Kagaku to Seibutsu 57(6): 328-330 (2019)
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樹木の1年を半年で~落葉木本植物におけるリン転流の研究~実験室内で樹木の四季応答を再現する
Published: 2019-06-01
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
樹木などの多年生植物は,四季の変化に適切に応答し,数年~数千年に及ぶ長い年月を生き抜く仕組みを備えている.温帯や亜寒帯の落葉木本植物は,日長や温度の変化から四季変化を予測し,暖かい季節には枝葉の栄養成長を行い,寒い冬の到来に先駆けて葉を落とし,休眠することで外部環境の変化に適応している.近年,ポプラなどのモデル樹木の遺伝情報の充実に伴って精力的に研究が進められ,茎頂の成長–休眠サイクルの制御機構については徐々に明らかになりつつある(1)1) J. P. Maurya & R. P. Bhalerao: Ann. Bot. (Lond.), 120, 351 (2017)..しかしこれら樹木の季節的な現象の研究は,1年に一度しか調査できず,野外の年ごとの環境変化に影響されるため再現性を得ることが難しいという問題もあり,まだ未解明な部分が多い.そこで筆者らは,樹木の季節的な現象を短期間でより簡便に研究するために,実験室内においてポプラの黄葉・落葉・休眠・開芽を導く系の確立を試みた.
1年を「成長期(春夏)」「順化期(秋)」「落葉・休眠期(冬)」の3段階に分けて温度と日長を設定し,挿し木したポプラを培養することで黄葉・落葉・休眠が再現された.その後再び成長期(春夏)条件で培養すると開芽し,樹高20~40 cmのポプラ幼木を用いて,1年を約5カ月で再現することが可能になった(2)2) Y. Kurita, K. Baba, M. Ohnishi, A. Anegawa, C. Shichijo, K. Kosuge, H. Fukaki & T. Mimura: J. Plant Res., 127, 545 (2014).(図1図1■ポプラの1年を短期間に再現する実験室内系の確立).この系のさらなる利点は,研究室内に各期の培養庫を用意すれば,野外の季節にかかわらず,いつでも1年のどの季節の樹木でも準備できることである.筆者らは野外とこの短縮周年系(“shortened annual cycle system”)を用いて,樹木個体内の季節的なリン転流の解析を行った.
リン(P)は窒素・カリウムと並ぶ植物の多量必須栄養素の一つであるが,多くの耕作地では植物が利用可能なリン(無機態リン)が不足している(3)3) D. L. López-Arredondo, M. A. Leyva-González, S. I. González-Morales, J. López-Bucio & L. Herrera-Estrella: Annu. Rev. Plant Biol., 65, 95 (2014)..そのため作物生産にはリン肥料の施肥が欠かせないが,その主な原料であるリン鉱石は将来的な枯渇が問題視されている.対応策の一つとして,外部からのリン施肥のみに頼るのではなく,植物自身がもつ栄養素の利用機構の解明とその効率化が求められる.植物は吸収した栄養素を個体内で循環させ再分配することで,必要な器官や組織で効率的に利用できる仕組みをもっており,この栄養素のリサイクルを『転流』と言う.
一年性草本植物では個体が得たリンは最終的に種子へ転流され,貯蔵分子であるフィチン酸(イノシトール6リン酸:IP6)として次世代に受け渡される.一方で多年性落葉木本植物では,春夏の成長期に分配された葉の栄養素を落葉前に回収することが古くから知られていたが(4)4) F. S. Chapin III & R. A. Kedrowski: Ecology, 64, 376 (1983).,回収後にどのように貯蔵・再利用されるのかは不明であった.筆者らは野外・実験室内のポプラを用いて継時的なリン酸化合物の測定などを行い,冬の間,枝などの多年性組織において,種子と同様にリンがフィチン酸として柔細胞液胞内に貯蔵されることを明らかにした(5)5) Y. Kurita, K. Baba, M. Ohnishi, R. Matsubara, K. Kosuge, A. Anegawa, C. Shichijo, K. Ishizaki, Y. Kaneko, M. Hayashi et al.: Plant Cell Physiol., 58, 1477 (2017).(図2図2■ポプラにおける季節的なリン循環).どのようにして種子と冬期の枝という異なる組織,生活史上の異なるタイミングで同様のリン貯蔵様式が用いられるようになったのか,またその機能獲得が樹木の長寿性にどのように貢献しているのかは,興味深い今後の課題である.本誌にて岡山大学の坂本亘教授らが紹介されたオルガネラDNA分解に働くDPD1(6)6) T. Takami, N. Ohnishi, Y. Kurita, S. Iwamura, M. Ohnishi, M. Kusaba, T. Mimura & W. Sakamoto: Nat. Plants, 4, 1044 (2018).のように,草本と樹木の共通した分子メカニズムの応用的な制御・利用が四季への適応と多年生の獲得につながるのかもしれない.
本稿で紹介した短縮周年系(“shortened annual cycle system”)は,野外での長期間の調査が必要であった樹木の季節応答現象を実験室内で短期に,再現性良く解析することを可能にした.本実験系はリン代謝・転流について以外にも,周年的な材の形成の解析にも用いられ始めている(7)7) K. Baba, Y. Kurita & T. Mimura: J. Wood Sci., 64, 1 (2018)..今後は,これまで解析が困難であったさまざまな樹木の季節応答現象についても,野外・実験室内双方から研究を進めることで,さらなる知見を得て,樹木学分野の発展につながることが期待される.