セミナー室

学術的文章作成の基礎論文執筆の支援とライティングセンター

Saho Tateno

舘野 佐保

青山学院大学アカデミックライティングセンター

Published: 2019-05-01

理系と文系,日本語と英語,日本と海外など,国内外での大学作文教育はその規模の違いはあれども,分野や言語,地域により細分化と専門化を遂げてきた.理系論文と文系論文,日本語論文と英語論文,日本での論文と海外での論文,というように分けて捉えているのが普通である.だが,「大学作文教育」と一括りにして俯瞰すると,理系作文教育の改善点にかえって気づかされる.筆者は現在,勤務先の大学で学術的文章作成支援施設「アカデミックライティングセンター」にて専任教員をしながら,学生・大学院生の原稿作成の苦労と日々向き合っている.現場での作文教育の実践に基づき,今回は「日本語での学術的文章の作成や教育」を解説する.

学術的文章とは何か

これまで,日本の学校教育における作文教育では,小学校から中学校,そして高校まで,国語の授業で「日記」や「感想文」のような「生活記述型文章」を書く場合がほとんどである.それに対して大学入学以降は,「授業レポート」や「卒業論文」,学会発表準備の「要旨」,「スライド」など「学術的文章」を書くこととなる.こうした前者の「生活記述型文章」と後者の「学術的文章」の違いは,「学び」の特徴に違いがあるからだ.高校までの知識習得や問題解決は主に「学習」であり,大学以降はそれまでの「学習」に加えて知識の創出や問題の提示など「学問」を志す(1)1) 長尾佳代子・村上昌孝編:“大学1年生のための日本語技法”,ナカニシヤ出版,2015, p. 4..受け身で何かを習う「学習」から,大学の学生時代に長い年月をかけてさまざまな授業課題や論文提出の経験を積み,そしてようやく積極的に問題意識をもち仮の答えを検証していくような「学問」が少しずつできるようになってくる.学問を志す知識や思考力,技能の一つとして,文章を書くときの姿勢も成長していく.

では,学術的文章を作成できるようになるためには,どのような事柄ができなければならないのだろうか.古典的な学術的文章作成の手引きに「理系作文の技術」(2)2) 木下是雄:“理系の作文技術”,中公新書,1981.があり,一読の価値がある.今回は,筆者が過去に実施した日本全国の作文講義やライティングセンターの相談などで受けてきた「よくある質問」を踏まえて,理系と文系という分野の垣根を越えた「学術的文章の基礎」を体系的にまとめ,以下の10項目に記す.

1. 形式(Format)

もっとも初歩的な学術的文章の基礎として形式(フォーマット)がある.大学へ入学してすぐの1年生や2年生は形式に慣れるまで時間がかかる場合も少なくない.まず当たり前と思われるところから確認をし,念の為に日本語と英語,両方の場合を説明する.

①段落スペース

レポートや論文を書くときに段落の最初はスペースを空ける.日本語では一文字分,英語ではタブ(tab)キーを用いて英語の5文字分程度を空ける.小学校で生まれて初めて作文を書いたとき,「原稿用紙で段落の最初は一字分空けて書くこと」と誰もが習っていたが,ソーシャルメディアにてテキストを送り合うことに慣れきってしまうと段落空けのことを忘れがちなケースもある.学術的な文章の相談で段落空けを忘れている原稿の場合には,当たり前と思わずに必ず相談者へ伝えるようにしている.

②文字表記

次に,文字の表記について,文字のフォントサイズや書体を確認する.学術的文章の場合,日本語ではMS明朝,英語ではTimes New RomanやArialが書体として一般的である.フォントサイズの指定は12が多い.タイトルや章の見出しはフォントを大きめにしたり太字やゴシック体の書式にしたりして工夫する場合もある.

③表紙

レポートや論文について原稿を作成する場合は,テキストだけではなく冒頭の表紙ページも早めに準備しておくのが良い.表紙ページでは,タイトル,授業名,学籍番号,名前という執筆者情報を指定の場所に配置する.論文では,表紙ページに指定の表記項目があるから,提出前にはフォーマットの確認が欠かせない.

以上のような原稿でのフォントや章ごとのスペースなどについては,統一感があるかどうか,テキストや図表のレイアウト(配置)に問題はないのかなど,全体を見渡して確認する.

2. 構成(Composition)

学術的文章の全体の基本構成は,「序論・本論・結論」である.実験レポートや科学論文など理系作文における構成では,特に「導入部/背景・実験方法・結果/考察」の項目でできている.投稿論文を出版するような学術ジャーナルでは投稿規定に原稿の構成が指定されている場合もある.執筆時に詳しく調べておく.

①主張・論理展開

構成を意識して全体の文章を設計してみれば,漠然とした思考が言葉になってくる.論理展開の決定とは,論理的思考を視覚化することへとつながる.「原稿で最も伝えたいメッセージ」や「特定の論点を述べる意義」について考える時間ともなるだろう.全体の構成や展開を決定することによって論理の飛躍を防ぎ,筋道を立てられる.それが結果として,科学的で論理的な説明になるから,全体の構成を執筆前や執筆中,さらには提出前にみておく.

②文字数

執筆中に全体の構成を見直してみて,もし文字数が足りなければ,強引に言葉を増やすよりも論点を改めて確認してみる.加筆が必要なのは,どの場所なのかを見極めることができるだろう.たとえば,論文導入部では,先行研究の説明方法や専門用語の定義.実験手法や結果の詳細,考察の論点などを点検してみる.1カ所を突き詰めて考えるだけではなく,原稿全体のバランスを眺めることができたならば,説明の足りない箇所を見つけ出せるだろう.

③加筆箇所

よく加筆の必要な箇所として導入部と結論部がある.導入部は,よりわかりやすく言葉を添える.結論部は,結果からわかることを明確に述べるようにする.この2点に気をつける.大切なのは,一回目に書き上げる原稿だけですべてを完成させるつもりにならないことである.暫定案(Tentative)という向き合い方で構わないから,タイトルや語彙を仮決定して言葉を綴って書き進める.そうしてから全体を書き上げた後に初めて,時間が許す限りタイトルなどを繰り返し再検討する.

3. 章立て(Table of contents)

学術的文章作成における論理展開の工夫は「小見し」にある.全体の構成が決まったら,それぞれの項目について番号やアルファベットなどで内容をさらに詳細に分けてみる.内容を分岐させてみることで,読者に論点を伝えやすくなるほか,執筆者自身も小分けにした箇所を指針として,少しずつ書ける箇所から書き進められるようにできる.面白い本の目次がそうであるように,レポートや論文の章立ても書き手自身の思考の形跡が読み手へ伝わるべきである.学術的文章作成時には難解な専門知識の説明をするため,なるべくわかりやすい章立てとなるようキーワードを選び,工夫する.

4. 文体(Style)

上述の形式や構成・章立てに加え,学術的な文章らしさとは「文体」にある.学術的な文体を理解する必要があるだろう.日常生活では,話し言葉の「だよ」や口語体で丁寧な「です・ます」を用いることが多い.文体としては「だ・である」の使用が学術的文章としてふさわしい.

また,英語の基本としてはなるべく「I, We, You」は頻用しないこととなっており,同様に日本語の学術的文章においても,「私は,私達は,あなたは」という代名詞は多用しない.そして学術的文章らしさのためには,主語の選び方には気をつける.科学論文では物質名や反応名,概念のようなものをもってくる場合が多い.たとえば「People」,「人々は」のような一般的な語彙よりも,なるべく具体的な名詞を中心にして文章を作成すれば,内容が単なる一般論ではなくしっかりと具体的になり,学術的・専門的にも価値づけがしやすくなる.

5. 客観的記述(Objectivity)

書き手の視点について「主観」と「客観」の違いに意識して書くことも大切である.「気持ち」や「感想」を書く「日記」や「読書感想文」は主観的で良いが,他方で「学術的な思考」や「科学的な見解」を表現する場合は,客観的な記述が書き手に求められる.主張の客観的な根拠として,実験データや先行研究論文について,論理的に筋道を立てて展開していく記述形式を心がける.

6. 正しい日本語(Accuracy)

理系の学生や大学院生の日本語作文で特に苦労の形跡がみえる箇所を次のとおり挙げる.

①主語と述語の関係

専門用語を論理的に説明しようとすると,母国語の日本語の文章であるにもかかわらず,文章の組み立てがスムーズにできなくなってしまうことがある.その場合,一文ですべてを説明しようとせずに,一つひとつの文章における情報量を減らすことで,読みやすい学術的文章へと推敲できるかもしれない.複数の文章となっても良いのでシンプルな日本語で順序良く説明が書けるようにする.

②音読

正しい日本語とするためには,「音読による推敲」が効果的である.助詞「てにをは」の適切な使用はもちろんのこと,文末を「だ・である」のいずれを用いるか選択していくことにより,良い文章リズムが生じる.また,漢字の変換ミスに気付ける.ほかにも,音読をしながら「文章の長さ」も整え,短すぎず長過ぎず適切な長さにする.

以上のような「主語と述語」,音読による「文末のリズム」や「一文の長さ」の調整という注意事項に注意するなら,明快な日本語文へと改訂作業ができるだろう.さらに厳密で丁寧な日本語の校正力が必要な場合には,プロの出版業界にて編集者が使用している手引書「校正記号の使い方」(3)3) 日本エディタースクール:“校正記号の使い方 第2版”,日本エディタースクール出版部,1999.を使用すれば安心である.

7. 推敲(Revision)

推敲することにより,自身の原稿を冷静に注視しながら納得のいく内容に仕上げられるようになる.以下を参考にしてもらいたい.

①規定サンプル

推敲の第一歩は目標設定にある.準備しているのが授業課題への提出物であれば,まずは課題を理解する.学内提出論文であれば,研究室やゼミでの先輩が書いた論文をサンプルとして参考にする.投稿論文であれば,出版予定の学術専門雑誌を調べて投稿規定を読む.サンプルと自身の原稿を比較しながら隅々まで確認し,課題や規定の枠組みで書けているか,何を目的に書いているのか,よく確認して加筆修正をすること.

②バランス

ほかにも推敲時には気をつけるべきことがある.論文の構成項目それぞれを総合的に見て,バランスを計ることも大切だ.足りない部分や多すぎる部分があれば調整する.サブタイトルの付け方や数がふさわしいかどうかもみる.

このように,推敲で大切なのは原稿に目を通すときの「基準」を自身で設けてみることである.基準は「内容のわかりやすさ」や「論理展開の明確さ」,「文章の正確さ」など,気を付けるべき事柄を自身で挙げてみることによって検討する.違った基準によって複数回読み直せば,違った角度で推敲ができる.また,周囲の誰かに読んでもらい率直な意見をもらうことや,時間を置いてから繰り返し読み直して大幅な改訂が必要な時もあり,時間がかかる.だがそれでも諦めなければいつか必ず完成する.

8. 文献の引用(References)

参考文献は,原稿の末尾にリストとして追加する.

①形式

専門分野や研究室,投稿先のジャーナルなど,それぞれの原稿で文献リストのフォーマットは違っている.授業課題や投稿規定などで文献リストの形式を確認して,指定に則しているよう注意する.

②文献の質

文献リスト作成は,学術的な意義があることを忘れてはならない.英語の諺に「あなたの食べ物があなたの体を作る(You are what you eat)」とあるのを応用させて「あなたの引用している文献があなたの論文のほどをなす(You are what you cite)」と提示した論考が発表されており,興味深い.特に卒業論文・修士論文・博士論文や学術ジャーナルへの投稿論文作成時には,掲載する引用文献の内容によって,執筆者が専門分野の必須文献を踏まえて論文を書けているか評価されるものである.文献リストに掲載している先行研究論文について,適切な量と質をそろえる.

③文献の量

ときどき質問を受けるが,文献リストに掲載するのは本文中で引用した文献のみである.執筆準備で読んだ本をすべてリストへ明記するわけではない.本文中での引用表記も課題や規定の指定を確認する.番号付けをしてリストに明示する場合のほかにも,著者名と文献出版年を本文で引用時に明記するというスタイルもある.注釈を付ける場合も含めて原稿全体を見直し,整合性をもってそろっているか確認すること.

9. 図表(Figures & Tables)

図表については,表題が具体的で適切かどうかを検討する.また単位やエラーバーなど一つひとつの表示が適切かどうか見る.文献やインターネット上の写真を掲載する場合は転載許可を得なければならないこともある.実験データと同様,知的財産であるから著作権に配慮する.画像の掲載にまつわる諸注意については連載内でほかの号の記事にて改めて解説予定である.

10. アカデミックマナー

指導してくださる先生と執筆者との良いコミュニケーションは,授業や研究室の教育現場で非常に重要である.質問や提出物などでメールを送るときには,「件名,宛名,本文,送信者名と所属」を礼儀正しく記載する.SNSのLINEにより論文指導をされる先生も昨今では少なくないが,先生や先輩,お世話になっている大学職員の方などへは,どの通信ツールを使用するにしてもまず敬語を使用しておくと安心である.一方で英語での学術コミュニケーションは,指導教員と学生が苗字ではなく名前で呼び合うのが常識的であるから,「郷に入っては郷に従え」の流儀で良いアカデミックマナーの実践を心がける.

以上については,実験データをまとめた後に論文を書く準備として,誰もが確認しておくと良い.論文執筆で行き詰まっていることがあれば,拠り所としてもらいたい.さらには作文教育や論文指導を担当する教員にとっても,学術的文章作成に格闘中の教え子へ向けてコミュニケーションを取る際の鍵となるかもしれない.いずれにせよ,漠然としたアイデアから構想を練り,論文のストーリーを考案し,書き上げるまでには根気が必要である.学術的文章を定期的に作成し続けられるように何らかの動機付けや習慣化への工夫も忘れてはならない.

理系作文を誰が教えるべきか

日本での理系作文にまつわる講義やプログラムは,まだ少ない.全国の大学研究機関や学会年会において,ライティングをテーマとした短期集中講座やセミナーは頻繁に開催されており,筆者も講師として各地へ伺ってきた.だが,訪れる先々で教員の先生から「理系学部での大学入学から卒業までの期間で,学生や大学院生がレポートや論文の執筆に費やす時間は少ない」という声を耳にする.では,現状を踏まえつつ,今後の理系作文教育への期待を述べる.

1. 学習技術・専門基礎・教養

現在,「作文トレーニング」は研究活動の一部として,研究室内でほとんどを教員が担っている.発表前の論文原稿には守秘義務もあり,時には特許申請手続きなどもある.研究データは取り扱いに細心の注意をしておくに越したことはない.論文の英文校閲として,プロのネイティブチェックを依頼するケースが多く見受けられるが,研究室の外部に原稿作成支援の依頼をするケースはたいへん少ない.

だが,少し違った角度から捉えてみることもできるのかもしれない.大学作文教育学によると,作文能力とは学生にとって3つの意義がある(4)4) 井下千以子:“大学における書く力考える力”,東信堂,2008.

  • ①学習技術として
    • 授業や研究活動において,ノートの記入や提出物の準備に必要な作文技術がある.大学へ入学したばかりの1年生や2年生が「大学初年次教育」の一部として学ぶのをはじめ,学習技術の基礎として作文教育が位置づけられている.
  • ②専門基礎として
    • 学生が研究室に配属となってから,専門分野を学び実験を進め,そして結果を発表するときに求められる作文技術である.専門分野や研究室によってノートの取り方や原稿での引用文献の示し方,ゼミでのフォーマットなどは違っている.所属先で教員や先輩から一つひとつ指導を受ける論文の書き方などのこと.
  • ③教養として
    • 授業の評定や研究活動の成果発表を目的とするのではなく,より広い視野で生涯学習として身につける作文技能のこと.メールや手紙の書き方など,「ある特定の作文技能が身についている」,「しっかりと文章を書く素養が身についている」,という事実が,書き手をより魅力的に心豊かな人材として育む.

これら3つの意義は,文系の教育学的視座により主に大学全体の作文教育を述べたものであるが,理系の作文教育プログラムを考えるうえでも役に立つのではないだろうか.

研究室では②専門基礎としての作文教育が中心となる.逆説的に,研究室所属の学生は,大学キャンパスのほかの授業やライティングセンターのような支援施設での教育プログラムでも①学習技術や③教養としての作文教育を受けられると,総合的に「①学習技術,②専門基礎,③教養」の作文能力を向上できるようになり,望ましい.

2. ライティングセンターの役割

日本の理系学部で実施可能な作文教育の可能性について述べてきた.次に,大学研究機関におけるライティング支援組織「ライティングセンター」について,概要を述べる.

①アカデミックリテラシーの育成

ライティングセンターとは,学生の授業課題レポート作成や論文執筆の支援をし,アカデミックリテラシーを高め「自立して書き上げる力」を育む場所である.具体的には,授業で教員から出された課題の理解やレポート作成にまつわる準備,文章の論理展開にまつわるアドバイス,提出前の推敲などの相談を学生から受け付けている.

②個別にサポートをする

現在,国内外で普及しているライティングセンターについて,その多くが「個別相談」の形式で学生の作文サポートを行っている.キャンパス内にあるほかの教育支援施設と同様で開室時間があり,予約制となっている.たとえ大勢で受講している講義のレポートでも,学生それぞれに得手不得手がある.個別相談で対応することにより,一人ひとりが原稿の具体的な個所について問題点を相談し,解決の糸口を掴むための支援が受けられる.なお,守秘義務を徹底しプライバシーや知的財産の管理について慎重にとりあつかう.

③指導ではなく支援をする

個別相談時に気を付けるべきことがある.それは,授業担当教員や研究室の教授が学生を「指導する」のに対して,ライティングセンターの役割としては「支援する」ことにとどめることだ.学生が持参してきた執筆物は知的財産であるうえ,ライティングセンターのスタッフはあくまでも作文サポートを専門としている.授業や研究の中身には立ち入らず,提出先の指定に沿うような執筆物の完成を支援することのみに徹する.あくまでも授業での課題を仕上げることや研究室における研究活動の一部である原稿について「ブラッシュアップの支援」が業務となるのである.

このように,教員による「作文指導」とライティングセンターでの「作文支援」の2つを厳密に線引きすることにより,相談者の学生が授業・研究室という指導を受ける場所とライティングセンターという支援を受ける場所を行き来しやすくなる.双方の板挟みも未然に防止できる.最終的に原稿執筆をどう書き上げるかは,たとえライティングセンターの相談後であっても学生の判断に任せておく.指導教員による指導を常に気にかけてライティングセンターの支援を実施しするのはもちろんのこと,学生の考えを尊重することが原則である.個別相談一回ごとの声がけや対応も,そのような姿勢でコミュニケーションを続けることで,結果,教員からの信頼も得やすくなる.

④相談窓口は大学院生のチューター

ライティングセンターにおける相談の対応は,主に大学院生がチューター役として担当している.新任チューターは数カ月間に渡り研修を受けることとなっており,研修の時間内に個別相談における作文支援の方法や学術的文章作成の基礎について学ぶ.大学院生チューターによるライティングセンターでの個別作文支援を英語では“Tutoring”と呼び,国内外でライティングセンターのチュータリング教育は教育学や言語学などの視座から研究が20世紀後半から進められている(5)5) R. L. Graves: “Rhetoric and composition: a sourcebook for teachers and writers,” 1984..教員よりも近い立場の大学院生が相談窓口となることで,学生はより親近感を得ながら作文の悩みをうちあけられる.相談への対応については,研修で培った学術的文章の基礎知識や教え方の技能に基づき,現場を監督している専任教員と事前打ち合わせのうえで行う.

⑤作文添削や英文校閲以外を重要視

ライティングセンターの役割について「学術的文章作成の支援」と耳にすると,小学校から高校までの通信添削で有名な「作文添削の赤ペン先生」をイメージする場合が多いかもしれない.だが,現在のライティングセンターとして国内外の組織では「添削や校閲を主な支援内容とはしない」という立場が主流である(6)6) 佐渡島沙織,坂本麻裕子,大野真澄:“レポート・論文をさらによくする「書き直し」ガイド”,大修館書店,2015..もちろん文法や語彙表現のより正確な文章に仕上げるための相談があれば対応しているが,ライティングセンターでは添削を受けるような「完成原稿」よりも以前の,「第一稿を書き切る」までの作業でさえも支援対象として,学生の学術的思考プロセスが言葉となって形になるよう手助けしている.受け身に文章を直してもらうのではなく,学生が自身の原稿で何かしらの気づきを得て「主体的に自ら書ける力」を養う経験へと結びつく.

以上,ライティングセンターの概要を述べた.さらに詳しく興味のある方は日本ライティングセンター協会ウエブサイト(7)7) Writing Center Association of Japan: “Writing center resources,” 2019. https://sites.google.com/site/wcajapan/writing-center-resourcesなどが参考になる.

理系作文教育には上述のとおりさまざまな側面があり,研究室での論文指導以外で学生が作文能力を養えるような教育環境がますます検討されるべきであろう.授業や支援施設など,学内で「作文トレーニングの仕組み」を導入することによって,論文指導時の教員負担を削減できる可能性もある.ライティングセンターを含め,現場での「作文教育の取り組みと効果」を把握・分析し,大学における作文支援体制のさらなる検討・整備が課題である.

まとめ

日本の研究コミュニティから出版される論文数が減少し,学術研究の国際的競争力が課題となっている.昨今の論文捏造事件をはじめとする研究不正問題もきっかけとなり理系作文教育の必要性が見直されていることについては,前々回の連載記事ですでに述べたとおりである.本稿では,前半Iで学術的文章作成の基礎を確認し,後半IIで理系学部での主に日本語による作文教育の捉え方や可能性についてのべた.大学での日本語作文教育を①学習技術②専門基礎③教養というさまざまな目的で行い,研究室での論文指導以外の場でどのような作文トレーニングを学生に受けてもらうのが良いのか,さらなる議論が期待される.研究室での論文指導,作文講義,ライティングセンターなど教育現場での取り組みを「理系作文教育」や「大学作文教育」の視点から幅広く見直し,さらなる現状を把握・分析することで,作文教育支援体制をより良いものへと整備していくことができるだろう.日本語教育,英語教育,論文執筆教育,さらには科学技術コミュニケーション教育,研究倫理教育などを総合的・多角的に捉え,大学での理系作文教育プログラムのことを日本でも理論・実践の双方から体系化していく研究も必要かもしれない.

Acknowledgments

本稿執筆にあたり,勤務先にていつも温かい励ましや御指導を賜りました青山学院大学の近藤泰弘教授,諏訪牧子教授に心より感謝申し上げます.

Reference

1) 長尾佳代子・村上昌孝編:“大学1年生のための日本語技法”,ナカニシヤ出版,2015, p. 4.

2) 木下是雄:“理系の作文技術”,中公新書,1981.

3) 日本エディタースクール:“校正記号の使い方 第2版”,日本エディタースクール出版部,1999.

4) 井下千以子:“大学における書く力考える力”,東信堂,2008.

5) R. L. Graves: “Rhetoric and composition: a sourcebook for teachers and writers,” 1984.

6) 佐渡島沙織,坂本麻裕子,大野真澄:“レポート・論文をさらによくする「書き直し」ガイド”,大修館書店,2015.

7) Writing Center Association of Japan: “Writing center resources,” 2019. https://sites.google.com/site/wcajapan/writing-center-resources