Kagaku to Seibutsu 57(7): 389 (2019)
巻頭言
高校教科書ノススメ
Published: 2019-07-01
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
数年前に大学入試センター試験の作題に携わる機会があった.また,大学でも前期日程入試や推薦入試にかかわることも多い.専門の有機化学に限らず,物理化学や生物化学分野の問題を作ることもある.大概,周辺領域の研究者と長時間膝をつき合わせながら,持ち寄った原案を取捨選択し完成品に練り上げていく,実に精神の集中を必要とする作業である.受験生は過去問を研究してくるであろう.こちらもオリジナルな問題で学力の本質を問えるよう,それでいて難易度が上がらぬように思案する…楽しいひとときだ.いわば作りっぱなしは楽なのだが,そうはいかない,調整の時間がやってくる.ひとまず完成品とするために「てにをは」を直す.正しく格調高い日本語か,題意は伝わるか,正解を一つに絞れるか,独善に陥らぬよう慎重に繰り返し修正する.用例集や問答集(1)1) “新しい国語表記ハンドブック”第八版,三省堂,2018.;“言葉に関する問答集総集編”文化庁,2015.を参考にするうちに,論理的言葉遣いにすっかりはまってしまい,日本語学の本(2)2) 庵功雄:“新しい日本語学入門”第二版,スリーエーネットワーク,2012.にまで手を出す始末…(もちろんこれは学生の指導にも大いに役立っている.思えば,留学中に英国人が英文法を知らないことをいぶかしんだが,自分も国文法など忘れていたわけだ…).何とか納得のいく文章になったら,過去問等とのを重複をチェック.オリジナルだぞ,これもクリアー.さて難関は高校教科書(指導要領)である.もちろん逸脱しないように作ってきたはずだが,興が乗ってくると夢中であるから…,良問(と信ずる)がお蔵入りするのは残念至極.改めて現行すべての教科書の「発展・探究」や脚注を含むすべてに目を通し,抜け道を…(略).そこで気づくのは,教科書の完成度の高さである.一過性の入試問題でもこれだけ気を遣っているのに,全国高校生に多大な影響を与え続ける教科書,気が遠くなるようである.本当に執筆陣には頭が下がる.私も大学用教科書(3)3) 清田洋正:“生物有機化学がわかる講義”講談社サイエンティフィク,2010.を書いた際に身にしみたはずだが,一言一句にどれほど神経が注がれていることだろう.「化学基礎」「化学」「生物基礎」「生物」…農芸化学会に入って30年,思いがけず「化学と生物」誌の編集長を拝命した機会にもう一度読み直している.化学と生物の世界で起こっていることを理解するためのエッセンスが凝縮されている.一文に込められた技と思いを身をもって理解した今,敬虔な気持ちにさえなる.遠い高校生の頃,受験参考書を頼りに教科書を軽んじていた自分を省みつつ,読み直している.
農芸化学は,生命現象を化学の視点で解明し,成果を社会に還元することを目的にしている.その範囲はあまりに広く,生命現象を対象とする研究すべてを含む勢いで拡がっているが,さまざま含まれる研究領域間の交流こそが発展の礎であろう.そのためには,近隣にとどまらぬ広い視野,異なる学問分野に対する基礎理解が必須となる.そこで教科書と我らが「化学と生物」誌の出番である.本誌は同分野研究者間の情報を深く共有するための総説誌ではあるが,異分野間の情報交換・勉強の場としての役割も大きいと考える.
思考の基は常に基本事項にある.「化学」と「生物」教科書で効果的に基礎を振り返ることにはとても価値あると思う.そして,その応用として「化学と生物」誌の先端的かつ分野融合的な記事を大いに活用いただきたい.本誌を一層魅力的かつ価値あるものにするよう,皆様のご協力を乞う次第である.
Reference
1) “新しい国語表記ハンドブック”第八版,三省堂,2018.;“言葉に関する問答集総集編”文化庁,2015.
2) 庵功雄:“新しい日本語学入門”第二版,スリーエーネットワーク,2012.
3) 清田洋正:“生物有機化学がわかる講義”講談社サイエンティフィク,2010.