解説

必須微量元素セレンの生理作用と代謝セレンタンパク質の機能とセレン代謝

Physiological Functions and Metabolisms of Essential Trace Element Selenium: Function of Selenoproteins and Selenium Metabolisms

Ryuta Tobe

戸部 隆太

立命館大学生命科学部

Hisaaki Mihara

三原 久明

立命館大学生命科学部

Published: 2019-06-01

セレンは酸素や硫黄とともに周期表第16族に属するカルコゲン元素である.セレンと聞くとすぐに毒物を想像する読者も少なからずいるであろう.しかし,種々の生物にとって,セレンは過剰量で毒性を示す反面ごく微量ながら欠かすことのできない「必須微量元素」である.セレンは,ほかの必須微量元素と比べて,その必要量と中毒量との差が小さい点でユニークである.セレンの生理作用は,セレンをセレノシステイン残基の形で含む特殊なタンパク質である「セレンタンパク質」の働きによって主に発揮され,抗酸化,抗がん,抗老化,精子の運動能,免疫システムなど多岐にわたる(Graphical abstract参照).ここでは,動物から植物,細菌に至るまで,セレンおよびセレンタンパク質の生理機能とセレン代謝について,最近の国内における研究動向も含めて解説する.

セレンの生物学:その歴史と現在

セレンは1817年にスウェーデンの化学者であるBerzeliusらによって見いだされた.1930年代には,家畜の慢性セレン中毒であるアルカリ病や急性中毒である暈倒病などが米国で発生した.しかし,1940~1950年代にかけて,徐々に生物におけるセレンの有用性が示されるようになり,1950年代の終わりには,セレンが動物にとって必須元素であることが示された(1)1) K. Schwarz & C. M. Foltz: J. Biol. Chem., 233, 245 (1958)..1973年には,セレンが抗酸化酵素グルタチオンペルオキシダーゼ(GPX)1の活性に必須な構成成分であることが示された(2)2) J. T. Rotruck, A. L. Pope, H. E. Ganther, A. B. Swanson, D. G. Hafeman & W. G. Hoekstra: Science, 179, 588 (1973)..本発見により,長らく不明であったセレンの栄養学的作用の理由多くが,セレンを含有するタンパク質の機能によって説明可能であることが初めて示された.この発見とほぼ同時に,細菌において,ギ酸脱水素酵素(3)3) J. R. Andreesen & L. G. Ljungdahl: J. Bacteriol., 116, 867 (1973).とグリシン還元酵素(4)4) D. C. Turner & T. C. Stadtman: Arch. Biochem. Biophys., 154, 366 (1973).が活性に必須な成分としてセレンを含有することが見いだされた.その後の解析により,グリシン還元酵素のポリペプチド鎖中に,システインの硫黄がセレンで置き換わった構造をもつセレノシステイン(Sec)残基が存在することが明らかになった(5)5) J. E. Cone, R. M. Del Rio, J. N. Davis & T. C. Stadtman: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 73, 2659 (1976)..1986年には,GPXのSec残基が,通常は終止コドンとして機能するUGA(オパール)によってコードされることが明らかにされた(6)6) I. Chambers, J. Frampton, P. Goldfarb, N. Affara, W. McBain & P. R. Harrison: EMBO J., 5, 1221 (1986)..Sec残基が翻訳段階でセレンタンパク質に挿入される基本的な仕組みについては,まず大腸菌において明らかにされた後に哺乳類やアーキアにおける解析も行われ,哺乳類(やアーキア)と細菌では類似点が多いものの,いくつかの点で違いがあることがわかってきた(コラム参照)(7~9)7) J. Heider & A. Böck: Adv. Microb. Physiol., 35, 71 (1993).8) B. A. Carlson, X. M. Xu, G. V. Kryukov, M. Rao, M. J. Berry, V. N. Gladyshev & D. L. Hatfield: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 12848 (2004).9) J. Yuan, S. Palioura, J. C. Salazar, D. Su, P. O’Donoghue, M. J. Hohn, A. M. Cardoso, W. B. Whitman & D. Söll: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 18923 (2006)..それら相違点の主なものとして,Sec挿入位置の指定のしかたがある.セレンタンパク質のmRNA上のUGAコドンの位置でSec残基が挿入されるためには,mRNA上にSec挿入配列(SECIS)と呼ばれるSec挿入を指定する目印が必要である.SECISは40~100塩基からなるステムループ二次構造を形成し,細菌の場合はUGAコドンのすぐ下流に位置するが,哺乳類(とアーキア)の場合には3′非翻訳領域に存在する(コラム参照).2003年には,バイオインフォマティクスにより,ヒトゲノムに25種類のセレンタンパク質の遺伝子が見いだされ(10)10) G. V. Kryukov, S. Castellano, S. V. Novoselov, A. V. Lobanov, O. Zehtab, R. Guigó & V. N. Gladyshev: Science, 300, 1439 (2003).,マウスやラットを使った遺伝子破壊や遺伝子ノックダウン実験により各セレンタンパク質の生理機能がin vivoで解析されるようになった.また,ヒトにおける疫学調査研究などから,がんや糖尿病などとセレンタンパク質の関連が示唆されており,その作用機序を解明しようとする研究が盛んに行われている.さらに近年では,セレンの新たな機能の発見を目指して,セレンを必須としない植物におけるセレン代謝や,微生物におけるセレン代謝の研究も増えつつある.

哺乳動物のセレンタンパク質とその機能

現在,ヒトでは25種類,真核生物全体では39種類のセレンタンパク質が(アミノ酸配列からの予測も含めて)見いだされている(11)11) D. L. Hatfield, B. A. Carlson, P. A. Tsuji, R. Tobe & V. N. Gladyshev: “Molecular, Genetic, and Nutritional Aspects of Major and Trace Minerals,” Academic Press, 2016, p. 463.図1図1■これまでに見いだされているセレンタンパク質).哺乳動物の場合,GPX,チオレドキシン還元酵素(TXNRD),セレノプロテインP(SELENOP),セレノリン酸合成酵素(SEPHS2),ヨードチロニン脱ヨウ素化酵素(DIO)についてはよく研究がなされている.これら以外のセレンタンパク質については,酸化還元酵素であると推定されているものの,いまだ機能は不明である.

図1■これまでに見いだされているセレンタンパク質

(左)真核生物のセレンタンパク質.(右)原核生物のセレンタンパク質.*はアーキア特有のセレンタンパク質.

GPXは,グルタチオン(GSH)を介して過酸化水素や過酸化脂質の還元を触媒する抗酸化酵素である.ヒトでは8種類のアイソザイムが特定されており,そのうちの5つがSec残基を含むセレンタンパク質である.特にGPX4は,リン脂質ヒドロペルオキシドグルタチオンペルオキシダーゼであり,生体膜内に生じたリン脂質ヒドロペルオキシドを直接還元できる唯一の酵素である.北里大学の今井らのグループは,心臓や精巣の組織特異的GPX4欠損マウスを用いて,GPX4依存的な細胞死がこれまで考えられていた鉄依存的な細胞死(フェロトーシス)とは異なるプログラム(脂質酸化依存的な新規細胞死(リポキシトーシス))で行われることを示している(12)12) H. Imai, M. Matsuoka, T. Kumagai, T. Sakamoto & T. Koumura: Curr. Top. Microbiol. Immunol., 403, 143 (2017)..TXNRDは,NADPH依存的に酸化型のチオレドキシン(Trx)を還元する酸化還元酵素であるが,Trx以外にも過酸化水素などの低分子やタンパク質の還元も行うことで細胞増殖やDNA修復などにも関与している.TXNRD1は,多くのがん細胞やがん組織において高発現していることから,創薬標的分子になっている(13)13) K. Becker, S. Gromer, R. H. Schirmer & S. Müller: Eur. J. Biochem., 267, 6118 (2000)..SEPHS2は,セレンタンパク質の生合成に必要な活性型セレン(セレノリン酸)を合成する酵素である.セレンタンパク質であるSEPHS2自身がセレンタンパク質の生合成に関与することで,セレンタンパク質の翻訳制御の役割も担っている.DIOは,ヨウ素–炭素結合を切断する反応を触媒することで甲状腺ホルモンの活性化と不活化を制御している.ヒトには3種類の脱ヨウ素化酵素が存在しており,それぞれ組織分布や役割が異なる.

ヒトのSELENOPは,1本のポリペプチド鎖中に10個のSec残基を有する特殊なセレンタンパク質であり,肝臓で作られた後,血流に乗ってセレンを全身に運搬する働きをもつ.つい近年,同志社大学(現 東北大学)の斎藤と金沢大学の御簾らのグループは,過剰なSELENOPが「ヘパトカイン」としてインスリン抵抗性や運動抵抗性を引き起こすことで2型糖尿病を悪化させることを報告している(14, 15)14) H. Misu, H. Takayama, Y. Saito, Y. Mita, A. Kikuchi, K. A. Ishii, K. Chikamoto, T. Kanamori, N. Tajima, F. Lan et al.: Nat. Med., 23, 508 (2017).15) Y. Mita, K. Nakayama, S. Inari, Y. Nishito, Y. Yoshioka, N. Sakai, K. Sotani, T. Nagamura, Y. Kuzuhara, K. Inagaki et al.: Nat. Commun., 8, 1658 (2017)..運動によって生じる活性酸素は,インスリンの効果を高めることで血糖の取り込みを促し,血糖値を低下させる.この際に,SELENOPが過剰に存在すると,必要量の活性酸素までもが消去されてしまうのに加え,SELENOP自体が膵臓に障害を引き起こす.これにより,インスリン生産が低下してしまい,血糖値が下がらず糖尿病を引き起こすとされている.この結果は,米国で行われたセレン投与の疫学試験により,投与者の血糖値が上昇した結果と一致する.SELENOPは糖尿病治療の新たなターゲットになる可能性が示されたことから,その治療薬やバイオマーカーの開発を目指した研究も進められている(14)14) H. Misu, H. Takayama, Y. Saito, Y. Mita, A. Kikuchi, K. A. Ishii, K. Chikamoto, T. Kanamori, N. Tajima, F. Lan et al.: Nat. Med., 23, 508 (2017).

細菌のセレンタンパク質

Gladyshevらのグループは,インフレームのUGAコドンの下流における推定SECISの有無を指標に,全ゲノム配列が解読されている細菌に対し網羅的なセレンタンパク質の探索を行った(16)16) Y. Zhang & V. N. Gladyshev: Bioinformatics, 21, 2580 (2005)..その結果,34種類(アイソザイムを含めるとそれ以上)のセレンタンパク質が推定され,そのうちの28種類は原核生物に特有のセレンタンパク質であった.一方,3ドメインにまたがって分布するのはセレノリン酸合成酵素のみであった(図1図1■これまでに見いだされているセレンタンパク質).真核生物の主なセレンタンパク質が抗酸化に関与しているのに対し,細菌のセレンタンパク質には,ギ酸脱水素酵素,グリシン還元酵素,ヒドロゲナーゼなど,嫌気下で機能する異化代謝酵素が含まれる.抗酸化にかかわる細菌のセレンタンパク質の例としては,Treponema denticolaのTrx(17)17) M. J. Kim, B. C. Lee, K. Y. Hwang, V. N. Gladyshev & H. Y. Kim: Biochem. Biophys. Res. Commun., 461, 648 (2015).Alkaliphilus oremlandiiのグルタレドキシン(18)18) M. J. Kim, B. C. Lee, J. Jeong, K. J. Lee, K. Y. Hwang, V. N. Gladyshev & H. Y. Kim: Mol. Microbiol., 79, 1194 (2011).が報告されている.活性中心にSec残基をもつ野生型タンパク質は,Sec残基をCys残基で置換した変異体に比べて,10~200倍高い活性をもつことが明らかにされている.これは,Cys残基のチオール基(pKa=8.5)と比較して,Sec残基のセレノ—ル基(pKa=5.2)のほうが,生理的なpH条件下でより高い求核性を示すことによる(19)19) T. C. Stadtman: Annu. Rev. Biochem., 65, 83 (1996)..このような活性の高いセレンタンパク質が医薬品開発や産業に応用されれば,生産性や効率が飛躍的に向上する可能性がある.

真核生物におけるセレンの代謝

ヒトなど高等動物の場合,適正レベルのセレンは,食物のタンパク質中に含まれるセレノメチオニン(SeMet)やSec,またはセレン酸や亜セレン酸の形で摂取され,小腸で吸収されて血液へと運ばれる.SeMetは,Metと区別されずに一般タンパク質のMet残基の位置に非特異的に挿入されるか,あるいはCys合成経路に入ってSecに変換される.Secはセレノシステインリアーゼにより直ちにセレンとアラニンに分解され(20)20) N. Esaki, T. Nakamura, H. Tanaka & K. Soda: J. Biol. Chem., 257, 4386 (1982).,生じたセレンはセレニドに変換される.これにより,通常レベルの遊離SecがCysと誤って一般タンパク質中に取り込まれることは防がれている.亜セレン酸は,赤血球に取り込まれた後,GSHの作用を受けてセレニドに還元される.セレン酸を亜セレン酸に還元する酵素はいまだ不明である.遊離のセレニドは反応性が高く毒性を示すため,アルブミンなどのチオール基に結合した形で各組織に運搬されると考えられている.その後,セレニドはセレノリン酸合成酵素によりセレノリン酸となり,セレンタンパク質生合成の中間体として利用される(コラム参照).過剰なセレニドは,糖との結合によりセレン糖(セレノシュガー)となるか,メチル化されてトリメチルセレノニウムに変換され,尿中へ排泄される(21, 22)21) Y. Kobayashi, Y. Ogra, K. Ishiwata, H. Takayama, N. Aimi & K. T. Suzuki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 15932 (2002).22) I. S. Palmer, R. P. Gunsalus, A. W. Halverson & O. E. Olson: Biochim. Biophys. Acta, 208, 260 (1970).

過剰セレンが高等動物に及ぼす毒性については,主に2つの機序が考えられている.一つは,過剰量のSecやSeMetの存在により,一般タンパク質中に非特異的にSec残基やSeMet残基が挿入されて機能障害を引き起こすものである.もう一つは,過剰摂取された無機セレン化合物(セレン酸や亜セレン酸)の還元過程で生じるROSやセレニドによる酸化ストレスである.一般に,無機セレン化合物のほうが,有機セレン化合物よりも毒性が高いとされている.

高等植物はセレンタンパク質をもたず,セレンを生存に必要としない.しかし,微量のセレンは酸化ストレスを軽減させることから,植物の生育を促す効果をもつことが報告されている(23, 24)23) E. A. Pilon-Smits, C. F. Quinn, W. Tapken, M. Malagoli & M. Schiavon: Curr. Opin. Plant Biol., 12, 267 (2009).24) P. J. White: Ann. Bot., 117, 217 (2016)..近畿大学の武田らは,シロイヌナズナを低濃度のセレンで処理すると,解糖系酵素であるNAD依存性グリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素の活性部位のCys残基にセレンが結合することで酵素が活性化され,それに伴いシロイヌナズナの生育が促進されることを明らかにしている(25)25) T. Takeda & Y. Fukui: Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 1579 (2015).

SeMetの一般タンパク質への誤挿入は,植物や酵母においても報告されており,MetがSeMetで置換されることでタンパク質の機能が失われ,生育が阻害される(24, 26)24) P. J. White: Ann. Bot., 117, 217 (2016).26) M. P. Bansal & T. Kaur: J. Med. Food, 5, 85 (2002)..したがって,一般的な植物は過剰なセレンを含む土壌では生育できない.ところが,セレン蓄積植物と呼ばれている一部の植物は,セレンに対する耐性が高く,無機および有機のセレン化合物を根から吸収し,100 mg/kg DW程度のセレンを体内に蓄積することができる.さらに,レンゲソウやブロッコリーなどは,15,000 mg/kg DWものセレンを蓄積可能であり,セレン高濃度蓄積植物と呼ばれている(24)24) P. J. White: Ann. Bot., 117, 217 (2016)..セレン高濃度蓄積植物は,SecやSeMetをより毒性の低いメチル化セレンアミノ酸(Se-メチルセレノシステイン(MeSec)やγ-グルタミル-Se-メチルセレノシステイン(GGMeSec))に変換して蓄積したり,それらを揮発性セレン化合物(ジメチルセレニドやジメチルジセレニド)に代謝して大気中へ排出したりすることで過剰セレンの毒性から身を守っていると考えられている(24)24) P. J. White: Ann. Bot., 117, 217 (2016)..MeSecやGGMeSecなどのメチル化セレンアミノ酸は,タンパク質中に取り込まれることはないため,SecやSeMetよりも毒性は低い.一方,これらメチル化セレンアミノ酸は,動物に対して抗腫瘍活性をもつことが示されており(27)27) J. W. Finley: J. Med. Food, 6, 19 (2003).,がんの予防や治療を目的とした新たな医薬品として応用される可能性がある.

近年,種々の生物種において新奇セレン代謝物が発見されている.千葉大学の小椋らのグループは,HPLC-ICP-MSやHPLC-ESI-MS/MSなどを駆使したスペシエーション分析により,セレン投与した植物や動物から新たなセレン代謝物を見いだしている.一つの例として,彼らは,セレン強化した辛味大根にセレノホモランチオニン(SeHL)が微量存在することを明らかにした.SeHLの動物への投与実験により,SeHLが新たなセレンサプリメントとなる可能性が示されている(28)28) Y. Tsuji, T. Mikami, Y. Anan & Y. Ogra: Metallomics, 2, 412 (2010).

マグロなど魚類には,比較的高レベルのセレンが含まれている.魚類には,生体濃縮によって,高い毒性を示す水銀やカドミウムなど重金属も多く蓄積される.しかし,これら重金属の毒性は顕在化していないことから,セレンには重金属の解毒効果があるものと推定されていた.水産総合研究センターの山下らは,セレンを多く含むクロマグロの血液から新奇セレン化合物としてセレノネインを発見し,これがメチル水銀と複合体を形成することでメチル水銀の毒性を軽減することを示している(29)29) 山下倫明,今村伸太朗,山下由美子:化学と生物,50,807 (2012)..セレノネインは,強いラジカル消去活性を有するうえ(30)30) Y. Yamashita & M. Yamashita: J. Biol. Chem., 285, 18134 (2010).,生体毒性は亜セレン酸よりもずっと低いことから,生活習慣病の予防や治療を目的としたサプリメントおよび重金属の解毒剤などとしての応用が検討されている.

細菌におけるセレンの代謝

セレンは4つの酸化状態(+VI, +IV, 0, −II)を取りうる.自然界における無機セレンの多くは,水溶性のセレンオキシアニオン(セレン酸Se(+VI)や亜セレン酸Se(+IV))の形で存在する.これまでに,セレンオキシアニオンを還元できる細菌が数多く報告されている(31)31) L. C. Staicu, R. S. Oremland, R. Tobe & H. Mihara: “Selenium in plants,” Springer, 2017, p. 79..セレンオキシアニオン還元菌には,セレン酸や亜セレン酸を生体成分として利用(同化)するために還元するセレン同化菌,解毒のために還元するセレン解毒菌,そして嫌気条件下での呼吸のために還元(異化的還元)するセレン呼吸菌が含まれている(図2図2■細菌におけるセレン代謝).

図2■細菌におけるセレン代謝

セレン同化菌は,セレンタンパク質のほか,tRNAの修飾塩基であるセレノウリジンやセレン含有モリブデン補因子としてセレンを利用している(31)31) L. C. Staicu, R. S. Oremland, R. Tobe & H. Mihara: “Selenium in plants,” Springer, 2017, p. 79.図2図2■細菌におけるセレン代謝).セレンタンパク質やセレノウリジンの生合成には,セレノリン酸合成酵素(SelD)により生成されるセレノリン酸が必要である.そのため,ゲノム上にselD遺伝子が存在することが,セレン同化菌を同定するうえでの重要な指標となる(32)32) Y. Zhang, A. A. Turanov, D. L. Hatfield & V. N. Gladyshev: BMC Genomics, 9, 251 (2008).

1993年にカリフォルニアのセレン汚染地域から単離されたグラム陰性菌Thauera selenatisは,セレン酸を最終電子受容体として嫌気呼吸を行う菌として最初に報告された(33)33) S. A. Rech & J. M. Macy: J. Bacteriol., 174, 7316 (1992)..その後,本菌においてセレン酸を亜セレン酸に還元するセレン酸特異的な還元酵素SerABCが初めて同定された(34)34) I. Schröder, S. Rech, T. Krafft & J. M. Macy: J. Biol. Chem., 272, 23765 (1997)..SerABCは,モリブデン補因子を活性中心とする触媒サブユニットSerAと鉄硫黄クラスターを4つもつSerB,ヘムbタンパク質であるSerCからなる複合体であり,ペリプラズム間隙に局在する.これまでに,類似のセレン酸還元酵素複合体として,Salmonella entericaのYnfEFGHやグラム陽性菌Bacillus selenatarsenatisのSrdBCAが報告されている(31)31) L. C. Staicu, R. S. Oremland, R. Tobe & H. Mihara: “Selenium in plants,” Springer, 2017, p. 79..一方で,亜セレン酸の還元にはTrxシステムやGSHシステムなどの関与が報告されているが(35)35) R. Tobe & H. Mihara: Biochim. Biophys. Acta, 1862, 2433 (2018).,亜セレン酸を特異的に還元する酵素は見つかっていない.

セレンは,感光体や太陽電池パネルの半導体原材料などとして,先端産業において広く利用されるレアメタル資源でもある.セレン化合物製造業に属する工場などを対象として,セレンについては厳しい一律排水基準(0.1 mg/L以下)が定められている.しかし,セレン排水処理などの技術はいまだ開発,実用化の途上にある.セレンオキシアニオン還元菌がセレンオキシアニオンを還元すると,不溶態の元素状セレンを含むセレンナノ粒子(SeNPs)が生じる.そこで,セレンオキシアニオン還元菌を用いた安価で実用的なセレン排水処理法やセレン資源回収法の開発が試みられている.SeNPsは抗がん活性や抗菌活性を有することも報告されており,医薬品や食品保存剤,バイオセンサー,バイオレメディエーションなど,SeNPsの幅広い用途への応用が期待されている.

大阪大学の池らは,好気条件下でも高いセレン酸還元能を有するPseudomonas stutzeri NT-Iをセレン精錬工場の排水設備から単離し(36)36) M. Kuroda, E. Notaguchi, A. Sato, M. Yoshioka, A. Hasegawa, T. Kagami, T. Narita, M. Yamashita, K. Sei, S. Soda et al.: J. Biosci. Bioeng., 112, 259 (2011).,バイオレメディエーションや半導体ナノ粒子の生産への本菌の応用を試みている.また,県立広島大学の阪口らは,深海底から耐塩性セレンオキシアニオン還元菌を探索するという新しい観点から,新奇セレンオキシアニオン還元菌を獲得し,解析を進めている(37)37) 阪口利文:極限環境生物学会誌,9,116 (2010)..インド北西部のパンジャーブ地方には,セレンが蓄積している地域があり(38)38) K. S. Dhillon & S. K. Dhillon: Chemosphere, 99, 56 (2014).,局所的にセレンが高濃度蓄積している土壌では,植物が枯死している(図3A図3■(A)インド北西部のセレン蓄積地帯の風景.(B)単離したセレンオキシアニオン還元菌の亜セレン酸還元能(#1~7).).筆者らは,この地域の土壌からセレンオキシアニオン耐性菌・還元菌のスクリーニングを行い,単離したセレンオキシアニオン還元菌におけるセレン代謝特性について解析を進めている(図3B図3■(A)インド北西部のセレン蓄積地帯の風景.(B)単離したセレンオキシアニオン還元菌の亜セレン酸還元能(#1~7).).これまでに,セレン要求性の細菌やセレンオキシアニオンに加えてテルルオキシアニオンも還元できる細菌,あるいは,嫌気条件下ではセレンオキシアニオンを旺盛に還元する一方で,好気条件下では感受性を示す細菌など,特性の異なる細菌が得られている.

図3■(A)インド北西部のセレン蓄積地帯の風景.(B)単離したセレンオキシアニオン還元菌の亜セレン酸還元能(#1~7).

おわりに

次世代シーケンサーの登場により,さまざまな生物種のゲノムが次々に解読されており,今後新たに産業上有用なセレンタンパク質が見いだされる可能性がある.一方,コラムにも記載したように,セレンタンパク質を合成するためには,UGAコドンをSec残基として翻訳する特別な仕組みが必要であり,ドメイン間で相違点もある.そのため,大腸菌などを宿主とする一般的なタンパク質高発現系をそのまま異種生物由来セレンタンパク質の生産に適用することは現実的でない.この問題を解決し,異種生物由来セレンタンパク質を簡便に大量生産できる系が開発できれば,機能未同定のセレンタンパク質の生化学的解析を比較的容易に進めることができるうえ,セレンタンパク質の産業利用への道を大きく開くことができると思われる.

Reference

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