解説

「ベノミクス研究」の最前線動物毒は,どのように進化してきたのか?

Cutting-Edge of Venomics Study: How Venom Proteins Have Evolved?

Tomohisa Ogawa

小川 智久

東北大学大学院生命科学研究科

Hiroki Shibata

柴田 弘紀

九州大学生体防御医学研究所ゲノミクス分野

Published: 2019-05-01

35億年あまりの永い進化の産物である地球上の多種多様な生物.それらのなかには「毒素」という武器をもつ生物も存在します.これらの毒生物は,どのように進化して毒をもつに至ったのでしょうか? 近年ゲノム解析技術の進展により,モデル生物以外のゲノムも解析することが可能となり,生物進化を読み解くための一つの重要なツールとなっています(1).毒動物のゲノム解読や個々の毒成分の全容をプロテオームやトランスクリプトーム解析により明らかにする「ベノミクス研究」も進められてきました.ここでは,毒蛇ハブのゲノム解読を中心に,「ベノミクス研究」の最前線について解説します.

毒素を作る生物たち

多種多様な生物の中には「毒素」という武器をもつものが存在します.生物に由来する毒素「トキシン(Toxin)」は,もともと弓矢の矢毒に由来する語ですが,主に植物や植物プランクトンが生産するアルカロイドやポリエーテル化合物などの有機化合物を示します.これに対して,毒動物が産生する毒素は「ベノム(Venom)」と呼ばれ,主に多様なペプチドやタンパク質性の毒成分の‘カクテル’からなります.自然界には,蜘蛛(~38,000種),サソリ(~1,400種),イモガイ(Cone snail)(~3,200種)や毒蛇(~800種)をはじめ,多様な毒動物とそれらが生産する毒素「ベノム(Venom)」が存在します.これらペプチド・タンパク質毒素は,混合物としてさまざまな標的部位にランダムに作用するため,相手側の生体機能を混乱させてしまい毒として働きます.しかし,一つひとつの成分を取り出すと非常に高い特異性をもつため,ヒトの中枢および抹消神経系,心臓血管系,血液凝固系,補体系や免疫系など生命の複雑な仕組みを明らかにするための有用なツールとして,あるいは副作用の少ない治療薬や医薬リードとしての利用などが期待されています.実際に,熱帯海域に生息するイモガイConus magusの毒から単離されたペプチドω-コノトキシンMVIIは,神経性N型カルシウムチャネルを選択的に阻害し,モルヒネの1,000倍もの強力な鎮痛作用を示すことから,がん性疼痛の治療薬「プリアルト」として開発され,2005年2月に販売承認されました.このように毒素は,生化学のツールや医薬リードとして有用であるため,昔から多くの有用な毒が利用されてきました(【コラム】参照).

ベノミクスプロジェクト

2003年にオーストラリアのアデレードで開催された国際生物毒素学会(International Society on Toxinology; IST)で,国際的な共同研究となる「ベノミクス(毒生物ゲノム)プロジェクト」が提案されました(2)2) A. Ménez, R. Stöcklin & D. Mebs: Toxicon, 47, 255 (2006)..これは,毒蛇,サソリ,毒蜘蛛,イモガイ,毒カエル,イソギンチャク,クラゲなど各種毒生物のゲノム解読やトランスクリプトームおよびプロテオーム解析など,毒生物のオミクス解析を通して,毒生物に共通する情報,たとえば毒生産・輸送システムの理解や,毒タンパク質成分の多様性獲得の分子機構,治療薬につながる新規毒成分の探索,毒生物の咬傷に対する新たな治療法などにつながる新たな知見を得ようとするものでした.そのなかで欧州ベノミクスプロジェクト(2015年10月に終了)は,サソリやイモガイ,毒グモから毒ヘビ,毒トカゲに至る203種の毒動物のオミクス解析(主にプロテオームとトランスクリプトーム解析)により25,000の毒タンパク質・ペプチド配列が明らかにされ,そのうち4,000種については機能解析もなされました(3)3) NZYtech Genes & Enzymes News: The European VENOMIMCS project ends with the creation of the largest database of toxins in histry. https://www.nzytech.com/news/the-european-venomics-project-ends-with-the-creation-of-the-largest-database-of-toxins-in-history/, 2015..また,イモガイコノトキシンなどその一部はデータベース化されましたが,その中にはいまだ治療法が見つかっていない疾病に対するアンメット・メディカル・ニーズ(unmet medical needs)に直結するターゲットを検証済みの30種のペプチドが含まれていました.一方,日本では加速進化による毒タンパク質成分の多様性獲得の分子機構の解明を目標に,毒蛇ハブ(Protobothrops flavoviridis)のゲノム解読を目指しました.

これまで毒動物のゲノム解読に関しては,イソギンチャク(4)4) N. H. Putnam, M. Srivastava, U. Hellsten, B. Dirks, J. Chapman, A. Salamov, A. Terry, H. Shapiro, E. Lindquist, V. V. Kapitonov et al.: Science, 317, 86 (2007).やダニ(5)5) M. Grbić, T. V. Leeuwen, R. M. Clark, S. Rombauts, P. Rouzé, V. Grbić, E. J. Osborne, W. Dermauw, P. C. T. Ngoc, F. Ortego et al.: Nature, 479, 487 (2011).,サソリ(6)6) Z. Cao, Y. Yu, Y. Wu, P. Hao, Z. Di, Y. He, Z. Chen, W. Yang, Z. Shen, X. He et al.: Nat. Commun., 4, 2602 (2013).,毒蜘蛛(7)7) K. W. Sanggaard, J. S. Bechsgaard, X. Fang, J. Duan, T. F. Dyrlund, V. Gupta, X. Jiang, L. Cheng, D. Fan, Y. Feng et al.: Nat. Commun., 5, 3765 (2014).,蜂(8)8) B. M. Sadd, S. M. Barribeau, G. Bloch, D. C. de Graaf, P. Dearden, C. G. Elsik, J. Gadau, C. J. Grimmelikhuijzen, M. Hasselmann, J. D. Lozier et al.: Genome Biol., 16, 76 (2015).をはじめとしたゲノム解析がなされています.蛇類では,無毒のビルマニシキヘビ(9)9) T. A. Castoe, A. P. J. de Koning, K. T. Hall, D. C. Card, D. R. Schield, M. K. Fujita, R. P. Ruggiero, J. F. Degner, J. M. Daza, W. Gu et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 20645 (2013).のほか,有毒のキングコブラ(10)10) F. J. Vonk, N. R. Casewell, C. V. Henkel, A. M. Heimberg, H. J. Jansen, R. J. R. McCleary, H. M. E. Kerkkamp, R. A. Vos, I. Guerreiro, J. J. Calvete et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 20651 (2013).,ヒャッポダ(11)11) W. Yin, Z. Wang, Q. Li, J. Lian, Y. Zhou, B. Lu, L. Jin, P. Qiu, P. Zhang, W. Zhu et al.: Nat. Commun., 7, 13107 (2016).,タイワンハブ(12)12) S. D. Aird, J. Arora, A. Barua, L. Qiu, K. Terada & A. S. Mikheyev: Genome Biol. Evol., 9, 2640 (2017).の全ゲノム配列が報告されています.しかし,いずれも遺伝子カタログ作成に止まっており,遺伝子と染色体との関連までを解析対象とするものではありませんでした.

毒蛇ハブ(P. flavoviridis)とは?

沖縄県や鹿児島県南西諸島に生息しているハブは,国内産のヘビの中では最も恐れられている毒蛇です(図1図1■ハブ(a)とハブ毒液(b)).比較的大型のために攻撃射程が長く,注入される毒量も多いために農作業中などの咬症被害・事故が多く,現代でも年間80件ほど起こっています(昭和30~40年代には年間600件を超え,死亡者数も10名ほどでした).また,ハブは特定動物に指定されていますが,多くの生息地で衛生動物として駆除対象とされ,その一部はハブ酒やハブ皮革製品などへの産業利用も進んでいます.

図1■ハブ(a)とハブ毒液(b)

南西諸島にはハブ(P. flavoviridis)以外にも,トカラ列島(宝島,子宝島)にトカラハブ(P. tokarensis),サキシマ諸島にサキシマハブ(P. elegans)などハブ属のヘビが分布しています.台湾に生息するタイワンハブ(P. mucrosquamatus)を含めたハブ属のヘビは,台湾や南西諸島が大陸から分離し始めた200万年前から150万年前の第四紀更新世前期にかけて各島に分布し,島ごとに孤立した環境下で分化していったと考えられました.実際に,ミトコンドリアゲノム全長を使った分子系統樹で比較すると,ハブはトカラハブに,またサキシマハブはタイワンハブにそれぞれ近いことがわかりました(13)13) H. Shibata, T. Chijiwa, S. Hattori, K. Terada, M. Ohno & Y. Fukumaki: Mol. Phylogenet. Evol., 101, 91 (2016)..これは古揚子江(慶良間ギャップに相当)によって最初に南西諸島と台湾・八重山諸島が別れたことにより,ハブおよびトカラハブの種群と,サキシマハブおよびタイワンハブの種群に分岐したことを示しています.ハブはさらに,奄美群島個体群と沖縄群島個体群では遺伝的に大きく異なっていることが示され,興味深いことにトカラハブは遺伝的に奄美群島個体群に非常に近いこともわかりました.これは,奄美群島個体群のうちトカラ列島(宝島,小宝島)に分布する個体群がトカラハブとなったことを示しています.また,サキシマハブおよびタイワンハブの祖先集団が,八重山諸島が与那国ギャップにより台湾と分離したことにより,サキシマハブとタイワンハブが分岐したことを示しています(図2図2■南西諸島の成り立ちとハブ属の進化).なお,古黄河(トカラギャップに相当)を越えなかったため,トカラギャップ以北の日本本土にはハブは生息していません.このようにハブ属の進化と南西諸島の成立過程とは深く関係しています.

図2■南西諸島の成り立ちとハブ属の進化

ハブをはじめとするクサリヘビ類の毒液は,出血毒として知られています.その毒液は,血管を破壊する金属プロテアーゼ,炎症や壊死を引き起こすホスホリパーゼA2,血液を固まらせないC型レクチン様タンパク質など,多種多様な生理活性をもつタンパク質の「カクテル」からなっています.これらペプチド・タンパク質毒素も,一つひとつは非常に高い特異性をもつため,生命の複雑な仕組みを明らかにするための有用なツールや医薬リードとしての利用が期待されることから,ハブもまた重要な生物資源であり,その全容解明のために全ゲノム解読を含めた「ベノミクス研究」が待たれていました.

ハブゲノム解読から明らかになった毒遺伝子の進化:多様な毒を作り出すメカニズム

毒蛇ハブの染色体は,ZW性染色体を含む16本のマクロ染色体と20本のマイクロ染色体からなり(2n=36),そのゲノムサイズは合わせて1.8 Gbです.毒蛇ハブのゲノム解読のため,鹿児島県奄美大島産のハブからゲノムDNAを抽出し,超並列シークエンサで解析した10億本のDNA断片(合計136 Gb)データをつなぎあわせて,全長1.4 Gbのハブゲノムドラフト配列の解読に成功し,タンパク質をコードする25,134個の遺伝子を見つけることができました(14)14) H. Shibata, T. Chijiwa, N. Oda-Ueda, H. Nakamura, K. Yamaguchi, S. Hattori, K. Matsubara, Y. Matsuda, A. Yamashita, A. Isomoto et al.: Sci. Rep., 8, 11300 (2018)..そしてこの中から毒タンパク質遺伝子を60個とそれらの非毒型のパラログ*1非毒型パラログ 遺伝子重複によって生じた遺伝子コピーのそれぞれをパラログといい,そのうち毒としての機能をもっていないタンパク質の遺伝子を指す.遺伝子224個を見いだだしました.毒タンパク質遺伝子は,金属プロテアーゼ(MP),セリンプロテアーゼ(SP),C型レクチン(CTLP),ホスホリパーゼA2(PLA2),3本指型トキシン(3FTX),アミノペプチダーゼ(APase),Cysリッチ分泌タンパク質(CRISP),5′ヌクレアーゼ(5Nase),ヒアルロニダーゼ(Hyal),神経成長因子(NGF),血管上皮成長因子(VEGF),L-アミノ酸酸化酵素(LAAO),ブラジキニン増強ペプチドとC型利尿ペプチド(BPP & CNP)など18種の遺伝子族に分類できました(図3図3■ハブ毒液関連遺伝子群の進化過程, 表1表1■代表的な毒タンパク質遺伝子とその機能).さらに,その遺伝子重複の度合いによって3つのカテゴリに分類することができます(図3図3■ハブ毒液関連遺伝子群の進化過程).毒の主要構成成分であり毒液遺伝子コピーと非毒型パラログともに高度に多重化していたMP, SP, CTLP, PLA2の4遺伝子族からなるカテゴリIIIと,3FTX, APase, CRISPの毒遺伝子コピーと非毒型パラログのいずれも中程度の多重化を示したカテゴリII,さらにそれ以外の1コピーからなる毒型遺伝子と2~10コピーの非毒型パラログからなるカテゴリIに分類されます.これらの毒関連遺伝子の解析から,毒がどのように進化して毒機能をもつようになったのか興味深いことがいくつか明らかになりました.一つは,分子系統樹による解析で,脊椎動物の初期進化過程で起きたとされる2回のゲノム重複*22回のゲノム重複 複数の脊椎動物のゲノム解読,および脊椎動物と祖先を共有する原索動物などのゲノム解読から,脊椎動物の初期の進化において2回の全ゲノムの重複が起こったことがわかっています.によってできた4つの遺伝子コピーの中の1コピーだけが毒液機能を獲得したことがわかりました.もう一つは,毒液関連遺伝子の進化速度(コピー間の分化の速度)を比較したところ,カテゴリIIIとカテゴリIIの毒液タンパク質遺伝子群においてのみ,加速進化*3加速進化 通常のタンパク質には機能的制約があるため,分子進化学的解析においてはアミノ酸を変える塩基置換(非同義置換)よりも,アミノ酸を変えない塩基置換(同義置換)のほうが多く観察されます.しかし一部の遺伝子では,非同義置換が同義置換と同等またはそれ以上多く観察されることがあり,通常よりも速い速度でアミノ酸置換が起こっているという意味で「加速進化」と呼びます.が観察されました.この加速進化の現象は,ハブ毒PLA2遺伝子に最初に見いだされ(15, 16)15) K. Nakashima, T. Ogawa, N. Oda, M. Hattori, Y. Sakaki, H. Kihara & M. Ohno: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90, 5964 (1993).16) K. Nakashima, I. Nobuhisa, M. Deshimaru, M. Nakai, T. Ogawa, Y. Shimohigashi, Y. Fukumaki, M. Hattori, Y. Sakaki & S. Hattori: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92, 5605 (1995).,その後,コノトキシンや,サソリ毒やクモ毒などほかの動物毒タンパク質・ペプチドにも見つかり,多様な機能をもつ毒タンパク質の共通の特徴となっていました(17)17) T. Ogawa: Mol. Divers., 10, 511 (2006)..今回の毒蛇ハブのゲノム解読の結果,すべての毒遺伝子が加速進化しているわけではなく,遺伝子重複によって多重化した毒遺伝子に見られることがわかりました.この加速進化は,多様な毒成分を生み出す一つの重要なメカニズムですが,その分子機構はいまだ謎のままです.しかし,今回くわしく染色体が調べられているシマヘビとの比較で,ハブゲノム上の2,649個の遺伝子について座乗する染色体を決定でき,その中で加速進化を示した毒遺伝子群がマイクロ染色体*4マイクロ染色体 ヘビを含む爬虫類や鳥類の染色体はヒトと同様な大型の染色体と小型の染色体(マイクロ染色体)の2種類から成り立っており,大型の染色体をマクロ染色体,小型の染色体をマイクロ染色体と呼びます.ニワトリの研究から,マイクロ染色体は,マクロ染色体に比較して遺伝子に富むこと,GC含有率が高いこと,組み換え率が高いことなどが知られています.に濃縮していることがわかりました.加速進化には,マイクロ染色体の特異なゲノム環境が関与しているかもしれません.