Kagaku to Seibutsu 57(7): 390-392 (2019)
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ゼロカロリー甘味料D-AlluloseのGLP-1分泌と求心性迷走神経を介した過食・肥満・糖尿病改善作用希少糖アルロースの抗肥満抗糖尿病作用
Published: 2019-07-01
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
糖尿病,脂質異常症,高血圧,心血管疾患などの危険因子である「肥満」は世界規模で増加し続け,今後も増加すること予測されている.肥満の成因として過食や摂食リズム異常などの摂食行動異常が挙げられる.摂食リズム異常とは,非活動期(ヒトでは夜間)の多量な食事摂取や就寝前の食事(夜食)などを指し,これら摂食リズム異常は肥満やインスリン抵抗性などの代謝疾患を誘導する(1)1) M. Hatori, C. Vollmers, A. Zarrinpar, L. DiTacchio, E. A. Bushong, S. Gill, M. Leblanc, A. Chaix, M. Joens, J. A. Fitzpatrick et al.: Cell Metab., 15, 848 (2012)..一方,過食や摂食リズム異常に対する安全で有効な治療薬はいまだ得られておらず,その開発が待たれている.
食欲は脳(視床下部)で調節されているため,開発が試みられる摂食抑制薬の作用点は脳である.脳は摂食調節だけでなく代謝や循環,精神機能なども制御している.これまで開発された中枢性摂食抑制剤は血液脳関門を通過して視床下部に直接作用し,優れた摂食抑制作用を示すが,多くの副作用(弁膜症や自殺率の増加)を呈したことにより,撤退を余儀なくされてきた.求心性迷走神経は,各末梢臓器と脳(延髄孤束核)をつなぐ内臓感覚神経の1種であり,体内情報(ホルモン・栄養素・代謝物など)を受容して,その神経情報を脳に伝達する.求心性迷走神経は,食事の前後で分泌が変動するさまざまな胃腸膵ホルモンを受容し,その情報を脳に伝達し,摂食行動を調節している(2)2) 岩﨑有作,矢田俊彦:実験医学,36, 917 (2017)..したがって,求心性迷走神経からの脳作用経路は,特定の神経情報を特定の脳神経核に伝達するため,特異的な脳機能の誘導に適した経路であることが推察される.
消化管ホルモンのglucagon-like peptide-1(GLP-1)は,食後に腸から分泌され,満腹感創出やインスリン分泌促進を介した血糖上昇抑制など,抗肥満・抗糖尿病に有益な作用をもつ(3)3) J. E. Campbell & D. J. Drucker: Cell Metab., 17, 819 (2013)..しかし,内因性GLP-1は分解酵素(DPP-4)の作用によりその血中半減期が1~2分と極めて短く,循環血中では分泌時の10~15%まで減少する.この不安定な腸由来GLP-1が生理作用を発揮するためには,腸や門脈などに分布する求心性迷走神経に作用し,その神経情報が脳へ伝達され,脳・全身機能を調節していると考えられている(4)4) J. P. Krieger, W. Langhans & S. J. Lee: Physiol. Behav., 152(Pt B), 372 (2015)..
GLP-1は腸管腔内での三大栄養素分解物(エネルギーあり)によって分泌が促進されることが知られている.一方,抗肥満のためのGLP-1分泌促進剤(リリーサー)としてはゼロカロリーの成分が好ましい.D-Allulose(アルロース,別名D-psicose)は自然界に僅かに存在する希少糖の1種で,砂糖の7割程度の甘味を有する一方で熱量は0 kcalであり,新しいゼロカロリー甘味料として近年注目されている.アルロースは,アメリカFood and Drug Administration(FDA)のGenerally Recognized as Safe(GRAS)認証に認定され,食品添加物としての安全性が保証されている.アルロースには肥満・糖尿病を改善する機能が報告されているが(5)5) A. Hossain, F. Yamaguchi, T. Matsuo, I. Tsukamoto, Y. Toyoda, M. Ogawa, Y. Nagata & M. Tokuda: Pharmacol. Ther., 155, 49 (2015).,その作用メカニズムはおおむね不明であった.
筆者らは,ゼロカロリー甘味料のアルロースがGLP-1リリーサーであること,そして,この腸GLP-1が腸や肝臓に分布する一部のGLP-1受容体発現求心性迷走神経サブクラスを活性化し,神経情報として脳に情報を伝達し,摂食量を抑制し,耐糖能(体内のグルコースを処理する能力)を向上させることを明らかとした(6)6) Y. Iwasaki, M. Sendo, K. Dezaki, T. Hira, T. Sato, M. Nakata, C. Goswami, R. Aoki, T. Arai, P. Kumari et al.: Nat. Commun., 9, 113 (2018).(図1図1■アルロースの過食・肥満・糖尿病改善作用とその作用機構の概略図).
アルロースをマウスに経口投与すると摂食量が抑制されたが,腹腔内投与では摂食量に変化が見られなかった.したがって,アルロースの消化管ホルモン分泌への関与が示唆された.そして,アルロース(1~3 g/kg)を経口投与するとGLP-1が選択的に分泌促進されることがわかった.アルロースの経口投与は①摂食量を抑制し,②耐糖能を向上させた.耐糖能が向上したメカニズムとして,インスリン分泌亢進に加えて,インスリン感受性亢進も関与していることが判明した.アルロースの①摂食量抑制作用,および②耐糖能向上作用は,GLP-1受容体阻害剤およびGLP-1受容体ノックアウトマウスで減弱/消失したことより,アルロース作用にGLP-1受容体シグナリングが必須であった.アルロースの①摂食量抑制作用,および②耐糖能向上作用は迷走神経切断モデルにおいても完全に消失した.そこで,アルロース作用の求心性迷走神経に発現するGLP-1受容体の関与を明らかとするために,ウイルスベクターを用いて求心性迷走神経特異的にGLP-1受容体をノックダウンさせたラットを作製した.このラットではアルロースの摂食抑制作用は完全に消失した.したがって,アルロースは<GLP-1分泌→求心性迷走神経→脳>軸を介して摂食抑制作用(脳作用)を誘導していることが明らかとなった(6)6) Y. Iwasaki, M. Sendo, K. Dezaki, T. Hira, T. Sato, M. Nakata, C. Goswami, R. Aoki, T. Arai, P. Kumari et al.: Nat. Commun., 9, 113 (2018)..
マウスは夜行性で,主に暗期に餌を摂取する.しかし,高脂肪食で飼育した肥満マウスは,非活動期の明期に過食が起こり(無駄食い),これが肥満の原因となる.この肥満マウスに,明期の開始時にアルロースを毎日投与すると,この無駄食い(摂食リズム異常)が是正され,体重増加,内臓肥満,脂肪肝,高血糖,耐糖能異常,インスリン抵抗性が改善された.一方,暗期開始時にアルロースを投与した場合はこれら改善が見られなかった.したがって,アルロースは投与時間依存的(時間治療学)な摂食リズム異常・肥満・高血糖改善作用を有することが明らかとなった(6)6) Y. Iwasaki, M. Sendo, K. Dezaki, T. Hira, T. Sato, M. Nakata, C. Goswami, R. Aoki, T. Arai, P. Kumari et al.: Nat. Commun., 9, 113 (2018)..
近年,生体内で安定なGLP-1受容体作動薬が新しい糖尿病治療薬として広く使用され,優れた糖尿病治療成績を上げている.一方で,GLP-1受容体作動薬は皮下注射(侵襲的投与経路)が必要で,さらに,悪心,吐き気,心拍数の増加といった副作用(脳への直接作用が関与)も報告されている.アルロースは,ゼロカロリーの甘味料で経口摂取が可能,副作用(嫌悪感)なく肥満・糖尿病を改善できることから,GLP-1受容体作動薬(注射剤,副作用あり)より優位性をもち,有効かつ継続した食事療法を可能とする機能性食品や新しい糖尿病治療法への応用が期待される.
Reference
2) 岩﨑有作,矢田俊彦:実験医学,36, 917 (2017).
3) J. E. Campbell & D. J. Drucker: Cell Metab., 17, 819 (2013).
4) J. P. Krieger, W. Langhans & S. J. Lee: Physiol. Behav., 152(Pt B), 372 (2015).