解説

リグナン類の立体異性体を含めた合成と生物活性知られているようで知られていないリグナン類の立体構造を含めた構造活性相関

Syntheses of Natural Lignans and Their Stereoisomers for the Research on the Biological Activities: Effect of Stereochemistry on the Biological Activity and Structure–Activity Relationship of Lignans

Satoshi Yamauchi

山内

愛媛大学農学研究科

Published: 2019-07-01

リグナン類は,ベンゼン環とそれに結合する3つの炭素鎖,すなわちフェニルプロパノイドであるC6–C3単位が2または3単位結合した天然物有機化合物群である.多くの結合様式,酸化される位置が観察され(1~3)1) D. C. Ayres & J. D. Loike: “Lignans,” Cambridge University Press, Cambridge, U.K., 1990.3) J. Zhang, J. Chen, Z. Liang & C. Zhao: Chem. Biodivers., 11, 1 (2014).,炭素数が少ないノルリグナンも報告されていて,さまざまな生物活性が知られている.Scopusで検索すると2018年だけでも合成研究,新構造の単離同定,生物活性研究を含めて約600件ヒットする.しかし,リグナン類の基本構造,さらに立体構造と生物活性との関係については不明なことが多い.また,食品性植物(4)4) J. L. Peñalvo, H. Adlercreutz, M. Uehara, A. Ristimaki & S. Watanabe: J. Agric. Food Chem., 56, 401 (2008).にも立体異性体混合物として含まれることから,リグナン類の立体異性体の合成を行い生物活性について調べてきた.現在健康食ブームであるが,当たり前のように摂取している化合物の知られざる一面を発見する可能性を秘めており,身近な植物のほかの生物との化合物を通した関係も見えてくる研究でもある.

リグナン類の生合成

リグナン類は複数の不斉炭素を含むことから鏡像異性体,ジアステレオマーが考えられる.リグナン類(図1図1■合成により得たフェニルプロパノイドの8, 8′位が結合した主なリグナン)の生合成研究も古くから行われているが,植物から単離されたリグナン類の生物活性試験を行うときに重要なのは生合成されるリグナン類の光学純度である.報告によると光学純度はリグナンの基本構造により異なり,たとえばフロフラン型リグナンである(−)-,(+)-pinoresinol(46, 47),三置換テトラヒドロフラン型の(−)-,(+)-lariciresinol (18, 19)には光学的に純粋な化合物の単離例はなく,ブタンジオール型の(−)-,(+)-secoisolariciresinol (1, 2)には光学的に純粋なものとそうでないものとがあり,さらに,ブチロラクトン型 (7, 8, 11, 12)は光学的に純粋であるとされている(5)5) 梅澤俊明:化学と生物,43, 461 (2005)..これらのことは,多くのリグナン類の立体異性体を有機合成により作り分けた後に生物活性試験を行うことの重要性を示している.

図1■合成により得たフェニルプロパノイドの8, 8′位が結合した主なリグナン

リグナン類の合成

最近の天然物化学合成研究において,できるだけ多くの立体異性体の合成を行う試みが見られる.ここに紹介するリグナン研究でも立体構造が生物活性に与える影響を明らかにすることを目的としているため,立体構造の構築に,L-グルタミン酸またはEvansの不斉補助基を用いてすべての立体異性体の合成を目指した.図1図1■合成により得たフェニルプロパノイドの8, 8′位が結合した主なリグナンにこれまでに合成したフェニルプロパノイドの8,8′位が結合したリグナン類を示し,ここでは,4置換テトラヒドロフラン型リグナン3445の合成について述べる(6, 7)6) S. Yamauchi, M. Okazaki, K. Akiyama, T. Sugahara, T. Kishida & T. Kashiwagi: Org. Biomol. Chem., 3, 1670 (2005).7) T. Nakato, S. Yamauchi, R. Tago, K. Akiyama, M. Maruyama, T. Sugahara, T. Kishida & Y. Koba: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 1608 (2009).図2図2■四置換テトラヒドロフラン型リグナンの立体異性体の合成).

図2■四置換テトラヒドロフラン型リグナンの立体異性体の合成

(−)-Virgatusin (34) および(−)-verrucosin (36) の合成は,Evansのsyn-アルドール縮合物52, 53から始めた.52, 53の水酸基を保護した後,不斉補助基の還元的除去,アルケンの酸化開裂を利用してラクトン54, 55へ変換し,対応するベンズアルデヒド類とのアルドール縮合を行った.次に,アルドール縮合物 56, 57のラクトン部位のジオールへの還元,一級水酸基の選択的保護,ベンジル水酸基の酸化,脱シリル化によりヘミアセタール58, 59へと導いた.このヘミアセタールの立体選択的還元は,水素ガス存在下にPd(OH)2/Cを用いることにより達成でき60, 61を得ることが可能であり,これらをそれぞれ34, 36へ導いた.立体異性体38の合成においては,同様にEvansのsyn-アルドール縮合物53から得た62のラクトン部位をジオールに還元した後,2つの一級水酸基をtert-butyldiphenylsilyl基で保護し,triethylsilyl基を選択的に除去してジオール63とした.これを触媒量の酸で処理するとSN1の分子内エーテル化が起こり,選択的に64の立体構造が得られ,さらに38へ導くことができた.38の合成で用いた中間体64の2つの水酸基をメシル化後,脱離反応を行いジエン65とした後,ハイドロボレーションを行うと立体異性体66および67が得られ,それぞれから4042へ導いた.一方で,Evansのsyn-アルドール縮合物53の不斉補助基を還元的に除去した後に生じた一級水酸基をtert-butyldiphenylsilyl基で保護してアルケンの酸化的開裂,生じたヘミアセタールの酸化を行うことによりラクトン68へ導いた.続いて,アルドール縮合,生じた水酸基のtriethylsilyl基による保護により69とし,ラクトンのジオールへの還元,一級水酸基のtert-butyldiphenylsilyl基による保護により環化基質70を得た.70のベンジル水酸基のメシル化によるSN1分子内エーテル化を行い,さらに脱保護により71とし44へ導いた.また,中間体71をジエン72へ変換した後,ハイドロボレーションにより立体選択的に73とし,45へ導いた.立体異性体35, 37, 39, 41, 43は,図2図2■四置換テトラヒドロフラン型リグナンの立体異性体の合成中の合成原料のエナンチオマーを用いることにより得られた.合成した立体異性体の光学純度は光学活性カラムにより測定した結果,いずれも99%ee以上であった.同様の骨格をもつ(−)-talaumidinの立体異性体の合成研究が報告されている(8)8) K. Harada, M. Kubo, H. Horiuchi, A. Ishii, T. Esumi, H. Hioki & Y. Fukuyama: J. Org. Chem., 80, 7076 (2015).

次に,C6–C3単位の結合様式の違い,また,メチル基の欠落が,生物活性にどのような影響を与えるかを調べることを目的として,7位のフェニル基が7′位に転移した1,7-seco-2,7′-cyclolignan(9)9) G. P. Moss: Pure Appl. Chem., 72, 1493 (2000). 7479,8位と9′位が結合した8,9′-neolignan(9)9) G. P. Moss: Pure Appl. Chem., 72, 1493 (2000). 8085,9位が欠落した9-norlignan(9)9) G. P. Moss: Pure Appl. Chem., 72, 1493 (2000). 86, 87,C6–C3単位が3単位,9位と8′位間,8位と9”位間で結合しさらに7位と9′位間がエーテル結合したsesquineolignan 88103を合成した(図3図3■合成により得られた,転移したセコシクロリグナン,8位と8′位以外の結合様式をもつネオリグナン,炭素が一つ少ないノルリグナン,C6–C3単位が8位と8′位以外で3単位結合したセスキネオリグナン).Kadangustin J (76, 77) は民間薬として使われる植物から単離された(10)10) X.-M. Gao, J.-X. Pu, S.-X. Huang, L.-M. Yang, H. Huang, W.-L. Xiao, Y.-T. Zheng & H.-D. Sun: J. Nat. Prod., 71, 558 (2008)..(+)-morinol A (98),(−)-morinol A (90),(+)-morinol B (89),(−)-morinol B (97),(+)-morinol C (82),(−)-morinol C (80),(+)-morinol D (81),(−)-morinol D (83)は中国のハーブから得られサイトカイン生成抑制活性が報告されている(11)11) B.-N. Su, Y. Takaishi & T. Kusumi: Tetrahedron, 55, 14571 (1999)..ここでは,絶対立体構造を明らかにした(−)-,(+)-morinol A (90, 98)およびB (97, 89)の立体異性体の合成(12)12) S. Yamauchi, T. Sugahara, K. Akiyama, M. Maruyama & T. Kishida: J. Nat. Prod., 70, 549 (2007).について紹介する(図4図4■Morinol A, Bおよび立体異性体の合成).

図3■合成により得られた,転移したセコシクロリグナン,8位と8′位以外の結合様式をもつネオリグナン,炭素が一つ少ないノルリグナン,C6–C3単位が8位と8′位以外で3単位結合したセスキネオリグナン