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食肉の光センシングブランド化やハラール対策にも

Michiyo Motoyama

本山 三知代

(国研)農研機構畜産研究部門

Published: 2019-07-01

「光を当てるだけで成分や品質が簡単にわかる」—光センシングは,さまざまな光検出器の技術開発と低価格化が進んでいることから,さらに実用化が進むと思われる.食肉の品質は見た目で評価される場面が多いが,光センシングによりヒトの目では判断できない成分や栄養,味やテクスチャー,保存性や機能性などにかかわるさまざまな品質が計測可能になっていくだろう.

物質には光を照射するとその物が吸収しやすいエネルギーをもった波長の光のみ吸収するという性質がある.光センシングは,対象がどのような光を吸収するかを調べることで,さまざまな情報を非破壊的に得る方法である.「光」としては,目に見える可視光だけでなく,紫外光や近赤外光,赤外光など幅広く用いることができる(図1図1■食肉のさまざまなエネルギー領域のスペクトル).これらの光はもっているエネルギーが違うため,対象に当てたときに見える情報が異なる.

図1■食肉のさまざまなエネルギー領域のスペクトル

たとえば,近赤外光を用いることで,牛肉のブランド化や品評会などで評価指標として用いられている脂肪の構成オレイン酸含量を光センシングすることができ,食肉生産現場での非破壊かつ迅速な評価を可能にしている.

近赤外領域の光を使うと,分子の官能基,特にC–H, N–H, O–HなどH(水素原子)を含む官能基の振動の,倍音・結合音を観測することができる.「倍音・結合音」とは,「基音」(後出)の振動数を整数倍したり加算したりした振動の意味で,基音よりも振動数が1~数オクターブ高いエネルギー範囲(波長750~2,500 nm)にある.ヒトの目では検出できないので,分光器と検出器を使ってスペクトルを取得し,そこから情報を得る.倍音・結合音の振動は複雑に重なっておりスペクトルのバンド構造ははっきりしないため(図1図1■食肉のさまざまなエネルギー領域のスペクトル),スペクトルのなるべく広い範囲を多変量解析にかけて統計的に情報を得るのが一般的である.

2009年の「信州プレミアム牛肉」に始まり,2016年までに七つの牛肉のブランド化にこの光センシングが貢献している(1)1) 大倉 力:応用物理,87(1), 6 (2015)..日本固有の品種である黒毛和牛は脂肪の不飽和度が遺伝的に高く,加えて不飽和度を高めるような飼養管理が行われることが多いため(2)2) M. Motoyama, K. Sasaki & A. Watanabe: Meat Sci., 120, 10 (2016).,この特長を光センシングで数値化しほかの牛肉と差別化して付加価値を付け輸出しようという動きもある.

食のグローバル化が進むなかで日本からイスラム圏への「ハラール食肉」の輸出も増えている.ハラール食肉とは,一般的な食品衛生の確保に加えて,イスラム法に則って家畜をと畜し,「ナジス(イスラム法で不浄とされているもの)」に触れないように品質管理された食肉である.食肉の畜種(牛,豚,馬など)の偽装は世界的な問題であるが,特にナジスである豚の検出法の開発は,イスラム圏の人口増加を背景に重要性を増している.

豚の検出には豚由来のタンパク質やDNAをELISA法やPCR法で検出するのが一般的であるが,脂肪の光センシングによっても可能である(3)3) 本山三知代ら,食品中の豚肉を検出する方法,特許第6436452号(2018).図2図2■光センシングによる豚脂の検出は,ラマン散乱スペクトルから得た「基音」の情報を用いて,豚の脂肪を特異的に見える化した結果である.

図2■光センシングによる豚脂の検出

(A) 異なる畜種の脂肪を隣接させた標準試料.(B) 牛豚合挽肉試料.

分子は原子と原子の結合でできているが,その結合はよくバネに例えられ,バネ両端にかかる重さや環境に応じて一番振動しやすい振動数で伸びたり縮んだり,横に揺れたりしている.その振動は「基音」あるいは「基準振動」と呼ばれ,赤外光のエネルギー範囲(波長2,500~25,000 nm,波数に換算すると4,000~400 cm−1)にある(図1図1■食肉のさまざまなエネルギー領域のスペクトル).C–H, N–H, C–C, C=C, C=O…など結合のバネごとに固有の振動数があるので,スペクトルを調べると,どのグループがどれくらいどんな環境下にあるのか直接的にわかる.先に紹介した近赤外光からは統計的な情報が得られる一方,赤外光のエネルギー範囲からは分子化学的な情報が得られる.

食肉の脂肪は冷蔵により一部が結晶化した状態にある.豚の脂肪には,牛や鶏の脂肪にはあまり含まれないタイプの結晶多形が多く含まれている.この結晶多形の結晶副格子構造に由来する基準振動のバンド強度を調べることで,豚の脂かどうか判別できる.試料をガラスに挟み,顕微鏡下でスペクトルを取るだけの新しい畜種判別法である.

光センシングと聞くとカメラやマクロ計測の印象が強いかもしれないが,光を使うのでこのように顕微鏡との相性も良く,脂肪の結晶状態をより詳細に見える化したり(4)4) M. Motoyama, M. Ando, K. Sasaki, I. Nakajima, K. Chikuni, K. Aikawa & H. Hamaguchi: Food Chem., 196, 411 (2016).,pHや熱による筋線維タンパク質の変性を詳細にイメージングすることもできる(5)5) M. Motoyama, A. Vénien, O. Loison, C. Sandt, G. Watanabe, J. Sicard, K. Sasaki & T. Astruc: Food Chem., 248, 322 (2018).

食肉料理はメインディッシュになることからも想像できるかもしれないが,食肉生産を担う畜産業の産出額は大きく,国内の農業総産出額の約三分の一を占める.今後,IoT, ICTやマシンビジョンなどと光センシングを組み合わせることにより,おいしい食肉を生産するためのさらにダイナミックな展開が期待できそうである.

Reference

1) 大倉 力:応用物理,87(1), 6 (2015).

2) M. Motoyama, K. Sasaki & A. Watanabe: Meat Sci., 120, 10 (2016).

3) 本山三知代ら,食品中の豚肉を検出する方法,特許第6436452号(2018).

4) M. Motoyama, M. Ando, K. Sasaki, I. Nakajima, K. Chikuni, K. Aikawa & H. Hamaguchi: Food Chem., 196, 411 (2016).

5) M. Motoyama, A. Vénien, O. Loison, C. Sandt, G. Watanabe, J. Sicard, K. Sasaki & T. Astruc: Food Chem., 248, 322 (2018).