Kagaku to Seibutsu 57(7): 393-394 (2019)
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神経変性疾患にかかわるタンパク質の凝集と分子シャペロンの効果タンパク質の世話人・分子シャペロン
Published: 2019-07-01
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細胞内で作られたばかりのポリペプチド鎖(新生タンパク質)は折れたたまれて,ある特定のかたち(立体構造)を形成する(フォールディング).多くのタンパク質にはそれぞれ決まった「正しい」立体構造があり,正しい構造をとって初めてその機能を発揮できる.しかし,細胞内はさまざまな多くの分子で混みあった環境であり,フォールディング途中のタンパク質は不安定なため,常に凝集(不溶化)という危険にさらされている.正しくフォールディングした後も安心はできない.なぜなら,タンパク質の立体構造は頑丈ではなく,少しの環境変化でもストレスとなって構造が崩れてしまう(変性).タンパク質が何らかの原因で間違った立体構造をとると,そのタンパク質としてもはや機能しないばかりか,凝集しやすい状態となる.タンパク質が凝集・蓄積すると,本来の機能とは関係なく細胞に悪影響を及ぼし,病気が引き起こされることがある.これを回避するために,細胞内には自己防衛機能として間違った構造のタンパク質を正しい構造にフォールディングし直す品質管理機構や,バラバラに分解して無毒化する分解機構が備わっている.しかし,老化などにより品質管理・分解機構が弱くなると,間違った構造のタンパク質は細胞内で凝集・蓄積し,最悪,細胞死による発病につながる.その代表的な例として神経変性疾患が挙げられる.
主な神経変性疾患には,アルツハイマー病,パーキンソン病,ハンチントン病,筋委縮性側索硬化症(ALS)などがある.疾患により原因タンパク質は異なり,アルツハイマー病はアミロイドβ,パーキンソン病はαシヌクレイン,ハンチントン病はハンチンチン,ALSはSOD1というそれぞれのタンパク質が原因と考えられている.これらのタンパク質のアミノ酸配列にはいずれも共通点はないが,不思議なことにいずれのタンパク質も共通して変性・蓄積すると線維状の不溶物(アミロイド線維)を形成するという特徴をもつ.これらの神経変性疾患関連タンパク質は,正常な細胞内にも存在し機能をもつと考えられているが,酸化ストレスなどで変性し,それらがアミロイド線維として蓄積される.アミロイド線維そのものや,そのアミロイド線維の形成途中にできる中間体が細胞にダメージを与え,結果的に発病に関係すると考えられている.
一方で細胞内には分子シャペロンという粋な名前のタンパク質群がある.この名前はフランス語の「シャペロン(介添人)」に由来する.シャペロンは社交界にデビューする若い女性に付き添い,立ち居振る舞いを教えて「女の子」から「淑女」へと育つ手助けをする年配の女性のことである.分子シャペロンはまさしく,ほかのタンパク質に寄り添い,正しい立体構造形成の手助けをする働きをもつので,この名前にふさわしい(図1図1■タンパク質の構造変化と分子シャペロン).
代表的な分子シャペロンとしては,ヒートショックタンパク質ファミリーに分類される,Hsp60, Hsp70, Hsp90, Hsp100などが挙げられる.これら分子シャペロンは,いずれもほかのタンパク質の立体構造形成の介助を行なうが,個性的な機能をもつものもある.たとえばHsp70は,ほかのタンパク質の輸送・分解・複合体形成などにも働いている.Hsp90は,さまざまなタンパク質と複合体を形成して相手タンパク質(クライアントタンパク質)の構造・機能・安定性を保つ働きをもつ.Hsp100は,凝集したタンパク質を可溶化し,活性状態に戻すことができる強力なシャペロン機能をもつ.
なかでも,Hsp60ファミリーに属する大腸菌のGroELは,最も研究が進んでいる分子シャペロンの一つである.GroELは7つのサブユニットでリングを形成し,2つのリングが背中合わせに積み重なった大型でユニークな形の分子シャペロンで,シャペロニンとも言われる.近年,GroELによるαシヌクレインの凝集抑制効果について報告がなされた(1)1) N. Fukui, K. Araki, K. Hongo, T. Mizobata & Y. Kawata: J. Biol. Chem., 291, 48 (2016)..さらにGroELでは,クライアントタンパク質と直接相互作用し,サブユニット構造の一部だけを切り出したものも,αシヌクレインやアミロイドβの凝集抑制効果を示すことが明らかになった(2)2) B. Ojha, N. Fukui, K. Hongo, T. Mizobata & Y. Kawata: Sci. Rep., 6, 31041 (2016)..真核生物の細胞質に存在する,Hsp60ファミリーに属するCCTについても研究が進められており,CCTによるαシヌクレイン凝集抑制効果やCCTのサブユニットの一部によるハンチンチン凝集抑制効果も報告されている(3, 4)3) B. Sot, A. Rubio-Muñoz, A. Leal-Quintero, J. Martínez-Sabando, M. Marcilla, C. Roodveldt & J. M. Valpuesta: Sci. Rep., 7, 40859 (2017).4) E. M. Sontag, L. A. Joachimiak, Z. Tan, A. Tomlinson, D. E. Housman, C. G. Glabe, S. G. Potkin, J. Frydman & L. M. Thompson: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 8 (2013)..サブユニットの一部だけでも「ミニシャペロン」としての機能を示したことで,その小ささから創薬への発展にも希望がもてる.
マウスを用いた分子シャペロンによる凝集抑制効果についての研究も行われている.分子シャペロン誘導剤でマウス体内の分子シャペロン発現量を高めると,アミロイドβ産生量が減ったとの報告がある(5)5) T. Hoshino, K. Suzuki, T. Matsushima, N. Yamakawa, T. Suzuki & T. Mizushima: PLOS ONE, 8, 10 (2013)..また,アルツハイマー病モデルマウス脳内で高発現させた分子シャペロンがアミロイドβの凝集抑制や低毒性化に寄与するのではないかという結果も示唆されている(6)6) K. M. Sörgjerd, T. Zako, M. Sakono, P. C. Stirling, M. R. Leroux, T. Saito, P. Nilsson, M. Sekimoto, T. C. Saido & M. Maeda: Biochemistry, 52, 3532 (2013)..
さまざまな角度からの研究で,分子シャペロンによる神経変性疾患関連タンパク質の凝集抑制効果が示されている.高齢化が進み,神経変性疾患の患者数は今後も増加することが懸念されているが,分子シャペロンがわたしたちの未来を明るく照らしてくれる可能性が見えてきた.今後ますますこの分野の研究の進展に期待したい.
Reference
1) N. Fukui, K. Araki, K. Hongo, T. Mizobata & Y. Kawata: J. Biol. Chem., 291, 48 (2016).
2) B. Ojha, N. Fukui, K. Hongo, T. Mizobata & Y. Kawata: Sci. Rep., 6, 31041 (2016).
5) T. Hoshino, K. Suzuki, T. Matsushima, N. Yamakawa, T. Suzuki & T. Mizushima: PLOS ONE, 8, 10 (2013).