今日の話題

日本茶の香りに寄与する成分とその特性古くて新しい話題,魅力的な日本茶の香り

Kenji Kumazawa

熊沢 賢二

小川香料株式会社解析研究所

Ryoko Baba

馬場 良子

小川香料株式会社解析研究所

Published: 2019-06-01

世界中で愛飲されている茶は,ツバキ科のチャ(Camellia sinensis)の葉を原料として,実にさまざまな方法で作られている.このように多彩な茶だが,私たち日本人にとって最もなじみ深いお茶といえば煎茶や抹茶といった日本茶であろう.不発酵茶(緑茶)の一種である日本茶は,摘まれた茶葉をできるだけ早く蒸して茶葉の酵素を失活して発酵を止めるため,紅茶や烏龍茶などの発酵茶とは異なる爽やかな香りが特徴である.日本茶の香りは繊細だが,その役割は非常に大きく,製品の品質を左右する重要な要因である.しかし,日本茶の香り,なかでも良質な日本茶の香りを構成する成分には不明な点が多く残されており,その再現は非常に難しいとされている.本稿では,良質な日本茶(煎茶と抹茶)の香気成分(香気寄与成分)の探索を通して得た知見について,われわれの研究の一端を紹介する.

一連の研究では,極微量なために解明が困難な日本茶の香気寄与成分の探索にAroma Extract Dilution Analysis(AEDA)(1)1) P. Schieberle: Characterization of food: emerging methods, Elsevier: Amsterdam, pp 403–431 (1995).を適用した.AEDAはGas Chromatography(GC)のカラムから溶出される成分を人間の鼻を使って検出するGC-Olfactometry(GC-O)の一方法であり,段階的に溶剤で希釈した香気濃縮物をGC-Oにより繰り返し測定することで各成分の検出限界を希釈倍率(Flavor Dilution factor; FD-factor)として得るものである.この手法はGCによる機器分析と官能評価を組み合わせた方法であり,日本茶の香気に対する各成分の寄与度を,それらの化学構造,濃度,閾値を知ることなく容易に判定することが可能である.さらに,GCでは検出できないような極微量の成分や未知の成分であっても香気への寄与度を測定できるため,重要な香気成分を網羅できる利点がある.また,同一の条件で調製した香気濃縮物(サンプル量,前処理方法,濃縮率などを統一して調製したもの)であれば,それぞれのサンプルに含まれる香気成分の寄与度を互いに比較することも可能である.このように,AEDAは日本茶の特徴成分を解明するための極めて有効な方法論である.

日本における茶生産量の大部分を占め,最もポピュラーな日本茶が煎茶である.煎茶の香気は特有のグリーンな香調を有しており,この特有の香気は,製茶の工程(図1図1■抹茶と煎茶の製法:茶葉を揉みながら低温で乾燥させる荒茶製造工程,次いで,ふるい分けた荒茶を比較的高温で乾燥させる仕上げ茶製造工程)を経ることで形成される.なかでも,生葉を蒸気で蒸す「蒸熱」や荒茶をさらに乾燥する「火入れ」は,煎茶の香気形成に大きく影響し,とりわけ,煎茶特有の香気の形成にとって「火入れ」は重要である(2)2) 竹尾忠一:食品加工技術,12, 59 (1992)..さらに,煎茶の品質にとって茶葉の収穫時期も極めて重要であり,一般に,4月下旬から5月上旬に収穫される1番茶,いわゆる新茶が最も良質である.

図1■抹茶と煎茶の製法

良質な煎茶(新茶)の香気寄与成分をAEDAにて探索したところ,新茶の香りの重要な成分(寄与度が高い)として,グリーンな香調を主体とする複数の成分を見いだした.これらのなかでも新茶の特徴的な香気に最も重要な成分の一つとして,煎茶特有のグリーンな香調を有する4-mercapto-4-methyl-2-pentanone(MMP)を見いだした(3, 4)3) K. Kumazawa & H. Masuda: J. Agric. Food Chem., 47, 5169 (1999).4) K. Kumazawa & H. Masuda: J. Agric. Food Chem., 50, 5660 (2002).図2図2■良質な煎茶(新茶)の香気寄与成分).この香気成分は,新茶(1番茶)に多く含まれ,製茶の最終工程(仕上げ茶製造工程)である「火入れ」の加熱により生じる(5)5) K. Kumazawa, K. Kubota & H. Masuda: J. Agric. Food Chem., 53, 5390 (2005).図3図3■収穫時期の異なる煎茶に含まれる4-mercapto-4-methyl-2-pentanone量の比較と火入れの影響).さらに,その生成量は「火入れ」の加熱条件や製茶の初期工程における「蒸熱」の強弱にも影響される.すなわち,煎茶のMMPは,一般的な加熱香気成分よりも低い火入れ温度で生成するという特徴があり,煎茶の「火入れ」で適温とされる加熱温度(100°C付近)は,ほかの加熱香気成分の生成を抑え,MMPを選択的に形成させるための最適な条件といえる(5)5) K. Kumazawa, K. Kubota & H. Masuda: J. Agric. Food Chem., 53, 5390 (2005)..一方,煎茶のMMPは「蒸熱」が強まるほど含有量が低下する傾向があり,とりわけ,香りが穏やかとされる深蒸し煎茶は,MMPの含有量が少ないものが多かった(6)6) K. Kumazawa, R. Baba & O. Nishimura: Food Sci. Technol. Res., 16, 59 (2010).

図2■良質な煎茶(新茶)の香気寄与成分

図3■収穫時期の異なる煎茶に含まれる4-mercapto-4-methyl-2-pentanone量の比較と火入れの影響

このように,MMPは「火入れ」で形成される良質な煎茶特有の香気の主体であり,茶葉の収穫時期,すなわち,煎茶の品質と相関する数少ない成分である.さらに,その含有量は「蒸熱」や「火入れ」といった製茶条件とも密接に関係している.

日本の伝統文化である茶道で用いられる抹茶は,近年,菓子や冷菓などさまざまな食品にも幅広く使用されている.また,茶葉の栄養を余すことなく食することから,健康的な食材としても注目されている.さらに,近年の抹茶ブームにより,その風味や名称は,代表的な日本茶として世界に広まっている.抹茶は,煎茶と同様に「蒸熱」の工程を経て作られる緑茶である.しかし,抹茶は,原料となる茶葉や製法が煎茶とは幾分異なるため(図1図1■抹茶と煎茶の製法),その香りも,グリーンな香調に甘さや香ばしさが加わった特有の香調を有している.抹茶の香りは,新茶を伝統的な製法で丁寧に加工した,いわゆる高級抹茶が最も良質であり,その芳醇な香りは多くの人々を魅了している.

高級抹茶の香気に寄与する成分を解明するため,異なる品質の抹茶香気を香気濃縮物とヘッドスペースガスのAEDAにて比較したところ,高級抹茶の香りは,品質にかかわらず高い寄与度を示した甘い香り,フローラルな香り,グリーンな香りに加えて,海苔様の香りのdimethyl sulfide(DMS)と香ばしい香りのピラジン類が組み合わさって形成されることを見いだした(7)7) R. Baba, Y. Amano, Y. Wada & K. Kumazawa: J. Agric. Food Chem., 65, 2984 (2017).図4図4■高級抹茶の香気寄与成分).高級抹茶香気の特徴成分であるDMSと2種のピラジン類(2-ethyl-3,5-dimethylpyrazine, 2,3-diethyl-5-methylpyrazine)は,いずれも茶葉に含まれるアミノ酸から生成する加熱香気成分である.茶葉に含まれるアミノ酸量は,茶葉の栽培条件や収穫茶期により大きく異なり,一般に被覆(覆いを掛けて日光を遮って)栽培した新茶(1番茶)に最も多く含まれる.さらに,DMSと2種のピラジン類は,これらのアミノ酸から高温や長時間の加熱条件でより多く生じる特徴がある.

図4■高級抹茶の香気寄与成分

このように,DMSと2種のピラジン類は,高級抹茶の香りに重要な香気成分であり,それらの生成には,アミノ酸が多く蓄積された良質な茶葉を用いることに加えて,碾茶炉による特別な乾燥(高温,長時間での加熱)が重要である.すなわち,高級抹茶特有の香気の形成には,被覆栽培された新茶を丁寧に加工するという伝統的な製法が密接に関係している.

一連の研究を通じて,良質な日本茶の香気寄与成分の一端を解明し,従来の研究では明らかにされていない極微量の香気成分が,煎茶や抹茶といった代表的な日本茶の重要な品質因子であることを見いだした.さらに,良質な香気の形成に茶葉のポテンシャル(前駆体量)と加工条件が大きく影響し,加工における反応を制御することが嗜好性に優れた良質な香気を再現するために重要であることを示した.これらの研究成果は,より魅力的な日本茶フレーバーを作りだすための手立てともなるであろう.基礎から応用への今後の展開が期待される.

Reference

1) P. Schieberle: Characterization of food: emerging methods, Elsevier: Amsterdam, pp 403–431 (1995).

2) 竹尾忠一:食品加工技術,12, 59 (1992).

3) K. Kumazawa & H. Masuda: J. Agric. Food Chem., 47, 5169 (1999).

4) K. Kumazawa & H. Masuda: J. Agric. Food Chem., 50, 5660 (2002).

5) K. Kumazawa, K. Kubota & H. Masuda: J. Agric. Food Chem., 53, 5390 (2005).

6) K. Kumazawa, R. Baba & O. Nishimura: Food Sci. Technol. Res., 16, 59 (2010).

7) R. Baba, Y. Amano, Y. Wada & K. Kumazawa: J. Agric. Food Chem., 65, 2984 (2017).