Kagaku to Seibutsu 57(6): 340-345 (2019)
解説
D-アミノ酸の哺乳類における生物学的意義アミノ酸のキラリティが作る鏡の中の生物学
Biological Roles of D-Amino Acids in Mammals: Amino Acid Chirality Shapes Biology in the Mirror
Published: 2019-06-01
キラリティとは実像と鏡像が重なり合わない物質の特徴である.ホモキラリティとは実像または鏡像のどちらかに偏って物質が存在していることをいう.生命には多くのホモキラリティが知られており,アサガオの蔓は多くは右巻きであり,カタツムリの殻も多くは同じく右巻きである.ヒトは一見左右対称だが,肝臓は右で胃は左にあり,ホモキラルな存在である.また,分子レベルでも生命活動にはホモキラリティが知られており,その代表はD-糖とL-アミノ酸である.本稿では,このようなホモキラリティの例外として,特にL-アミノ酸の光学異性体D-アミノ酸が哺乳類でどのように利用され,機能しているかを最近の知見を交えてご紹介したい.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
タンパク構成アミノ酸20種のうち,グリシンを除く19種は光学異性体(DおよびL体)を有する(図1図1■アミノ酸の光学異性体).D-アミノ酸はL-アミノ酸とエネルギー的には等価だが,不思議なことに生命活動の多くは,L-アミノ酸優位に用いられる.真正細菌から真核生物のすべてにおいて,リボソームを介したタンパク質合成の材料としては,普遍的にL-アミノ酸が用いられる.また,L-アミノ酸の中間代謝物が解糖系やTCA回路に利用され,エネルギー活動にもL-アミノ酸が重要であることは言うまでもない.タンパク質合成におけるL-アミノ酸優位性は,RNAのL-アミノ酸親和性が関係していると考えられており,さらにこの親和性はRNA構成糖がD-リボースでホモキラルであることに由来している(1)1) K. Tamura & P. Schimmel: Science, 305, 1253 (2004)..逆に,L-リボースで人工的に作られたRNAはD-アミノ酸に親和性が高いことが知られている(1)1) K. Tamura & P. Schimmel: Science, 305, 1253 (2004)..生命誕生の過程において,RNAのホモキラリティがL-アミノ酸を選択したのか,アミノ酸のホモキラリティがD-糖をもつRNAを選択したのか,ホモキラリティの由来は多くは謎に包まれている.しかし,DNAの右巻き螺旋やタンパク質高次構造など,生命活動に不可欠な分子の高次構造形成には,構成分子のホモキラリティが必須であり,分子のホモキラリティが生命活動の根底を支えているといっても過言ではない.
生命がアミノ酸のL体優位性を構築することは,タンパク質の構造安定化につながり,機能的な恒常性維持のためには不可欠な作業であるものの,例外的に一部の生命活動でD-アミノ酸が利用されることが知られている.最も広くD-アミノ酸が使われる例は,真正細菌の細胞壁であろう(図2図2■細菌細胞壁のペプチドグリカンとD-アミノ酸).真正細菌の細胞壁成分であるペプチドグリカンは,糖鎖をペプチドで架橋したいわばメッシュのような構造であり,その架橋ペプチドの一部にD-AlaやD-Gluをはじめとした多様なD-アミノ酸が利用されている.ペプチドグリカンは架橋構造をもつことで物理的に細胞壁の強度を増すのみでなく,D-アミノ酸を架橋材に用いることで多くのプロテアーゼからの分解から免れることができ(2)2) Y. Nagata, T. Fujiwara, K. Kawaguchi-Nagata, Y. Fukumori & T. Yamanaka: Biochim. Biophys. Acta, 1379, 76 (1998).,化学的にも細胞壁の強度を高めていると考えられる.このような細胞壁におけるD-アミノ酸の利用は,真正細菌に特徴的であり,古細菌や真核生物には認められない(3)3) Sasabe, J. & Suzuki, M.: The Keio Journal of Medicine, 2018-0001-IR (2018)..また,真正細菌はペプチドグリカンの構築以外にもD-Ala, D-Pro, D-Asp, D-Glu, D-Leu, D-Phe, D-Metなど多様な遊離D-アミノ酸を合成・放出し,静止期の細胞壁の構造変化を引き起こすシグナル分子としてD-アミノ酸を利用し,環境変化に適応していることが判明した(4)4) H. Lam, D. C. Oh, F. Cava, C. N. Takacs, J. Clardy, M. A. de Pedro & M. K. Waldor: Science, 325, 1552 (2009)..すなわち,真正細菌は自身の生存や増殖のために必須のアミノ酸としてD-アミノ酸を合成し,例外的に活用していると言えるだろう.
一方,真核生物では限られた状況で一部のD-アミノ酸の利用が報告されている.詳細は他の総説に譲るが(3, 5)3) Sasabe, J. & Suzuki, M.: The Keio Journal of Medicine, 2018-0001-IR (2018).5) N. Fujii & T. Saito: Chem. Rec., 4, 267 (2004).,昆虫(カイコなど)や海洋生物(甲殻類と二枚貝)はD-SerやD-Alaを例外的に合成し,昆虫の変態や海洋生物の水中での浸透圧調節に利用していることが知られている(6, 7)6) N. G. Srinivasan, J. J. Corrigan & A. Meister: J. Biol. Chem., 240, 796 (1965).7) H. Abe, N. Yoshikawa, M. G. Sarower & S. Okada: Biol. Pharm. Bull., 28, 1571 (2005)..また,一部のカエルやクモでは,リボソームを介さない合成系を利用してD-アミノ酸を含むペプチドを合成し,天然のオピオイドや(8)8) P. C. Montecucchi, R. de Castiglione, S. Piani, L. Gozzini & V. Erspamer: Int. J. Pept. Protein Res., 17, 275 (1981).,外敵から身を守る毒素として利用することが知られている(9)9) M. Kuwada, T. Teramoto, K. Y. Kumagaye, K. Nakajima, T. Watanabe, T. Kawai, Y. Kawakami, T. Niidome, K. Sawada, Y. Nishizawa et al.: Mol. Pharmacol., 46, 587 (1994)..
哺乳類の体内には,D-アミノ酸は存在しないと信じられてきたが,ほかの真核生物同様に限られた場所や状況で一部のD-アミノ酸が利用されていることが徐々に明らかとなってきた.哺乳類では1986年に最初に遊離D-Aspが発見された(10)10) D. S. Dunlop, A. Neidle, D. McHale, D. M. Dunlop & A. Lajtha: Biochem. Biophys. Res. Commun., 141, 27 (1986)..D-Aspは,脳,神経内分泌組織,精巣において齧歯類およびヒトで検出されている(11~13).D-Aspの合成酵素として,glutamic-oxaloacetic transaminase-1 like 1(Got1l1)が同定されたが(14)14) P. M. Kim, X. Duan, A. S. Huang, C. Y. Liu, G. L. Ming, H. Song & S. H. Snyder: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 3175 (2010).,KOマウスではD-Aspレベルがほとんど変わらないことから(15)15) A. Tanaka-Hayashi, S. Hayashi, R. Inoue, T. Ito, K. Konno, T. Yoshida, M. Watanabe, T. Yoshimura & H. Mori: Amino Acids, 47, 79 (2015).,未知の合成酵素の存在が示唆されている.
さらに,1992年,驚くべきことにD-Serが哺乳類の大脳皮質の全Serの1/4を占めていることが発見され(16)16) A. Hashimoto, T. Nishikawa, T. Hayashi, N. Fujii, K. Harada, T. Oka & K. Takahashi: FEBS Lett., 296, 33 (1992).,後に内在性酵素であるセリンラセマーゼ(serine racemase; SR)がL-からD-Serへ変換することでD-Serを生合成していることが明らかとなった(17)17) H. Wolosker, K. N. Sheth, M. Takahashi, J. P. Mothet, R. O. Brady Jr., C. D. Ferris & S. H. Snyder: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 721 (1999)..このような哺乳類(ヒトを含め)の大脳皮質のD-Serは数百µMもの高濃度で検出される一方(18)18) Y. Nagata, K. Horiike & T. Maeda: Brain Res., 634, 291 (1994).,魚類から鳥類までのほかの脊椎動物の大脳皮質ではD-Ser脱水素酵素(D-Ser分解酵素)の働きによりほとんどD-Serは検出されない(19)19) H. Tanaka, A. Yamamoto, T. Ishida & K. Horiike: J. Biochem., 143, 49 (2008)..このように進化的には排除されてきた脳内のD-Serを哺乳類がなぜ利用し始めたかは不明だが,大脳皮質が飛躍的に大きくなった哺乳類の脳進化と関連がある可能性が高い.
哺乳類での大脳皮質では,D-Serは神経伝達物質として機能していることが明らかとなってきた.D-Serはイオンチャネル型グルタミン酸受容体の一つであるN-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体のGluN1サブユニットに光学選択的に結合する(図3図3■NMDA受容体とD-Ser結合部位).NMDA受容体はほかのグルタミン酸受容体(AMPA受容体,カイニン酸受容体)と異なり,グルタミン酸の結合に加えて,coagonistの結合が活性化には必須であり,NMDA受容体の生理的なcoagonistは同じく脳内に豊富なGlyであると当初考えられていた.GlyとD-SerはいずれもNMDA受容体に親和性が高いが,SRのノックアウトマウスではシナプスのNMDA受容体の活動が低下しシナプス可塑性に障害を認めることが明らかとなり(20, 21)20) A. C. Basu, G. E. Tsai, C. L. Ma, J. T. Ehmsen, A. K. Mustafa, L. Han, Z. I. Jiang, M. A. Benneyworth, M. P. Froimowitz, N. Lange et al.: Mol. Psychiatry, 14, 719 (2009).21) M. A. Benneyworth, Y. Li, A. C. Basu, V. Y. Bolshakov & J. T. Coyle: Cell. Mol. Neurobiol., 32, 613 (2012).,現在はD-Serが生理的なcoagonistとして受け入れられている.さらに,海馬の神経を使った研究で,D-Serはシナプス中のGluN2Aサブユニット型NMDA受容体に結合し,一方でGlyはシナプス外のGluN2Bサブユニット型NMDA受容体に結合することが示され(22)22) T. Papouin, L. Ladépêche, J. Ruel, S. Sacchi, M. Labasque, M. Hanini, L. Groc, L. Pollegioni, J. P. Mothet & S. H. Oliet: Cell, 150, 633 (2012).,NMDA受容体のcoagonistとしてD-SerおよびGlyのいずれも機能はするものの,その分布やシナプスにおける役割がそれぞれ異なると考えられるようになった.D-SerはGlyと比較すると3つ水素結合が多くGluN1サブユニットに結合することを考えると(23)23) T. Matsui, M. Sekiguchi, A. Hashimoto, U. Tomita, T. Nishikawa & K. Wada: J. Neurochem., 65, 454 (1995).,哺乳類ではD-Serを利用し始めることで,シナプス神経伝達をより効率よく行えるようになったのではないかと考えられる.大脳皮質の発達とD-Serの利用のどちらが進化的に先におこったのかは明らかになっていないが,哺乳類においてNMDA受容体を介した記憶や情動の発達が認められるのは,D-Serの出現と少なからず関連があるのではないかと考えられる.さらに,ヒトでもほかの哺乳類同様に大脳皮質に高濃度のD-Serが報告されており,大脳皮質内ではBrodmann分類に沿ってD-Ser濃度の濃淡が認められることから(24)24) M. Suzuki, N. Imanishi, M. Mita, K. Hamase, S. Aiso & J. Sasabe: ASN Neuro, 9, 1759091417713905 (2017).,大脳皮質の機能とD-Ser濃度の相関が示唆されている.実際,大脳皮質のD-Serが減少することによってNMDA受容体機能低下を引き起こし,統合失調症の一部の症状との関連が報告されている(25)25) S. E. Cho, K. S. Na, S. J. Cho & S. G. Kang: Neurosci. Lett., 634, 42 (2016)..逆に,D-Ser濃度が生理的には低い領域である脳幹や脊髄においてD-Serが蓄積すると,神経の過剰興奮や神経細胞死を引き起こし,運動神経疾患である筋萎縮性側索硬化症や進行に影響を与えると考えられている(26, 27)26) J. Sasabe, T. Chiba, M. Yamada, K. Okamoto, I. Nishimoto, M. Matsuoka & S. Aiso: EMBO J., 26, 4149 (2007).27) J. Sasabe, Y. Miyoshi, M. Suzuki, M. Mita, R. Konno, M. Matsuoka, K. Hamase & S. Aiso: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 627 (2012)..
また,D-Serは発達期においては,小脳のプルキンエ細胞と平行線維の間で形成されるシナプス機能を調節することが知られている.発達期は小脳ではD-Serは一時的に高濃度にまで増加が認められ,この小脳シナプスにおけるdelta2グルタミン酸受容体(GluD2)に結合する.GluD2受容体の欠損やGluD2受容体のD-Ser結合部位の変異は,発達期における協調運動の獲得に著しく支障をきたすことから(28)28) W. Kakegawa, Y. Miyoshi, K. Hamase, S. Matsuda, K. Matsuda, K. Kohda, K. Emi, J. Motohashi, R. Konno, K. Zaitsu et al.: Nat. Neurosci., 14, 603 (2011).,D-Serは小児発達期における運動学習にも重要な役割を果たしていると考えられる.
このようにD-Serは神経生理や神経病理に深く関与していることから,D-Serの適切な制御が神経活動上重要である.D-Serは前述のとおり,SRというPLP酵素によってL-Serから合成される.SRはSer光学異性体のラセミ化反応およびα,β-脱離反応を触媒するため(29)29) V. N. Foltyn, I. Bendikov, J. De Miranda, R. Panizzutti, E. Dumin, M. Shleper, P. Li, M. D. Toney, E. Kartvelishvily & H. Wolosker: J. Biol. Chem., 280, 1754 (2005).,D-Serの合成および分解のいずれも担っている.実際,SRはD-Serの分布と類似しており,大脳皮質や海馬など前脳中心の神経細胞に発現することが知られている(30)30) K. Miya, R. Inoue, Y. Takata, M. Abe, R. Natsume, K. Sakimura, K. Hongou, T. Miyawaki & H. Mori: J. Comp. Neurol., 510, 641 (2008)..一方,SRは後脳(小脳,脳幹)や脊髄でも発現レベルは低いものの,D-Ser合成を行っている.この進化的に古い脳領域では,D-Serを排除するためにフラビン酵素であるD-アミノ酸酸化酵素(D-amino acid oxidase; DAO)がアストログリア細胞に発現しており,D-Serをヒドロキシピルビン酸・アンモニア・過酸化水素に分解する.DAOは発達期から徐々に発現が上昇し,成熟期にその発現がピークに達する(31)31) W. R. Weimar & A. H. Neims: J. Neurochem., 29, 649 (1977)..その結果,D-Serは成熟脳の後脳領域では前脳領域の数十分の1程度しか存在しない.また,DAOは成熟マウスでは前脳領域には活性が全く認められないのも特徴的である(32)32) K. Horiike, H. Tojo, R. Arai, M. Nozaki & T. Maeda: Brain Res., 652, 297 (1994)..このように脳内のD-Ser制御は前脳領域ではSRが,後脳や脊髄領域ではDAOが中心的な役割を担っており(図4図4■マウス脳におけるD-Ser合成と分解),進化的に前脳中心的に高濃度のD-Serが分布できるようになったと考えられる.
哺乳類の体内には中枢神経系の内因性D-Serとは異なる,もう一つの大きなD-アミノ酸の産生源がある.真正細菌は前述のとおり,自身の細胞壁の材料や環境適応のために多様なD-アミノ酸を合成することが知られており,哺乳類と共生して多量のD-アミノ酸を合成放出していることが明らかとなってきた.真正細菌は哺乳類と比較して多様なアミノ酸ラセマーゼを発現しており(32)32) K. Horiike, H. Tojo, R. Arai, M. Nozaki & T. Maeda: Brain Res., 652, 297 (1994).,結果としてD-Ala, D-Glu, D-Asp, D-Pro, D-Leu, D-Pheなどの多様なD-アミノ酸を合成することができる.D-SerおよびD-Aspを除く多くの細菌性D-アミノ酸は,哺乳類を含めた真核生物は合成することができないため,細菌性D-アミノ酸の多くは真正細菌に特徴的な代謝物である(33)33) J. Sasabe & M. Suzuki: Front. Microbiol., 9, 933 (2018)..このことを哺乳類は利用し,細菌性D-アミノ酸を認識することにより自然免疫を調節していることが徐々に明らかとなってきた.DAOは真正細菌にはほとんど認められないものの,真核生物で広く保存されており,またD-アミノ酸分解によって殺菌作用のある過酸化水素を発生させるため,D-アミノ酸に反応する自然免疫を担う分子として着目されてきた.好中球表面に発現するDAOは,細菌の貪食に際して食胞とともに内面化して殺菌作用を発揮すると古くから考えられてきた(34)34) J. M. Robinson, R. T. Briggs & M. J. Karnovsky: J. Cell Biol., 77, 59 (1978).(図5図5■細菌によるD-アミノ酸放出と好中球の走化・殺菌).実際,マウス腹腔内から投与されたSalmonella typhimuriumは,感染初期において白血球のDAOによって殺菌作用を受けるとの報告がある(35)35) B. R. Tuinema, S. A. Reid-Yu & B. K. Coombes: MBio, 5, e01886 (2014)..さらに,興味深いことにSalmonella typhimuriumはD-Alaを細胞内に取り込むことで,DAOによる活性酸素の暴露から回避していることが判明した(35)35) B. R. Tuinema, S. A. Reid-Yu & B. K. Coombes: MBio, 5, e01886 (2014)..細菌が合成し放出するD-PheやD-TrpはGタンパク質共役受容体を介してヒト好中球を誘引することから(36)36) Y. Irukayama-Tomobe, H. Tanaka, T. Yokomizo, T. Hashidate-Yoshida, M. Yanagisawa & T. Sakurai: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 3930 (2009).,好中球はD-アミノ酸を認識して細菌に接近しDAOを介して殺菌しようとするのに対して,細菌はD-アミノ酸を取り込むことでDAOの抗原を除去し好中球による殺菌から逃れようとする構図が伺える.
DAOは小腸粘膜上皮にも発現することが報告されており(37, 38)37) P. Brachet & A. Puigserver: Comp. Biochem. Physiol. B, 101, 509 (1992).38) J. Sasabe, Y. Miyoshi, S. Rakoff-Nahoum, T. Zhang, M. Mita, B. M. Davis, K. Hamase & M. K. Waldor: Nat. Microbiol., 1, 16125 (2016).,粘膜免疫への関与が近年明らかになりつつある(38)38) J. Sasabe, Y. Miyoshi, S. Rakoff-Nahoum, T. Zhang, M. Mita, B. M. Davis, K. Hamase & M. K. Waldor: Nat. Microbiol., 1, 16125 (2016)..小腸上皮に含まれるDAOは腸内細菌によって発現誘導され,腸細胞および杯細胞に分布し,一部は管腔内へ放出される.放出されたDAOはVibrio choleraeなどの病原性細菌の殺菌を担うのみならず,管腔内のD-アミノ酸代謝によってD-アミノ酸栄養依存性の高い常在細菌叢の生育に影響を与える(38)38) J. Sasabe, Y. Miyoshi, S. Rakoff-Nahoum, T. Zhang, M. Mita, B. M. Davis, K. Hamase & M. K. Waldor: Nat. Microbiol., 1, 16125 (2016).(図6図6■D-アミノ酸を介した宿主–微生物相互作用).このことから,DAOは細菌性D-アミノ酸を認識し代謝することで,粘膜表面の恒常性維持に一部関与しているのではないかと考えられるようになった.
さらに,細菌性D-アミノ酸にはDAOを介さない自然免疫調節作用があることも報告されている.一般にL-アミノ酸は苦味があり,D-アミノ酸は爽やかな甘味を有することからも想像できるように,アミノ酸は光学異性体によって異なった味覚受容体に結合する(39)39) A. Bassoli, G. Borgonovo, F. Caremoli & G. Mancuso: Food Chem., 150, 27 (2014)..興味深いことに,苦味受容体は上気道の自然免疫を賦活化させ抗菌作用を調節することが知られ(40)40) R. J. Lee, J. M. Kofonow, P. L. Rosen, A. P. Siebert, B. Chen, L. Doghramji, G. Xiong, N. D. Adappa, J. N. Palmer, D. W. Kennedy et al.: J. Clin. Invest., 124, 1393 (2014).,甘味受容体は逆にこの作用を打ち消す(41)41) R. F. Margolskee: J. Biol. Chem., 277, 1 (2002)..上気道に存在するStaphylococcus属の細菌が合成するD-LeuおよびD-Pheは,孤立化学感覚細胞の甘味受容体を刺激して自然免疫系を抑制し,抗菌ペプチドの合成を阻害することが示された(42)42) R. J. Lee, B. M. Hariri, D. B. McMahon, B. Chen, L. Doghramji, N. D. Adappa, J. N. Palmer, D. W. Kennedy, P. Jiang, R. F. Margolskee et al.: Sci. Signal., 495, 10 (2017)..唾液には常在細菌由来と考えられる複数のD-アミノ酸の存在が示唆されていることから(43)43) Y. Nagata, M. Higashi, Y. Ishii, H. Sano, M. Tanigawa, K. Nagata, K. Noguchi & M. Urade: Life Sci., 78, 1677 (2006).,口腔内の共生細菌がD-アミノ酸を産生し,上気道の自然免疫の調節に役立っている可能性がある.また,細菌性D-アミノ酸は下気道の粘膜免疫にも寄与している.D-Trpは腸内細菌叢の多様性を変化させる働きによって,肺および大腸の制御性T細胞の数を増やし,Th2細胞の数を減らすことで,気道のアレルギー性炎症や過敏性を減弱させる(44)44) I. Kepert, J. Fonseca, C. Müller, K. Milger, K. Hochwind, M. Kostric, M. Fedoseeva, C. Ohnmacht, S. Dehmel, P. Nathan et al.: J. Allergy Clin. Immunol., 139, 1525 (2017)..自然免疫と獲得免疫の調節において細菌性D-アミノ酸がどのように働いているのか未解明の部分も多いが,D-アミノ酸は宿主–細菌の相互作用において重要なシグナル分子である可能性が高いと考えられる.今後,免疫におけるDAOの働きやD-アミノ酸の作用標的がより明らかになると,哺乳類と微生物の共生における細菌性D-アミノ酸の役割の全貌が明らかになるであろう.
一部のD-アミノ酸は哺乳類にも存在し,L-アミノ酸とは異なる生理的な機能をもつことを本文でご紹介した.内因性D-アミノ酸の代表としてD-Serに着目し,シナプス性NMDA受容体・GluD2受容体の機能調節と生理機能のかかわりや,D-Serの酵素的制御機構について概説した.内因性D-アミノ酸はD-Ser以外に,D-Aspが知られているが,その合成機構や生理的機能は未解明の部分が多く,詳細は他書に譲る.一方,外因性D-アミノ酸として細菌性D-アミノ酸に着目し,哺乳類体内に存在する真正細菌が合成するD-アミノ酸が宿主の自然免疫にどのような役割を果たしているかを述べた.哺乳類はDAOを介して,またはD-アミノ酸を直接的に受容体を介して認識することによって,好中球や気道・小腸粘膜上皮の自然免疫を調節しており,D-アミノ酸の宿主-微生物の相互作用における役割を紹介した.このように哺乳類では内因性と外因性のD-アミノ酸が体内に混在するが,局所でそれぞれのD-アミノ酸がどのように認識・制御されているのかいまだ全貌は明らかになっていない.また,機能的な側面でも,局所の神経生理や免疫のみならず,腸内細菌の産生するD-アミノ酸が脳機能やエネルギー代謝に及ぼす影響について,まだまだ未解明の領域が多く残されており,今後の発展が期待される.
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