Kagaku to Seibutsu 57(5): 264-266 (2019)
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プロバイオティクスの挑戦~活躍の舞台は宇宙へ~宇宙での健康管理にも「良い菌」を!
Published: 2019-05-01
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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1961年に旧ソ連の宇宙飛行士であるユーリ・ガガーリンが人類で初めて地球の外に飛び出し,宇宙空間でも生きられることを証明した.以降,人類の宇宙での挑戦は「宇宙へ行くこと」から「宇宙で何かを成し遂げること」となり,宇宙遊泳,月面着陸などの偉業が達成された.やがて宇宙活動における関心事は「宇宙滞在による生体への影響」「宇宙環境の有効活用」に変わり,旧ソ連のサリュートやミール,米国のスカイラブなど,長期滞在可能な宇宙ステーションが開発された.現在は,2011年に完成した国際宇宙ステーション(ISS)が舞台となり,日本を含む世界各国の宇宙飛行士により多岐にわたる宇宙実験が進められている.
ISSは,地上からの高度約400 kmの地球周回軌道を飛行している.ISSの中は10−6~10−4 Gという微小重力環境,いわゆる無重力状態である.また,太陽粒子線・銀河宇宙線・捕捉粒子線といった高エネルギーの宇宙放射線が飛びかう環境である.一日当たりの被ばく線量は0.5~1 mSvとされており(1)1) T. Ohnishi: J. Radiat. Res. (Tokyo), 57(Suppl. 1), i41 (2016).,地上での半年分に相当する.さらに,ISSの外部は10−5パスカルの真空であるため窓の開けられない閉鎖空間となっており,ジャンボジェット1機半分とされる限られたスペースの中で,6名の宇宙飛行士が約半年間一緒に暮らしながら仕事も行っている.ISSは約90分で地球を1周するため,ISSからは日の出と日の入りを一日16回見ることができる.外が明るいと昼,暗いと夜という生活は成立せず,宇宙飛行士は基本的に世界標準時で生活している.
この微小重力環境・宇宙放射線・閉鎖空間といった特有の環境因子にさらされるISS長期滞在では,ヒトの身体にはさまざまな変化が起こって健康上のリスクとなる.そのような変化の例として,微小重力環境による骨格筋萎縮や骨量・骨密度低下,体液シフトによる頭重感,宇宙酔い・地上帰還後の重力酔い,体内リズムの不調,免疫機能低下,宇宙放射線被ばくなどが挙げられる.筆者の古川らのグループは,これらの医学的課題を解決し,宇宙でのヒトの健康を保つことを目的とした宇宙医学研究に取り組んでいる.
宇宙飛行による免疫機能低下に関しては,自然免疫に重要な役割を担うナチュラルキラー(NK)細胞の活性低下などが報告されている(2)2) A. B. Bigley, N. H. Agha, F. L. Baker, G. Spielmann, H. E. Kunz, P. L. Mylabathula, B. Rooney, M. S. Laughlin, D. L. Pierson, S. K. Mehta et al.: J. Appl. Physiol., (2018), in press..現状の半年程度の宇宙滞在では,免疫機能の低下が宇宙飛行士の健康状態に深刻な影響をもたらすような事例はほとんど報告されていない.一方,今後の国際的な動向として月・火星への有人探査が計画されている.人類が火星を目指す場合には往復と火星滞在で合計約2年半を要すると見込まれており,より長期間宇宙に滞在することになるため免疫機能低下による健康上のリスクが増大する可能性があり,解決すべき医学的課題である.
プロバイオティクスは,FAO/WHOにより「十分量を摂取したときに宿主に有益な効果を与える生きた微生物」と定義されている.ヒトに対するプロバイオティクスの有益な効果として,整腸作用,感染防御作用,免疫調節作用などが明らかとなっている.前述のとおり,免疫機能低下が長期宇宙滞在による健康管理上の課題となっており,免疫機能の維持・向上に効果を発揮するプロバイオティクスの活用が期待される.
プロバイオティクスとして使われている菌は乳酸菌やビフィズス菌が主であり,ヨーグルトや乳酸菌飲料などの乳製品として親しまれている.これら乳製品は冷蔵管理が必要であり,その賞味期限は2週間程度が一般的である.一方,ISSに物資を運ぶ補給船の数や冷蔵保管できるスペースは限られており,常温で長期間保存可能であることが宇宙食の基本要件となっている.そのため,乳製品のような形態でプロバイオティクスを宇宙で利用することは困難である.
また,宇宙飛行士の食中毒などを予防する衛生性を確保するという観点から,宇宙食は殺菌することが原則となっている.すなわち,ISSという閉鎖空間に有害菌をもち込まないというリスク管理が優先され,プロバイオティクスのような「生きた良い菌」を宇宙での食生活に取り入れることは想定されていない.アメリカ航空宇宙局(NASA)の研究者もプロバイオティクスの有用性に注目しており(3)3) G. L. Douglas & A. A. Voorhies: Benef. Microbes, 8, 727 (2017).,生菌を含む宇宙食導入の可能性についても過去にNASA内で検討されているが(4)4) NASA: Development of Spaceflight Foods with High Microbial Concentrations, Final Report, https://www.nasa.gov/centers/johnson/pdf/683235main_Final%20Report%20-%20High%20Microbial%20Food.pdf, 2011.,実現に至っていない.この状況を打破するには,宇宙でのプロバイオティクスの利用性に関する知見を積み重ね,運用ルールを変えていくための議論を巻き起こしていく必要がある.そこで筆者らは,地上にて長年にわたる食経験があり,数多くの研究から安全性や整腸作用,免疫調節作用などの有効性に関する知見が蓄積されているプロバイオティクスであるラクトバチルス・カゼイ・シロタ株(LcS)を用いた宇宙実験を計画した.ISS滞在中に宇宙飛行士がプロバイオティクスを摂取することにより,腸内環境や免疫機能に及ぼす影響を評価する,世界初の試験である.
前述のとおり,ISSへの輸送,保管上の制約があることから,まず宇宙での利用に適した形態の検討を行った.LcSを凍結乾燥して粉末化することにより,常温で長期保管可能であることを確認した.その粉末がISS船内に飛散して装置などの障害を引き起こすことのないようカプセルに詰め,さらにPTP包装およびアルミパウチでの包装を施した.宇宙航空研究開発機構による宇宙日本食認証基準に準じた審査の結果,本試験サンプルがISSでの運用に適合しているとの評価を受けた.
次に,宇宙飛行士による摂取試験に先立ち,宇宙放射線など,宇宙特有の環境因子がLcSの性能に影響を及ぼすか調べるため,試験サンプルをISSへの補給船に搭載してISS船内で常温にて約1カ月間保管した後に地上へ戻し,地上で保管していた対照品と比較する実験を行った.その結果,ISS保管品中のLcSの生菌数,IL-12産生誘導活性などの免疫調節作用,糖発酵性などの発酵性状,遺伝情報のいずれも地上対照品と同等であり,宇宙空間においてもプロバイオティクスとしての基本的な性能が維持されることを確認した(5)5) T. Sakai, Y. Moteki, T. Takahashi, K. Shida, M. Kiwaki, Y. Shimakawa, A. Matsui, O. Chonan, K. Morikawa, T. Ohta et al.: Sci. Rep., 8, 10687 (2018)..
ISSでの保管実験の結果を受けて,現在,宇宙飛行士による摂取試験を実施中である(図1図1■宇宙での健康管理への活用を目指したプロバイオティクス研究の概要).この日本発の研究により「生きた良い菌」であるプロバイオティクスを宇宙で積極的に活用するための門戸を開き,将来的な月・火星への有人探査や民間宇宙旅行における健康管理に役立てていきたい.
Reference
1) T. Ohnishi: J. Radiat. Res. (Tokyo), 57(Suppl. 1), i41 (2016).
2) A. B. Bigley, N. H. Agha, F. L. Baker, G. Spielmann, H. E. Kunz, P. L. Mylabathula, B. Rooney, M. S. Laughlin, D. L. Pierson, S. K. Mehta et al.: J. Appl. Physiol., (2018), in press.
3) G. L. Douglas & A. A. Voorhies: Benef. Microbes, 8, 727 (2017).
4) NASA: Development of Spaceflight Foods with High Microbial Concentrations, Final Report, https://www.nasa.gov/centers/johnson/pdf/683235main_Final%20Report%20-%20High%20Microbial%20Food.pdf, 2011.