Kagaku to Seibutsu 57(6): 331-333 (2019)
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ジベレリン受容体GID1の分子進化受容システムの最適化と双子葉類における多様化
Published: 2019-06-01
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
植物ホルモンであるジベレリン(GA)は植物の伸長成長や発芽,花芽の形成などの多くの生理現象にかかわる化学物質である.1926年にイネばか苗病菌によるイネの異常な伸長を引き起こす原因物質として発見され,1935年に単離,命名された.その後,植物自身もGAを合成することがわかり,植物ホルモンとして認識されるようになった.これまでに130種類以上の誘導体が知られているが,生理活性をもつものはGA4やGA1,GA3など数種に限られる(図1図1■主なGAの化学構造).2005年にその受容体であるGID1(GIBBERELLIN INSENSITIVE DWARF1)がイネで発見され,GID1がGAを核内で受容し,GAシグナル伝達の抑制因子であるDELLAタンパク質を分解することがGA受容の分子実体であることがわかった.ついで2008年にX線結晶構造解析によりGID1の立体構造が明らかになった.興味深いことに,その構造は微生物から動植物まで広く存在する脂質分解酵素の1種であるカルボキシルエステラーゼ(carboxylesterase; CXE)に非常によく似ていた一方で,CXEの酵素活性を担う活性残基の一つが置換されており,酵素活性は失われていた(1, 2)1) 上口(田中)美弥子,芦苅基行,中島正敏,松岡 信:蛋白質・核酸・酵素,51, 2313(2006).2) 加藤博章,佐藤友美,上口(田中)美弥子:日本結晶学会誌,52, 31(2010)..このことから,植物ホルモンの核内受容体であるGID1が酵素からどのように生まれ,そして植物でどのように利用されてきたのかという問いは広く研究者の興味を集めてきた.
GID1の誕生時期について調べる目的で,種子植物より原始的な植物であるコケ植物,シダ植物においてGID1の探索が試みられた.その結果,GAを受容できるGID1はコケ植物であるヒメツリガネゴケやゼニゴケには存在せず,一方で原始的なシダ植物(小葉シダ類)に分類されるイヌカタヒバにはGID1の存在が確認された(3~5).また,筆者らはヒメツリガネゴケ,イヌカタヒバ,イネ,シロイヌナズナのGID1を含むCXEファミリーの分子系統解析を行い,GID1がCXEファミリーの特定のクレード中に含まれることを示した(6)6) H. Yoshida, E. Tanimoto, T. Hirai, Y. Miyanoiri, R. Mitani, M. Kawamura, M. Takeda, S. Takehara, K. Hirano, M. Kainosho et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, E7844 (2018)..以上のことから,GID1はコケ植物からシダ植物へと進化する際に,特定のCXEファミリーから誕生したことが明らかとされた.
前述のように,小葉シダ類であるイヌカタヒバのGID1(SmGID1)はGA受容体としてGAと結合できることが明らかにされたが,その結合の様式は種子植物と異なっており,SmGID1はイネのGID1(OsGID1)に比べ,活性型とされるGA4との結合能が比較的低く,また不活性型GA(GA9, GA34;図1図1■主なGAの化学構造)と比較的強く結合することがわかった(3)3) K. Hirano, M. Nakajima, K. Asano, T. Nishiyama, H. Sakakibara, M. Kojima, E. Katoh, H. Xiang, T. Tanahashi, M. Hasebe et al.: Plant Cell, 19, 3058 (2007)..筆者らは進化の過程でどのようにGAとの結合能を変化させてきたのかを調べる目的で,GAの活性を決めているC2位とC3位の水酸基を認識するOsGID1のアミノ酸をSmGID1のものに置換した改変型OsGID1を発現させたイネを作出し,本来は応答しないGA9およびGA34に応答できるようになったことを確認した.さらに興味深いことに,C13位が水酸化されている活性型GA(GA1, GA3;図1図1■主なGAの化学構造)はSmGID1には受容されず,このC13位の認識に物理的には離れているC2, C3位の認識にかかわるアミノ酸が関与していることが改変型OsGID1を使った結合解析およびNMR解析により明らかになった(6)6) H. Yoshida, E. Tanimoto, T. Hirai, Y. Miyanoiri, R. Mitani, M. Kawamura, M. Takeda, S. Takehara, K. Hirano, M. Kainosho et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, E7844 (2018)..以上の結果より,シダ植物から種子植物への進化の過程で,GAを受容する結合ポケットを構成するアミノ酸のいくつかを最適化することで,結合するリガンドへの選択性および結合能をより高めるように進化してきたことがわかった(図2図2■植物の進化におけるGA受容体GID1の誕生と進化).
GID1はコケ植物から原始的なシダ植物である小葉シダ類が進化してきたときに,脂質分解酵素の1種であるカルボキシルエステラーゼ(CXE)から誕生した.小葉シダ類から大葉シダ類へと進化する際にGID1の受容ポケットを構成するいくつかのアミノ酸が置き換わったことで特定の種類のGAのみと強く相互作用するようになり,さらにC13位に水酸基をもつGAも受容できるようになった.そして,真正双子葉類はGID1を2種類もち,片方を主に地上部,もう片方を地下部の成長制御に利用するようになり,またいくつかの種ではB型GID1の感受性を高めることで,より柔軟な生長制御が可能になったと考えられる.
さらに網羅的にGID1の進化について考察する目的で,小葉シダ類から被子植物までの66種の植物種がもつ169個のGID1遺伝子の配列情報を用いて分子系統解析を行った(6)6) H. Yoshida, E. Tanimoto, T. Hirai, Y. Miyanoiri, R. Mitani, M. Kawamura, M. Takeda, S. Takehara, K. Hirano, M. Kainosho et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, E7844 (2018)..その結果,小葉シダ類から単子葉類までは基本的に1種につき1種類のGID1しかもたないのに対し,真正双子葉類ではほとんどの種が2種類のGID1をもっていることが明らかとなり,それぞれA, B型と名づけた.真正双子葉類に分類されるシロイヌナズナやダイズ,レタスを使った分子生理学的解析から,真正双子葉類はB型GID1を主に根の伸長にかかわるGID1として利用しており,さらにいくつかのB型GID1はA型に比べて高いGA結合能をもっていることがわかった.そして,シロイヌナズナのA型またはB型GID1を欠損した変異体にGA合成阻害剤を処理すると,胚軸に関しては共に野生型と差がないのに対し,根に関してはB型GID1を欠損した変異体は明らかにGA合成阻害剤に高感受であり,また低温処理による根の伸長阻害もB型を欠損した変異体ではより顕著になった(6)6) H. Yoshida, E. Tanimoto, T. Hirai, Y. Miyanoiri, R. Mitani, M. Kawamura, M. Takeda, S. Takehara, K. Hirano, M. Kainosho et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, E7844 (2018)..このような真正双子葉類におけるGA受容体の多様化・機能分化は,たとえば冬の低温環境において地上部は伸長させない一方で地下部は伸長させるというような柔軟な成長調節に寄与しているのではないかと考えられる(図2図2■植物の進化におけるGA受容体GID1の誕生と進化).
これまでの研究によりGID1が,コケ植物からシダ植物への進化の過程でCXEから誕生し,その後の進化の過程でより選択性および結合能を高め,真正双子葉類において機能を分化させた2種類のGID1を保持するようになった,というGID1の進化の大枠が明らかになった(図2図2■植物の進化におけるGA受容体GID1の誕生と進化).しかしながら,小葉シダ植物のGID1がGA9やGA34を比較的許容できる生理学的意義や,被子植物においてB型GID1のみしかもたない種の存在など興味深い不明な点も多く残されており,今後のさらなる研究が待たれる.
これまでに植物ホルモンとして認識されている化学物質は10種類程度あるが,植物の進化の過程においてそれぞれが植物ホルモンとして活用されるようになった時期はまちまちである(7, 8)7) C. Wang, Y. Liu, S. S. Li & G. Z. Han: Plant Physiol., 167, 872 (2015).8) J. L. Bowman, L. N. Briginshaw, T. J. Fisher & E. Flores-Sandoval: Curr. Opin. Plant Biol., 16, 64 (2018)..本稿で紹介したGA以外の植物ホルモンについてもそれぞれの受容体の分子進化についての研究が,日々増え続ける多種多様な植物種のゲノム情報の追い風を受け,世界中の研究者によって進められており,特定の限られた化学物質を植物がどのように取捨選択し,利活用して現在のように繁栄してきたのかが明らかになりつつある.
Reference
1) 上口(田中)美弥子,芦苅基行,中島正敏,松岡 信:蛋白質・核酸・酵素,51, 2313(2006).
2) 加藤博章,佐藤友美,上口(田中)美弥子:日本結晶学会誌,52, 31(2010).
4) Y. Yasumura, M. Crumpton-Taylor, S. Fuentes & N. P. Harberd: Curr. Biol., 17, 1225 (2007).
7) C. Wang, Y. Liu, S. S. Li & G. Z. Han: Plant Physiol., 167, 872 (2015).
8) J. L. Bowman, L. N. Briginshaw, T. J. Fisher & E. Flores-Sandoval: Curr. Opin. Plant Biol., 16, 64 (2018).