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2つの酵母研究から見えてきた「セラミドリモデラーゼ」の生理的役割cwh43遺伝子は太りやすさを決める?

Norihiko Nakazawa

中沢 宜彦

沖縄科学技術大学院大学G0細胞ユニット

Published: 2019-06-01

同じような食生活をしていても,太りやすい人と太りにくい人がいるが,それはなぜだろう? 理由はいくつかあると思うが,食べ物から摂取した栄養をできるだけ脂肪として溜めずに,エネルギーとして消費しやすい体質なのかどうかは大きな要因の一つだろう.今回,筆者が研究している分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)の中から,取り込んだ栄養源を適切に消費できず,脂肪を蓄積しやすい変異体が見つかった.実のところ,この変異体の原因遺伝子は,セラミドにかかわる遺伝子であった.分裂酵母と出芽酵母の独立した研究によって,長らく謎めいていたこの遺伝子産物の生理的役割の一端が最近やっと見えてきたので,本稿ではその現況と今後の展望を紹介させていただきたい.

細胞は周囲の栄養環境の変化に柔軟に適応することができる.栄養があるときは細胞分裂を繰り返して増殖し(栄養増殖期),栄養が枯渇すると分裂を停止した状態で生き続ける(静止期).分裂酵母は,窒素源の除去によって栄養増殖期から静止期(G0期)を簡単に誘導することができる優れたモデル系であるため,筆者所属研究室ではこの2つの状態をコントロールする遺伝的な仕組みを網羅的に研究してきた(1, 2)1) K. Sajiki, M. Hatanaka, T. Nakamura, K. Takeda, M. Shimanuki, T. Yoshida, Y. Hanyu, T. Hayashi, Y. Nakaseko & M. Yanagida: J. Cell Sci., 122, 1418 (2009).2) M. Yanagida: Trends Cell Biol., 19, 705 (2009)..これまでに,増殖期と静止期のどちらの状態でも細胞の生存を維持するのに必要な最重要遺伝子群(super-housekeeping geneと呼ぶ)として80以上の遺伝子が同定されたが(1, 3)1) K. Sajiki, M. Hatanaka, T. Nakamura, K. Takeda, M. Shimanuki, T. Yoshida, Y. Hanyu, T. Hayashi, Y. Nakaseko & M. Yanagida: J. Cell Sci., 122, 1418 (2009).3) K. Sajiki, Y. Tahara, L. Uehara, T. Sasaki, T. Pluskal & M. Yanagida: Sci. Adv., 4, eaat5685 (2018).,筆者らはこの中の一つであるcwh43という遺伝子に注目し,解析を始めた.理由は,1)異なる変異部位をもつcwh43温度感受性変異体が8株も見つかったこと(図1図1■「セラミドリモデラーゼ」Cwh43タンパク質の一次構造),2)cwh43遺伝子は窒素源だけでなく,主要な炭素源であるグルコースへの応答にも関係する希な遺伝子であったこと,3)「cwh43はセラミドに関係する?面白いんじゃない?」と思ったこと,である.

図1■「セラミドリモデラーゼ」Cwh43タンパク質の一次構造

Cwh43タンパク質はN末端,C末端にそれぞれ高度保存領域をもつ膜タンパク質である.分裂酵母で同定された8つの温度感受性(ts)変異体のアミノ酸置換部位を表記した.*はナンセンス変異.ヒトCwh43は2つのタンパク質に分断されている(文献8より改変転載).

実は,このcwh43遺伝子,出芽酵母で綿密な研究が15年以上前から進められていた.この遺伝子は,元々Calcofluor Whiteという細胞壁を染色する試薬に超感受性になる変異体として同定され,そこから名前がつけられている(Calcofluor White Hypersensitive)(4)4) A. F. Ram, A. Wolters, R. T. Hoopen & F. M. Klis: Yeast, 10, 1019 (1994)..出芽酵母Cwh43タンパク質の分子機能としては,糖脂質であるグルコシルホスファチジルイノシトール(GPI)が結合したGPIアンカータンパク質の脂質部分を,ジアシルグリセロール型からセラミド型へ変換することが国内外のグループにより示されていた(5, 6)5) V. Ghugtyal, C. Vionnet, C. Roubaty & A. Conzelmann: Mol. Microbiol., 65, 1493 (2007).6) M. Umemura, M. Fujita, T. Yoko-o, A. Fukamizu & Y. Jigami: Mol. Biol. Cell, 18, 4304 (2007).図2A図2■Cwh43タンパク質の分子活性と分裂酵母cwh43変異体の表現型).GPIアンカータンパク質は,細胞膜上で受容体や細胞接着因子,加水分解酵素などとして真核生物の細胞機能に必須の機能を果たしている(7)7) 藤田盛久:生化学,85, 985 (2013)..しかし,このセラミド変換の生理的意義には謎が多く,Cwh43は「セラミドリモデラーゼ」という格好良い別名がついている割にはつかみどころのない不思議な因子なのであった(5)5) V. Ghugtyal, C. Vionnet, C. Roubaty & A. Conzelmann: Mol. Microbiol., 65, 1493 (2007).

図2■Cwh43タンパク質の分子活性と分裂酵母cwh43変異体の表現型

(A)出芽酵母Cwh43は,GPIアンカータンパク質の脂質部分をジアシルグリセロール型からセラミド型へ変換する.(B)分裂酵母cwh43変異体は細胞内に中性脂肪を溜め込む.中性脂肪を主成分とする脂肪滴(緑)を蛍光染色した(文献8より改変転載)

筆者らは,独自に見つけた分裂酵母cwh43変異体8株の表現型を詳細に観察し,出芽酵母と同様に分裂酵母Cwh43タンパク質も小胞体に局在していること,細胞形態の維持に必要であることをまず確認した.その上で,われわれの研究室で確立したメタボローム技術によって代謝物の変化を網羅的に測定し,cwh43変異体細胞内での栄養源の代謝状態を探っていった.その結果,グルコースや窒素源といった主要な栄養源が培地中にあるにもかかわらず,cwh43変異体はあたかも栄養制限を受けたかのような代謝プロファイルを示すことが判明した(8)8) N. Nakazawa, T. Teruya, K. Sajiki, K. Kumada, A. Villar-Briones, O. Arakawa, J. Takada, S. Saitoh & M. Yanagida: J. Cell Sci., 131, jcs217331 (2018)..しかし,驚くことに,この変異体でも野生株と同程度にグルコースは細胞内に取り込まれており,その一方で,中性脂肪であるトリアシルグリセロールが野生株と比較して約5倍に増加していたのである(図2B図2■Cwh43タンパク質の分子活性と分裂酵母cwh43変異体の表現型).さらに,脂肪酸の運搬役である遊離型のコエンザイムA(CoA)が4,000倍以上と劇的に上昇していた.つまり,Cwh43の機能が欠損すると,細胞は取り込んだ栄養源をエネルギー生産に使うのではなく,脂肪としてどんどん溜め込んでしまうことを強く示唆する実験結果となった.

細胞が栄養源を取り込んだ後,これをすぐに消費してATPを生産するか,それとも一時的に脂質として蓄えるかを決めることは,多様な栄養環境に適応するための細胞の生存戦略である.実際に,酵母は活発に細胞分裂を繰り返す栄養増殖期に比べ,窒素源の枯渇環境で生きる分裂しないG0期では中性脂肪を積極的に蓄えている(3, 8)3) K. Sajiki, Y. Tahara, L. Uehara, T. Sasaki, T. Pluskal & M. Yanagida: Sci. Adv., 4, eaat5685 (2018).8) N. Nakazawa, T. Teruya, K. Sajiki, K. Kumada, A. Villar-Briones, O. Arakawa, J. Takada, S. Saitoh & M. Yanagida: J. Cell Sci., 131, jcs217331 (2018)..その意味で,今回同定されたcwh43変異体は栄養豊富な環境でも脂肪を蓄えてしまうので,「栄養源の使い道」を誤った極めてユニークな変異体であると言える.また,この変異体では遊離型CoAに対するアセチルCoAの比率が野生型の約1/1,000に激減していた(8)8) N. Nakazawa, T. Teruya, K. Sajiki, K. Kumada, A. Villar-Briones, O. Arakawa, J. Takada, S. Saitoh & M. Yanagida: J. Cell Sci., 131, jcs217331 (2018)..アセチルCoA/遊離型CoAの比率は,ATP/AMP比などと同様に,細胞内のエネルギー状態を反映する指標であるため,cwh43変異体の細胞内では,糖質や脂質の代謝バランスが大きく変動していることが推測される.

長らくCwh43の研究を牽引してきた出芽酵母においても,最近重要な知見が報告された.産総研の横尾岳彦博士らは,Cwh43によるセラミド変換は,小胞体で合成されたGPIアンカータンパク質を細胞壁ではなく細胞膜に確実に留めるために必要であることを生化学的に示した(9)9) T. Yoko-o, M. Umemura, A. Komatsuzaki, K. Ikeda, D. Ichikawa, K. Takase, N. Kanzawa, K. Saito, T. Kinoshita, R. Taguchi et al.: Genes Cells, 23, 880 (2018)..以上2つの酵母で独立に進められた研究から,Cwh43によるセラミド変換は,特定のタンパク質を安定に細胞膜に係留することで,細胞内での適切な栄養源利用を促し,脂質の過剰な蓄積を抑えていることがわかってきたのである.

残念ながら,Cwh43によりセラミド付加を受けるタンパク質に関する情報は依然として乏しい.これらのCwh43標的タンパク質は,細胞内外の栄養状態を細胞膜上で検知し,栄養を消費して活発に細胞分裂するのか,それとも脂質として備蓄して分裂を停止するかのメッセージを代謝経路へ伝えている分子なのかもしれない.

哺乳類ではセラミド型のGPIアンカータンパク質はまだ報告されていないが,Cwh43と相同なタンパク質は私たちヒトの細胞内にも存在する(図1図1■「セラミドリモデラーゼ」Cwh43タンパク質の一次構造参照).酵母のCwh43が栄養源の使い道を決めていることが明らかになれば,ヒトCwh43の解析を通じた肥満抑制への道が開けると期待される.また,皮膚の角質層における保湿やバリア機能といったセラミドがもつ産業的価値との接点も展望できるようになるだろう.

Reference

1) K. Sajiki, M. Hatanaka, T. Nakamura, K. Takeda, M. Shimanuki, T. Yoshida, Y. Hanyu, T. Hayashi, Y. Nakaseko & M. Yanagida: J. Cell Sci., 122, 1418 (2009).

2) M. Yanagida: Trends Cell Biol., 19, 705 (2009).

3) K. Sajiki, Y. Tahara, L. Uehara, T. Sasaki, T. Pluskal & M. Yanagida: Sci. Adv., 4, eaat5685 (2018).

4) A. F. Ram, A. Wolters, R. T. Hoopen & F. M. Klis: Yeast, 10, 1019 (1994).

5) V. Ghugtyal, C. Vionnet, C. Roubaty & A. Conzelmann: Mol. Microbiol., 65, 1493 (2007).

6) M. Umemura, M. Fujita, T. Yoko-o, A. Fukamizu & Y. Jigami: Mol. Biol. Cell, 18, 4304 (2007).

7) 藤田盛久:生化学,85, 985 (2013).

8) N. Nakazawa, T. Teruya, K. Sajiki, K. Kumada, A. Villar-Briones, O. Arakawa, J. Takada, S. Saitoh & M. Yanagida: J. Cell Sci., 131, jcs217331 (2018).

9) T. Yoko-o, M. Umemura, A. Komatsuzaki, K. Ikeda, D. Ichikawa, K. Takase, N. Kanzawa, K. Saito, T. Kinoshita, R. Taguchi et al.: Genes Cells, 23, 880 (2018).