Kagaku to Seibutsu 57(7): 428-432 (2019)
解説
植物アロマ成分を用いた有機栽培システムの開発とヒト健康増進効果への応用植物アロマの潜在能力に注目!
Application of the Plant-Derived Aroma Constituents for Agritechnology and Health Promotion: Recheck the Plant Aromas’ Potentials!
Published: 2019-07-01
植物由来アロマ成分(香り・匂い)は,植物の生存戦略において重要な役割を担う.われわれのよく知る花の香り以外にも,害虫に食べられることでも植物の匂いは放出される.これらの匂いは,害虫の天敵をひきつけ,周囲の植物にも「危険」を知らせる警報としての役割を担う.このように,動けない植物は匂いを駆使することで周囲の生物とコミュニケーションを図る(1)1) 有村源一郎,西原昌宏:“植物のたくらみ—香りと色の植物学”,ペレ出版,2018, p. 159..植物アロマ成分であるテルペン類は,抗虫性,抗炎症,抗がん,およびリラクゼーション(抗ストレス)などの多岐にわたる薬理効果が備わることから,世界中の研究者や医療関係者から注目されている.本稿では,植物が作り出す揮発性テルペンなどの生態系における機能,当該成分を利用した有機農法の開発,新たな医薬品(漢方)および機能性食品成分としての可能性について紹介する.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
植物由来香気成分の最大の役割は,他生物とのコミュニケーションならびに外敵からの防衛にある.花の香りを介した植物と送粉者とのコミュニケーションはよく知られるが,植物が放出する香りは花などの生殖器官に限ったものではない.たとえば,ミントやハーブは葉の表面の腺鱗(トリコーム)と呼ばれる葉の表面の毛の部分に大量のテルペン類を蓄積させ,それらの香り成分は病害虫の予防や忌避効果を発揮する.
さらに植物は,植食者によって食害されると,大気中に匂いを放出することで,害虫の天敵種(捕食者,寄生蜂など)を誘引することができる.植物から放出される匂いのブレンドは種や品種,組織の違いによっても異なるが,被食される害虫種によっても異なる.天敵はこれらの特有の匂いブレンドを手がかりに,自身が捕食・寄生する害虫を特異的に見つけ出すのである.たとえば,ハダニの天敵であるカブリダニは,ハダニが食害したマメの葉の匂いブレンド(サリチル酸メチル,オシメン,リナロール,青葉アセテート,ホモテルペン化合物)を好み,ほかの害虫が食害した場合に放出されるマメの葉の匂いブレンドには応答しない(図1図1■アブラナ科植物から放出される匂いブレンドを介した,植物–コナガ–コナガサムライコマユバチの相互作用(A)および,マメ科植物から放出される匂いを介した植物–ハダニ–カブリダニの3者間相互作用(B)).一方で,コナガの寄生蜂であるコナガサムライコマユバチは,コナガに食害されたアブラナ科植物の匂いブレンド(n-ヘプタナール,青葉アセテート,サビネン,αピネン)に誘引される(2)2) K. Shiojiri, R. Ozawa, S. Kugimiya, M. Uefune, M. van Wijk, M. W. Sabelis & J. Takabayashi: PLoS ONE, 5, e12161 (2010).(図1図1■アブラナ科植物から放出される匂いブレンドを介した,植物–コナガ–コナガサムライコマユバチの相互作用(A)および,マメ科植物から放出される匂いを介した植物–ハダニ–カブリダニの3者間相互作用(B)).しかし,コナガサムライコマユバチは単独の匂い成分やほかの害虫に食害されたアブラナ科が放出される香りブレンドには誘引されないことから,天敵種の誘引には特有の匂いブレンドこそが重要な役割を担うと考えられる(2)2) K. Shiojiri, R. Ozawa, S. Kugimiya, M. Uefune, M. van Wijk, M. W. Sabelis & J. Takabayashi: PLoS ONE, 5, e12161 (2010)..また,これらの特有な匂いブレンドの生産には,害虫が植物内に分泌する唾液内のエリシターが深くかかわると考えられている(3)3) M. E. Maffei, G. Arimura & A. Mithöfer: Nat. Prod. Rep., 22, 1288 (2012)..
一方で,害虫に食べられた植物から放出される匂いを立ち聞きした周囲の健全な植物では,未食害の状態にもかかわらず防御応答を誘導することができる.これを「植物間コミュニケーション」と言う.匂いにさらされた受容植物では,ヒストンのアセチル化制御機構がはたらくことで,防御遺伝子などの転写の誘導が生じるか,プライミング状態になる(図2図2■ミントを利用した農作物の害虫防除システム).防御遺伝子の誘導にはジャスモン酸とサリチル酸に依存したシグナル伝達系も重要な役割を担うが(図2図1■アブラナ科植物から放出される匂いブレンドを介した,植物–コナガ–コナガサムライコマユバチの相互作用(A)および,マメ科植物から放出される匂いを介した植物–ハダニ–カブリダニの3者間相互作用(B)),ヒストンのアセチル化(いわゆる,エピジェネティクス)と如何に協調的に遺伝子制御にかかわるかについては不明である(4, 5)4) G. Arimura & I. Pearse: “From the lab bench to the forest: ecology and defence mechanisms of volatile-mediated “talking trees”,” ed. by G. Becard, Elsevier, 2017.5) S. Sukegawa, K. Shiojiri, T. Higami, S. Suzuki & G. Arimura: Plant J., 96, 910 (2018)..
害虫の天敵を誘引する相互作用や植物間コミュニケーションは,農業上での害虫防除にも活用できる.たとえば,ミントは古くから害虫の忌避植物として使われてきたが,筆者らの最近の研究により,キャンディミントやスペアミントにはハダニの天敵であるカブリダニを誘引する能力が備わることが新たに見いだされた(6)6) K. Togashi, M. Goto, H. Rim, S. Hattori, R. Ozawa & G. Arimura: Sci. Rep., 9, 1704 (2019).(図2図1■アブラナ科植物から放出される匂いブレンドを介した,植物–コナガ–コナガサムライコマユバチの相互作用(A)および,マメ科植物から放出される匂いを介した植物–ハダニ–カブリダニの3者間相互作用(B)).
さらに,キャンディミントやペパーミントには,近くに混栽したダイズやコマツナの防御力を高める能力があることも見いだされている(5)5) S. Sukegawa, K. Shiojiri, T. Higami, S. Suzuki & G. Arimura: Plant J., 96, 910 (2018)..つまり,ミントの香気成分には害虫忌避,天敵誘引,植物間コミュニケーションといった多様な生理機能が備わり,野外においてこれらが複合的にはたらくことで効果的な害虫駆除につながるものと考えられる.現在,われわれはこれらのミント品種を,農作物や園芸植物の近傍で栽培することで病害虫の防除や生育促進に役立つ有機資材(コンパニオンプランツ)として活用する生産システムを開発している.
テルペンを代表とする二次代謝化合物には機能性に優れた化合物が数多く,防虫剤や香料,医薬品などとして産業界においてさまざまな用途で用いられている(1)1) 有村源一郎,西原昌宏:“植物のたくらみ—香りと色の植物学”,ペレ出版,2018, p. 159.(図3図3■テルペンのさまざまな機能).たとえば,マラリアの治療薬であるアルテミシニンは,クソニンジンから単離されたセスキテルペンであり,また防虫剤や防腐剤に用いられてきた樟脳(カンファー)は,クスノキに含まれるモノテルペンである.
近年では,植物アロマを含む精油やエッセンシャルオイルを用いたアロマテラピーが,リラックス効果やストレス解消を目的として世間一般に広く普及している.レモンの香りに含まれるリモネンやミントの香りに含まれるリナロールなどのモノテルペンにはリラックス効果のほかに,抗がん,抗炎症作用がが備わり(7)7) V. M. Linck, A. L. da Silva, M. Figueiro, E. B. Caramao, P. R. H. Moreno & E. Elisabetsky: Phytomedicine, 17, 679 (2010).,ホップの香りであるカリオフィレンは抗うつ作用がある(8)8) A. Bahi, S. Al Mansouri, E. Al Memari, M. Al Ameri, S. M. Nurulain & S. Ojha: Physiol. Behav., 135, 119 (2014)..
シソは特有の香りと防腐・殺菌作用などをもつことから,和食に欠かせない食材である.シソには整腸作用や発汗解熱作用,抗炎症作用などの効果も知られており,古くから漢方にも用いられてきた.シソの香り成分はペリルアルデヒド,ペリルアルコール,リモネンの3種のモノテルペンであり,なかでも,ペリルアルデヒドは生葉におけるシソ香気成分の主要成分である.これまでにシソ葉抽出物には抗アレルギー,抗炎症作用が備わることが知られていたが(9)9) H. Ueda & M. Yamazaki: Biosci. Biotechnol. Biochem., 65, 1673 (2001).,主要香気成分であるペリルアルデヒドの炎症性腸疾患(IBD: Inflammatory Bowel Disease)についての効能については不明であった.
そこで筆者らは,シソの香気成分であるペリルアルデヒドの抗IBD作用について検証するために,リポ多糖(LPS)で刺激したマクロファージ様細胞およびデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)による誘発性急性大腸炎のマウスモデルを用いた.ペリルアルデヒドをあらかじめ経口投与しておいたマウスに,DSSを投与することで人工的に大腸炎を発症させると,体重の顕著な減少や腸の萎縮が緩和されたことから,ペリルアルデヒドには抗IBD作用が備わることが示唆された(10)10) T. Uemura, T. Yashiro, R. Oda, N. Shioya, T. Nakajima, M. Hachisu, S. Kobayashi, C. Nishiyama & G. Arimura: J. Agric. Food Chem., 66, 3443 (2018)..これらの緩和作用はペリルアルデヒドによって結腸組織においてTNF-αやIL-6といった炎症性サイトカインの転写抑制によるものであった.腸炎などの炎症部位ではマクロファージなどから炎症性サイトカインが放出されることで,白血球の浸潤や組織の破壊が起こることが知られるが(9)9) H. Ueda & M. Yamazaki: Biosci. Biotechnol. Biochem., 65, 1673 (2001).,ペリルアルデヒドはこれらの症状を緩和するはたらきがあると考えられる.さらに,LPSで刺激したマクロファージ様細胞RAW264.7を用いた解析から,炎症性サイトカイン発現量がペリルアルデヒド処理によって低下し,さらに炎症性サイトカインの発現を制御するJNK(p54, p46)といったMAPキナーゼ群が不活性化されることも示された(10)10) T. Uemura, T. Yashiro, R. Oda, N. Shioya, T. Nakajima, M. Hachisu, S. Kobayashi, C. Nishiyama & G. Arimura: J. Agric. Food Chem., 66, 3443 (2018).(図4図4■ペリルアルデヒドの抗炎症作用メカニズム).
リポ多糖(LPS)で刺激したマクロファージ様細胞RAW264.7における,ペリルアルデヒド(PA, 200–400 µM)によるTNF-α遺伝子の発現抑制(A)とPA(300 µM)によるJNKのリン酸化レベルの低下(B).グラフ上の異なるアルファベットは,有意に異なることを示す(P<0.05).
これらの研究成果から,1日に2, 3枚以上といったシソ生葉を積極的に摂取することで,第二の脳と指摘される腸の疾患を予防,改善できることができるとわれわれは考える.
ペリルアルデヒドには腸炎改善作用以外にも健康増進効果が報告されている.たとえば,動脈硬化モデルラットおよびマウスにおいて,ペリルアルデヒドの摂取はプラーク形成を阻害し,血管内皮細胞の機能障害を抑制する(11)11) L. Yu & H. Liu: J. Cell. Biochem., 119, 10204 (2018)..また,ペリルアルデヒドを経口投与したラットにおいて,虚血再灌流後の活性酸素種や炎症性サイトカインの産生亢進が抑制され,脳機能障害が緩和されることも示されている(12)12) L. Xu, L. Yu, Q. Fu & H. Ma: Biochem. Biophys. Res. Commun., 454, 65 (2014)..このとき,大脳皮質でのJNKの活性化がペリルアルデヒド投与群において抑制されている点は,前述のRAW264.7細胞の場合と一致している.さらに,ヒト角化細胞を用いた研究では環境汚染物質依存的な芳香族炭化水素受容体AhRの活性化をペリルアルデヒドが阻害し,皮膚での炎症を抑制することも見いだされている(13)13) Y. Fuyuno, H. Uchi, M. Yasumatsu, S. Morino-Koga, Y. Tanaka, C. Mitoma & M. Furue: Oxid. Med. Cell. Longev., 2018, 9524657 (2018)..このように,ペリルアルデヒドの万能性を支える作用機序も徐々に明らかにされつつあることから,今後,ペリルアルデヒド以外の低分子モノテルペン類の有用性も加速的に解き明かされていくであろう.
近年,植物由来アロマ成分のすごさを再認識し,俄然,当該分野に興味を抱くようになってきた.研究を推進・成功させるための一番の原動力は,好奇心であると思う.長く,この植物アロマの分野に携わっているが,今後はいっそうの好奇心をもってアロマに関する基礎研究とアロマの医薬農分野における応用に挑戦していきたい.
Reference
1) 有村源一郎,西原昌宏:“植物のたくらみ—香りと色の植物学”,ペレ出版,2018, p. 159.
3) M. E. Maffei, G. Arimura & A. Mithöfer: Nat. Prod. Rep., 22, 1288 (2012).
4) G. Arimura & I. Pearse: “From the lab bench to the forest: ecology and defence mechanisms of volatile-mediated “talking trees”,” ed. by G. Becard, Elsevier, 2017.
5) S. Sukegawa, K. Shiojiri, T. Higami, S. Suzuki & G. Arimura: Plant J., 96, 910 (2018).
6) K. Togashi, M. Goto, H. Rim, S. Hattori, R. Ozawa & G. Arimura: Sci. Rep., 9, 1704 (2019).
9) H. Ueda & M. Yamazaki: Biosci. Biotechnol. Biochem., 65, 1673 (2001).
11) L. Yu & H. Liu: J. Cell. Biochem., 119, 10204 (2018).
12) L. Xu, L. Yu, Q. Fu & H. Ma: Biochem. Biophys. Res. Commun., 454, 65 (2014).
13) Y. Fuyuno, H. Uchi, M. Yasumatsu, S. Morino-Koga, Y. Tanaka, C. Mitoma & M. Furue: Oxid. Med. Cell. Longev., 2018, 9524657 (2018).