Kagaku to Seibutsu 57(5): 311-316 (2019)
セミナー室
環境DNA分析技術の外来種対策への応用印旛沼カミツキガメを例として
Published: 2019-05-01
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
本稿では,環境DNA分析技術の適用例として,近年全国的に問題となっている外来種について,その分布生息状況を環境DNAによってモニタリングする試みについて述べる.外来種の防除では,その分布状況を詳細に調査し,防除結果を対策にフィードバックすることが重要であり,また,防除の効果を評価することも必要となる.その指標の一つとして,捕獲調査よりも簡便でより多数の地点を容易に調査可能な環境DNA分析を適用できないか,という考えから,検出系の検討を進めている.
本稿の調査の舞台は,千葉県北部に位置する印旛沼である.印旛沼は,かつては内海の一部であったが,河川による土砂の堆積などにより湖沼化が進んだと考えられている.江戸時代に入り,治水のために利根川の流れを変える大規模な工事が行われたことで,利根川の氾濫水が印旛沼へ流れ込むようになり,たびたび洪水の被害を受けることとなった.戦後,食糧難と失業対策のため策定された「緊急干拓事業」の一環として印旛沼の干拓が計画され,その後紆余曲折を経て昭和44年にようやく竣工した.これにより,西印旛沼・北印旛沼と,それらをつなぐ水路という,現在の姿となった(図1図1■(A)舟戸大橋から見た西印旛沼(筆者撮影).カミツキガメは岸近くの水深の浅いところや,水田の用水路,支流の川底などに生息している.本稿で使用した試料は,この写真の左手のほう,師戸干拓付近で夏から秋にかけて採取したものである.(B)現在の印旛沼は,戦後の埋め立てによって西印旛沼と北印旛沼に分断され,間を水路がつなぐ形状となった.赤で囲んだ部分は,採水を行った西印旛沼の徹底的排除区.).
干拓前の印旛沼には,多種多様な魚介類が生息し,沼在来の魚類,甲殻類や貝類のほか,利根川を遡上してきた魚や,他所から人為的に移入してきた魚など,非常に多くの種が生息していた.干拓後の沼は,環境変化によって生息種の変化が起こり,加えて,海外からの外来種も繁殖,定着が進んでいる.このようなさまざまな生物種は,漁獲調査によって記録されているが,今回の環境DNA分析によっても現在の生息種の状況が検出されており,外来種対策とは別に,印旛沼の魚類相の変遷を効率良く調査する手段としても環境DNA分析が利用できそうである.
なお,印旛沼の歴史的な変遷や現状については,詳しくはたとえば印旛沼環境基金の報告(1)1) 公益財団法人印旛沼環境基金編:“平成27・28年版 いんば沼白書”,公益財団法人印旛沼環境基金,2016.などを参照されたい.
さて,近年,日本国内のさまざまな地域で,外来種の侵入と定着が問題となっている.このところ頻繁に(センセーショナルに)報道やテレビ番組などで採り上げられることもあり,外来種問題は一般にも比較的関心の高いニュースのようである.外来種とは,一般的には,その地域に元々いなかった生物種が,人間活動に伴って(故意もしくは偶発的に)他地域から移入され,そこに定着,繁殖したものとされている.こういう生物種のなかには,在来の生物種(在来種)と干渉せずに棲み分けるものもいるが,多くは在来種と生息空間やえさなどを競合し,あるいは在来種をえさとして捕食するなど,強く干渉して在来種の存続を脅かすものも少なくない.
そこで国は2005年,「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(以下,外来生物法)を策定し,環境省の管轄の元,規制を行っている.外来生物法では,生態系,人の生命・身体,農林水産業に被害を及ぼす,あるいは及ぼすおそれのある外来種を「特定外来生物」として指定し,防除の対象とする,印旛沼においてもさまざまな外来種がすでに定着していることがわかっており,生態系に少なからぬ影響を与えている.本稿で採り上げるカミツキガメもまた,そのような特定外来生物の一種である.
カミツキガメが印旛沼水系に定着した経緯については,詳細は不明なようであるが,おそらくペットの飼育放棄などで放逐された個体が定着,繁殖したものと考えられている.1978年の発見が最初とされ,1990年代後半以降,頻繁に目撃されるようになった.外来生物法により,2005年にカミツキガメが特定外来生物に指定されたことから,対策を行う主体である千葉県は,2007年に防除実施計画を策定し,本格的に防除事業を開始した.しかし,捕獲頭数は増加しつづけ,2015年に行った生息数の推定調査では,約16,000頭が生息しているとされた.増減予測の結果,今後,個体数を減少させるには,年間1,250頭以上のメスを捕獲することが必要とされた.こういった推定結果と,それまでの実績を踏まえ,千葉県では,防除方法や体制を全面的に見直し,2017年に防除計画の改定を行って,対策強化に乗り出している(2)2) 千葉県:“千葉県に於けるカミツキガメ防除実施計画書”,千葉県,2007年策定,2017年改定..なお,印旛沼は,全国的に見ると突出してカミツキガメ生息数が多く,生息密度も非常に高い.一方,現状では,他地域でのカミツキガメ発見事例は単発のケースがほとんどのようである.
現在の防除事業では,カミツキガメ捕獲結果などを元に分布状況を推定している.しかし,分布密度の低い地域では捕獲や発見の頻度も低下するため,在不在の確認が難しくなる.また,防除が進んで根絶に近づいた場合,そのような分布密度の低い状況での調査となるため,在不在状況のモニタリングが困難となり,さらには根絶確認の方法も問題となる.ここでもし,沼の水に含まれる環境DNAを分析することによりカミツキガメを検出できれば,カミツキガメを捕獲せずとも,水を調べることで在不在の確認ができるはずである.また,基本的に採水のみで捕獲を伴わないことから,広範囲にわたっての調査も比較的容易となる.そこで,環境DNAによるカミツキガメのモニタリングが可能かについての検討を進めることとした.
環境DNAとは,生物が環境中に放出した粘液や組織片,糞などに含まれるDNAのことで,これを採取,分析することで,採取した場所にいた生物種やその数などを推定できる(3)3) G. F. Ficetola, C. Miaud, F. Pompanon & P. Taberlet: Biol. Lett., 4, 423 (2008)..われわれはまず,西印旛沼の徹底的排除区(2)2) 千葉県:“千葉県に於けるカミツキガメ防除実施計画書”,千葉県,2007年策定,2017年改定.から水を採取し,環境DNAの抽出を試みた.ここでは,今後多数の試料を処理していくであろうことを念頭に,特別な装備の要らない簡便さにこだわって,宮らの開発したステリベクスフィルターによる採取法(4)4) M. Miya, T. Minamoto, H. Yamanaka, S. Oka, K. Sato, S. Yamamoto, T. Sado & H. Doi: J. Vis. Exp., 117, e54741 (2016).を採用した(図2図2■(A)印旛沼の低地排水路での採水の様子.カミツキガメは,水深の浅い用水路や,沼の岸近くに生息するので,水底の泥などを巻き込まないよう,バケツよりはむしろ柄の長い柄杓などで採水するほうが実用的である.(B)水の濾過に用いるステリベクスフィルター.シリンジを接続して人力でフィルターする.).採取した水を実験室に持ち帰り処理する方法は,設備的には大量の水を処理可能だが,移送に伴うリスクが大きく,採取した水の保管状態のコントロールも難しい.また,劣化進行をできる限り押さえるため処理自体も迅速さが要求されるため,多検体を想定した運用にはあまり適さないであろう.ただし,沼の水は川や海の水よりも濁りが強いため,ステリベクス法ではフィルターのつまりが生じて試料採取が困難となる可能性がある.実際,われわれが何カ所かの地点で採取した沼の水では,多くても500 mL程度,水の状態が悪いと100 mLに満たない水量でフィルターが詰まってしまい,処理の限界に達した.海の水では1 L程度は十分処理できるのと比べるとずいぶん少ないが,印旛沼の調査では,結果的にこの量でも十分な生物種が検出でき,実用上は問題ないことがわかった.このようにして,ステリベクスフィルターを用いて現地で採取した試料を実験室に持ち帰り,後日,残渣からの環境DNA抽出を行った(4)4) M. Miya, T. Minamoto, H. Yamanaka, S. Oka, K. Sato, S. Yamamoto, T. Sado & H. Doi: J. Vis. Exp., 117, e54741 (2016)..
次に,得られた環境DNAからカミツキガメが検出されるかを検討した.特定のターゲット生物種がある場合には,その生物種に特異的なプライマーセットを用いたPCRを検討し,検出のパフォーマンスを調べるのが通常である.一方,筆者らは,海水での魚類相調査で環境DNAメタバーコーディング法の経験があり,この方法でもカミツキガメが検出可能であろうと考えた.そこで,カミツキガメ特異的プライマー開発にかける時間などを考慮し,まずは環境DNAメタバーコーディング法を適用して,検出の可能性を検討することとした.
環境DNAメタバーコーディング法では,多種の生物間で保存性の高い領域に挟まれた種特異的配列領域をターゲットとして設定する.そして,保存性の高い領域に設計されたプライマーセットを用いて,環境DNAを鋳型にPCRを行う.このPCRで増幅された断片の内部配列を網羅的に分析すれば,生息する生物種が網羅的に推定できる(図3図3■メタバーコーディング法による分析の流れ).魚類の場合,MiFishプライマーセットによってMiFish領域をPCR増幅し解析することで,環境DNAを採取した地域に生息する魚類を網羅的に検出可能である.われわれは,これまでの分析例から,カメ類もまた,頻度は低いがMiFishプライマーセットによって検出できることを確認していた.そこで,プライマー配列をうまく最適化すれば,カメ類を感度良く検出可能なのではないか,との考えの元,公共データベースに登録された各種カメの当該部分の配列を検討した.その結果,MiFishプライマー配列の一部を改変することで,広く淡水産カメ類に特異性の高い配列となることがわかった.この配列を利用すれば,魚類由来環境DNAからの増幅を押さえ,カメ類由来環境DNAを特異的に,あるいは優先的に増幅し,検出可能であろう.このようにして,新たなプライマーセットMiTurtleを設計し,効果を検討することとした(5)5) 山川 央,横山 覚,浅見結貴,柴田大輔:“特定外来生物カミツキガメの環境DNAによる検出の試み”,ConBio2017, 2017..加えて,同一の試料に対して,従来のMiFishプライマーセットによる分析も行い,検出される生物種を比較検討した.分析法はMiyaら(6)6) M. Miya, Y. Sato, T. Fukunaga, T. Sado, J. Y. Poulsen, K. Sato, T. Minamoto, S. Yamamoto, H. Yamanaka, H. Araki et al.: R. Soc. Open Sci., 2, 150088 (2015).の方法に従い,調製した環境DNAからMiFish領域をPCRによって増幅し,イルミナ社の次世代シーケンサー(以下NGSと表記)であるMiSeqを用いた分析を行った.なお,カメを検出するのにどのくらいのリード数を取得すれば十分なのか不明だったこともあり,まずはできる限りのリード数を確保し検討を行った.