今日の話題

バイオ界面活性剤のテーラーメイド技術の開発バイオベース化学品の利用拡大を目指して

Azusa Saika

雜賀 あずさ

国立研究開発法人産業技術総合研究所機能化学研究部門バイオケミカルグループ

Tomotake Morita

森田 友岳

国立研究開発法人産業技術総合研究所機能化学研究部門バイオケミカルグループ

Published: 2019-07-01

界面活性剤は,多彩な機能を生かして多くの工業分野で使用されている化学工業のキーマテリアルである.一方,微生物が生産するバイオ界面活性剤(BS)は,生分解性を有することや,臨界ミセル濃度が低く少量で機能を発揮できること,また,合成界面活性剤にはない生理機能などを有することから,環境低負荷の機能性化学品として注目されている.2010年代に入って国内外の複数の企業がBSを用いた製品の販売を開始するなど,近年,利用拡大に向けた動きが加速している.

マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)は担子菌系酵母が糖質や油脂を原料に量産する糖脂質型のBSであり,多彩な機能性を有していることから幅広い分野での利用が期待されている.これまでに多くのPseudozyma属の酵母(現在一部はMoesziomyces属に改名)がMEL生産菌として報告されているが,同じ属でも種によって合成するMELの構造が異なる.MELはマンノースとエリスリトールからなる糖骨格に,疎水基(脂肪酸とアセチル基)が結合しており,さらに①脂肪酸鎖の数(モノ-,ジ-,トリアシル型),②アセチル基の数と位置(脱-,モノ-,ジアセチル型),③糖骨格のキラリティが異なる複数の同族体が存在する.特に,P. tsukubaensisが生産するMEL(ジアシル/モノアセチル型)は,生産性が高いことに加え(>70 g/L)(1)1) T. Morita, M. Takashima, T. Fukuoka, M. Konishi, T. Imura & D. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 88, 679 (2010).,従来のMELとキラリティが異なり,ヒト皮膚に対する保湿効果も高いことから化粧品への応用が進んでいる(2)2) S. Yamamoto, T. Morita, T. Fukuoka, T. Imura, S. Yanagidani, A. Sogabe, D. Kitamoto & M. Kitagawa: J. Oleo Sci., 61, 407 (2012)..今後,MELの水溶性を向上できれば,水系ローションへの配合も容易になり,化粧品としての応用がさらに広がると期待されている.MELの物性と機能は構造に依存しており,多様な構造のMELを任意に製造することが利用拡大へのブレークスルーになるだろう.そこでわれわれは,P. tsukubaensisをモデルとして,MELの構造を制御するテーラーメイド技術の開発に取り組むことにした.

初めに,次世代シーケンサーを用いたPseudozyma属酵母の全ゲノム解析を複数種で実施し,MELの合成に関与する5つの遺伝子を推定した.MELの性質・機能に大きくかかわる疎水基部分の合成には,2つのアシルトランスフェラーゼ(MAC1p, MAC2p)とアセチルトランスフェラーゼ(MAT1p)が関与している.P. tsukubaensisにおいては,PtMAC1pがマンノースの2位にアシル基を結合させてモノアシル型MELを合成し,さらにPtMAC2pによってマンノースの3位にアシル基が結合した脱アセチル型MELを合成する.PtMAT1pは,マンノースの6位にアセチル基を結合(MEL)する(図1図1■MELの生合成関連遺伝子と機能).この合成経路において,PtMAT1あるいはPtMAC2を破壊すれば,アセチル基やアシル基が結合できなくなり,MELの親水性が向上すると考えた.

図1■MELの生合成関連遺伝子と機能

Pseudozyma属酵母の形質転換は約20年前から研究が進められていたが,Pseudozyma属酵母は種によっても最適な形質転換の方法が異なる.そこで,P. tsukubaensisの遺伝子破壊に向けて形質転換法の最適化を行い,エレクトロポレーションで1,500コロニー/1 µg-plasmid DNA以上の形質転換効率を達成した.遺伝子破壊はウラシル要求性を指標とし,相同組換えによってPtMAT1およびPtMAC2を破壊した株(ΔPtMAT1およびΔPtMAC2)を得た.これら2つの遺伝子破壊株を培養したところ,ΔPtMAC2ではモノアシル型MELを,ΔPtMAT1では脱アセチル型MELをそれぞれ選択的に生産することがわかった(3, 4)3) A. Saika, Y. Utashima, H. Koike, S. Yamamoto, T. Kishimoto, T. Fukuoka & T. Morita: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 1759 (2018).4) A. Saika, Y. Utashima, H. Koike, S. Yamamoto, T. Kishimoto, T. Fukuoka & T. Morita: J. Biosci. Bioeng., 126, 676 (2018).図2図2■P. tsukubaensisの遺伝子破壊株が合成するMELの薄層クロマトグラフィ分析).MEL生合成遺伝子の破壊は,2006年にUstilago maydisを対象に行われていたが,U. maydismac2破壊株はMELを生産せず,モノアシル型MELを選択的に生産する遺伝子破壊株はこれまで得られていなかった(5)5) S. Hewald, U. Linne, M. Scherer, M. A. Marahiel, J. Kämper & M. Bölker: Appl. Environ. Microbiol., 72, 5469 (2006)..脱アセチル型MELの選択的合成は,P. tsukubaensis以外にもU. maydisP. hubeiensismat1破壊によって報告されている(5, 6)5) S. Hewald, U. Linne, M. Scherer, M. A. Marahiel, J. Kämper & M. Bölker: Appl. Environ. Microbiol., 72, 5469 (2006).6) M. Konishi & M. Makino: J. Biosci. Bioeng., 125, 105 (2018).

図2■P. tsukubaensisの遺伝子破壊株が合成するMELの薄層クロマトグラフィ分析

界面活性剤の水と油への親和性の程度を表す値として,Hydrophilic-Lipophilic Balance(HLB値)があり,0~20の値で表される.値が大きいほど親水性が高くなり,HLBが8~10程度で水に安定して分散する乳化剤,10~13程度で水に半透明に溶解する乳化剤,16~19程度で水に透明に溶解する可溶化剤として使用されている.MELをHLB値で評価した場合(本稿ではGriffinの式で算出した(7)7) T. Fukuoka, T. Morita, M. Konishi, T. Imura, H. Sakai & D. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 76, 801 (2007).: HLB=20×Mw/M, Mw;親水基の分子量,M; MEL全体の分子量),遺伝子破壊前のP. tsukubaensisが合成するMELのHLB値は8.7~9.4であり,遺伝子破壊によって得られた脱アセチル型およびモノアシル型MELのHLB値はそれぞれ10.1および12.2となる.界面活性剤としての機能性は用途に応じて評価する必要があるが,HLB値の幅を広げることも,BSの普及・拡大に向けた指標の一つと考えている.

環境問題への意識の高まりを背景に,BSの利用拡大への取り組みが進められているが,まだ製品化は限られている.製造技術の高度化は,バイオ素材の特徴を生かした製品開発に重要な要素技術である.テーラーメイド技術によるニーズに応じた物性・機能のMELの生産は,今後のBSの普及・拡大に貢献するものと期待している.

Acknowledgments

本稿で紹介した成果は,JSTの研究成果展開事業A-STEPにより実施した.

Reference

1) T. Morita, M. Takashima, T. Fukuoka, M. Konishi, T. Imura & D. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 88, 679 (2010).

2) S. Yamamoto, T. Morita, T. Fukuoka, T. Imura, S. Yanagidani, A. Sogabe, D. Kitamoto & M. Kitagawa: J. Oleo Sci., 61, 407 (2012).

3) A. Saika, Y. Utashima, H. Koike, S. Yamamoto, T. Kishimoto, T. Fukuoka & T. Morita: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 1759 (2018).

4) A. Saika, Y. Utashima, H. Koike, S. Yamamoto, T. Kishimoto, T. Fukuoka & T. Morita: J. Biosci. Bioeng., 126, 676 (2018).

5) S. Hewald, U. Linne, M. Scherer, M. A. Marahiel, J. Kämper & M. Bölker: Appl. Environ. Microbiol., 72, 5469 (2006).

6) M. Konishi & M. Makino: J. Biosci. Bioeng., 125, 105 (2018).

7) T. Fukuoka, T. Morita, M. Konishi, T. Imura, H. Sakai & D. Kitamoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 76, 801 (2007).