解説

血液凝固のメカニズムと病態について魚類を用いて解析する魚で血液凝固因子の機能を探れるか

Studies on Blood Coagulation Using Fish as a Model Organism: How Can We Study Blood Coagulation Using Fish?

Risa Suzuki

鈴木 里沙

名古屋大学大学院創薬科学研究科

Qi Meng

名古屋大学大学院創薬科学研究科

Yuko Watanabe

渡邉 優子

名古屋大学大学院創薬科学研究科

Kiyotaka Hitomi

人見 清隆

名古屋大学大学院創薬科学研究科

Published: 2019-06-01

傷害が起こった際に,血液が固まる現象(凝固)は生命維持に必須である.また,血管中では凝固反応が簡単に起こらないように,多くの因子により多段階反応で制御されている.この仕組みや薬剤探索の研究はモデル生物としてマウスが用いられている.しかし,魚類もまた同様の血液凝固の仕組みを有し,これを対象にした研究も行われている.魚類としてのモデル生物としてはゼブラフィッシュがまず挙げられることが多いが,日本で確立されたモデル生物であるメダカも,近年では世界レベルで用いられている.本稿では,これらの魚類における血液凝固過程の関連因子について行われてきた研究についてまとめ,その応用研究についても考えてみる.

はじめに血液凝固について

体内を循環する血液には血球や有用成分の運搬,体温の保持といった多様な役割がある.そのため生体には傷が生じても血液が体外に漏れ出ないよう,さまざまな仕組みが備わっている.血液が固まることは普段は意識をしないくらい当たり前のことであり,出血した際には傷口を塞ぐ「かさぶた」が生じる.しかしながら,そのようなコントロールがきちんと保たれない場合,たとえばいつまでも出血が止まらなかったり,あるいは逆に本来起こらない部位で凝固物によって血管が詰まったりすることになれば(血栓)疾患状態になる.先述したように,高等動物の血液凝固反応は厳密なメカニズムのもとで行われ,生じた血液凝固物は必要がなくなれば速やかに処理される.実は後者の現象は「線溶(線維素溶解からこう呼ばれる)」と呼ばれ,傷口の修復後に不要な塊を除くための血液凝固とは正反対の役割を果たすことから,線溶もまた重要な現象である.本稿では血液凝固と線溶の全容を述べることが目的ではないので,両者の詳細な仕組みについてはほかの総説を参考にされたい(1~3)1) 一瀬白帝:“新・血栓止血血管学 凝固と炎症”,金芳堂,2015.2) S. I. Rapaport: Biomed. Sci., 158, 153 (1993).3) 関泰一郎:化学と生物,53, 6 (2015).

血液内には多くのタンパク質を中心とした凝固に必要な因子が存在し,哺乳類ではすでに明らかにされている(図1図1■血液凝固と線溶において働く因子群).傷が生じると血液中の血小板が集積してこれを抑え(一次止血),その後,いろんな凝固因子の作用を経て最終産物として凝固物が完成する(二次止血).反応はあまりにも複雑なため,本来の名前よりも血液凝固にかかわる因子としてローマ数字による番号表記で表されている.これらの因子の基本的な反応の多くはタンパク質分解酵素による反応であり,不活性な前駆体が限定分解されて活性化される機構が,カスケード(滝の流れ)形式でトロンビンの作用段階まで続いている.トロンビンは中心的な存在となるセリンプロテアーゼであり,不活性な前駆体から限定分解を受けて活性化される.活性化したトロンビンは,フィブリン前駆体(フィブリノーゲン)と血液凝固第十三因子(Factor XIII)を分解して活性化する.フィブリンは,α, β, γの3種類のサブユニットが2組,非共有結合レベルで相互作用した高分子として構成される.フィブリンαとβはトロンビンによってN末端が切断されることがスイッチとなって,それぞれのサブユニットの相互作用パターンが変化して構造変化に至り,多量化し不溶性になる.

図1■血液凝固と線溶において働く因子群

青字:線溶系,黒字:凝固系

一方,トロンビンで限定分解され活性化されたFactor XIII(FXIII)は,プロテアーゼとは真逆の働きをするタンパク質架橋化酵素・トランスグルタミナーゼである(コラム欄参照).この酵素はタンパク質同士(ここではフィブリンが基質)を共有結合レベルで架橋接着させる.構造変化をしたフィブリンの多量体に対して,その中のγサブユニットの一部がFXIIIによる架橋接着を受ける.その結果,多量化体は共有結合で結び付けられるためにさらに不溶化が進行し,最終的に完全な「かさぶた」となる.

血液が固まったのちには,修復された組織の周囲にあった凝固産物がプロテアーゼの作用で分解され処理され,凝固物は除去される.この現象は平常時に血液凝固物が生じないようにするためにも必要である.ここで主に働くプロテアーゼはプラスミンと呼ばれ,フィブリンを切断して低分子化する.この酵素反応が傷害時には起きないようにするために,プラスミンももちろん,普段は眠った状態の前駆体で存在しており,プラスミノーゲンアクティベータ(tPA: tissue plasminogen activator)と呼ばれる因子によって活性化される.血中にはプラスミノーゲンが活性化しないように抑えこむ因子(PAI-1: plasminogen activator inhibitor-1)もあり,さらにそれらの因子を抑え込む別の因子(プロテインC)も存在するなど,複数のタンパク質群による複雑な制御がある.驚くべきことに,トロンビンも本来は血液凝固を引き起こすためのカギとなる因子だが,特定の修飾因子(トロンボモジュリン)が作用すれば,逆に線溶の方向へ向かわせるように働くなど,ここでもトロンビンは重要な働きをしている.

モデル生物としてのメダカやゼブラフィッシュ

ゼブラフィッシュ(Danio rerio)およびメダカ(ミナミメダカ,Oryzias latipes)は近年モデル生物としてあらゆる研究領域で用いられている(4~6)4) 岩松鷹司:“メダカ学全書”,大学教育出版,2018.5) 弥益 恭:“ゼブラフィッシュの発生遺伝学(新・生命科学シリーズ)”,裳華房,2015.6) 尾田正二: 化学と生物,52, 265 (2014)..両者ともゲノム配列がすでに明らかにされていて,受精卵への遺伝子導入技術やゲノム編集技術が確立されている.図2図2■ゼブラフィッシュとメダカの写真(成魚,仔魚,受精卵)に,ゼブラ・メダカの写真(受精卵,仔魚,成魚)を載せている.同じモデル生物であるが,大きさ,発生や生育過程での違いがある.

図2■ゼブラフィッシュとメダカの写真(成魚,仔魚,受精卵)

ゼブラフィッシュは(コイ目)世界中で広く用いられている.インド原生で体長は約5 cmであり,1,700 Mbのゲノムサイズをもつ.一方,メダカ(ダツ目)は約2 cmの大きさの日本産の魚であり,800 Mbのゲノムサイズである.これらの生物が多くの先人によって生育状況や生態などが調べられ,そのような知見をもとにして近年モデル生物として取り扱われることになった.メダカも日本以外の国でも,ゼブラフィッシュと並んで研究対象としての成果が増えつつある.このほかのモデル生物としての魚類では,トラフグ(Takifugu rubripes),ミドリフグ(Dichotomyctere nigroviridis),トゲウオ(イトヨ;Gasterosteus aculeatus)もよく用いられる.

魚類の場合は受精卵を体外で容易に採取できるので遺伝子導入や観察が可能であり,かつまた一度に多くの卵を採取することができるため,発生研究や遺伝子変異個体の確立によく用いられている.また,卵が透明であることから発生過程研究などでの観察が容易でもある.そのため血液凝固因子の研究にこれらの魚類を用いた報告がここ十数年なされてきた.これらの因子はまた,本来の凝固・線溶だけでなく,他組織での凝固以外の機能を有し,この場合には遺伝子欠損(変異)した魚を得て,表現型を解析するのが最も情報が得られやすい.

ヒトと魚類の血液凝固因子の違い

次に魚類におけるオルソログ(異なる生物間で相同な遺伝子)というものを考えてみる.ここで挙げたメダカやゼブラフィッシュは同じ脊椎動物としてヒトなどの哺乳類と共通遺伝子をもっている.ゲノム配列解析の結果からは相当数の共通する遺伝子が存在する(7)7) 武田洋幸:蛋白質核酸酵素,53, 227 (2008) ..血液凝固因子は果たしてどうだろうか.遺伝子データベースを用いて,ヒトの血液凝固因子の配列を基に検索してその存在を調べてみたところ,多数の血液凝固因子の共通する遺伝子が存在した.線溶系にかかわる因子も含めてゼブラフィッシュやメダカの類似する遺伝子について,推定アミノ酸配列の相同性を表1表1■血液凝固因子と線溶に関与する因子 ヒトと魚類のホモロジーにまとめた.このようにそれぞれの因子すべてがヒトとかなり近い構造を保っている.

表1■血液凝固因子と線溶に関与する因子 ヒトと魚類のホモロジー
組み合わせフィブリンγトロンビン組織因子FXFXIIIアンチトロンビンプラスミノーゲンPAI-1tPA
ゼブラフィッシュ&メダカ67%63%45%62%64%67%71%60%54%
ヒト&メダカ52%52%32%54%47%58%55%46%40%
ヒト&ゼブラフィッシュ56%55%34%49%47%59%55%44%38%
主要な血液凝固因子についてデータベースを基に,ヒト・ゼブラフィッシュ・メダカについて,アミノ酸配列上での相同性を数値で示した.

これらの血液凝固因子に見られる特徴的な構造,たとえば血液凝固因子の多くの配列に存在するGlaドメインは魚類の場合でも保存されている.Glaドメインはカルボキシル化されたグルタミン残基が多く含まれた配列によって特別な構造を形成しており,ホスファチジルイノシトールを主とするリン脂質と結合できる.そのため,これを表面にもつ血小板を足場に凝固反応が促進されるもので,この巧妙な仕組みが魚類でも保存されていることが示されている.

因子のうち3つの要素,血液凝固第十三因子(Factor XIIIトランスグルタミナーゼ)をはじめ,トロンビン(Factor II),フィブリン(Factor I)については血液凝固の最終段階で働くものであり,かさぶたの性状形成にも大きくかかわる.これらはヒトと魚類で,明確にそれぞれが類似するタンパク質(遺伝子)が存在するまた,表1表1■血液凝固因子と線溶に関与する因子 ヒトと魚類のホモロジーのように,線溶のキーになる分子群,プラスミン,tPA, PAI-1についても,それぞれ魚類とヒトで相同な遺伝子が存在し,魚類にも血液凝固と線溶の相反する仕組みが保持されていると考えられる.

メダカとゼブラフィッシュとはゲノムサイズは倍ほど異なり,またヒトに比べても小さい.それにもかかわらず,ほとんどの血液凝固因子としてのラインナップは整っている.このことは魚類を使っての血液凝固因子の研究がほぼ同じように行えることを示している(8)8) A. C. Weyand & J. A. Shavit: Curr. Opin. Hematol., 21, 418 (2014).

血液凝固因子を遺伝子欠損させた魚類モデル

マウスおよび魚類を用いてこれまで,血液凝固因子でなされた研究成果について,比較して表にまとめている(表2表2■ヒト,ゼブラフィッシュ,メダカにおける血液凝固因子の遺伝子欠損時の表現型).ここではその中でも凝固系でとりわけ重要で魚類を用いて研究されている因子(フィブリン,トロンビン,組織因子Factor III, Factor X, Factor XIII)を取り上げる.さらに凝固過程で,トロンビン作用を抑制させているアンチトロンビンという分子も取り上げる.これらの因子は,魚類で類似した遺伝子が存在していることが研究されており,該当遺伝子を欠損させた個体(Phenocopy)の表現型を解析することでその機能を調べることが可能である.

表2■ヒト,ゼブラフィッシュ,メダカにおける血液凝固因子の遺伝子欠損時の表現型
表現型
凝固因子/動物種マウスゼブラフィッシュメダカ
組織因子胎生致死局所的な出血(脳血管・咽頭)血管形成異常Unknown
出生後致死
Factor X胎生致死出血(胎生)Unknown
周産期致死(embryonic or perinatal lethality)半年間生存
トロンビン胚性致死局所的な出血(脳・眼・卵黄嚢)血管形成異常?
出生後数日で出血死
Factor XIII胸腔出血・心嚢血腫Unknown骨棘の形成
心筋線維化血液凝固異常
繁殖可能
フィブリノーゲンα30%が胎生致死局所的な出血(幼生期:頭蓋内・筋肉)Unknown
一部成体まで生存局所的な出血(頭・目・腹部)
繁殖可能
アンチトロンビン胎生致死血栓形成(静脈・心臓)Unknown
播種性血管内凝固症候群
一定期間生存

フィブリン(Factor I):先述のように,α, β, γの3つのサブユニットからなる,血液凝固の最終段階に登場する因子である.哺乳類も魚類もこれらはそれぞれ別の遺伝子でコードされているため,欠損時の表現型を知るために,それぞれについて個別に遺伝子抑制した場合の解析がなされている.この場合には,モルフォリノ(Morpholino)という,配列親和性によってmRNAに結合し翻訳阻害を誘導する分子を導入する方法で,受精卵に導入してそれぞれのフィブリンサブユニット形成を阻害した場合での研究がなされている(9)9) A. H. Vo, A. Swaroop, Y. Liu, Z. G. Norris & J. A. Shavit: PLoS One, 8, e74682 (2013)..この場合,受精卵の発生段階において観察されたところ,そのいずれにおいても,幼生段階(larvae)以降の段階に,頭蓋内や筋肉内の広範囲に出血が見られる.また,αサブユニットのみについてであるが,正常な遺伝子発現・翻訳が阻害される変異体がゲノム編集技術によって得られている(10)10) R. J. Fish, C. Di Sanza & M. Neerman-Arbez: Blood, 123, 2278 (2014)..これもマウスではホモ変異体は得られにくく,胎生致死となることが多い.しかし成長しにくいものの,ゼブラフィッシュの場合はある程度の生存は可能であり,その表現型としては頭・眼・腹部において出血が見られる.

トロンビン(Factor II):これもマウスにおいては完全に遺伝子欠損させた場合には致死になる.ゼブラフィッシュにおいても,おそらく致死なのであろうがこれまでの研究では,一過的にMorpholinoを用いてその発現を抑えて観察している(11)11) K. Day, N. Krishnegowda & P. Jagadeeswaran: Blood Cells Mol. Dis., 32, 191 (2004)..その場合もやはり脳,眼,卵黄嚢に出血を伴う,初期発生段階での障害が見られる.一部が正常に発生することができて解析が可能になるが,これも脳に出血がある.われわれも現在,メダカにおけるトロンビンをゲノム編集でノックアウトしたものを作製しているが,これも血管形成時に出血が見られ発生段階で影響を与えそうである(鈴木里沙ら,未発表).このように魚類ではある程度の発生を達成して解析できるメリットがあるかもしれない.

先のフィブリン同様,トロンビンには本来の血液凝固以外にも相互作用する分子があり,また抗菌作用にも貢献することが明らかになっている(12)12) P. Papareddy, V. Rydengard, M. Pasupuleti, B. Walse, M. Morgelin, A. Chalupka, M. Malmsten & A. Schmidtchen: PLoS Pathog., 6, e1000857 (2010)..成魚としての変異体を得た場合には,単に血液凝固だけでなくほかの表現型が現れて意外な生理機能が明らかになるかもしれない.

組織因子(Factor III):組織因子は血液凝固の初期段階に惹起する因子である.哺乳類も含めて組織外や血管内皮の下部に広く存在するが,ゼブラフィッシュでは胸びれ(pectoral fin)や咽頭(pharynx)にも局在している.この因子についてもMorpholinoを用いての同様の遺伝子発現抑制が試みられている.しかしながら,遺伝子欠損マウスと同様に,90%が発生段階で致死になり,成魚の場合でも表現型はわからない(13)13) R. F. Zhou, Y. Liu, Y. X. Wang, W. Mo & M. Yu: Genet. Mol. Res., 10, 4147 (2011).

発生段階での観察では,脳血管や咽頭に局所的な出血などの異常が見られるが,その前に血管形成の異常などが観察されている.そのため,Factor IIIはこれらの血管を中心とした組織の形成に必須と考えられ,血管内皮細胞への効果などその究明が待たれる.

Factor X: Factor Xは凝固系の比較的上流に位置し,リン脂質複合体や上位の第V因子の存在により,プロトロンビンを限定分解して活性化トロンビンへと変化させるプロテアーゼである.これもマウスでは遺伝子がノックアウトされた場合には致死になるため,その後の解析ができない.ゼブラフィッシュで樹立された変異体は出血が発生段階で見られる.しかしながら,この場合のノックアウト個体は成魚となっても半年以上の寿命を保っていることがわかった.この原因は不明であるが,後述するアンチトロンビンと同様に,マウスとは異なった結果となる(14)14) Z. Hu, Y. Liu, M. C. Huarng, M. Menegatti, D. Reyon, M. S. Rost, Z. G. Norris, C. E. Richter, A. N. Stapleton, N. C. Chi et al.: Blood, 130, 666 (2017).

Factor XIII: FXIIIは最終段階でフィブリンを架橋させて「かさぶた」を完成させる.通常時にはFXIIIAサブユニットとして二量体で存在し,哺乳類ではさらに全く別構造をもったFXIIIBサブユニット(こちらも二量体で存在)と相互作用した四量体の状態で血流中に存在する.トランスグルタミナーゼとしての活性を発揮するのはAサブユニットであり,トロンビンでN末端側が限定分解された後にサブユニット構造が解消され,架橋活性が働きだしてフィブリン(γ)を架橋する.

メダカでわれわれは初めてそのオルソログを同定し,構造類似性を明らかにした.さらにゲノム編集技術によってこれを欠損させたメダカを確立してその表現型を解析した(15)15) R. Horimizu, R. Ogawa, Y. Watanabe, H. Tatsukawa, M. Kinoshita, H. Hashimoto & K. Hitomi: FEBS J., 284, 2843 (2017)..このメダカの血液を採取して血液凝固を行わせると,フィブリンの架橋が生じ不安定なかさぶた形成が観察された.これ自体は予想された結果であったが,意外なことに変異体の脊椎骨において棘が生じるという特徴が見られた.血液凝固因子であるFXIIIが骨形成に異常を及ぼすことは意外であった.FXIIIは骨芽細胞や脂肪細胞など間葉系細胞の分化段階で発現することが報告されており,これは血液凝固因子がそれ以外の現象での働きを見いだす一例であるかもしれない(16)16) V. D. Myneni, K. Hitomi & M. Kaartinen: Blood, 124, 1344 (2014).

アンチトロンビン:アンチトロンビンはトロンビンをコントロールして凝固の抑制に働くタンパク質である.またトロンビン以外の凝固系で働くいくつかのプロテアーゼに対しても阻害する能力があるため,血液凝固を抑える働きがある.これに欠陥(欠損)があって働かない場合は活性型トロンビンがいつまでも働き続ける.いわばアクセルがかかりっぱなしの状態で,フィブリンが消費されていく状態になる.これはヒトでは,藩種性得血管内凝固症候群という疾患に相当する.ゼブラフィッシュでアンチトロンビンを欠損させてそのモデルとなる魚が作られており,静脈内で血栓が形成されるが,先述のFactor Xの遺伝子欠損個体と同様に一定期間生存する(17)17) Y. Liu, C. A. Kretz, M. L. Maeder, C. E. Richter, P. Tsao, A. H. Vo, M. C. Huarng, T. Rode, Z. Hu, R. Mehra et al.: Blood, 124, 142 (2014)..しかしながら,成魚はやがて心臓に血栓が生じて死に至る.ある期間の生存ができる原因についてはいまだわからないが,魚類にはこの危機を脱する仕組みがあるのかもしれない.このようなモデルを用いて,いかにヒトでも起こりうるこの血栓形成疾患を防ぐことができるかの試みが可能である.

以上のように,血液凝固因子を欠損させるとノックアウトマウスでは胎生致死になるが,魚類ではそれが回避されその後の形質が解析できる場合がある.魚類の特徴として発生過程が異なり,当然ながら体外で卵からの発生で(胎盤形成を経由せず),そのため血液凝固にかかわるものがない場合に影響がされないことによるのかもしれない.

遺伝子発現抑制をした場合に,血管形成(発生)に異常が見られるものが多い.よく考えてみるとこれは不思議である.たとえ血液凝固因子がなくても,傷害さえ起こらなければ血管形成や発生には問題ないはずである.発生段階で外部からすべての卵が傷を受けて,出血することは考えにくく,もしかすると発生の最中には,血液凝固に似た何らかの必須なプロセスがあるのかもしれない.メダカ(ゼブラフィッシュも)の卵は透明で,その血管形成も含めた発生の観察には適しており,変異体の解析から血管形成の知見が得られるかもしれない.

魚類による血液凝固研究の利点

言うまでもなく魚類は水中で生育する点で,ヒトとは全く生活環境が違う.しかしながら傷を負った際に血管から出血する点は同じであって,たとえ水中であってもこれを食い止めることは必要である.

魚類による血液凝固研究の利点としては大きく3つ挙げられる.第一に,魚類は新規薬剤の探索に利用しやすい点である.血液凝固に関する薬剤は多種存在してその効果が検討されている(18)18) L. R. Jackson 2nd & C. Becker: J. Thromb. Thrombolysis, 37, 380 (2014)..マウスに薬剤を適用する場合には,注射による導入ではなく摂食させる場合には強制的に摂取させる一定の工夫が必要である.しかし魚類の場合は飼育する水の中に入れておけば通常は体内(血流)を循環する.この場合有効濃度の設定には課題があるものの,幼生時から飼育する水に探索すべき薬剤候補を含ませて飼い,一定期間血流に対象分子としてのターゲットを十分に存在させた状態にできる.たとえばこれで傷害を与えて傷口の回復を見ることで,魚類で多くの解析を行えるのではないかと考えている.ここで紹介した論文の中でも実際に凝固因子の変異体に傷害を与えてその回復を調べているものがあり,凝固促進因子のスクリーニングが可能になる.

第二には,魚類の遺伝子変異体ではほかの動物種では致死となる遺伝子の欠損であっても生存し,表現型の解析が行える場合がある点が挙げられる.Factor Xやアンチトロンビンの遺伝子欠損個体のように,マウスでは胎生致死に至る場合でも魚類の場合は成体になり,血液凝固の障害を調べる系として活用できることがある.これはほかの因子でも応用の可能性があるとともに,どのように発生に血液凝固因子が関与するのかを知る手立てとなる.

第三に,魚類は体表が透明に近く血管や血球の観察がしやすい点である. 血液凝固関連の遺伝子を欠損させると血管の形成に影響を与える場合が多々見受けられる.血管形成とこのような凝固現象の関連を調べるうえで,また凝固異常が生じる可能性がある場合の研究では,ここで紹介した魚類は血管内の血流を観察できるため,血液凝固が起こりやすくなる場合の変化なども研究しやすいかもしれない.

以上のような利点を考え,今後とも血液凝固研究にこの飼育と繁殖が容易なモデル生物が貢献できることを願ってやまない.

Reference

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