セミナー室

環境DNA試料の採取から分析に至るまで採水,保存・運搬,ろ過の現状

Hiroki Yamanaka

山中 裕樹

龍谷大学理工学部

Takaya Hirohara

廣原 嵩也

龍谷大学理工学部

Published: 2019-06-01

はじめに

魚類などの大型水生動物を対象とした環境DNA分析が国内で研究されるようになって,約10年が経った.これまでにこの技術を中心に据えた大型の研究プロジェクトが3件実施され(環境省環境研究総合推進費2件と科学技術振興機構CREST1件),さらには一般社団法人環境DNA学会が設立されるに至った.水中に存在している僅かな量のDNAを回収・分析して生息している動物種を明らかにするという突飛なアイデアは,当初,学術分野のなかでさえなかなか受け入れられがたい雰囲気があったが,現在ではこの分析技術を使って受託分析を開始する企業が現れ始め,社会的な意義が見いだされるようになってきた.

筆者らが研究に取り組み始めた当初から願っているのは,捕獲や目視によるこれまでの調査技術とうまく組み合わされる形で環境DNA分析が活用され,生物多様性についての研究やアセスメントがこれまで以上に効率的に,かつ,長期にわたるモニタリングが低いコストで実施される未来である.こうした新しい技術は,学術や社会での実装のなかでもまれて実用性を身に着けて成熟していくはずだが,やはり最初は「使ってもらわなければ」進まない.基礎的技術としての良いところも悪いところも,現場での実効性のよし悪しも,ユーザーがいてこそ発見されるはずで,受託分析を行う企業がすでに現れてきたことは非常に心強い.一方で,潜在的なユーザーの間では「ところでどうやって試料を採ればいいのか?」という不安が生じてきている.さあ,分析はできる.では,どう採ってどう送るのか? この疑問に答えることは,この技術の利用を促進して,技術にとっての「鍛錬の場」を用意する助けになるだろう.

本稿では,試料の採り方や輸送の仕方に注目し,DNA分析に至る前の段階をどのように進めるべきであるのかについて解説したい.既存の情報を織り交ぜつつ,筆者らの研究室での実施方法を公開してユーザーの参考情報として提供する.環境DNA分析の技術開発にかかわる者の多くは「水をくむだけで…」と技術を説明するが,「いや,そこがわからない」というユーザー側の疑問も至極当然である.特に,本当に使おうとしてくれているユーザーは切実にその問題を感じていることと思う.水をくむだけで生物種の確認ができるとは言っても,環境DNA分析で最も避けねばならない試料のコンタミネーション(汚染)がどうしても課題となってくる.そして,調査時の状況もユーザーそれぞれで,魚類の捕獲調査と並行して採水を行わなくてはならない局面もあるかもしれない.もしくは,採水や試料の保存のための機材があまりに多いと現場へのロジスティクスで問題となるかもしれない.「調査自体は簡単だ」とはいうものの実務の現場では気になるであろうことを,これまで筆者らのもとに寄せられた疑問や課題を考慮しつつ,解説したい.ただし,現場の都合をいくら勘案しても「どうしても守らねばならない」部分は存在する.この部分も明瞭にしつつ,筆者らなりの提案を試みる.まだまだ新規の技術であって,開発側の現場でも明らかにできていない基礎的情報が多いのが実情であるが,これから「ともかくは始めてみよう」「使ってみよう」という機運を少しでも後押しできればと願っている.

全体のワークフローと疑問点

今回議論の対象とするのは魚類などの大型水棲生物を対象とした環境DNA分析である.多くの分析希望者は,さあ調査だとなった時点で,いろいろな疑問に直面するはずである.

ざっと思いつくだけでも,これくらいの疑問が浮かぶはずで,調査実施のためにはそれぞれ戦略を決定せねばならない.以降は,ワークフローを「採水」,「運搬と保存」,「ろ過」に区分して,それぞれ独立のセクションを設けて,疑問点に応えつつ詳細を述べる.ただ,どのステップであっても筆者らは「現場作業は簡単に」というスタンスで各種判断を行っている.「シンプルなワークフロー」を心掛けることは,そのまま,環境DNA分析の肝である「コンタミネーションのコントロール」につながるはずだからである.

採水

環境DNA分析は何はともあれ,まず水をくむことから始まる.「ただくむだけ」なのだがいくつか戦略的に決めねばならないことや注意点もある(多少情報が古くなってしまっているものの,山中ら(1)1) 山中裕樹,源 利文,高原輝彦,内井喜美子,土居秀幸:日本生態学会誌,66, 601 (2016).もご参照いただきたい).よく質問されるのが,「どこで」くむのか(Q1),である.

水域での環境DNA分析は,言わずもがな,水の流れに分析結果が左右される.これまでの既存の研究で,(もちろん現場の環境や生物量に依存して結果は変わるが)十数キロメートルも上流の地点に生息しているはずの生物のDNAを検出したという河川での例(2)2) K. Deiner & F. Altermatt: PLOS ONE, 9, e88786 (2014).がある一方で,数十メートルの距離でも対象種のDNAは検出できなかったとする例(3)3) D. S. Pilliod, C. S. Goldberg, R. S. Arkle & L. P. Waits: Mol. Ecol. Resour., 14, 109 (2014).も報告されている.環境DNAは媒質である水の中に,細胞や細胞片として,もしくはそこから飛び出したミトコンドリアに含まれる形で存在していると考えられる.もちろんさらに分解が進んで「裸の」状態で浮いているものやほかの粒子にトラップされた状態で存在しているものもありうる.こうした環境DNAを含む粒子の拡散はいまだ未解明の部分が多いうえに,さらに分析に影響を与える項目としてDNA自身の経時的な分解(4)4) A. Maruyama, K. Nakamura, H. Yamanaka, M. Kondoh & T. Minamoto: PLOS ONE, 9, e114639 (2014).も考慮せねばならない.「環境DNA分析が反映している時空間範囲はどの程度か」を知ったうえで採水戦略を立てたいところではある.しかしながら,これは現場ごと,対象種ごとに異なるため,今後の研究によって明らかにされるのを待たざるをえない.

一方で,どれだけの試料数を取ればいいのかという問題もある.これについては「どういった目的のモニタリングがしたいのか」に応じて決める必要がある.まずは多種の魚類を網羅的に検出する環境DNAメタバーコーディング(5)5) M. Miya, Y. Sato, T. Fukunaga, T. Sado, J. Y. Poulsen, K. Sato, T. Minamoto, S. Yamamoto, H. Yamanaka, H. Araki et al.: R. Soc. Open Sci., 2, 150088 (2015).による分析を適用する場合を想定して解説するが,もちろんのこと空間的に密にサンプリングすればするほど,より高い確率でマイナーな種まで検出できるようになると考えられる.しかし,どこまで解像度を求めるのかは研究調査の計画ごとに違うはずであり,常に「個体群密度が低い希少種であってもすべて拾って検出せねばならない」ということはないはずである.相当マイナーな種はさておき,種構成の全体像を長期にわたってモニタリングしたい,というような場合であれば地点数を減らしたり,多地点から集めた水試料を1試料としてまとめて処理したりという方法も戦略としてありうる(6)6) H. Sato, Y. Sogo, H. Doi & H. Yamanaka: Sci. Rep., 7, 14860 (2017)..より高い感度を求めるなら,筆者らとしては注目する種ごとに種特異的なプライマーセットを使ったリアルタイムPCRによる分析の併用をお勧めする.

採水の地点配置や数についての質問とともによく質問されるのが,どのようにくむのか(Q2),である.採水のタイミングや頻度,地点の配置ももちろん重要であるが,その採水戦略がコスト的に労力的に,そして質的に実行可能かどうかを決めるのは「道具立て」である面もあるため,ここでは実例を交えつつその部分に重点を置いて解説したい.

もっとも初期の頃から実践されているのは,採水用のプラスチックボトルを直接水に浸して取る方法である.もちろん,どのような採水方法のときでも同じであるが,地点ごとに新しいグローブを着用して使い捨てる.そして,ボトルはすべて,使用前に次亜塩素酸ナトリウム水溶液(ブリーチ液)でDNAを分解してデコンタミネーション(除染)しておく.このブリーチ処理をする限り,ボトルは使い回してよい.ただ,陸水域や遠浅の砂地の海岸などではよくあるが,使用するボトルの厚みよりも調査地点の水深が浅いときがあり,使用するボトルの形やサイズには気を付ける必要がある.選定にあたっては,構造が複雑,つまり極端に出入り口が狭かったりするようなボトルであったり,パッキン部分がいくつものパーツで構成されている蓋であったりは洗浄用のブリーチ液を隙間にまで流し込んだり,また逆にそれを洗い流したりする際に不都合があるので避けたほうが良い.特にブリーチをきれいに流しきれないのは問題で,次亜塩素酸ナトリウム濃度にして0.001%でも試料水に混入すると8時間でDNAは検出できないレベルまで分解されてしまう(7)7) H. Yamanaka, T. Minamoto, J. Matsuura, S. Sakurai, S. Tsuji, H. Motozawa, M. Hongo, Y. Sogo, N. Kakimi, I. Teramura et al.: Limnology, 18, 233 (2017).ので注意が必要である.

次に筆者らの研究室で多用している方法を紹介する.この方法では採水調査後の各種道具のブリーチ処理をなくすために,本来は塗装工事などでペンキを混ぜて色調するための使い捨てカップ(たとえばMCC-100,株式会社ヨトリヤマ,足利市)を使って水をくみ,これまた本来は飲料などをいれるためのパウチ(たとえばDP16-TN1000,株式会社ヤナギ,名古屋市)に注ぎ入れて採水し,どちらも使い捨てて使用している(図1図1■採水風景).この方法だと多少水深が浅くとも,付属の目盛りで水量を測りつつ繰り返し採水して任意の量の試料水を集めることができ,このパウチは丸形や角形のプラスチックボトルに比べて相当収容体積が少なくて済むため,運搬時にも空間効率が良い.

図1■採水風景

使い捨てカップでパウチに水を注ぎ込んだのち,水質を測定している場面.

前述の2つの方法は,何に試料水を収容するかは別として,どちらも直接手で採水しているという部分は同じだが,「手」以外の道具を使って採水している例もすでに登場してきている.たとえばドローンの利用で,すでに国内のチームによる実践例が報告されている(8)8) H. Doi, Y. Akamatsu, Y. Watanabe, M. Goto, R. Inui, I. Katano, M. Nagano, T. Takahara & T. Minamoto: Limnol. Oceanogr. Methods, 15, 939 (2017)..筆者らの研究室でも試行的にドローンによる採水を行った(図2図2■使い捨てのカップを垂下して飛行するドローン)が,川やため池へと続く,急峻な坂(時には崖のようでもある)を慎重に上り下りするよりも,極めて安全かつ短時間で採水できた.ただ,このときにはペイロードが400 g程度(ただしメーカー公表値はない)とされるPhantom 4(DJI, Shenzhen)に無理をさせて300 mLの採水をしたため,プロのオペレーターがいなかったら安心して見てはいられなかっただろうと思う.プロが測量などにも使用する上位機種であればより大きなペイロードを稼げるが,実際にはPhantom 4が現在多くの研究室で手が出せる現実的な価格の選択肢だと思われるため,より少ない採水量で何度かに分けて採水するのが良いと思われる.このときにも,はやり使い捨てのカップを使い捨てのビニールひもでドローンに垂下して採水し,これらは地点ごとに使い捨てた.こうした無人走行もしくは飛行ができる採水機材は,小規模な湖沼や川幅の広い河口域などでは,今後有力な採水方法になると期待している.

図2■使い捨てのカップを垂下して飛行するドローン

ひもの部分も使い捨てる.

水試料さえあれば,通常なら調査が相当困難な環境の生物について調査が可能であるという点も環境DNA分析の強みで,たとえば深海魚がそうである.Thomsenら(9)9) P. F. Thomsen, P. R. Møller, E. E. Sigsgaard, S. W. Knudsen, O. A. Jørgensen & E. Willerslev: PLOS ONE, 11, e0165252 (2016).はグリーンランド近海において1,000 m近い水深からの採水器による採水を行って,二十数科にわたる分類群の深海魚類を検出している.また,もっと小さな空間スケールになるが,Katanoらは手動式の給油ポンプを利用して河床の礫の間隙水を採取し,ハコネサンショウウオの検出を成功させている(10)10) I. Katano, K. Harada, H. Doi, R. Souma & T. Minamoto: PLOS ONE, 12, e0176541 (2017)..こうした事例では,まさにsite-unseen detectionといわれる環境DNA分析の特質がよく生かされている.なお,バンドン採水器など,水が筒内を通過する仕組みになっている採水器を用いる場合には,目的の水深に到達するまでの間にほかの水深の層を通過してくことになる.こうした場合に採水器具のデコンタミネーションはどうするのか・可能なのか,もしくはその必要があるのか・ないのか,については筆者らの知るところではまだコンセンサスは得られていない.

「採水器までデコンタミネーションしなければならないか」が真剣に考えられていることからもわかるように,環境DNA分析ではコンタミネーションの回避が肝になる.そして,その成否を確認するために不可欠なのが各作業ステップで設けられるネガティブコントロール(陰性対照)である.この採水の段階では,いわゆるfieldネガコンを取得する必要がある.多くの場合,研究室から調査地まで持参した,DNAが含まれていない水(超純水や蒸留水)を,現場で採取する実試料と同じ機材を使い,現場で同じ手法で試料ボトルやパウチに入れ,実試料と同じ運搬容器(クーラーボックスなど)に入れて持ち帰る.このfieldネガコンを以降の分析過程でほかの実試料と同じように処理し,これにより採水関連機材と試料容器,そして採水作業由来のコンタミネーション,輸送中の試料間でのコンタミネーションの有無についての確認を行う.

運搬と保存

得られた試料水の中では,時間とともに環境DNAが分解していく.そもそも環境DNAはその初期濃度の時点で相当に低いため,できる限り早く次の処理ステップに進む必要がある.次のステップは多くの場合がろ過であり,つまり,ろ過に至るまでの間,試料水をどうやって運搬・保存するのか(Q3)が大きな問題になる.環境DNA分析を開始した当初は,調査地を車で巡る間はクーラーボックスの中で保冷しておき,実験室に戻ったらすぐにろ過,という処理が多かった.また,遠方での調査の場合は試料水を冷蔵便で宅配する手法を取っていた.とにかく採水後はできるだけ速やかに試料水を冷やすことが望まれるが,実際には1リットルないしは2リットルという大きな体積の試料水が入ったボトルをクラッシュアイスの上にのせておいたとしても,特に暖かい季節であればボトルの内部まで十分冷却されるのには相当な時間がかかる.ブルーギルを対象として環境DNAの分解速度を検討した研究例では20°Cの条件下でDNA濃度が半減するのに6.7時間と推定された(4)4) A. Maruyama, K. Nakamura, H. Yamanaka, M. Kondoh & T. Minamoto: PLOS ONE, 9, e114639 (2014).ことから,短い時間であっても高い温度のまま試料水を保管すると,保管時間の調査地点による違い,が結果に大きなばらつきを生じうることがわかる.

近年,四級アンモニウムの混合物である塩化ベンザルコニウム(BAC)を試料水に添加することで環境DNAの分解を抑制できるとの報告がなされた(7)7) H. Yamanaka, T. Minamoto, J. Matsuura, S. Sakurai, S. Tsuji, H. Motozawa, M. Hongo, Y. Sogo, N. Kakimi, I. Teramura et al.: Limnology, 18, 233 (2017)..BACは薬局で簡単に手に入る殺菌消毒剤の一つで,終濃度0.01%で試料水に添加するだけで常温でも試料水中でのDNA分解を抑制する.筆者らの研究室では試料水の輸送時間が長くなる場合や,試料水の濁りによってろ過作業が相当長くなることが予想される場合には,常に試料水にBACを添加している.どうしてもろ過水量をそろえたい調査などでは,場合によっては1~2時間ほどもろ過に時間をかけることがあり,このようなときにはろ過作業中の分解も無視できないと考えている.BACは常温でも効力を発揮するが,試料水の輸送や配送にあたっては念のために保冷していることが多い.

保冷するかしないか,BACを添加するかしないか,にかかわらず,試料水はクーラーボックスなど暗所に置いて遮光条件で保管・輸送している.この輸送の段階では分解を抑えることと同時に,コンタミネーションに相当気をつけねばならない.筆者らの研究室では魚類の捕獲調査と環境DNA調査を同日に行うことはほぼない.また,必要に迫られて同日に行うことがあっても,それぞれの調査を行うメンバーを完全に分離するルールを徹底している.これによって採水からクーラーボックスへの保管に至る過程でのコンタミネーションを防いでいる.ただ,環境DNA分析を専門に実施している研究室でもなければ,この調査体制を作るのは困難かもしれない.現在のところ両方の作業を同日に同一の調査者で実施するということがどれほどのレベルでコンタミネーションを引き起こしうるのか,については全く情報がないが,ここでは常に作業を分離している筆者らが想像するリスクと,最低限守るべきであろう事項を述べておきたい.まず,採水からクーラーボックスへの試料水の保管に至るまでは,すべて新しいグローブを着用することが必須であろう.もし採水ボトルの外側やクーラーボックスの取っ手などがいったん対象種の高濃度なDNAで汚染されてしまうと,試料水容器の表面で汚染が広がり,後のろ過ステップできれいなグローブを使って作業しても,どこかの段階で試料中にコンタミネーションするかもしれない.もちろん,クーラーボックス自体も環境DNA試料保管専用のものを用意すべきである.調査車両内でも,環境DNA試料の採取と保管にかかわる器材はほかの調査用具と完全に区別し,ビニール袋などに入れてさまざまな飛沫などから保護することも重要だと思われる.

ろ過

ろ過については,実験室に戻ってからのろ過と,現場でのろ過とに大別できる.5年,6年と継続している長期サンプリングでは調査スタート時の手法を踏襲して,実験室でのろ過が継続されているものが多い.一方で,たとえば2018年度まで継続したCRESTの環境DNAプロジェクトの全国一斉調査では,基本的に現場でのろ過を行った.研究例ごとに採用している方法が異なっているため,現場でどこまで処理するのがよいのか,採水のみか? ろ過までか? (Q4)という疑問が生じる.このセクションでは,まず現場ろ過と実験室でのろ過に共通する基本事項について説明したのち,それぞれについて解説を加えたい.

まず,ろ過にあたってはどのようなフィルターを使用するか,を決定せねばならない.このフィルターの選定によって検出対象にできる分類群が限定されてしまうこともあるので,注意が必要である.また,現場でのろ過を採用する場合に利用しにくいフィルターもあるので考慮する必要がある.大きくは,環境DNA分析で非常によく使われているGF/F(GEヘルスケア・ジャパン,東京)のようなディスク型のフィルターと,ステリベクス(SVHV010RS, Merck, Darmstadt)のようなカートリッジ型のフィルターに二分される.前者はろ過作業のためにフィルターホルダーが別途必要になる一方,後者はシリンジなどを使って直接カートリッジフィルターに試料水を流し込んでろ過するため,フィルターホルダーが必要ないという特徴の違いがある.大量の試料を処理せねばならない場合は,コンタミネーションのリスクとコストのバランスをどうとるか,を思案せねばならない.つまり,一般にGF/Fのようなグラスファイバーフィルターは単価が安く,カートリッジフィルターは高価である一方,前者は試料水ごとにフィルターホルダーをデコンタミネーションする必要があり,後者はシリンジなどの器具を使い捨てればその操作は必要なくなる.環境DNA分析に特化したチームであればブリーチを用いたデコンタミネーションの操作を大量に漏れなく行うことができるが,そうした操作に習熟していない場合は,高コストであってもすべての器具を使い捨てにできるカートリッジフィルター方式の方がよりコンタミネーションのリスクは低下すると思われる.次に考慮せねばならないのはフィルターの目合いの大きさである.上述のGF/Fは平均孔径が0.7 µm,ステリベクスは0.45 µmであり,これらは魚類などの大型水棲生物を対象とした研究において,日本の研究チームでは最も多く利用されている.しかし,細菌類などほかの分類群についても分析する可能性があるなら,より目の細かいフィルターを選ばねばならない.ただし,ろ過にかかる時間はより長くなること,そして,場合によっては目つまりがきつくなり,予定していた水量を処理することが不可能となる場合もあるので注意が必要である.また,重要なこととして,ろ過の段階ではいわゆるろ過ネガコンを取得する必要がある.このネガティブコントロールは,ろ過器具とろ過操作由来のコンタミネーションの有無を確認するために必須である.なお,筆者らの研究室ではfieldネガコンとして取得した試料水をろ過し,ろ過ネガコンとしての役割も兼ねさせている.

実験室に試料水を持ち帰ってからのろ過は,特にグラスファイバーフィルターを使用して大量にろ過を行う場合に利点が大きい.つまり,この方法であればコストが低く,かつ,十分設備が整った条件下で,ろ過器具のデコンタミネーションをしっかり行いながら処理ができる.もちろんカートリッジフィルダーを用いて実験室でろ過することも可能である.各調査地点に長時間とどまって現場でのろ過を行うことが現実的ではないような試料数のときには,実験室に持ち帰ってからろ過したほうが効率は良い.また,どうしても捕獲調査として並行して採水を行わねばならなかった場合,実験室に持ち帰ってから手と腕を洗浄して衣服も着替えたうえでろ過した方が格段にコンタミネーションのリスクは低下すると思われる.得られたフィルター試料はDNA抽出まで−20°Cで保存する.

次に,現場でのろ過について解説する.前述のとおり,CRESTの全国一斉調査では現場でステリベクスを用いた現場ろ過を行うという方式をとった.もちろん,現場でディスクフィルターを使用してろ過をすることもできる(11)11) H. Yamanaka, H. Motozawa, S. Tsuji, R. C. Miyazawa, T. Takahara & T. Minamoto: Ecol. Res., 31, 963 (2016).が,フィルターホルダーや吸引ポンプなどのろ過機材を多く現場に持ち込むことになること,また,そうした器具の現場でのデコンタミネーションも必要になることから「水をくむだけの調査」としては負担が大きい.その点,カートリッジフィルターとシリンジを使い切ってろ過を行う前者の手法は,現場でのろ過作業の負担は小さい.筆者らの研究室では前述の使い捨てカップで採水してそこからろ過を行うことで,採水からろ過までの用具がすべて使い捨てというセットアップで作業を行っている.ろ過後はRNAlater(Sigma-Aldrich, St. Louis, MO, USA)に代表されるような核酸劣化防止剤をカートリッジ内に充填して密栓し,クーラーボックス内で保冷して実験室に持ち帰り,DNA抽出まで−20°Cで保存する.劣化防止剤を充填して保冷状態で輸送する間にどれほどDNAが保存されているのかについての定量的なデータは今のところ持ち合わせていないので今後の要検討課題であるものの,DNA抽出物からのPCR時に増幅が全く認められないというようなレベルでの分解はこれまで経験していない.また,RNAlaterの代わりにエタノールを充填しての輸送でも,同じように分析が可能であった.一方で,ディスクフィルターについては保冷程度の冷却では想像以上に輸送中のDNA分解が起こっていることが明らかになっており(7)7) H. Yamanaka, T. Minamoto, J. Matsuura, S. Sakurai, S. Tsuji, H. Motozawa, M. Hongo, Y. Sogo, N. Kakimi, I. Teramura et al.: Limnology, 18, 233 (2017).,十分低い温度での冷凍輸送が望ましい.

現場ろ過の変法とも呼べるが,筆者らの研究室で実施している調査では「移動ろ過」を行っている例がほとんどである.これはつまり,車で調査地点間を移動しながら,走行中に実施するろ過方式である.ディスクフィルターを用いた移動ろ過の方法については論文として公開している(11)11) H. Yamanaka, H. Motozawa, S. Tsuji, R. C. Miyazawa, T. Takahara & T. Minamoto: Ecol. Res., 31, 963 (2016).ため,今回は最近になって利用し始めたカートリッジフィルターを用いた移動ろ過の方法について紹介したい(図3図3■車内での移動ろ過風景).前述のパウチに使いすてカップで採水を行ったのち,ゴム栓で密栓をしたうえで車内に吊り下げ,点滴に使用するビン針を用いてカートリッジフィルターに接続して試料水をろ過する.吸引方式を用いるが,減圧のための動力が不要な手動式のオイルチェンジャー(OC-060,大自工業,柏原,日本)を使う.これまでの経験では海水試料の場合,1リットルを10分程度で処理できたケースが多い.ただ調査対象水域の水質によってはろ過時間が長引く可能性があるため,BACの添加を検討するといいかもしれない.ろ過後のフィルターは前述のとおり核酸劣化防止剤を添加して冷蔵で輸送している.この場合,現場ではまさに水をくむだけであり,すぐに次の調査地点への移動を開始できるため,多地点を調査するのに非常に都合がいい.もちろん,採水からろ過までに使用する器具はすべて使い捨てである.なお,この方式は減圧のための装置を通常のアスピレーターに替えれば,実験室で同時に大量のパウチからのろ過も可能である(図4図4■多数の試料水を吸引方式でろ過している風景).

図3■車内での移動ろ過風景

パウチ,ゴムWキャップ(N-371 W-16,東京硝子器械株式会社,東京,日本),ビン針付きの輸液チューブ(ニプロ連結管,プラスチック針540ミリ,ニプロ,大阪,日本),ルアーフィッティング(VPRM306,株式会社アイシス,大阪,日本),ステリベクス,10 µLのピペットチップ,耐圧チューブを経てオイルチェンジャーへとつながっている.ピペットチップまでは試料ごとに使い捨てとなる.なお,写真では確認しにくいが,10 µLのピペットチップはステリベクスのアウトレットに装着し,下流側の耐圧ホースに差し込んでいる.これによりステリベクスが直接,耐圧ホースに接触するのを避けている.

図4■多数の試料水を吸引方式でろ過している風景

図3図3■車内での移動ろ過風景にあるシステムを少し工夫すれば,便利なろ過システムを自由に構築できる.パウチから吸い出された水はすぐ下流に接続されているステリベクスフィルターでサンプルごとにろ過され,黒の耐圧チューブを通って廃液されていく.

おわりに

本稿では採水から分析に至るまでのワークフローの実際とそのオプションについて解説した.最初に述べたように,環境DNA分析ではコンタミネーションを極限まで少なくすることが肝である.ただし,コンタミネーションの防止策が非常に難解なものであってはこの技術を使ってみようとする動きの妨げになる.筆者らのスタンスは,「ワークフローは単純に」であって,それはコンタミネーションを抑制することと,興味ある方々の参入のを促すことの両方にプラスの意義があると考えている.本稿で紹介した方法では各種の器具を使い捨てているものが多い.多少試料当たりの処理単価が高くなるが,信頼できるデータをより簡単・確実に得られることを考えると受け入れる価値があると考えている.また,筆者らは移動ろ過方式を積極的に取り入れていて,調査の効率化を追求している.これにより,最大で50地点ほどを1日で調査可能なのでお勧めしたい.ただし,ほかの捕獲調査などと並行して環境DNAによる調査を行わねばならない場合,現地でろ過を済ませようとするのはいかに使い捨ての器具を採用しても大きなリスクを負うことになるだろう.この場合は極限までシンプルにして,「水をくんでもって帰るだけ/送るだけ」にすることをお勧めしたい.最高に鮮度が高いDNA試料を得られるのはやはり採水直後のろ過を実施した場合であるが,本稿で紹介したような各種オプションを考慮して戦略を立て,ぜひ環境DNA分析を試していただきたい.

多くの方の参入によって,新しい技術は磨かれる.そのなかで,質を保ちつつも現実的な手法が選抜され,社会に実装されていくだろう.今後は「分析者」ではなく「ユーザー」として環境DNA分析にかかわる/利用する方が増えるはずで,もっともシンプルな方式は「水をくんで送る」という形態であろう.この場合には大規模に分析試料を受け入れてデータ化する拠点が不可欠だが,すでに複数の企業が受託分析を開始しており,非常に心強い.この技術の利用が広がりを見せ,大量の生物分布のデータセットが出てくるとその先に起こるのはどのような変革であろうか.個人や自治体や企業の環境にかかわる意思決定が,常に明瞭なデータに基づいてなされる時代が来ればうれしい.非常に楽しみである.

最後に,非常にくどくなるがネガティブコントロールの重要性を再度強調しておきたい.淡水域の試料から深海魚のDNAが検出されたなら,それは明らかにコンタミネーションであったと判断できるだろうが,実際にはそれほど問題は簡単ではなく,コンタミネーションであるかどうかがどうしても判断できないケースも多くある.これはネガティブコントロールをとっていてもそうで,もしネガティブコントロールからDNAが検出されなかったとしても,ほかの実試料同士の間でコンタミネーションが「絶対に」起こっていないことの証明にはならない.たとえば淡水域の試料同士でコイのDNAが一方から他方に混入していたとしても,出力された分析結果のなかからそのコイのDNAがコンタミネーションであったことを確実に判断できる可能性は低い.ただ,ネガティブコントロールからDNAが検出されない,もしくはわずかしか検出されないことは,適切に採水から分析までを行っていることの傍証となる.ネガティブコントロールの分析によってからではトラック(追跡)できないコンタミネーションは存在するものの,ネガティブコントロールを設けることは「的確な分析を真摯に実行しようとしていること」の表れであると筆者らは考えている.大量の試料が分析される時代が来れば,ネガティブコントロールの重要性は一層高まるだろう.

日本における大型水棲生物を対象とした環境DNA分析の研究は,これまでの10年間で日本学術振興会,環境省,科学技術振興機構をはじめとする各種機関からの多大なる支援を受けた.また,筆者らが所属する龍谷大学の里山学研究センター,生物多様性科学研究センターを含め,関係各所からのサポートに謝意を表したい.

Reference

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