Kagaku to Seibutsu 57(7): 399-408 (2019)
解説
リグナン類の立体異性体を含めた合成と生物活性知られているようで知られていないリグナン類の立体構造を含めた構造活性相関
Syntheses of Natural Lignans and Their Stereoisomers for the Research on the Biological Activities: Effect of Stereochemistry on the Biological Activity and Structure–Activity Relationship of Lignans
Published: 2019-07-01
リグナン類は,ベンゼン環とそれに結合する3つの炭素鎖,すなわちフェニルプロパノイドであるC6–C3単位が2または3単位結合した天然物有機化合物群である.多くの結合様式,酸化される位置が観察され(1~3)1) D. C. Ayres & J. D. Loike: “Lignans,” Cambridge University Press, Cambridge, U.K., 1990.3) J. Zhang, J. Chen, Z. Liang & C. Zhao: Chem. Biodivers., 11, 1 (2014).,炭素数が少ないノルリグナンも報告されていて,さまざまな生物活性が知られている.Scopusで検索すると2018年だけでも合成研究,新構造の単離同定,生物活性研究を含めて約600件ヒットする.しかし,リグナン類の基本構造,さらに立体構造と生物活性との関係については不明なことが多い.また,食品性植物(4)4) J. L. Peñalvo, H. Adlercreutz, M. Uehara, A. Ristimaki & S. Watanabe: J. Agric. Food Chem., 56, 401 (2008).にも立体異性体混合物として含まれることから,リグナン類の立体異性体の合成を行い生物活性について調べてきた.現在健康食ブームであるが,当たり前のように摂取している化合物の知られざる一面を発見する可能性を秘めており,身近な植物のほかの生物との化合物を通した関係も見えてくる研究でもある.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
リグナン類は複数の不斉炭素を含むことから鏡像異性体,ジアステレオマーが考えられる.リグナン類(図1図1■合成により得たフェニルプロパノイドの8, 8′位が結合した主なリグナン)の生合成研究も古くから行われているが,植物から単離されたリグナン類の生物活性試験を行うときに重要なのは生合成されるリグナン類の光学純度である.報告によると光学純度はリグナンの基本構造により異なり,たとえばフロフラン型リグナンである(−)-,(+)-pinoresinol(46, 47),三置換テトラヒドロフラン型の(−)-,(+)-lariciresinol (18, 19)には光学的に純粋な化合物の単離例はなく,ブタンジオール型の(−)-,(+)-secoisolariciresinol (1, 2)には光学的に純粋なものとそうでないものとがあり,さらに,ブチロラクトン型 (7, 8, 11, 12)は光学的に純粋であるとされている(5)5) 梅澤俊明:化学と生物,43, 461 (2005)..これらのことは,多くのリグナン類の立体異性体を有機合成により作り分けた後に生物活性試験を行うことの重要性を示している.
最近の天然物化学合成研究において,できるだけ多くの立体異性体の合成を行う試みが見られる.ここに紹介するリグナン研究でも立体構造が生物活性に与える影響を明らかにすることを目的としているため,立体構造の構築に,L-グルタミン酸またはEvansの不斉補助基を用いてすべての立体異性体の合成を目指した.図1図1■合成により得たフェニルプロパノイドの8, 8′位が結合した主なリグナンにこれまでに合成したフェニルプロパノイドの8,8′位が結合したリグナン類を示し,ここでは,4置換テトラヒドロフラン型リグナン34~45の合成について述べる(6, 7)6) S. Yamauchi, M. Okazaki, K. Akiyama, T. Sugahara, T. Kishida & T. Kashiwagi: Org. Biomol. Chem., 3, 1670 (2005).7) T. Nakato, S. Yamauchi, R. Tago, K. Akiyama, M. Maruyama, T. Sugahara, T. Kishida & Y. Koba: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 1608 (2009).(図2図2■四置換テトラヒドロフラン型リグナンの立体異性体の合成).
(−)-Virgatusin (34) および(−)-verrucosin (36) の合成は,Evansのsyn-アルドール縮合物52, 53から始めた.52, 53の水酸基を保護した後,不斉補助基の還元的除去,アルケンの酸化開裂を利用してラクトン54, 55へ変換し,対応するベンズアルデヒド類とのアルドール縮合を行った.次に,アルドール縮合物 56, 57のラクトン部位のジオールへの還元,一級水酸基の選択的保護,ベンジル水酸基の酸化,脱シリル化によりヘミアセタール58, 59へと導いた.このヘミアセタールの立体選択的還元は,水素ガス存在下にPd(OH)2/Cを用いることにより達成でき60, 61を得ることが可能であり,これらをそれぞれ34, 36へ導いた.立体異性体38の合成においては,同様にEvansのsyn-アルドール縮合物53から得た62のラクトン部位をジオールに還元した後,2つの一級水酸基をtert-butyldiphenylsilyl基で保護し,triethylsilyl基を選択的に除去してジオール63とした.これを触媒量の酸で処理するとSN1の分子内エーテル化が起こり,選択的に64の立体構造が得られ,さらに38へ導くことができた.38の合成で用いた中間体64の2つの水酸基をメシル化後,脱離反応を行いジエン65とした後,ハイドロボレーションを行うと立体異性体66および67が得られ,それぞれから40と42へ導いた.一方で,Evansのsyn-アルドール縮合物53の不斉補助基を還元的に除去した後に生じた一級水酸基をtert-butyldiphenylsilyl基で保護してアルケンの酸化的開裂,生じたヘミアセタールの酸化を行うことによりラクトン68へ導いた.続いて,アルドール縮合,生じた水酸基のtriethylsilyl基による保護により69とし,ラクトンのジオールへの還元,一級水酸基のtert-butyldiphenylsilyl基による保護により環化基質70を得た.70のベンジル水酸基のメシル化によるSN1分子内エーテル化を行い,さらに脱保護により71とし44へ導いた.また,中間体71をジエン72へ変換した後,ハイドロボレーションにより立体選択的に73とし,45へ導いた.立体異性体35, 37, 39, 41, 43は,図2図2■四置換テトラヒドロフラン型リグナンの立体異性体の合成中の合成原料のエナンチオマーを用いることにより得られた.合成した立体異性体の光学純度は光学活性カラムにより測定した結果,いずれも99%ee以上であった.同様の骨格をもつ(−)-talaumidinの立体異性体の合成研究が報告されている(8)8) K. Harada, M. Kubo, H. Horiuchi, A. Ishii, T. Esumi, H. Hioki & Y. Fukuyama: J. Org. Chem., 80, 7076 (2015)..
次に,C6–C3単位の結合様式の違い,また,メチル基の欠落が,生物活性にどのような影響を与えるかを調べることを目的として,7位のフェニル基が7′位に転移した1,7-seco-2,7′-cyclolignan(9)9) G. P. Moss: Pure Appl. Chem., 72, 1493 (2000). 74~79,8位と9′位が結合した8,9′-neolignan(9)9) G. P. Moss: Pure Appl. Chem., 72, 1493 (2000). 80~85,9位が欠落した9-norlignan(9)9) G. P. Moss: Pure Appl. Chem., 72, 1493 (2000). 86, 87,C6–C3単位が3単位,9位と8′位間,8位と9”位間で結合しさらに7位と9′位間がエーテル結合したsesquineolignan 88~103を合成した(図3図3■合成により得られた,転移したセコシクロリグナン,8位と8′位以外の結合様式をもつネオリグナン,炭素が一つ少ないノルリグナン,C6–C3単位が8位と8′位以外で3単位結合したセスキネオリグナン).Kadangustin J (76, 77) は民間薬として使われる植物から単離された(10)10) X.-M. Gao, J.-X. Pu, S.-X. Huang, L.-M. Yang, H. Huang, W.-L. Xiao, Y.-T. Zheng & H.-D. Sun: J. Nat. Prod., 71, 558 (2008)..(+)-morinol A (98),(−)-morinol A (90),(+)-morinol B (89),(−)-morinol B (97),(+)-morinol C (82),(−)-morinol C (80),(+)-morinol D (81),(−)-morinol D (83)は中国のハーブから得られサイトカイン生成抑制活性が報告されている(11)11) B.-N. Su, Y. Takaishi & T. Kusumi: Tetrahedron, 55, 14571 (1999)..ここでは,絶対立体構造を明らかにした(−)-,(+)-morinol A (90, 98)およびB (97, 89)の立体異性体の合成(12)12) S. Yamauchi, T. Sugahara, K. Akiyama, M. Maruyama & T. Kishida: J. Nat. Prod., 70, 549 (2007).について紹介する(図4図4■Morinol A, Bおよび立体異性体の合成).
まず,S-体のEvansの不斉補助基に5-hexenoyl基を結合した104と3,4-dimethoxybenzaldehydeとのanti-アルドール縮合を行い,ベンジル位の水酸基を保護して105を得た後,還元的不斉補助基除去により生じた一級水酸基をtrityl基で保護し107とした.次に,アルケンの酸化開裂,カルボン酸への酸化の後S-体またはR-体のEvansの不斉補助基を導入し,それぞれのα位にallyl基を立体選択的に導入し109または110へ変換した.さらに,それぞれについて不斉補助基の除去,アルデヒドへの酸化,3,4-dimethoxyphenylmagnesium bromideとの反応,アセチル化,ジアステレオマーの分離,trityl基の除去を行い113~116をそれぞれ得た.さらに,一級水酸基のメシル化,メタノリシスにより六員環生成物121~124を構築した.末端アルケンに対してパラジウム触媒存在下に1-bromo-3,4-dimethoxybenzeneとの反応によるシンナミル化,脱シリル化を行って88~91を得た.Evansのsyn-アルドール縮合物106から同様に92~95を合成した.104の代わりにR-体の不斉補助基を有する4-hexenoyl誘導体を出発化合物とすることにより,同様の合成方法で96~103を得た.ベンゼン環上の置換基が異なる誘導体の合成ではシンナミル化のために,Heck反応かGrubbs反応を用いた.
合成によって得られたリグナン類の立体構造と生物活性との関係を調べた後に,最も高い生物活性を示した立体構造を有する誘導体を合成し,構造活性相関を明らかにした.その結果,天然化合物より高い活性を示した誘導体を図5図5■天然リグナンよりも高い生物活性を示した誘導体に示す.
リグナン類の細胞毒性といえば,podophyllotoxin(13)が有名であるが,ほかのリグナン類の細胞毒性についても報告が多く,がん細胞のみならず昆虫細胞を用いたスクリーニングによる新たな新薬開発を目指した合成研究,生物活性研究によるケミカルライブラリーの構築も重要である.そこで,立体構造を含めた構造と活性との関係解明のため,まず,ブタン型リグナンとブタンジオール型リグナンの細胞毒性について調べた.野菜にも含まれる9, 9′位に一級水酸基をもつ(−)-,(+)-, meso-secoisolariciresinol(1~3)は,がん細胞であるHL-60およびHeLa細胞に対して100 μMで細胞毒性を示さなかった.しかし,9, 9′位が還元され一級水酸基をもたない (−)-(8R,8′R)-dihydroguaiaretic acid (4)はHL-60およびHeLa細胞に対してそれぞれIC50値が26, 22 μMの細胞毒性を示した.(+)-(8S,8′S)-体(5),meso-体(6)も同レベルの活性を示し立体特異性は観察されなかったため,(8R,8′R)-体の誘導体を合成し,構造と活性との関係を調べた.4の7′位のaryl基を4′-hydroxy-3′-methoxyphenyl基に固定して7位のベンゼン環上の置換基の変換を行い,がん細胞であるHL-60およびHeLa細胞に対して細胞毒性活性を調べた.その結果,3-hydroxy-4-methoxyphenyl体が両方の細胞に対して最も高い毒性を示した(IC50=6 μM)ため,次に,7位を3-hydroxy-4-methoxyphenyl基に固定して7′位のベンゼン環上の置換基の変換を行い活性を調べた.その結果,2′-ethoxyphenyl体129(図5図5■天然リグナンよりも高い生物活性を示した誘導体)が最も高い活性を示した(HL-60: IC50=0.8 μM, HeLa: IC50=1.7 μM).これは天然の(−)-(8R,8′R)-dihydroguaiaretic acid (4)の13~33倍高い活性であった.一方で,(−)-(8R,8′R)-dihydroguaiaretic acid (4)の9位に炭素鎖を伸ばした9-butyl体130は両細胞に対して6 μMのIC50値を示し,活性が約4倍高くなった.以上のことから,ブタン型リグナンであるdihydroguaiaretic acidの立体構造は活性に影響を与えず,ベンゼン環上の置換基は活性に影響を与え,天然物の7位のベンゼン環上の置換基の位置を入れ替へ,7′位のベンゼン環上の2′位にある程度の長さのアルコキシ基をもつ化合物が高い活性を示すことが明らかになった.また,9位は直鎖のアルキル基の導入が活性を高めることもわかった(14)14) T. Wukirsari, H. Nishiwaki, K. Nishi, T. Sugahara, K. Akiyama, T. Kishida & S. Yamauchi: J. Agric. Food Chem., 62, 5305 (2014)..この情報をもとに,7位のフェニル基が7′に転移したセコシクロリグナン74~79の構造と細胞毒性との関係を調べた.一級水酸基を有し,dimethoxyphenyl基を有するkadangustin Jの立体異性体76~79は活性を示さなかった一方で,一級水酸基をもたない74と75はdihydroguaiaretic acidと同じく約20 μMのIC50値の活性を示し,エナンチオマー間で活性に差は認められなかった.さらに,9′位にheptyl基を導入した誘導体131の活性が74, 75の約5倍に上がり(IC50=3~4 μM)高い脂溶性が高い活性に重要であることが示唆された.また,caspase -3と-9によるアポトーシス誘導を確認し,DNAの断片化も確認した(15).次に,dihydroguaiaretic acidよりも2つのベンゼン環の距離が長い8,9′-neolignan 80~85の活性を調べた.脂肪族水酸基を有する80~83の活性は観察されなかったが,84および85のHL-60およびHeLa細胞に対する毒性活性は,IC50値が11~17 μMであった.さらに,dihydroguaiaretic acid 4~6の9位のメチル基を欠くnorlignan 86および87のHL-60細胞に対する活性はそれぞれIC50値が6.1と21 μM,また,HeLa細胞に対する活性はそれぞれIC50値が5.6と12 μMでS体のほうがやや活性が高かった.さらに,ヨトウのSf9細胞に対する活性を4~6および84~87で比較すると,86の活性がIC50値12 μMでほかの化合物に比べてやや活性が高かった.以上のように,鎖状リグナン類の炭素鎖のつながり方が活性の強さに影響することが示唆された.鎖状のリグナン類では,炭素数が一つ少ないS-9-norlignan 86の活性が最も高かったことから,86のベンゼン環上の置換基を変換した誘導体を合成し活性を調べた.HeLa細胞に対しては7位に3,4-dimethoxyphenyl基を7′位に3′-hydroxy-4′-methoxyphenyl基をもつ誘導体132のIC50値が0.9 μMで,HL-60細胞に対しては7位に4-trifluoromethylphenyl基を7′位に3′-hydroxyphenyl基をもつ誘導体133のIC50値が2.2 μM,ヨトウのSf9細胞に対しては誘導体133と2′-hydroxyphenyl基134のIC50値が約5 μMだった.これらはS-9-norlgnan 86より2~6倍高い活性であり,ベンゼン環上の置換基が活性に影響を与えることがわかり,レセプター検索のため9′位にスペーサーをもつプローブの合成を目指している.
次に,テトラヒドロフラン型リグナンの細胞毒性について述べる.2つのベンゼン環が4-hydroxy-3-methoxyphenyl基のとき,dihydroguaiaretic acid(4~6)の9位と9′位間がエーテル環化した二置換体15~17には活性が観察されなかった.このことは,4~6の9および9′位が酸化されていないことの重要性を示している.一級水酸基をもたない三置換体では,(7S,8S,8′R)-体27の活性がHeLa細胞に対して最も効果が高く(IC50=19 μM),この鏡像異性体,(7R,8R,8′S)-体26のHeLa細胞に対する活性はIC50=33 μM,ほかの立体異性体ではIC50=45~95 mMであった.また,すべての立体異性体のHL-60細胞に対する活性は,IC50=42~87 μMであった.四置換体では,(−)-verrucosin(36)がHeLa細胞に対して最も高い活性を示し(IC50=6.6 μM),HL-60細胞に対する活性は約10倍低い75 μMであったことから,細胞に対する特異性は三置換体よりも高いと思われる.また,鏡像異性体である(+)-verrucosin(37)の活性はHeLa細胞に対してIC50=80 μMであり,最も高い活性を示す立体構造の鏡像異性体間の活性の違いも三置換体より大きかった.しかし,ほかの立体異性体38~45のHeLa細胞に対する活性はIC50=18~48 μMを示し,立体特異性があるとは言えないことがわかった.(−)-Verrucosin(36)の立体構造に固定し,2つのベンゼン環上の置換基を変換して構造活性相関を調べたところ,7位に4-methoxyphenyl基を7′位に3,4-dimethoxyphenyl基を有する誘導体135の活性が36よりも約3倍高くIC50値2.4 μMであり,caspase -3/7によるアポトーシス誘導を確認した(16)16) T. Wukirsari, H. Nishiwaki, K. Nishi, T. Sugahara, K. Akiyama, T. Kishida & S. Yamauchi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 669 (2016)..テトラヒドロフラン環が2つ縮合したフロフラン型リグナンである(+)-および(−)-pinoresinol(46, 47)には活性は認められなかった.
つづいて,ブチロラクトン型リグナンの構造と細胞毒性に関して述べる.このタイプのリグナンではarctigenin(17)17) K. Umehara, A. Sugawa, M. Kuroyanagi, A. Ueno & T. Taki: Chem. Pharm. Bull. (Tokyo), 41, 1774 (1993).がごぼうの種子に含まれるよく知られた細胞毒性成分であるが,立体構造と活性との関係は未知であった.そこで,arctigeninの4つの立体異性体11~14のHL-60細胞に対する細胞毒性を調べるとIC50値が8.5~23 μMであり立体異性体間で顕著な差は認められなかった.しかし,ヨトウsf9細胞およびヒトスジシマカNIAS-AeAl-2細胞に対しては(8R,8′R)-arctigenin(11)の活性が最も高く(IC50=6.7 μMおよび0.7 μM),その鏡像異性体の(8S,8′S)-arctigenin (12)よりそれぞれ12~38倍高い活性を示した.さらにcis体の(8S,8′R)-arctigenin(14)のIC50値は13 μMおよび6.3 μMで,その鏡像異性体である(8R,8′S)-arctigenin (13)のIC50値は100 μM以上および57 μMであったことから高い活性には8′-Rの立体構造が重要であることが示唆された.がん細胞に対してはアポトーシスが作用メカニズムとして報告されているが,ヨトウsf9細胞に対してはDNAの断片化が観察されず,アポトーシス以外の作用機構が予想される.また,効果が最も高い,(8R,8′R)-体で処理したヨトウsf9細胞で28SリボゾームRNAが増えていることが示された.
セスキネオリグナンである,(−)-,(+)-morinol A (90, 98),(+)-,(−)-morinol B (89, 97)のHeLa細胞に対する細胞毒性研究も行った結果IC50値が24~35 μMで,立体異性体間では活性の差がなかった.次に,(+)-morinol Aの立体構造をもつ誘導体を合成しHeLa細胞に対して活性試験を行ったところ,天然体のベンゼン環上のすべてのメトキシ基を除いた無置換体136の活性が最も高く,天然物より4倍高い活性だった(IC50=6.1 μM)(18)18) S. Yamauchi, S. Kawahara, T. Wukirsari, H. Nishiwaki, K. Nishi, T. Sugahara, K. Akiyama & T. Kishida: Bioorg. Med. Chem. Lett., 23, 4923 (2013)..通常のリグナン体ではベンゼン環の無置換体の活性は低下し,また,ベンジル水酸基の存在は活性に不利であった.
抗かび活性の報告があるpodophyllotoxinでは構造活性相関が報告されているが(19)19) K. A. Kumar, S. K. Singh, B. S. Kumar & M. Doble: Cent. Eur. J. Chem., 5, 880 (2007).,8位と8′位が結合した通常のリグナン構造のうち抗かび活性が報告されているmeso-dihydroguaiaretic acid (6)(20)20) J. Y. Cho, G. J. Choi, S. W. Son, K. S. Jang, H. K. Lim, S. O. Lee, N. D. Sung, K. Y. Cho & J.-C. Kim: Pest Manag. Sci., 63, 935 (2007).,四置換テトラヒドロフランリグナン(20~22)20) J. Y. Cho, G. J. Choi, S. W. Son, K. S. Jang, H. K. Lim, S. O. Lee, N. D. Sung, K. Y. Cho & J.-C. Kim: Pest Manag. Sci., 63, 935 (2007).21) P. Sartorelli, M. C. M. Young & M. J. Kato: Phytochemistry, 47, 1003 (1998).22) N. P. Lopes, M. J. Kato & M. Yoshida: Phytochemistry, 51, 29 (1999).,sesamin(23)23) L. Jayasinghe, B. M. M. Kumarihamy, K. H. R. N. Jayarathna, N. W. M. G. Udishani, B. M. R. Bandara, N. Hara & Y. Fujimoto: Phytochemistry, 62, 637 (2003).では,立体構造,置換基の影響が明らかにされていなかった.そこで,dihydroguaiaretic acidの3つの立体異性体4~6について,植物病原菌であるAlternaria alternata Japanese pear pathotype, Bipolaris oryzae, Colletotrichum lagenarium, Fusarium solaniに対して成長抑制活性を調べたところ,A. alternata Japanese pear pathotypeに対する活性が最も高かったが立体異性体間では活性に大きな差は認められなかった(EC50=52~72 μM).別途行った抗バクテリア活性試験で(+)-dihydroguaiaretic acid (5)のみがグラム陽性菌のみならず陰性菌にも活性を示したことから,将来の抗バクテリア活性研究のことも考えて,7′位を4-hydroxy-3-methoxyphenyl基に固定した(8S,8′S)-体の立体構造をもち7位のベンゼン環上の置換基が異なる誘導体を合成した.A. alternata Japanese pear pathotypeに対する活性結果をHansch–Fujita法(24)24) T. Fujita, J. Iwasa & C. Hansch: J. Am. Chem. Soc., 86, 5175 (1964).による2-D QSARにより解析したところ,7位のフェニル基上の3位に小さい電子吸引基をもつものが高い活性に優利であることがわかった.また,3-hydroxy-4-alkoxyphenyl体137に,カビの白色化作用があることが観察された.メラニン生合成阻害活性は(−)-pinoresinol (47)に報告されているが(25)25) K. H. Kim, E. Moon, S. Y. Kim & K. R. Lee: J. Agric. Food Chem., 58, 4779 (2010).,ブタン型リグナンでの報告は初めてである.次に,7位を3-fluorophenyl基に固定して7′位のphenyl基上の置換基を変換した誘導体の合成を行い,活性試験を行ったところ,3′-hydroxyphenyl体138が最も抗かびスペクトルが広く3種のAlternaria属に対してEC50=21~29 μMの活性を示した.最も高い活性を示した誘導体は3′-fluoro-4′-hydroxyphenyl体139でA. alternata Japanese pear pathotypeに対するEC50値が11 μMだった.また,20世紀梨の葉を用いた塗布試験でも効果が観察された(26)26) H. Nishiwaki, S. Nakazaki, K. Akiyama & S. Yamauchi: J. Agric. Food Chem., 65, 6701 (2017)..7′位のphenyl基上では小さい電子吸引基とフェノール性水酸基の存在の重要性が示された.
テトラヒドロフラン型リグナンについて,7位および7′位に4-hydroxy-3-methoxyphenyl基をもつ10個の立体異性体36~45のA. alternata Japanese pear pathotypeに対する抗かび活性を調べた結果,(−)-verrucosin(36)の活性が最も高く(89 μM),ブタン型リグナンであるdihydroguaiaretic acidの3つの立体異性体4~6とほぼ同レベルの活性であった.ほかの立体異性体は2~5倍活性が低下した.二置換体15~17,三置換体26~33のテトラヒドロフラン型では,dihydroguaiaretic acidよりも活性がかなり低下した.Morinol A, Bのすべての立体異性体88~103のA. alternata Japanese pear pathotypeに対する活性を調べたが,0.5 mMでの成長率が43~84%で立体異性体間の大きな活性の差は認められず,活性はdihydroguaiaretic acidよりも弱かった.
三置換テトラヒドロフラン型リグナンであり野菜にも含まれる(−)-lariciresinol(18)およびそのジアステレオマー(20)に1 mMでライグラスの根に対して約50%の生長阻害が観察されたことから8-Sの立体構造および7位,8′位のtrans体の重要性が示唆された.ベンゼン環が4-hydroxy-3-methoxyphenyl基で,9位に置換基が結合していない26~33では,立体構造26がライグラスの根に対して最も高い成長抑制活性を示し,1 mMでのコントロールに対する阻害が90%であった.また,すべてシス体の両鏡像異性体32, 33の活性は弱く20~30%の阻害率で,そのほかの立体異性体は50~70%の阻害率を示した(27)27) S. Yamauchi, M. Kumamoto, Y. Ochi, H. Nishiwaki & Y. Shuto: J. Agric. Food Chem., 61, 12297 (2013)..作用機構は,グルタミン酸合成酵素阻害が推測されている(28)28) P. Carillo, C. Cozzolino, B. D’Abrosca, F. Nacca, M. DellaGreca, A. Fiorentino & A. Fuggi: Open Bioactive Compd. J., 3, 18 (2010)..四置換テトラヒドロフラン体においても,ベンゼン環が4-hydroxy-3-methoxyphenyl基で,9, 9′位に置換基が結合していない立体異性体36~45で評価を行ったところ,レタスの根に対して(−)-verrucosin (36) およびnectandrin B (44) がそれぞれ1 mMで95%と75%の成長阻害を示し,ほかの立体異性体の阻害率は30%以下であった.ところが,ライグラスの根に対しては立体特異性が弱く,(−)-verrucosin (36)および(+)-verrucosin (37),(−)-machilin-I(43),nectandrin B (44)に活性の差はなく1 mMでの阻害率が80~98%であり,全く活性が観察されない立体構造が(+)- および(−)-fragransinA2 (38, 39)で,そのほかの立体異性体は40~65%の阻害率を示した(29)29) H. Nishiwaki, K. Nakayama, Y. Shuto & S. Yamauchi: J. Agric. Food Chem., 62, 651 (2014)..このように,立体構造の植物生長に与える影響は複雑であるが活性を示さない立体構造もあり,複数の不斉炭素を有する場合,立体構造の組み合わせが活性に影響を与えていることは間違いない.また,芽よりも根に対する活性のほうが高かった.主なフロフラン型リグナンの両鏡像異性体46~51についても調べた.これらの中では,(+)-sesamin (48)がレタスの根に対しては生長促進(EC50=0.50 mM),芽に対しては抑制活性(EC50=0.38 mM)を示した.さらに,(−)-sesamolin(51)にエナンチオ特異的なライグラス芽に対する成長阻害活性を見いだした(EC50=0.23 mM)(30)30) S. Yamauchi, H. Ichikawa, H. Nishiwaki & Y. Shuto: J. Agric. Food Chem., 63, 5224 (2015)..植物から単離されたフロフランリグナンの植物生長調節活性は報告されているが(31~35)31) A. M. Rimando, F. E. Dayan, J. R. Mikell & R. M. Moraes: Nat. Toxins, 7, 39 (1999).32) F. Cutillo, B. D’Abrosca, M. DellaGreca, A. Fiorentino & A. Zarrelli: J. Agric. Food Chem., 51, 6165 (2003).33) F. A. Macías, A. López, R. M. Varela, A. Torres & J. M. G. Molinillo: J. Agric. Food Chem., 52, 6443 (2004).34) A. L. Anaya, M. Macías-Rubalcava, R. Cruz-Ortega, C. García-Santana, P. N. Sánchez-Monterrubio, B. E. Hernández-Bautista & R. Mata: Phytochemistry, 66, 487 (2005).35) H. Kato-Noguchi, A. Kobayashi, O. Ohno, F. Kimura, Y. Fujii & K. Suenaga: J. Plant Physiol., 171, 525 (2014).,ここでは鏡像異性体間での活性の違いを初めて示した.
リグナン類の殺虫活性に関しては,podophyllotoxin(36)36) H. Xu, J. Wang, H. Sun, M. Lv, X. Tian, X. Yao & X. Zhang: J. Agric. Food Chem., 57, 7919 (2009).とハエドクソウに含まれるhaedoxanの合成研究とイエバエに対する殺虫活性研究(37)37) F. Ishibashi & E. Taniguchi: Phytochemistry, 49, 613 (1998).が知られている.われわれは,dihydroguaiaretic acidの3つの立体異性体4~6にアカイエカのボウフラに対する殺虫活性を見いだした.3つの立体異性体間に活性の差は見られなかった(LC50=35~51 μM).また,立体異性体4の構造活性相関研究の結果,7位に3-hydroxyphenyl基をもち,7′位に4′-fluorophenyl基を有する誘導体140が4~6に見られなかった即効性をもち,活性も高い(LC50=3.7 μM)ことを見いだし,さらに,ラット肝臓を用いて呼吸阻害活性を確認した(38)38) H. Nishiwaki, Y. Tabara, T. Kishida, K. Nishi, Y. Shuto, T. Sugahara & S. Yamauchi: J. Agric. Food Chem., 63, 2442 (2015)..
これまで述べてきた生物活性試験には,筆者と同じ研究室の西脇寿先生にお世話になったが,ほかの研究室,他大学の先生方とも共同研究を行っている.愛媛大学の菅原卓也先生のご協力で野菜に含まれるmatairesinolの立体異性体7~10とアレルギー抗体であるIgE抗体産生抑制活性との関係を調べ,(−)-matairesinol (7) が最も高い活性を示すことを明らかにした(39)39) S. Kawahara, I. Iwata, E. Fujita, M. Yamawaki, H. Nishiwaki, T. Sugahara, S. Yamauchi, K. Akiyama & T. Kishida: Biosci. Biotechnol. Biochem., 74, 1878 (2010)..最近,同じブチロラクトン型リグナンであるゴボウから単離したarctigeninの抗アレルギー活性が報告されたが(40)40) J.-Y. Kee & S.-H. Hong: J. Agric. Food Chem., 65, 9443 (2017).,立体構造については検討されていない.また,名城大学の田村廣人先生との共同研究では,(+)-dihydroguaiaretic acid (5) にエナンチオ特異的にアンドロゲン受容体アンタゴニスト活性が見られ,(+)-pinoresinol (46) にエナンチオ特異的にグルココルチコイド受容体アンタゴニスト活性が観察された.リグナン類のこれらの活性研究は報告されているが(41, 42)41) H.-Y. Han, X.-H. Wang, N.-L. Wang, M.-T. Ling, Y.-C. Wong & X.-S. Yao: J. Agric. Food Chem., 56, 6928 (2008).42) R. A. Davis, A. R. Carroll, S. Duffy, V. M. Avery, G. P. Guymer, P. I. Forster & R. J. Quinn: J. Nat. Prod., 70, 1118 (2007).,立体構造に注目したのはこれが初めてである.リグナン類もポリフェノール類の一種であり当然,抗酸化活性を有する.そこで,(−)-dihydroguaiaretic acid (4) を用いて,大阪市立大学の増田俊哉先生に抗酸化メカニズムを調べていただいたところ,不飽和脂肪酸のパーオキシドと反応後,三置換テトラヒドロフラン体のlariciresinolへ変換されることが示された(43)43) T. Masuda, J. Akiyama, A. Fujimoto, S. Yamauchi, T. Maekawa & Y. Sone: Food Chem., 123, 442 (2010)..
以上のように,これまで明らかでなかった,リグナン類の立体構造が生物活性に与える影響を示し構造活性相関を調べてきた.しかし,立体特異性がはっきりしない場合も多く,結果は複雑であった.また,種特異的な生物活性も観察されたことから,今後,誘導体の合成により種特異性にかかわる構造要因を明らかにし,作用機構解明,レセプターの検索を行う予定である.四置換テトラヒドロフラン型リグナンのうち(−)-verrucosin (36)が複数の生物活性試験において他の立体異性体よりも高い活性を示したことは作用機構解明のヒントになるかもしれない。また,41を部分構造に含むmanassantinには,ミトコンドリアcomplex Iの阻害活性が報告されている(44)44) Y. Ma, H.-K. Min, U. Oh, A. M. Hawkridge, W. Wang, A. A. Mohsin, Q. Chen, A. Sanyal, E. J. Lesnefsky & X. Fang: J. Biol. Chem., 292, 20989 (2017)..
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