解説

シアリダーゼの機能解析ツールの開発と脳組織への応用シアリダーゼによる神経活動と連動した神経機能の制御

Development of Analytical Tools for Sialidase Functions and Its Application in Brain: Rapid Increase in Sialidase Activity in Response to Neural Activity and Its Roles on Neural Function

Akira Minami

静岡県立大学薬学部生化学分野

Takashi Suzuki

鈴木

静岡県立大学薬学部生化学分野

Published: 2019-06-01

シアリダーゼは,糖鎖末端にあるシアル酸を脱離させる加水分解酵素である.哺乳動物のシアリダーゼには,細胞内局在など特性の異なるNeu1, Neu2, Neu3, Neu4の4種類のアイソザイムがある.これらのシアリダーゼアイソザイムはすべて哺乳動物の脳に発現する(1)1) K. Hata, K. Koseki, K. Yamaguchi, S. Moriya, Y. Suzuki, S. Yingsakmongkon, G. Hirai, M. Sodeoka, M. von Itzstein & T. Miyagi: Antimicrob. Agents Chemother., 52, 3484 (2008)..シアル酸は脳に豊富に存在し,軸索伸長や神経回路の形成,神経伝達,記憶などシアル酸がかかわる神経機能は多岐にわたる.したがって,シアリダーゼによるシアル酸脱離もまた脳機能の制御に不可欠である.筆者らは,シアリダーゼの新たな機能解析ツールの開発に取り組んでいる.本稿では,同ツールを利用して見いだされたシアリダーゼによる神経活動と連動した神経機能の制御を中心に解説する.

シアリダーゼ活性を検出する人工基質

これまでに,いくつかのシアリダーゼ活性検出用の人工基質が利用されてきた(表1表1■各種シアリダーゼ活性測定用基質の特徴).しなしながら,いずれも組織のシアリダーゼ活性を高感度に染色するには不十分であった.最もよく利用されてきた人工基質の一つである4MU-Neu5Acは,シアリダーゼの加水分解を受けると4-メチルウンベリフェロン(4MU)を遊離して蛍光を発する.4MUの蛍光強度を測定することによりシアリダーゼ活性を簡便かつ高感度に測定できる.しかしながら4MUは水によく溶けるために拡散しやすく,組織染色には不向きである.また,化学発光基質NA-Star®はインフルエンザウイルスを高感度で検出することができるが,発光半減期が約5分と短く組織染色には向いていない.PNP-Neu5Acは黄色く発色したパラニトロフェノールが遊離されるが,拡散しやすく組織との色の識別性も低い.5-ブロモ-4-クロロ-3-ヒドロキシインドール誘導体(X-Neu5Ac)はシアリダーゼの加水分解を受けるとXが遊離され,空気酸化を受けて青色の不溶性インジゴ色素を生成することにより組織が染色される.しかし,インフルエンザウイルスやバクテリアのシアリダーゼ活性と比べて哺乳動物のシアリダーゼ活性は著しく弱く,X-Neu5Acの比色による哺乳動物組織の染色では感度が低い.そこで,Xの蛍光化剤としてファストレッドバイオレットLB(FRV LB)を用いることでX-Neu5Acを高感度化した斉藤らの細胞染色法を組織に適用したところ,ラット脳のシアリダーゼ活性を高感度でイメージングすることができた(2, 3)2) M. Saito, H. Hagita, Y. Iwabuchi, I. Fujii, K. Ikeda & M. Ito: Histochem. Cell Biol., 117, 453 (2002).3) A. Minami, H. Shimizu, Y. Meguro, N. Shibata, H. Kanazawa, K. Ikeda & T. Suzuki: Neuroimage, 58, 34 (2011)..ところが,十分量のシアリダーゼ阻害剤を作用させた場合でも,蛍光がバックグラウンドレベルまで完全に減弱しないことがわかった.これは,シアリダーゼによるX-Neu5Acの加水分解からFRV LBによる蛍光化までに2段階の反応を要するため,染色の特異性が低くなると考えられた.

表1■各種シアリダーゼ活性測定用基質の特徴
シアリダーゼ活性測定用基質
4MU-Neu5AcNA-Star®PNP-Neu5AcX-Neu5AcX-Neu5Ac+FRV LBBTP3-Neu5Ac
組織染色不向き不向き不向き
感度低(比色のため)低(比色のため)
特異性低(2段階反応)

シアリダーゼ活性の高感度イメージングプローブの開発

このような背景から,筆者らは広島国際大学薬学部の池田や大坪らの研究チームと共同で,シアリダーゼによる加水分解反応によって1段階で蛍光を発する高感度な組織染色用蛍光プローブの開発に取り組んだ(4)4) A. Minami, T. Otsubo, D. Ieno, K. Ikeda, H. Kanazawa, K. Shimizu, K. Ohata, T. Yokochi, Y. Horii, H. Fukumoto et al.: PLOS ONE, 9, e81941 (2014)..組織染色に利用できる蛍光色素として,2-benzothiazol-2-yl-phenol(BTP)類を利用した.BTPは有機EL素材として研究された経緯もある非常に明るい蛍光物質であり,水に難溶であるとともにpHの影響を受けにくく,固体状態で蛍光を発する.BTPは誘導体の構造によってさまざまな蛍光波長を示すため,染色に適した色を選択することができる.最近は,視認性と合成の簡便性のバランスから主にBTP3を利用している.BTP3にシアル酸を結合したシアリダーゼ活性プローブBTP3-Neu5Acの染色原理を図1A図1■BTP3-Neu5Acによるシアリダーゼ活性の検出に示す.蛍光スペクトルが示すように,BTP3は150 nm程度の大きなストークスシフトをもつ(図1B図1■BTP3-Neu5Acによるシアリダーゼ活性の検出).染色方法は比較的簡便であり,BTP3-Neu5Ac(10~1,000 μM)を含む緩衝液にパラホルムアルデヒドなどによる固定処理を行っていない組織切片を入れ,室温で30分程度インキュベートした後,緩衝液で洗浄することで完了する.BTP3-Neu5Acでラット脳急性切片を染色すると,脳梁や内包といった白質領域が強く染色された.これは,過去の知見とも一致する.また,シアリダーゼ阻害剤2,3-dehydro-2-deoxy-N-acetylneuraminic acid(DANA)をあらかじめ加えておくと染色されないことから,シアリダーゼ活性に対する特異性を確認している.このようにして,哺乳動物の組織においてシアリダーゼ活性を特異的に高感度で検出できるBTP3-Neu5Acを構築した.

図1■BTP3-Neu5Acによるシアリダーゼ活性の検出

(A)BTP3-Neu5Acの染色原理.無蛍光のBTP3-Neu5Acはシアリダーゼによる加水分解を受けると(①),強い緑色蛍光を発するBTP3を遊離する(②).BTP3は水に不溶であるため沈殿し(③),組織が染色される(④).(B)BTP3の蛍光スペクトル.(C)BTP3-Neu5Acによるラット海馬急性切片の染色像.脳梁や内包などの白質領域が特に強く染色される.スケール:2 mm.

神経活動と連動したシアリダーゼ活性の変化

ラットの海馬急性切片をBTP3-Neu5Acで染色すると,海馬の主要な興奮性神経である苔状線維が投射する領域(CA3領域透明層)に比較的強いシアリダーゼ活性が検出される(5)5) A. Minami, Y. Meguro, S. Ishibashi, A. Ishii, M. Shiratori, S. Sai, Y. Horii, H. Shimizu, H. Fukumoto, S. Shinba et al.: J. Biol. Chem., 292, 5645 (2017)..ラット海馬の急性切片に高濃度カリウムで脱分極刺激を与えると,CA3領域の神経細胞周辺などにおいてシアリダーゼ活性が増加する(図2A図2■神経発火に伴うシアリダーゼ活性の増加とその役割).また,苔状線維に高頻度電気刺激(LTP誘導刺激)を与えると,BTP3-Neu5Acで経時的にモニターした透明層のシアリダーゼ活性は刺激1~2秒後に迅速に増加する.シアリダーゼ活性は脱分極刺激や高頻度刺激以外にも,フォルスコリンによる薬物性LTP誘導刺激や脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor; BDNF),N-methyl-D-aspartate型グルタミン酸受容体(NMDA受容体)やカイニン酸受容体などのグルタミン酸受容体の活性化によって増加する.逆に,抑制性神経伝達物質であるGABAによってシアリダーゼ活性は減弱する.このように,シアリダーゼ活性は神経活動と連動して迅速に酵素活性を変化させる(5)5) A. Minami, Y. Meguro, S. Ishibashi, A. Ishii, M. Shiratori, S. Sai, Y. Horii, H. Shimizu, H. Fukumoto, S. Shinba et al.: J. Biol. Chem., 292, 5645 (2017).

図2■神経発火に伴うシアリダーゼ活性の増加とその役割

(A)BTP3-Neu5Acで検出されるラット海馬CA3領域の神経細胞周辺のシアリダーゼ活性は,高濃度カリウムによる脱分極刺激によって増加する(赤色の矢尻).スケール:100 µm.(B)神経発火に伴ってシアリダーゼの酵素活性が増加することにより,シアル酸は糖鎖から脱離する.GQ1bなどのガングリオシドからシアル酸が脱離すると,興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の放出が抑えられる.神経活動と連動したシアリダーゼ活性の増加は,グルタミン酸の放出に対する負のフィードバック機構の一端を担うと考えられる.

また,シアリダーゼ活性は神経細胞に限らずグリア細胞のアストロサイトでもグルタミン酸刺激によって増加する.脱分極刺激によってインキュベート液中のシアリダーゼ活性が増加しないことや,各種シアリダーゼアイソザイムのmRNA量が増加しないことを考慮すると,神経活動と連動したシアリダーゼ活性の増加はシアリダーゼの分泌や発現量の増加によるものではなく,細胞内の局在変化や活性化因子などの作用により細胞膜表面のシアリダーゼ活性が増加しているものと推定される(5)5) A. Minami, Y. Meguro, S. Ishibashi, A. Ishii, M. Shiratori, S. Sai, Y. Horii, H. Shimizu, H. Fukumoto, S. Shinba et al.: J. Biol. Chem., 292, 5645 (2017).

シアリダーゼによるグルタミン酸放出に対する負のフィードバック制御

神経発火と連動してシアリダーゼ活性が増加する生理的意義について調べた.苔状線維を含む海馬の主要な神経回路はグルタミン酸作動性神経で構成される.マイクロダイアリシスやシナプス開口放出の検出プローブFM1–43を利用して,海馬神経からのグルタミン酸放出をシアリダーゼが抑制することを見いだしている(6)6) A. Minami, A. Ishii, S. Shimba, T. Kano, E. Fujioka, S. Sai, N. Oshio, S. Ishibashi, T. Takahashi, Y. Kurebayashi et al.: J. Biochem., 163, 273 (2018)..神経発火と連動したシアリダーゼ活性の増加は,興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の放出に対する負のフィードバック機構の一端を担うと考えられる(図2B図2■神経発火に伴うシアリダーゼ活性の増加とその役割).

ガングリオシドGQ1bに結合したシアル酸は,カルシウムシグナルやアセチルコリンの放出を促進する(7)7) Y. Tanaka, H. Waki, K. Kon & S. Ando: Neuroreport, 8, 2203 (1997)..われわれの研究グループでも,シアリダーゼ阻害剤DANAを作用させるとガングリオシドGQ1b/GT1aの発現量が増加するとともに,神経発火による細胞内カルシウム濃度の増加も促進されることを確認している(6)6) A. Minami, A. Ishii, S. Shimba, T. Kano, E. Fujioka, S. Sai, N. Oshio, S. Ishibashi, T. Takahashi, Y. Kurebayashi et al.: J. Biochem., 163, 273 (2018)..シアリダーゼによるグルタミン酸の放出抑制には,ガングリオシドからのシアル酸脱離を介した細胞内カルシウム流入の抑制が関与することが示唆される.

シアル酸脱離のin vivoモニタリング

海馬切片や培養細胞を利用した実験から,神経発火と連動して細胞表面のシアリダーゼ活性が増加することがわかってきた.しかしながら人工的に誘発させた神経発火ではなく,実際に記憶形成時の神経発火においてもシアリダーゼ活性が増加し,シアル酸脱離に至るのかについては不明であった.そこで筆者らはマイクロダイアリシス法を利用し,シアル酸脱離をin vivoでモニタリングすることを試みた(図3図3■In vivo条件下におけるシアル酸脱離の検出).はじめに,バクテリア由来の外因性シアリダーゼを投与することによって,海馬の細胞外液から微小透析膜を介して回収されるシアル酸量が増加することを確認した.次に,シアリダーゼ阻害剤で内因性シアリダーゼを阻害した際に,透析膜を介して回収されるシアル酸量の変化を検討した.シアル酸の高感度な高速液体クロマトグラフィー分析には,1,2-diamino-4,5-methylenedioxybenzeneによるシアル酸のプレカラム蛍光ラベル法を利用している.しかしながら,シアル酸の蛍光ラベル体と汎用のシアリダーゼ阻害剤DANAの蛍光ラベル体とはピークが重なるため,DANA存在下でシアル酸を定量することはできない.そこで,シアリダーゼ阻害剤2,3-dehydro-2-deoxy-N-propanoylneuraminic acid (DPNA) や2,3-dehydro-2-deoxy-N-glycolylneuraminic acid(DGNA)を新たに合成した.これらのシアリダーゼ阻害剤を添加すると,微小透析膜を介して回収されるシアル酸量は有意に減少した.このことから,マイクロダイアリシス法によって内在性シアリダーゼによるシアル酸脱離を評価することができることを確認した.

図3■In vivo条件下におけるシアル酸脱離の検出

シアル酸脱離によって遊離されたシアル酸を,微小透析膜を介してラット海馬から経時的に回収する.サンプル中のシアル酸量を測定することにより,シアリダーゼ活性の変化を間接的に知ることができる.

記憶形成時のシアル酸脱離

上記のシアル酸脱離のin vivoモニタリング法を利用して,神経活動と連動したシアル酸脱離の検出を試みた(5)5) A. Minami, Y. Meguro, S. Ishibashi, A. Ishii, M. Shiratori, S. Sai, Y. Horii, H. Shimizu, H. Fukumoto, S. Shinba et al.: J. Biol. Chem., 292, 5645 (2017)..高濃度カリウムでラットの海馬神経を脱分極させると,海馬の細胞外液から回収される遊離シアル酸量が増加する.海馬切片のレクチン染色によっても,高濃度カリウムによる刺激によってMAAレクチン[Neu5Acα2→3Gal-β(1–3)-GalNAc構造を認識]で検出されるシアル酸量が減少し,PNAレクチン[Gal-β(1→3)-GalNAc構造を認識]で検出されるシアル酸脱離後に露出するガラクトース末端が増加する.このように,神経発火によるシアリダーゼ活性の増加は,実際に糖鎖からシアル酸を脱離させるのに十分であることがわかる.

海馬細胞外液に遊離されるシアル酸量の増加は,恐怖条件づけ文脈学習時にも観測される.モリス水迷路で評価したラットの海馬依存性空間記憶能は,DANAやシアリダーゼアイソザイムNeu4に対するsiRNAによって減弱する(8)8) A. Minami, M. Saito, S. Mamada, D. Ieno, T. Hikita, T. Takahashi, T. Otsubo, K. Ikeda & T. Suzuki: PLOS ONE, 11, e0165257 (2016)..また,DANAは,海馬苔状線維–CA3錐体細胞間やシャッファー側枝–CA1錐体細胞間におけるシナプス伝達効率の長期増強(long-term potentiation; LTP)を減弱させる(8, 9)8) A. Minami, M. Saito, S. Mamada, D. Ieno, T. Hikita, T. Takahashi, T. Otsubo, K. Ikeda & T. Suzuki: PLOS ONE, 11, e0165257 (2016).9) A. Savotchenko, A. Romanov, D. Isaev, O. Maximyuk, V. Sydorenko, G. L. Holmes & E. Isaeva: Neural Plast., 2015, 908190 (2015).図4A図4■記憶形成におけるシアリダーゼの役割).これらの知見から,記憶形成時の神経活動と連動したシアル酸脱離は,正常な記憶能を発揮するうえで不可欠であることがわかる.

図4■記憶形成におけるシアリダーゼの役割

神経細胞接着分子(NCAM)の結合は,シアル酸重合体(ポリシアル酸)の負電荷による反発によってホモフィリックな結合が抑制されている.記憶形成時のシアリダーゼ活性の増加によるシアル酸脱離によって負電荷が除去されると,NCAMの結合を介して新たな神経回路が構築されると推定される.

シナプス形成におけるシアル酸脱離の関与

新しいシナプスが形成される際には,シナプス前膜とシナプス後膜に発現した神経細胞接着分子(NCAM)が結合する必要がある.NCAMにシアル酸重合体(ポリシアル酸;PSA)が結合している場合,シアル酸の負電荷によってNCAMはお互いに結合することができない(図4B図4■記憶形成におけるシアリダーゼの役割).マウス視覚野におけるPSAの発現は,生後14日ごろの開眼の時期に著しく減少する.このPSAの減少は,GABA作動性神経の発達制御を介して眼優位性の臨界期決定にかかわる.成体脳においても,海馬苔状線維の起始細胞である歯状回顆粒細胞のうち,新生したばかりの未熟な顆粒細胞は,NCAMにPSAを発現している.新生顆粒細胞から伸長した苔状線維は新生後およそ10~11日にCA3領域に達する(10)10) C. Zhao, E. M. Teng, R. G. Summers Jr., G. L. Ming & F. H. Gage: J. Neurosci., 26, 3 (2006)..NCAMに発現するPSAは新生3~4週間後に消失し,12週間後では観察されなくなる(11, 12)11) T. Seki & Y. Arai: J. Neurosci., 13, 2351 (1993).12) T. Seki: J. Neurosci. Res., 70, 327 (2002)..PSAを酵素であらかじめ除去すると苔状線維の異所性の投射や終末形成が観察されることから,PSAは苔状線維の正常な軸索伸長に不可欠であると考えられる(13~15)13) T. Seki & U. Rutishauser: J. Neurosci., 18, 3757 (1998).14) J. S. Da Silva, T. Hasegawa, T. Miyagi, C. G. Dotti & J. Abad-Rodriguez: Nat. Neurosci., 8, 606 (2005).15) J. A. Rodriguez, E. Piddini, T. Hasegawa, T. Miyagi & C. G. Dotti: J. Neurosci., 21, 8387 (2001).

苔状線維終末のPSAは正常なシナプス形成にも欠かすことができない.苔状線維はおよそ3カ月ごとに新しい神経に入れ替わり,定期的に新しいシナプスを形成する.未熟な苔状線維終末はPSAを発現している.PSAを発現する苔状線維終末では,シナプス後スパインの形成過程においてCA3錐体細胞樹状突起からの陥入が観察される(16)16) T. Seki & Y. Arai: J. Comp. Neurol., 410, 115 (1999)..成熟した苔状線維終末ではPSAの発現は観察されない.苔状線維終末の適切なシナプス形成には,適切なタイミングと場所でシアル酸が除去されることが重要である(16, 17)16) T. Seki & Y. Arai: J. Comp. Neurol., 410, 115 (1999).17) G. Di Cristo, B. Chattopadhyaya, S. J. Kuhlman, Y. Fu, M. C. Belanger, C. Z. Wu, U. Rutishauser, L. Maffei & Z. J. Huang: Nat. Neurosci., 10, 1569 (2007)..記憶形成時の神経活動と連動したシアリダーゼ活性の増加は,シナプスの成熟化に関与していると考えられる(図4B図4■記憶形成におけるシアリダーゼの役割).

PSAはこのほかにも,BDNFやドパミンなどの捕獲効果が報告されている(18, 19)18) R. Isomura, K. Kitajima & C. Sato: J. Biol. Chem., 286, 21535 (2011).19) Y. Kanato, K. Kitajima & C. Sato: Glycobiology, 18, 1044 (2008)..また,シアル酸は電位依存性ナトリウムチャネルやカルシウムチャネル,NMDA受容体,α-amino-3-hydroxyl-5-methyl-4-isoxazolepropionate(AMPA)型グルタミン酸受容体など多くのチャネルや受容体の活性にかかわる(20~22)20) D. Isaev, E. Isaeva, T. Shatskih, Q. Zhao, N. C. Smits, N. W. Shworak, R. Khazipov & G. L. Holmes: J. Neurosci., 27, 11587 (2007).21) M. S. Hammond, C. Sims, K. Parameshwaran, V. Suppiramaniam, M. Schachner & A. Dityatev: J. Biol. Chem., 281, 34859 (2006).22) K. B. Hoffman, M. Kessler & G. Lynch: Brain Res., 753, 309 (1997)..神経活動と連動したシアル酸脱離は,このようなシアル酸がかかわる神経機能に多角的に作用すると考えられる.実際これまでに,シアリダーゼは海馬神経の同期活動やてんかんの発作強度と関連することが報告されている(23, 24)23) E. Isaeva, I. Lushnikova, A. Savrasova, G. Skibo, G. L. Holmes & D. Isaev: Eur. J. Neurosci., 32, 1889 (2010).24) E. Isaeva, I. Lushnikova, A. Savrasova, G. Skibo, G. L. Holmes & D. Isaev: Pharmacol. Rep., 63, 840 (2011).

おわりに

現在,シアリダーゼの機能解析で得られた知見を基盤として,研究対象を中枢から末梢に,また,生理機能から疾患に広げている.哺乳動物における主要なシアル酸分子種のうち,N-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)は脳に豊富に存在し,記憶などの神経機能に重要な役割を担う.N-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)は,Neu5Gcの生合成にかかわるCMP-Neu5Ac水酸化酵素(CMAH)がすべての哺乳動物の脳に共通して発現していない.しかしながら,筆者らは血中に存在するNeu5Gcは脳に移行することを見いだした(25)25) R. Taguchi, A. Minami, Y. Matsuda, T. Takahashi, T. Otsubo, K. Ikeda & T. Suzuki: PLOS ONE, 10, e0131061 (2015)..Neu5Gcはシアリダーゼによる加水分解を受けにくいため,食餌に由来して体内に取り込まれたNeu5Gcは脳に移行し,シアリダーゼによる脳機能の制御を阻害すると考えられる(26~29)26) M. Sumida, M. Hane, U. Yabe, Y. Shimoda, O. M. Pearce, M. Kiso, T. Miyagi, M. Sawada, A. Varki, K. Kitajima et al.: J. Biol. Chem., 290, 13202 (2015).27) L. R. Davies, O. M. Pearce, M. B. Tessier, S. Assar, V. Smutova, M. Pajunen, M. Sumida, C. Sato, K. Kitajima, J. Finne et al.: J. Biol. Chem., 287, 28917 (2012).28) Y. Naito-Matsui, L. R. Davies, H. Takematsu, H. H. Chou, P. Tangvoranuntakul, A. F. Carlin, A. Verhagen, C. J. Heyser, S. W. Yoo, B. Choudhury et al.: J. Biol. Chem., 292, 2557 (2017).29) B. E. Collins, T. J. Fralich, S. Itonori, Y. Ichikawa & R. L. Schnaar: Glycobiology, 10, 11 (2000).

また,シナプス小胞と分泌顆粒のエキソサイトーシスには多くの共通した仕組みがある.神経細胞からのグルタミン酸放出がシアリダーゼ阻害剤DANAによって促進されることを示す知見を基に,インスリン分泌もまたDANAによって促進されることを見いだしている.興味深いことに,DANAは低血糖時にはインスリン分泌を促進しない.低血糖はインスリン分泌促進を作用機序とする糖尿病治療薬の重篤な副作用であるが,DANAは低血糖副作用を回避可能な糖尿病治療薬として利用できる可能性がある(投稿中).

本稿で概説したように,新たな糖鎖機能の解析ツールを用いることによって,これまでとは異なる視点から糖鎖の役割を理解することができる.BTP3-Neu5Acは生理機能のみならず,大腸がんの検出やインフルエンザウイルスの検出に利用範囲を拡大している(4, 30)4) A. Minami, T. Otsubo, D. Ieno, K. Ikeda, H. Kanazawa, K. Shimizu, K. Ohata, T. Yokochi, Y. Horii, H. Fukumoto et al.: PLOS ONE, 9, e81941 (2014).30) D. Kato, Y. Kurebayashi, T. Takahashi, T. Otsubo, H. Otake, M. Yamazaki, C. Tamoto, A. Minami, K. Ikeda & T. Suzuki: PLOS ONE, 13, e0200761 (2018)..BTPの誘導体は,ガラクトシダーゼなどシアリダーゼ以外の酵素の基質としても利用できる(31)31) T. Otsubo, A. Minami, H. Fujii, R. Taguchi, T. Takahashi, T. Suzuki, F. Teraoka & K. Ikeda: Bioorg. Med. Chem. Lett., 23, 2245 (2013)..今後は共同研究などを通じて,糖鎖機能の解析対象を広げていきたい.

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