Kagaku to Seibutsu 57(7): 416-427 (2019)
解説
多剤耐性細菌に有効な次世代型抗菌薬耐性細菌の出現しない抗菌薬の開発は可能か
The Challenge for Antibacterial Drugs Against Multidrug-Resistant Bacteria: Antibacterial Drugs without Causing Resistance
Published: 2019-07-01
抗菌薬は病原菌による感染症の治療になくてはならない薬剤であるが,各抗菌薬に対する多剤耐性細菌の出現に加え,近年,腸内細菌叢(マイクロビオーム)に及ぼす2次的な健康被害(免疫疾患など)が報告されている.これらの欠点を克服した次世代型抗菌薬の一つとして,病原菌の情報伝達(two-component signal transduction: TCS)を標的にしたヒスチジンキナーゼ阻害剤の開発が期待されている.本稿では,ヒスチジンキナーゼ阻害剤の開発の現状と重要性を解説する.
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化学療法は1907年Ehrlichが提唱し,人体には無害だが微生物には有効な化学薬品による治療法であり,医学を大きく変えていくことになる概念となった.化学療法の概念のもとサルバルサンをはじめサルファ剤が開発され,そしてペニシリンの開発につながっていく.ペニシリンの発見は,サルファ剤より前の1928年に,Flemingが青カビからの分泌物に黄色ブドウ球菌の生育が阻止されることを発見したことから始まる.ついで1940年初頭にChainやFloreyらがペニシリンを再発見し,感染症治療に対して応用することによって,化学療法を大きく発展させた(1, 2)1) A. Fleming: Br. J. Exp. Pathol., 10, 226 (1929).2) E. Chain, H. W. Florey, A. D. Gardner, N. G. Heatley, M. A. Jennings, J. Orr-Ewing & A. G. Sanders: Lancet, 236, 226 (1940)..このペニシリンの成功は多くの科学者を新たな化学療法剤の探索へと駆り立て,そして1944年Waksmanは結核に著効を示すストレプトマイシンを土壌微生物である放線菌の代謝物より発見し「抗生物質」という名称を提唱した(3)3) A. Schatz, E. Bugie & S. A. Waksman: Proc. Soc. Exp. Biol. Med., 55, 66 (1944)..ストレプトマイシンの発見は,テトラサイクリン,クロラムフェニコール,エリスロマイシンなど多くの「抗生物質」発見の先駆けとなり,「抗生物質」の時代を開いた.さらに衛生環境の改善も伴って,それまで死因の上位を占めていた肺炎,結核,消化管感染症などの主要な感染症は激減していく.
このペニシリンの発見以来,さまざまな「抗生物質」やそれをもとにした合成化合物が抗菌薬として開発され,世界中で無数の命を救い,感染症による死の恐怖の時代は終わったかのように思われた.しかし,Chainらによるペニシリンの開発の過程ですでにペニシリンを分解する酵素(ペニシリナーゼ)の存在が確認されている(4)4) E. P. Abraham & E. Chain: Nature, 146, 837 (1940)..すなわち,ペニシリンの開発研究の段階で耐性菌が予測されていたことになる.黄色ブドウ球菌の薬剤耐性進化を例に挙げると,ペニシリンが使用され始めると臨床でもペニシリナーゼ産生黄色ブドウ球菌が出現する.このペニシリン耐性菌に対抗するために,1960年代にペニシリナーゼ抵抗性ベータラクタムであるメチシリンが開発されたが,まもなくメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureu: MRSA)が出現する.MRSAはメチシリンなどのベータラクタムと親和性の低い新たな細胞壁合成酵素ペニシリン結合タンパク質2′(PBP2′)を獲得し耐性化を示す(5)5) M. P. Jevons: BMJ, 1, 124 (1961)..現在では多くのMRSAは,セフェム系,カルバペネム系,ニューキノロン系,アミノグリコシド系抗菌薬などに耐性を獲得し多剤耐性となり,市中の感染例においてもそれらの存在が問題となっている.MRSAはほんの一例に過ぎず,現在ではほとんどの抗菌薬に対して耐性菌が出現している(図1図1■抗菌薬の開発と薬剤耐性の出現).さらに,複数の抗菌薬に対して耐性を示す多剤耐性細菌が出現しており,超多剤耐性結核菌(Extensively Drug Resistant: XDR)や汎耐性(Pan-Drug Resistance:既存薬すべてに耐性)化した緑膿菌なども知られている.
微生物が,薬剤から身を守る遺伝子を獲得すると,自らのみならず,水平伝播により種,属を超えて耐性遺伝子を周囲に広める.微生物が「抗生物質」を含む抗菌薬への耐性を獲得するのは不可避であるため,新規抗菌薬の開発と薬剤耐性(Antimicrobial resistance: AMR)の出現は“いたちごっこ”に例えられる.ところが,1990年代以降,低い収益性と創薬ターゲット・新規骨格の不足のため新規抗菌薬の開発が停滞を始め(6)6) 舘田一博:日本内科学会誌,102, 2908 (2013).,一方AMR発生は増加をしている.2013年に米国疾病対策センターは,対応する抗菌薬の開発に緊急性があり重要なAMRに関連する15の病原菌を列挙している(7)7) Centers for Disease Control and Prevention: https://www.cdc.gov/drugresistance/pdf/ar-threats-2013-508.pdf (2013)..また,2017年にはWHOが新規抗菌薬の開発において緊急性が高い薬剤耐性菌12種のリストを初めて公表し新規抗菌薬の開発の必要性を提言している(8)8) World Health Organization: http://www.who.int/medicines/publications/global-priority-list-antibiotic-resistant-bacteria/ Accessed 27 February 2017 (2017)..
AMRは今や世界の公衆衛生や世界経済に対する大きな脅威として捉えられるようになった(9)9) L. B. Steven: Expert Opin. Pharmacother., 16, 151 (2015)..WHOは2011年の世界保健デーにおいてAMRを取り上げ,“Antimicrobial Resistance: No Action Today, No Cure Tomorrow”なるメッセージを発信し,国際社会にワンヘルス・アプローチに基づいた世界的な取り組みの必要性を訴えている(10)10) M. Chan: World Health Day 2011. http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2011/whd_20110407/en/(2011).英国オニール委員会の報告によると,このまま何も対策を取らないとすると,2050年には全世界でAMRに起因する死者数が1,000万人へと爆発的に増加することが警告されている(11)11) J. O’Neill: The Review on Antimicrobial Resistance, London. https://amr-review.org/sites/default/files/160518_Final%20paper_with%20cover.pdf (2016)..このような警告にもかかわらず,すでにAMRに対抗しうる抗菌薬の研究開発からは多くの企業が撤退しており,そのため新規抗菌薬のパイプラインが枯渇してきているのが現状である(12)12) 八木澤守正:日化療会誌,65, 149 (2017)..先に述べたように,抗菌薬停滞の一因は創薬ターゲット・新規骨格の不足と言われている.これまでに細胞壁合成阻害,細胞膜障害,タンパク質合成阻害,DNA・RNA合成阻害などを作用点とする多くの抗菌薬が発見され実用化されてきた.このような標的特異的な抗菌薬は,病原菌に対する抗菌性を指標にして探索後,動物さらにヒトに対する感染治療効果を確認して開発されてきた.一方,近年,抗菌性を指標とせず,病原菌の病原性遺伝子の発現を抑制する病原性抑制剤(antivirulence agents: AV薬)の感染症治療薬としての開発が期待されている(13~19)13) L. Cegeiski, G. R. Marshall, G. R. Eldridge & S. J. Hultgren: Nature Rev. Microbiol., 6, 17 (2008).14) D. A. Rasko & V. Sperandio: Nature Rev. Drug Discov., 9, 117 (2010).15) Y. Gotoh, Y. Eguchi, T. Watanabe, S. Okamoto, A. Doi & R. Utsumi: Curr. Opin. Microbiol., 13, 232 (2010).16) R. J. Worthington, M. B. Blackledge & C. Melander: Future Med. Chem., 5, 1265 (2013).17) B. K. Johnson & R. B. Abramovitch: Trends Pharmacol. Sci., 38, 339 (2017).18) B. Francois, C. E. Luyt, C. K. Stover, J. O. Brubaker, J. Chastre & H. S. Jafri: Semin. Respir. Crit. Care Med., 38, 346 (2017).19) T. Defoirdt: Trends Microbiol., 26, 313 (2018)..AV薬は,“耐性菌の出現を抑制し,腸内フローラを乱さずに,感染症治療効果”が期待される「次世代型抗菌薬」として提唱されている.本稿では,病原菌の病原性遺伝子の発現を制御する主要な分子機構であるTCSについて,最新の研究成果を紹介するとともに,TCSを分子標的にしたセンサーヒスチジンキナーゼ(HK)阻害剤の開発の現状と将来展望を行う.
細菌は環境変化に適応して生存するための戦略として,環境変化(因子)を迅速に感知して,さまざまな環境応答遺伝子の発現を制御する遺伝子発現制御機構をもっている.すなわち,HKとレスポンスレギュレーター(RR)の2種のタンパク質のペアであり,さまざまな応答遺伝子発現(細胞増殖・分裂,病原性,薬剤耐性,クオラムセンシング,バイオフィルム形成,酸耐性,胞子形成,窒素固定など)が制御されている(20~23)20) A. M. Stock, V. L. Robinson & P. N. Goudreua: Annu. Rev. Biochem., 69, 183 (2000).21) J. A. Hoch & T. J. Silhavy (Eds): “Two-component signal transduction,“ ASM Press, 1995.22) M. Inouye & R. Dutta (Eds.): “Histidine kinases in signal transduction,” Academic Press, 2002.23) R. Utsumi (Ed.): “Bacterial signal transduction: networks and drug targets,” Springer, 2008.(図2図2■細菌の情報伝達(TCS)).たとえば,大腸菌には約30種のHKとRRが存在しており,さまざまな環境要因に対応して,大腸菌が生育するのを可能にしている.1986年,Nixon(24)24) B. C. Nixon, W. Ronson & F. M. Ausbel: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 83, 7850 (1986).らはこのようなペアになっている制御タンパク質の遺伝子の相同性を解析した.その結果,HKのC末端領域やRRのN末端領域のアミノ酸配列が高い相同性を示すことから,異なる刺激応答に対して,細菌は共通の分子機構を用いて,種々の遺伝子発現制御を行っていることを明らかにした.HKとRRを介する細胞外刺激(リガンド,環境変化など)による遺伝子発現制御システムは二成分情報伝達(two-component signal transduction: TCS)と命名された.
TCSの共通の伝達機構を解明するために,これらのHKやRRの生化学的な性質が研究された(25~28)25) A. J. Ninfa & B. Magasnik: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 83, 5909 (1986).26) V. Weiss & B. Magasanik: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85, 8919 (1988).27) R. Utsumi, R. E. Brissette, A. Rampersaud, S. A. Forst, K. Osawa & M. Inouye: Science, 245, 1246 (1989).28) M. G. Surette, M. Levit, Y. Liu, G. Lukat, E. G. Ninfa, A. Ninfa & J. B. Stock: J. Biol. Chem., 271, 939 (1996)..HKはN末端領域で刺激応答を認識すると,ATPを用いた自己リン酸化(ヒスチジンキナーゼ)活性を誘起し,各HKに共通のDHpドメインに存在するHis残基がリン酸化(His-P)される.形成されたN-P結合は不安定であるために,HKのHis-Pからリン酸基がRRのAsp残基の側鎖カルボキシル基へ転移する(His-Aspリン酸基転移反応:リン酸リレー)(図3図3■TCSにおける自己リン酸化とリン酸基転移反応(His-Aspリン酸リレー)).高等生物のキナーゼカスケードとは異なり,この反応にはATPは不用である.リン酸化されたRR-Pは標的遺伝子の制御領域に結合して,その遺伝子発現を制御する(20)20) A. M. Stock, V. L. Robinson & P. N. Goudreua: Annu. Rev. Biochem., 69, 183 (2000)..
HKのHis残基の自己リン酸化は,側鎖イミダゾール基のN-3位窒素原子がATPのγ位リン酸に求核攻撃することによって起きる.HKのリン酸化His残基からRRのAsp残基へのリン酸基転移は,RRのRECドメインがもつリン酸基転移活性によるものと考えられる.
His-Aspリン酸リレーによる外界の環境変化に対する適応応答システムは,細菌における主要な情報伝達システムと考えられる.実際,1,087種の細菌ゲノム解析の結果63259種のTCS制御タンパク質が見いだされている(29)29) L. E. Ulrich & I. B. Zhulin: Nucleic Acids Res., 38 (Suppl. 1), D401 (2010)..平均すると,1細菌あたり,29種のHis-Aspリン酸リレー系をもっていることになる.一方,真核生物では,His-Aspリン酸リレー系の数は少ない.たとえば,出芽酵母,1;分裂酵母,3;アカパンカビ,1;細胞性粘菌,5;シロイヌナズナ,8種のHis-Aspリン酸リレー系が見いだされているが,ヒト,線虫,ショウジョウバエでは知られていない(30, 31)30) H. Saito: Chem. Rev., 101, 2497 (2001).31) P. Thomson & R. Kay: J. Cell Sci., 113, 3141 (2000)..細菌は長い進化の過程で,さまざまな環境変化に対応して,HK–RR間のHis-Aspリン酸リレーを用いて,遺伝子発現を「on, off」して適応生存してきたものと考えられる.
TCSを構成するHKは,基本的にホモ二量体として機能し,複数のドメインの組合せによって3種のタイプに分類される(32, 33)32) R. Dutta, L. Qin & M. Inouye: Mol. Microbiol., 34, 633 (1999).33) O. Adebali, M. G. Petukh, A. O. Reznik, A. V. Tishkov, A. A. Upadhyay & I. B. Zhulin: J. Bacteriol., 199, e00218-17 (2017).(図4図4■HKのドメイン構成).主要なHKはクラスIに属しており,ペプチド鎖のN末端側にセンサードメインが位置する.センサードメインは膜貫通ヘリックス領域にはさまれることが多く,細胞膜表面あるいは膜の外側に配置される.HKのペプチド鎖は膜貫通領域を経て細胞質内に入り,HAMPドメイン,DHpドメイン(リン酸化されるHisを含む2量体化ドメイン)を介してC末端のHK触媒ドメイン(CAドメイン,ATP結合ドメイン)に連結する(図4図4■HKのドメイン構成).一方クラスIIに属するHKは膜タンパク質ではなく,細胞質に局在する.クラスII HK(大腸菌CheA)では,N末端領域にセンサードメインがなく,HPtドメイン(リン酸化されるHis残基を含む),Dドメイン(二量体ドメイン),CAドメインと連結している.さらに最近,新しいタイプのHK,クラスIIIが見いだされている(33)33) O. Adebali, M. G. Petukh, A. O. Reznik, A. V. Tishkov, A. A. Upadhyay & I. B. Zhulin: J. Bacteriol., 199, e00218-17 (2017)..クラスIII HKには,DHpドメインがなく,代わりにHPtドメインがCAドメインに連結している.このようなHKの構造と機能を理解するために,各ドメインの立体構造が明らかにされている(34)34) C. P. Zschiedrich, V. Keidel & H. Szurmant: J. Mol. Biol., 428, 3752 (2016)..
ドメイン構成はHKの各クラス内で差異があるが,典型的なものを記載する.PAS : Per-Arnt-Sim domain, HAMP: a domain found in Histidine kinases, Adenyl cyclases, Methyl-accepting proteins and Phosphatases:,DHp: Dimerization and Histidine phosphotransfer domain (H1: 2量体化ドメイン内のリン酸化されるヒスチジン残基),CA: Catalytic and ATP-binding domain(アスパラギン残基(N),フェニルアラニン残基(F),および2つのグリシン残基(G1とG2)が一定のアミノ酸残基を挟んで共通に保存されている),HPt: Histidine Phosphotransfer domain (H2: Hpt ドメイン内のリン酸化されるヒスチジン残基),TM: trans membrane, R: Regulatory domain, S: substrate-binding domain, D: Dimerization domain.
センサードメインは,個々のHKにおいて異なるシグナルを認識する必要性があるため,その配列および構造上の多様性は高いが,多くはPASドメインから構成されている.たとえばサルモネラ菌のPhoQ(HK)のセンサードメイン中のPASドメインに抗菌ペプチドやMg2+イオンが作用すると,PhoQにアロステリックな作用を及ぼすことになり,HK活性が制御される.このように,PASドメインはさまざまな刺激応答に重要な構造となっている.
HAMP, DHpドメインはα-ヘリックス-ターン-α-ヘリックス構造からなり,2量体形成においては,これらの2本のα-ヘリックス間の相互作用により4-helix bundle構造をとっている(図5図5■HKの立体構造とDHpドメイン–Hbox阻害剤Waldiomycinの複合体モデル).DHpドメインのα-へリックスI(N末端側α-へリックス)上には自己リン酸化されるHis残基が存在している.クラスI HK全般においては,このHis残基周辺配列はよく保存されており,Hbox(図4, 5B図5■HKの立体構造とDHpドメイン–Hbox阻害剤Waldiomycinの複合体モデル図4■HKのドメイン構成)と呼ばれている.この領域はHis自己リン酸化反応に必須であり,リン酸化RRに対する脱リン酸化酵素活性にも重要な作用を示す(35)35) R. Dutta, T. Yoshida & M. Inouye: J. Biol. Chem., 275, 38645 (2000)..したがって,DHpドメイン全体は,二量体形成に必要であるばかりでなく,HKの有する酵素活性(リン酸化,脱リン酸化)ならびにHis-Aspリン酸リレーに重要な役割を果たす構造領域と考えられる.
(A) VicKとNarQの全体構造を示す.VicK(PDBコード:4I5S)とNarQ(PDBコード:5IJI)のX線結晶構造に加え,決定できていない領域の構造は模式的に示している.(B)大腸菌EnvZ DHpドメインの結晶構造(PDB: 5B1N)をもとに,waldiomycinとの複合体モデル構造を構築した.Hbox: ヘリックスI上のHis243周辺にclass I HKに共通に保存されたアミノ酸領域(Asp244, Arg246, Thr247, Thr250, Arg251)
CAドメインは5本のβストランド,3本のα-ヘリックスから構成されている.CAドメインには4種のアミノ酸残基N(アスパラギン),G1(グリシン),F(フェニルアラニン),G2(グリシン)が一定の距離を置いて配置されており,それぞれNbox, G1box, Fbox, G2boxと呼ばれている領域が存在する(20, 36)20) A. M. Stock, V. L. Robinson & P. N. Goudreua: Annu. Rev. Biochem., 69, 183 (2000).36) R. Gao & A. M. Stock: Annu. Rev. Microbiol., 63, 133 (2009)..CAドメインは,これらの4種のboxに囲まれた領域にATPを結合し,DHpドメインのHis残基のイミダゾール基N3位をリン酸化する触媒活性を有する.その反応機構は,イミダゾール基N3原子上の孤立電子対がATPのγリン酸基へ求核攻撃することによると考えられている(図3図3■TCSにおける自己リン酸化とリン酸基転移反応(His-Aspリン酸リレー)).また,CAドメインはSer/Thrキナーゼ,Tyrキナーゼドメインとは相同性はないが,ATP分解活性(ATPase)を示すDNA gyrase, Hsp90(熱ショックタンパク質),MutL(DNAミスマッチ修復酵素)などのATP結合領域には相同性があり,HKはATPase/kinase GHKLスーパーファミリーに含まれる(22, 37)22) M. Inouye & R. Dutta (Eds.): “Histidine kinases in signal transduction,” Academic Press, 2002.37) R. Dutta & M. Inouye: Trends Biochem. Sci., 25, 24 (2000)..
RRの構造は,N末端側レシーバー(REC)ドメインとC末端側エフェクタードメイン(多くはDNA結合ドメイン)の2つから構成されている(36)36) R. Gao & A. M. Stock: Annu. Rev. Microbiol., 63, 133 (2009)..RECドメインは約120アミノ酸残基から構成され,一般的に5本のβストランドと4本のα-ヘリックスからなる.リン酸基を受けとるAsp残基はRECドメインのN末から3番目のβ-シートとαヘリックスの間のループ上に位置している.HKのHis残基から直接的な反応によって,このAsp残基の側鎖カルボキシル基にリン酸基が転移され,アシルリン酸結合が形成される(図3図3■TCSにおける自己リン酸化とリン酸基転移反応(His-Aspリン酸リレー)).エフェクタードメインはDNA結合に必要な領域で,リン酸化されていないときには,そのDNA結合部位が内部に埋もれたり,DNA結合時とは異なるドメイン配置をとることによって不活化されている.RECドメインのリン酸化は内部の相互作用を変化させ,エフェクタードメインの構造変化,あるいはRECドメイン同士の相互作用変化による二量体化を促進する.このような構造変化はDNA結合ドメインを解放し,RRが標的遺伝子の制御領域へ結合することが可能となる(36)36) R. Gao & A. M. Stock: Annu. Rev. Microbiol., 63, 133 (2009)..
HKがどのようなメカニズムで細胞膜を超えてシグナルを伝え,自己リン酸化能を活性化するのか,最近徐々に明らかになりつつある.Gushchin(38)38) I. Gushchin, I. Melnikov, V. Polovinkin, A. Ishchenko, A. Yuzhakova, P. Buslaev, G. Bourenkov, S. Grudinin, E. Round, T. Balandin et al.: Science, 356, 1043 (2017).らは,リガンドである硝酸イオンが結合することによって,NarQセンサードメインのα-ヘリックスが0.5~1 Åほど移動し,それによって膜貫通へリックスが2.5 Å押し込まれ,細胞質内のHAMPドメインの構造が変化することを見いだしている.さらに,HAMPドメイン変化はDHpドメインのα-ヘリックスの構造変化を導き,それによってCAドメインの可動性が高まり,自己リン酸化反応が活性化される(39)39) A. E. Dago, A. Schug, A. Procaccini, J. A. Hoch, M. Weigt & H. Szurmant: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 10148 (2012)..ATPを結合したCAドメインがDHpドメインに接近し,His残基のリン酸化を触媒すると同時に,RRがDHpドメインに接近して,リン酸化されたHis残基からリン酸基をRRのAsp残基へ転移する反応が同時に進行する(40, 41)40) F. Jacob-Dubuisson, A. Mechaly, J. M. Betton & R. Antoine: Nat. Rev. Microbiol., 16, 585 (2018).41) F. Trajtenberg, J. A. Imelio, M. R. Machado, N. Larrieux, M. A. Marti, G. Obal, A. E. Mechaly & A. Buschiazzo: eLife, 5, e21422 (2016).(図6図6■HKのHis-Aspリン酸基リレーのダイナミズム).すなわち,片方のサブユニットでHis残基が自己リン酸化され,もう一方のサブユニットにおけるRRのRECドメインへのリン酸基転移とカップルして同時進行するモデルが提唱されている.DHpドメインの大きなコンフォメーション変化によって,自己リン酸化とリン酸基転移が交互に起こると推定されている.TCSは,外界でのリガンドの結合を,膜内に構造変化として伝え,そのシグナルをいったん化学変化(リン酸化)に変換し.最終的にはRRのDNAへの結合に再変換する精密なナノマシーンの働きをしている.