セミナー室

昆虫由来抗菌ペプチドの応用に関する研究カブトムシから薬を目指せ

Jun Ishibashi

石橋

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物機能利用研究部門

Published: 2019-06-01

はじめに

獲得性免疫をもたない昆虫は,自然免疫のみで感染から身を守っていることから,自然免疫研究において中心的な役割を果たしてきた.抗微生物タンパク質研究の歴史は1981年にHans G. Boman博士らが蛾の一種であるセクロピア蚕(Hyalophora cecropia)からセクロピンの単離を報告したことに始まる(1)1) H. Steiner, D. Hultmark, A. Engstrom, H. Bennich & H. G. Boman: Nature, 292, 246 (1981)..それ以来,抗微生物タンパク質は微生物から脊椎動物にいたるあらゆる生物から発見され,自然免疫反応の主役として働いていると考えられている(2)2) M. Zasloff: Nature, 415, 389 (2002)..昆虫を用いた自然免疫研究はキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)というモデル生物の存在により大きく発展し,「自然免疫の活性化に関する発見」でJules A. Hoffmann博士が2011年のノーベル医学生理学賞を受賞したことは記憶に新しい.

抗微生物タンパク質は,早くから抗菌剤としての利用が見込まれ,その利用に関する研究も進められてきた.ことに薬剤耐性菌対策は喫緊の課題である.WHOによれば,現在薬剤耐性細菌の感染症により年間70万人が死亡しており,今後有効な抗菌剤が開発されなければ2050年には死者が年間1000万人に増加すると予想されている(3)3) C. Willyard: Nature, 543, 15 (2017)..抗微生物タンパク質は既存の抗生物質とは異なる作用機構をもち,薬剤耐性菌に対しても効果を示すことが多く,抗微生物タンパク質に対する耐性菌は生じにくいと考えられている.また,多くの抗微生物タンパク質がLPS中和によるTNF-α発現の抑制,種々の免疫細胞の走化,活性化,関連遺伝子の活性化などの免疫調整作用をもち,感染抑制や創傷治癒を促進する機能をもつことも大きなメリットと考えられる(4)4) M. G. Scott, E. Dullaghan, N. Mookherjee, N. Glavas, M. Waldbrook, A. Thompson, A. Wang, K. Lee, S. Doria, P. Hamill et al.: Nat. Biotechnol., 25, 465 (2007)..また,バイオフィルム形成阻害活性(5)5) M. Dostert, C. R. Belanger & R. E. W. Hancock: J. Innate Immun., DOI: 10.1159/000491497, 2018.や,一部のがん細胞に対する選択的な効果(6)6) N. Papo & Y. Shai: Cell. Mol. Life Sci., 62, 784 (2005).も見られる.このため,抗微生物タンパク質をリード化合物とした新規薬剤開発に期待が集まっている.オリジナルの抗微生物タンパク質を改変し,抗原性を減らすための低分子化や,活性や安定性を強化するための構造変換が行われ,これまでに多くの抗微生物ペプチドが臨床試験に進んでおり,実用化に向けた研究が続けられている(7, 8)7) J. L. Fox: Nat. Biotechnol., 31, 379 (2013).8) R. E. Hancock & H. G. Sahl: Nat. Biotechnol., 24, 1551 (2006).

本稿では筆者らが行った昆虫の抗微生物タンパク質を素材とした研究を紹介する.カブトムシディフェンシンを高度に改変し,配列も活性も抗菌ペプチドの範疇を超えて装いを新たに,多方面に展開した研究を解説する.

カブトムシのディフェンシンを用いた応用研究

筆者らは,昆虫の抗微生物タンパク質をシーズとした新たな抗菌剤の開発を目指し,カブトムシ(Allomyrina dichotoma)およびタイワンカブトムシ(Oryctes rhinoceros)由来のディフェンシンを用いた研究を行った.感染症治療薬を目指す研究からスタートし,がん細胞に対する効果の研究,さらに抗菌加工素材への応用などを試みた.

1. カブトムシディフェンシン改変ペプチドの開発

カブトムシディフェンシンは43残基のアミノ酸からなり,分子内に3対のジスルフィド結合をもつ.主にグラム陽性細菌に対して強い活性を示すが,グラム陰性細菌に対する活性は弱い(9, 10)9) A. Miyanoshita, S. Hara, M. Sugiyama, A. Asaoka, K. Taniai, F. Yukuhiro & M. Yamakawa: Biochem. Biophys. Res. Commun., 220, 526 (1996).10) J. Ishibashi, H. Saido-Sakanaka, J. Yang, A. Sagisaka & M. Yamakawa: Eur. J. Biochem., 266, 616 (1999)..ペプチドを薬剤として利用するにあたり,その活性,抗原性,コストが問題になる.43残基のディフェンシン分子そのままでは,抗原性を示す可能性が有り,合成コストも高いことから,ディフェンシンの活性をミミックする低分子化を行うこととした.低分子化はカブトムシディフェンシンの活性中心を決定し,そこから構造改変を行い,活性の強い誘導体を得る戦略で行った.活性中心の探索は,カブトムシディフェンシンの12残基の部分ペプチドを,1残基目から12残基目,2残基目から13残基目…32残基目から43残基目までの32種類,それぞれのC末端アミド型およびカルボン酸型の計64種類を合成し,強い活性を示す断片を決定した.さらにその断片の両端からペプチド鎖を縮め,強い活性を示す最小のペプチドとして9残基のペプチド(22-30-NH2)を得た.さらにアミノ酸置換を行い,数十種のペプチド(以降,カブトムシディフェンシン改変ペプチドと呼称する)を合成して抗菌活性を測定し,元のカブトムシディフェンシンが活性を示さなかったグラム陰性細菌や薬剤耐性細菌を含む幅広い細菌に対して強い抗菌活性を示し,哺乳類の細胞(赤血球,マクロファージ,線維芽細胞)に対する細胞毒性がないペプチドを選択した(11)11) H. Saido-Sakanaka, J. Ishibashi, A. Sagisaka, E. Momotani & M. Yamakawa: Biochem. J., 338, 29 (1999)..なかでも特に抗菌活性が強かった,4つのペプチド(ペプチドA~D)を中心に以下の研究を行った(12)12) H. Saido-Sakanaka, J. Ishibashi, E. Momotani, F. Amano & M. Yamakawa: Peptides, 25, 19 (2004).図1A図1■カブトムシディフェンシン改変ペプチドの開発).得られたペプチドは,細菌のみならず真菌,トリパノソーマ原虫に対しても細胞膜を標的として殺原虫活性を示すことが明らかになった(13)13) M. Yamage, M. Yoshiyama, D. J. Grab, M. Kubo, T. Iwasaki, H. Kitani, J. Ishibashi & M. Yamakawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 1520 (2009)..それらのうちA, BおよびDは,3残基目のアミノ酸が異なるだけである.1アミノ酸が変化するだけで,特性がかなり異なる.僅かな配列の違いで活性に変化が見られることから,抗微生物活性や選択性が非常に微妙なバランスのうえで成り立っていることが示唆される.これまでは代表的な菌種に対する抗微生物活性のみを確認しているが,今後,対象とする菌種が拡大すれば,それらに最適化した抗微生物ペプチドを開発する余地があると考えている.

図1■カブトムシディフェンシン改変ペプチドの開発

A カブトムシディフェンシンからの開発過程.カブトムシディフェンシンの活性中心を同定し,その部分ペプチドのアミノ酸置換により,抗微生物活性の強いペプチドを選択した.B 細胞内導入用カブトムシディフェンシン改変ペプチド.C末端に3残基の連続したアルギニン残基をもつペプチドCに,さらに5残基のアルギニン残基を追加し,細胞膜透過配列のオクタアルギニン配列をもつペプチドC2とした.インテグリンαvβ3と特異的に結合し,エンドサイトーシスで細胞内に導入される環状RGDペプチド(cRGD)と,システインをN末端に付加した改変ペプチドをジスルフィド結合で架橋した.cRGDペプチドは細胞内に取り込まれた後に,細胞内の還元的環境でジスルフィド結合が切断され分離する.

また,構成するアミノ酸を非天然型のD型アミノ酸に置換することで,プロテアーゼ耐性が得られ,さらに活性が強化された(14)14) T. Iwasaki, H. Saido-Sakanaka, A. Asaoka, D. Taylor, J. Ishibashi & M. Yamakawa: Sanshi Konchuu Baiotekku, 76, 25 (2007).

2. カブトムシディフェンシン改変ペプチドの特性

カブトムシディフェンシン改変ペプチドは溶液中や中性リン脂質により構成されるリポソームの存在下では特定の構造をとらないが,酸性リン脂質を含むリポソームの存在下では両親媒性のαヘリックス構造に変化する.酸性リン脂質に対して膜破壊活性を示し,中性リン脂質は標的としない.元のディフェンシン同様に,細胞膜を標的とすることが明らかになった(11)11) H. Saido-Sakanaka, J. Ishibashi, A. Sagisaka, E. Momotani & M. Yamakawa: Biochem. J., 338, 29 (1999).

カブトムシディフェンシン改変ペプチドの抗原性を確認するために,マウスへの免疫実験を行った.抗原性を高めるためにキャリアタンパク質のKLHとコンジュゲートさせてマウスに免疫しても,ほとんど抗体産生は見られなかった(15)15) Y. Koyama, M. Motobu, K. Hikosaka, M. Yamada, K. Nakamura, H. Saido-Sakanaka, A. Asaoka, M. Yamakawa, T. Isobe, K. Shimura et al.: Int. Immunopharmacol., 6, 1748 (2006)..ゆえに,カブトムシディフェンシン改変ペプチド自体の抗原性は非常に低いと考えられる.

カブトムシディフェンシン改変ペプチドと既存の抗生物質を組み合わせることで相乗効果が見られるかについて検討したところ,いくつかの組み合わせにおいて相乗効果が見られた(14)14) T. Iwasaki, H. Saido-Sakanaka, A. Asaoka, D. Taylor, J. Ishibashi & M. Yamakawa: Sanshi Konchuu Baiotekku, 76, 25 (2007).

カブトムシディフェンシン改変ペプチドに対する耐性菌が生じるかを調べるために,抗菌剤の存在下で菌を継続的に培養し,MIC値の変化を調べたところ,既存の抗生物質に対するMIC値は短期間で大幅に上昇したのに対し,カブトムシディフェンシン改変ペプチドに対するMIC値はほとんど変化しなかった.すなわち,カブトムシディフェンシン改変ペプチドに対する耐性菌は生じにくいと考えられる(14)14) T. Iwasaki, H. Saido-Sakanaka, A. Asaoka, D. Taylor, J. Ishibashi & M. Yamakawa: Sanshi Konchuu Baiotekku, 76, 25 (2007).

3. カブトムシディフェンシン改変ペプチドによるin vivoの治療効果

カブトムシディフェンシン改変ペプチドをMRSA感染マウスに投与したところ,治療効果が見られた(12, 16, 17)12) H. Saido-Sakanaka, J. Ishibashi, E. Momotani, F. Amano & M. Yamakawa: Peptides, 25, 19 (2004).16) H. Saido-Sakanaka, J. Ishibashi, E. Momotani & M. Yamakawa: Dev. Comp. Immunol., 29, 469 (2005).17) M. Yamada, K. Nakamura, H. Saido-Sakanaka, A. Asaoka, M. Yamakawa, Y. Yamamoto, Y. Koyama, K. Hikosaka, A. Shimizu & Y. Hirota: J. Vet. Med. Sci., 67, 1005 (2005)..一方で,肝臓,腎臓などに障害は見られなかった(17)17) M. Yamada, K. Nakamura, H. Saido-Sakanaka, A. Asaoka, M. Yamakawa, Y. Yamamoto, Y. Koyama, K. Hikosaka, A. Shimizu & Y. Hirota: J. Vet. Med. Sci., 67, 1005 (2005)..カブトムシディフェンシン改変ペプチドはポリミキシンBに匹敵するLPS結合活性を示し,LPSやLTAによるTNF-αの誘導発現を抑制し(16, 18)16) H. Saido-Sakanaka, J. Ishibashi, E. Momotani & M. Yamakawa: Dev. Comp. Immunol., 29, 469 (2005).18) Y. Koyama, M. Motobu, K. Hikosaka, M. Yamada, K. Nakamura, H. Saido-Sakanaka, A. Asaoka, M. Yamakawa, K. Sekikawa, H. Kitani et al.: Int. Immunopharmacol., 6, 234 (2006).,LPSによるエンドトキシンショックを防いだ.このようにカブトムシディフェンシン改変ペプチドも,宿主の免疫調整作用をもつことが示された.なお,カブトムシディフェンシン改変ペプチドは好中球の活性化作用は示さなかった(16)16) H. Saido-Sakanaka, J. Ishibashi, E. Momotani & M. Yamakawa: Dev. Comp. Immunol., 29, 469 (2005)..一方,細菌の感染箇所とペプチドの投与箇所が一致しないと効果がないこと,高濃度の静脈中への投与において,血栓が生じて死に至り,有効な薬剤投与量と致死する投与量の差が小さいというデメリットも明らかになった(15)15) Y. Koyama, M. Motobu, K. Hikosaka, M. Yamada, K. Nakamura, H. Saido-Sakanaka, A. Asaoka, M. Yamakawa, T. Isobe, K. Shimura et al.: Int. Immunopharmacol., 6, 1748 (2006)..このため改変ペプチドによるMRSA感染マウスへの治療効果は見られるものの,ほかの多くの抗微生物ペプチドと同様に,感染症治療薬としての全身的な利用は困難であり,塗り薬などの局所的な用途に限られるであろう.

4. 細菌以外の標的

カブトムシディフェンシン改変ペプチドは赤血球やマクロファージ,線維芽細胞などの細胞に対して細胞毒性を示さない.哺乳類の正常細胞では,リン脂質二重膜の内側には酸性のリン脂質が存在するが,外側は中性のリン脂質から構成されるため,細胞としては中性の電荷を示すことが知られている.しかし,一部のがん細胞では,リン脂質膜の外側にも酸性リン脂質が表出していることが報告されている.このことから,一部のがん細胞においては,カブトムシディフェンシン改変ペプチドの標的になりうると考えられる.実際に抗微生物タンパク質ががん細胞に対する細胞毒性を示す例が報告されており(6)6) N. Papo & Y. Shai: Cell. Mol. Life Sci., 62, 784 (2005).,カブトムシディフェンシン改変ペプチドについてもがん細胞に対する細胞毒性を示すか否かについて検討を行った.

4.1 がん細胞に対する効果

がん細胞株に対するスクリーニング試験の結果,カブトムシディフェンシン改変ペプチドは骨髄腫細胞などに選択的な細胞毒性を示すことが明らかになった.細胞毒性の強さとがん細胞の細胞膜の酸性リン脂質であるフォスファチジルコリン表出量との間に強い相関関係があることが示された.カブトムシディフェンシン改変ペプチドの細胞毒性は,抗がん剤の一種であるデキサメタゾンと相乗効果を示すことが明らかになった(19)19) T. Iwasaki, J. Ishibashi, H. Tanaka, M. Sato, A. Asaoka, D. Taylor & M. Yamakawa: Peptides, 30, 660 (2009).

がん細胞に対する細胞毒性が明らかになったため,より幅広い細胞のスクリーニングと,ほかのアッセイ系による評価を目的に,「文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究・がんの特性等を踏まえた総合支援活動・化学療法基盤支援活動班」による化合物評価にカブトムシディフェンシン改変ペプチドを供した.その結果,カブトムシディフェンシン改変ペプチドがテロメラーゼ阻害活性をもつことが明らかになった.しかし,テロメラーゼは細胞内にあるため,テロメラーゼを阻害するためにはペプチドを細胞内に導入しなければならない.

4.2 細胞内での効果

カブトムシディフェンシン改変ペプチドは細胞膜を破壊するが,細胞内には移行しない.このため,細胞膜透過ペプチドを用いたカブトムシディフェンシン改変ペプチドの細胞内導入を試みた.8つの連続したアルギニン残基からなるオクタアルギニン配列は細胞膜透過ペプチドとして報告されており,オクタアルギニン配列をもつペプチドは細胞内に移行することが知られている.C末端に3つのアルギニン残基を連続してもつペプチドCにさらに5つのアルギニン残基を追加し,オクタアルギニン配列を導入したペプチドC2を合成した(図1B図1■カブトムシディフェンシン改変ペプチドの開発).ペプチドC2はこれまでのカブトムシディフェンシン改変ペプチドよりはるかに強いテロメラーゼ阻害活性を示し,期待どおり細胞内に移行し,強い細胞毒性を示した.しかし細胞死の速さから,テロメラーゼ阻害が細胞死の原因とは考えにくく,別の標的を攻撃していることが示唆された.

ミトコンドリアは好気性細菌のαプロテオバクテリアが細胞内共生したことが起源とされており,その膜も酸性リン脂質を含んでいる.このため,ミトコンドリアはカブトムシディフェンシン改変ペプチドの標的となり得る.ミトコンドリアに障害が生じると,アポトーシスが誘導されることが知られている.カブトムシディフェンシン改変ペプチドは細胞から単離したミトコンドリアに対してミトコンドリア膨潤を引き起こし,細胞内に移行するペプチドC2はミトコンドリアの膜電位を消失させることが確認できた.さらにペプチドC2を処理した細胞からは細胞質酵素のLDHの溶出は見られず,カスパーゼの活性化が見られたことから,ペプチドC2の細胞毒性は細胞膜の破壊によるものではなく,アポトーシスの誘導によることが明らかになった.しかしペプチドC2には細胞選択性はなく,テストしたすべての細胞に対して強い細胞毒性を示した(20)20) T. Iwasaki, J. Ishibashi, M. Kubo, D. Taylor & M. Yamakawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 683 (2009).

対象となる細胞のみを狙って導入できるドラッグデリバリーシステム(DDS)を利用すれば狙った細胞のみをたたくことができることが期待される.このため,環状RGDペプチドを利用したドラッグデリバリーを計画した.環状RGDペプチドは,インテグリンαvβ3と結合し,エンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれることが知られている.インテグリンαvβ3はがんの増殖や血管新生,浸潤などに関与すると考えられており,血管新生中の内皮細胞や一部の腫瘍細胞に高発現するが,通常の内皮細胞や正常細胞にはほとんど発現していないことが知られている.そこで,環状RGDペプチドに含まれるシステイン残基とN末端にシステイン残基を付加したカブトムシディフェンシン改変ペプチドをジスルフィド結合により架橋させることで,細胞選択性を高めたカブトムシディフェンシン改変ペプチドを合成した(cRGD-CysA~D)(図1B図1■カブトムシディフェンシン改変ペプチドの開発).細胞内に移行後,細胞内の還元的環境下ではジスルフィド結合は切断される.環状RGDペプチドを付加したカブトムシディフェンシン改変ペプチドは,インテグリンαvβ3を高発現する細胞に選択的に取り込まれ,アポトーシスを誘導することで強い細胞毒性を示した.また,その活性は抗インテグリンαvβ3抗体で阻害された.このことからcRGD-CysA~Dは,インテグリンαvβ3依存的に細胞毒性を示すことが明らかになった(21)21) T. Iwasaki, M. Yamakawa, A. Asaoka, T. Kawano & J. Ishibashi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 76, 2044 (2012)..今後環状RGDペプチドだけでなく,利用するDDSを選択することによって,狙った細胞のみを殺すツールとして利用できることが明らかになった.

カブトムシディフェンシン改変ペプチドの機能は図2図2■カブトムシディフェンシン改変ペプチドの機能にまとめる.

図2■カブトムシディフェンシン改変ペプチドの機能

微生物や一部のがん細胞の,負電荷をもつ細胞膜に傷害を与え,溶菌・溶解を導く.LPSを中和し,TNF-αの発現を抑制することによりエンドトキシンショックを抑制する.DDSにより細胞内に導入された場合,ミトコンドリアの障害によるアポトーシスの誘導,テロメラーゼを阻害する.

5. 繊維の抗菌加工への応用

われわれの身の回りには抗菌加工された製品があふれている.特に清潔志向が高い日本では抗菌加工製品の市場は非常に大きく,年間1兆円規模と言われている.特に医療機関や食品産業分野では,抗菌加工素材が求められており,新たな抗菌剤の需要も高い.そこで,素材の抗菌加工にカブトムシディフェンシン改変ペプチドの利用が可能かどうかについて検討を行った.

5.1 カブトムシディフェンシン改変ペプチドを含む素材

まず検討したのが縫合糸の手術部位感染症防止用途である.カブトムシディフェンシン改変ペプチド溶液をシルクの縫合糸に浸透させた後,MRSAを付着させ,マウスの皮膚に縫合したところ,改変ペプチド溶液を浸した縫合糸では縫合部に菌が見られなかった.縫合糸周辺におけるバイオフィルム感染症の予防への利用が期待される.

また,創傷被覆材としての応用が見込まれているフィブロインフィルムにカブトムシディフェンシン改変ペプチドを含有させ,黄色ブドウ球菌を植菌した寒天培地上に置いたところ,改変ペプチド含有フィブロインフィルムで覆われた部分ではコロニー形成が抑制された(22)22) H. Saido-Sakanaka, E. Momotani, H. Yamada, J. Ishibashi, K. Tsubouchi & M. Yamakawa: Sanshi Konchuu Baiotekku, 74, 15 (2005)..これらのことにより,改変ペプチドが抗菌加工剤として利用可能であることが示された.

しかし,これらは単に改変ペプチドを素材に染みこませただけであり,素材自体に抗菌活性を付与したわけではない.持続性のある抗菌加工のためには,ペプチドを固定化せねばならない.ペプチドを固定化することにより,拡散することなく局所的な濃度を高めることができるため,持続的かつ高い抗菌活性が得られると期待された.

5.2 カブトムシディフェンシン改変ペプチドの固定化

素材自体に抗菌活性を付与するために,カブトムシディフェンシン改変ペプチドの綿布表面への共有結合による固定化を試みた.綿布上にある水酸基に官能基を導入し,リンカーを結合させ,綿布上でカブトムシディフェンシン改変ペプチドを合成し(23)23) R. Frank: Tetrahedron, 48, 9217 (1992).,共有結合で綿布上に固定化した(図3A図3■カブトムシディフェンシン改変ペプチド固定化繊維).この布は非常に強い抗菌活性を示し,洗浄およびオートクレーブによる滅菌を5回繰り返しても強い抗菌活性を維持していた.また,骨髄腫細胞に対する細胞毒性も同様に維持していた(24)24) M. Nakamura, T. Iwasaki, S. Tokino, A. Asaoka, M. Yamakawa & J. Ishibashi: Biomacromolecules, 12, 1540 (2011)..カブトムシディフェンシン改変ペプチドを固定化して得られた抗菌素材は,白衣などの抗菌衣料への利用のみならず,たとえばカブトムシディフェンシン改変ペプチドを固定化したフィルターに血液を通すことにより骨髄腫細胞のみを特異的に除去するような透析デバイスなどにも利用可能であると考えられる.

図3■カブトムシディフェンシン改変ペプチド固定化繊維

A 共有結合による固定化.綿布上の水酸基にリンカーを付加し,アミノ酸を導入,繊維上でペプチドを合成し,抗菌ペプチドを固定化した綿布を作製.B 抗菌ペプチド含有ポリマーコーティングによる固定化.リンカーを付加したアクリル酸ポリマーに抗菌ペプチドを結合させた抗菌ペプチド・ポリマー複合体を繊維にコーティングすることにより繊維に抗菌ペプチドを固定化.

しかし,綿布上でペプチド合成をする加工は煩雑であり,コストもかかるうえ,大量に処理すること困難であった.そこで,カブトムシディフェンシン改変ペプチドによる抗菌加工を容易にするために,ポリマー加工を検討した.撥水加工では,アクリル酸ポリマー上に撥水性のフッ素化合物を固定化し,繊維表面上にコーティングすることにより撥水性を得る.これを応用し,カブトムシディフェンシン改変ペプチドをアクリル酸ポリマーに共有結合で固定化し,このポリマーで繊維をコーティングすることで改変ペプチドを繊維に固定化した(図3B図3■カブトムシディフェンシン改変ペプチド固定化繊維).改変ペプチドポリマー固定布の抗菌活性を測定したところ,10回以上の洗濯を行っても抗菌活性を維持していた(25)25) 石橋 純,中村 允:BIOINDUSTRY, 32, 28 (2015)..ポリマー加工は簡便であり,応用が期待されるが,耐久性の向上,ペプチドの価格が大きなネックになると考えられる.

おわりに

抗微生物タンパク質は多様な機能をもつ.今回紹介した機能以外にも,カブトムシディフェンシン改変ペプチドにも未知の機能が隠されているかもしれない.抗微生物タンパク質の抗菌剤としての利用は,克服する課題が山積みである.耐性菌が生じにくいことが期待される抗微生物タンパク質ではあるが,選択により耐性菌が生じることは報告されており,ほかの抗生物質同様に慎重な使い方が要求される(26, 27)26) J. Z. Kubicek-Sutherland, H. Lofton, M. Vestergaard, K. Hjort, H. Ingmer & D. I. Andersson: J. Antimicrob. Chemother., 72, 115 (2017).27) D. I. Andersson, D. Hughes & J. Z. Kubicek-Sutherland: Drug Resist. Updat., 26, 43 (2016)..また,治療薬としても,抗微生物タンパク質自体がもつ毒性や,血管などを越える移行性がないことなど,解決すべき問題が多く,その多くは全身的な投与は困難であり,局所利用にとどまる(7)7) J. L. Fox: Nat. Biotechnol., 31, 379 (2013)..しかし,その抗菌活性や宿主の免疫調整,バイオフィルム形成阻害などの優れた特性が,今後の薬剤開発に必要となることがあるだろう.また,がん細胞やDDSを利用した特定の細胞を狙う戦略にも利用が期待できる.抗菌加工剤としては安定性とコストが問題となるが,これらの問題が解決されたならば有効な選択肢の一つとなっていくであろう.

Reference

1) H. Steiner, D. Hultmark, A. Engstrom, H. Bennich & H. G. Boman: Nature, 292, 246 (1981).

2) M. Zasloff: Nature, 415, 389 (2002).

3) C. Willyard: Nature, 543, 15 (2017).

4) M. G. Scott, E. Dullaghan, N. Mookherjee, N. Glavas, M. Waldbrook, A. Thompson, A. Wang, K. Lee, S. Doria, P. Hamill et al.: Nat. Biotechnol., 25, 465 (2007).

5) M. Dostert, C. R. Belanger & R. E. W. Hancock: J. Innate Immun., DOI: 10.1159/000491497, 2018.

6) N. Papo & Y. Shai: Cell. Mol. Life Sci., 62, 784 (2005).

7) J. L. Fox: Nat. Biotechnol., 31, 379 (2013).

8) R. E. Hancock & H. G. Sahl: Nat. Biotechnol., 24, 1551 (2006).

9) A. Miyanoshita, S. Hara, M. Sugiyama, A. Asaoka, K. Taniai, F. Yukuhiro & M. Yamakawa: Biochem. Biophys. Res. Commun., 220, 526 (1996).

10) J. Ishibashi, H. Saido-Sakanaka, J. Yang, A. Sagisaka & M. Yamakawa: Eur. J. Biochem., 266, 616 (1999).

11) H. Saido-Sakanaka, J. Ishibashi, A. Sagisaka, E. Momotani & M. Yamakawa: Biochem. J., 338, 29 (1999).

12) H. Saido-Sakanaka, J. Ishibashi, E. Momotani, F. Amano & M. Yamakawa: Peptides, 25, 19 (2004).

13) M. Yamage, M. Yoshiyama, D. J. Grab, M. Kubo, T. Iwasaki, H. Kitani, J. Ishibashi & M. Yamakawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 1520 (2009).

14) T. Iwasaki, H. Saido-Sakanaka, A. Asaoka, D. Taylor, J. Ishibashi & M. Yamakawa: Sanshi Konchuu Baiotekku, 76, 25 (2007).

15) Y. Koyama, M. Motobu, K. Hikosaka, M. Yamada, K. Nakamura, H. Saido-Sakanaka, A. Asaoka, M. Yamakawa, T. Isobe, K. Shimura et al.: Int. Immunopharmacol., 6, 1748 (2006).

16) H. Saido-Sakanaka, J. Ishibashi, E. Momotani & M. Yamakawa: Dev. Comp. Immunol., 29, 469 (2005).

17) M. Yamada, K. Nakamura, H. Saido-Sakanaka, A. Asaoka, M. Yamakawa, Y. Yamamoto, Y. Koyama, K. Hikosaka, A. Shimizu & Y. Hirota: J. Vet. Med. Sci., 67, 1005 (2005).

18) Y. Koyama, M. Motobu, K. Hikosaka, M. Yamada, K. Nakamura, H. Saido-Sakanaka, A. Asaoka, M. Yamakawa, K. Sekikawa, H. Kitani et al.: Int. Immunopharmacol., 6, 234 (2006).

19) T. Iwasaki, J. Ishibashi, H. Tanaka, M. Sato, A. Asaoka, D. Taylor & M. Yamakawa: Peptides, 30, 660 (2009).

20) T. Iwasaki, J. Ishibashi, M. Kubo, D. Taylor & M. Yamakawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 683 (2009).

21) T. Iwasaki, M. Yamakawa, A. Asaoka, T. Kawano & J. Ishibashi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 76, 2044 (2012).

22) H. Saido-Sakanaka, E. Momotani, H. Yamada, J. Ishibashi, K. Tsubouchi & M. Yamakawa: Sanshi Konchuu Baiotekku, 74, 15 (2005).

23) R. Frank: Tetrahedron, 48, 9217 (1992).

24) M. Nakamura, T. Iwasaki, S. Tokino, A. Asaoka, M. Yamakawa & J. Ishibashi: Biomacromolecules, 12, 1540 (2011).

25) 石橋 純,中村 允:BIOINDUSTRY, 32, 28 (2015).

26) J. Z. Kubicek-Sutherland, H. Lofton, M. Vestergaard, K. Hjort, H. Ingmer & D. I. Andersson: J. Antimicrob. Chemother., 72, 115 (2017).

27) D. I. Andersson, D. Hughes & J. Z. Kubicek-Sutherland: Drug Resist. Updat., 26, 43 (2016).