNAメタバーコーディング法でとってきたデータを見せると,例外なく「まるで水中を見てきたかのようなデータだ」と驚く.不可知を可知にする技術,それが魚類環境DNAメタバーコーディング法なのだ.

環境DNAメタバーコーディング法は,調査も分析も簡単だ.調査自体は水をくむだけで事足りる.現在の技術では,環境DNAを大量の水から直接分析することはできないので,水中のDNAをフィルター上に濃縮しなければならないが,その作業も誰でもできる.さらに,多少の分子生物学的知識があればフィルターからDNAを分離抽出することができるし,抽出DNAを分析可能な量に増幅したり,最新の機器で分析可能なかたちに加工したりするのにも既存の手法が使える.分析の結果として出力された大量のデータ(数百万~千数百万本の塩基配列)を解析するにしても,ウェブ上にツールが用意されている.要するに,「いつでも・どこでも・誰でも使える技術」なのである.

2015年にこの手法を論文上で発表して以来(1)1) M. Miya, Y. Sato, T. Fukunaga, T. Sado, J. Y. Poulsen, K. Sato, T. Minamoto, S. Yamamoto, H. Yamanaka, H. Araki et al.: R. Soc. Open Sci., 2, 150088 (2015).,国内はもとより国外からも大きな注目を浴びてきた.発表以来3年と少ししか経っていないにもかかわらず,論文の被引用数は110件を上回り,今では世界中の海や川や湖でこの手法が使われている.また,国交省,環境省,水産庁をはじめとする関係各省庁でも本手法を用いた調査を試行しており,すでにわが国や英国では民間企業による受託分析が始まっている.

本稿では,この環境DNAメタバーコーディング法の概要と実際について,筆者の研究グループが得た最新の成果に基づき解説するとともに,将来的な展望についていくつか記すことにする.

基盤技術の確立

環境DNAを用いた調査は,1)採水,2)ろ過,3)DNA抽出(フィルター上に集められたろ過残渣からのDNA抽出)の3つのステップから始まる.これら3つのステップに関してはすでに本シリーズの最初の稿で解説されているので,まずは魚類環境DNAメタバーコーディング法(以下,筆者が開発したPCRプライマーの名前をつかって「MiFish法」と呼ぶ)(1)1) M. Miya, Y. Sato, T. Fukunaga, T. Sado, J. Y. Poulsen, K. Sato, T. Minamoto, S. Yamamoto, H. Yamanaka, H. Araki et al.: R. Soc. Open Sci., 2, 150088 (2015).の技術的側面について概説する.

MiFish法のエッセンスは,魚類環境DNA断片を分類群横断的かつ分析可能な量に増幅することにある.分類群横断的に環境DNAを増幅し,増幅した領域から種を識別するためには,両端にプライマーという分子ツール(人工的に合成された20塩基前後の一本鎖DNA)が結合する保存的な領域をもち,しかもその内部の配列は種ごとに異なる超可変領域を探さなければならない.

筆者は,880種の多様な魚類のミトコンドリアゲノム全長配列をデータベースからダウンロードして網羅的に比較することにより,12S rRNA遺伝子上にそのような領域(超可変領域の平均長約170 bp)を発見し,両端の保存的領域に結合するプライマーを設計した(図1図1■二つの保存的領域に挟まれた超可変領域).MiFishと名づけたこのプライマーセットを用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行うことにより,少なくとも組織から抽出したDNA(環境DNAよりはるかに濃度が高いDNA)からはサメやエイなどの軟骨魚類からコイやマダイやヒラメなどの硬骨魚類まで幅広い分類群の超可変領域を増幅できることが明らかになった(1)1) M. Miya, Y. Sato, T. Fukunaga, T. Sado, J. Y. Poulsen, K. Sato, T. Minamoto, S. Yamamoto, H. Yamanaka, H. Araki et al.: R. Soc. Open Sci., 2, 150088 (2015).

図1■二つの保存的領域に挟まれた超可変領域

880種の魚類ミトコンドリア12S rRNA遺伝子をアラインメント(整列)した.横にDNA塩基配列が並び,各塩基が色分けされている.両端の保存的領域に結合するユニバーサルプライマー MiFishを設計し,種判別に用いる超可変領域をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって増幅する.

ターゲットとなる領域が増幅できれば,あとは二段階PCRという手法をつかって次世代シークエンサを用いた同時並列分析が可能になる.以下にこの二段階PCRを用いたライブラリの調整法(次世代シークエンサで分析可能なかたちに分子を加工する方法)を記すが,この手法はイルミナ社の次世代シークエンサMiSeq(あるいは同社の互換機)を用いたものである.

まずは,MiFishプライマー配列の5′末端にシークエンスプライマーが結合する配列を加えて最初のPCR(1st PCR)を行う(図2図2■二段階PCRの模式図上).環境DNAの濃度は極めて薄いことが多いので,通常35サイクルのPCRでターゲットを増幅する.多種の魚類のDNA(その濃度は千差万別)を漏れなく増幅することが目的なので,同じテンプレートを用いたPCRを8連チューブを用いて8繰り返し行い,その産物(計8個のPCR産物)を1本のチューブにまとめてカラムやビーズを用いて精製・濃縮する.この操作により,プライマーダイマーやアダプターダイマーなど下流の実験を阻害する短いDNA断片を取り除くことができる.

図2■二段階PCRの模式図

最初のPCR(1st PCR)には,MiFishプライマー配列の5′末端にシークエンスプライマー配列を加えたプライマーを用い,ターゲットとなる超可変領域(平均長170 bpの12S rRNA遺伝子断片)を増幅する.増幅した1st PCR産物をテンプレートに2回目のPCR(2nd PCR)を行い,8塩基からなるインデクス配列とフローセル結合配列を付加する1)1) M. Miya, Y. Sato, T. Fukunaga, T. Sado, J. Y. Poulsen, K. Sato, T. Minamoto, S. Yamamoto, H. Yamanaka, H. Araki et al.: R. Soc. Open Sci., 2, 150088 (2015).

次に,精製・濃縮した1st PCR産物をTapeStationやBioAnalyzerなどの電気泳動分析装置を用いて定量する.精製を入念に行えばアダプターダイマーなどの余剰産物がきれいに取り除ける(図3図3■TapeStationによる1st PCR産物の電気泳動イメージ).この精製した1st PCR産物を一定濃度(たとえば0.1 ng/µL)に希釈して2回目のPCR(2nd PCR)のテンプレートにする.テンプレートにはすでにシークエンスプライマー配列が産物の両端に加わっているので,2nd PCRではこの配列に結合するプライマー1組(フォワードとリバースプライマー)を作成し,プライマーの5′末端に2種類のアダプター配列を加える(図2図2■二段階PCRの模式図下).

図3■TapeStationによる1st PCR産物の電気泳動イメージ

1サンプル当たり8繰り返しの1st PCRを行い,その産物をまとめて精製・濃縮してTapeStationによる電気泳動を行った.左のパネルが計11サンプルのゲルイメージで左端のレーンが分子サイズマーカー.下側に濃く出ているのが320 bpほどのターゲットバンドで,精製を行っているため,より小さいサイズのアダプターダイマーが消えていることに注意.右のパネルがレーン#1のピークのイメージ.下のパネルにそのピークの濃度が示されるので,この値を参考に1st PCR産物の濃度調整を行う.

これら2種類のアダプター配列の一方が8塩基からなるインデクス配列(タグ配列)である.2nd PCRで用いる2つのプライマーのインデクス配列の組み合わせをサンプルごとに変えれば,同時並列的に1,000サンプル以上を解析できる.そのためには,異なるインデクス配列をもつ多数のプライマーを合成しなければならない.たとえば,フォワードプライマーに8種類,リバースプライマーに12種類の異なるインデクス配列をもつプライマーを合成すれば,8×12=96個のサンプルを同時並列解析できる.

もう一方のアダプターはフローセル結合配列になる.フローセルとは,内部に極細の流路をもつガラス基板(厚さ1 mmほどで縦横が25×50 mm)で,流路内部には短い一本鎖DNAが芝生状に付着しており,フローセル結合配列がこれらに結合してダイターミネート法に基づくシークエンス反応が行われる(図4図4■イルミナ社の次世代シークエンサMiSeqのフローセルと呼ばれるガラス基板).