解説

カチオン性蛍光高分子による細胞内温度計測—開発経緯—実用性と汎用性を兼ね備えた分子サイズの温度計の開発

Intracellular Temperature Measurement by Using Cationic Fluorescent Polymers—Development History—: Molecular Thermometer with Both Practicality and Versatility

Toshikazu Tsuji

俊一

キリンホールディングス株式会社

Published: 2019-07-01

細胞内の温度計測が,最近の化学・生物系論文の“Hot topics”として扱われることが増えてきた.細胞内というミクロで複雑な環境の温度を測定することは難しいが,10年ほど前に温度応答性のアクリルアミド系高分子と環境応答性蛍光色素を組み合わせた蛍光高分子温度計による細胞内の温度計測例が報告されて,そこから急速に技術が発展してきた感がある.筆者は,従来から高い感度が特徴であったこの蛍光高分子温度計に,カチオン性基を付与し,細胞への導入法を簡便化し,実用的にすることに取り組んできた.本稿では筆者が開発に携わった3つのカチオン性蛍光高分子温度計の開発経緯を紹介し,今後の展望についてもご紹介したい.

細胞と温度の関係

温度が物理・化学・生物のあらゆる現象を理解するうえで,重要な物理量であることを疑う人はいないだろう.実際に温度を測る方法は,日々進化している.たとえば,日常生活で目にする体温計は数秒でも測れるように改良され,サーモグラフィのような温度分布を視覚化する測定法もスマートフォンを使って測れる時代になっている.温度は私たちの日常に入り込んでいる物理量であるにもかかわらず,細胞内の温度を測る技術は近年まで存在しなかったが,最近10年の間に,バイオイメージング技術との相性の良い発光・蛍光法を中心とした測定法で,細胞内の温度を計測した研究が相次いで報告されるようになってきた.

筆者は,入社後にビール工場の生産現場を見ているときに,酵母から出る発酵熱に興味を感じた.大きなタンクにもかかわらず,1°Cレベルでの温調管理を要するこの発酵プロセスでは,この温度差が酵母の代謝を大きく変化させている.細胞内の温度という視点から見たときに,ベストな酵母細胞の状態があるのだろうか,という素朴な疑問も生じた.一方,発酵を扱うプロセスでは,微生物の生理状態把握はコストや納期を左右する最重要事項であり,さらに発酵に限らずとも,ゲノム編集した細胞を物質生産の工場とするような「スマートセルインダストリー」産業の発展を見据えれば,細胞の状態をさまざまな視点から把握するというのは,ニーズの高い技術とも言える.このような状況のなかで,細胞内の温度を計測する実用性の高い技術の開発をスタートさせた.本稿では,筆者が開発に携わった3つのカチオン性蛍光高分子温度計による細胞内温度計測例(1~3)1) T. Tsuji, S. Yoshida, A. Yoshida & S. Uchiyama: Anal. Chem., 85, 9815 (2013).2) S. Uchiyama, T. Tsuji, K. Ikado, A. Yoshida, K. Kawamoto, T. Hayashi & N. Inada: Analyst (Lond.), 140, 4498 (2015).3) S. Uchiyama, T. Tsuji, K. Kawamoto, K. Okano, E. Fukatsu, T. Noro, K. Ikado, S. Yamada, Y. Shibata, T. Hayashi et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 57, 5413 (2018).を中心に,周辺技術の動向についてご紹介したい.

蛍光高分子による細胞内温度計測

本稿では,細胞内の温度を測定する技術の中でも,蛍光性分子を使った測定技術,いわゆる蛍光性温度計(Fluorescent thermometer)について紹介したい.一方,蛍光性分子以外にも微小熱電対による細胞内温度の測定例も報告されている(4)4) C. Wang, R. Xu, W. Tian, X. Jiang, Z. Cui, M. Wang, H. Sun, K. Fang & N. Gu: Cell Res., 21, 1517 (2011)..詳細は最近の総説にて譲りたい(5~8)5) S. Uchiyama, C. Gota, T. Tsuji & N. Inada: Chem. Commun. (Camb.), 53, 10976 (2017).6) M. Nakano & T. Nagai: J. Photochem. Photobiol. Chem., 30, 2 (2017).7) M. Quintanilla & L. M. Liz-Marzan: Nano Today, 19, 126 (2018).8) K. Okabe, R. Sakaguchi, B. Shi & S. Kiyonaka: Eur. J. Phys., 470, 717 (2018)..蛍光性温度計のメリットは,測定機器の汎用性の高さや高い空間分解能(200 nm~)にある.分子生物学や細胞生物学的実験手法を主とするバイオ研究者が,細胞内温度計測手法を使う今後のユーザーと考えれば,蛍光顕微鏡(もしくは蛍光プレートリーダー)での測定,そして既存のイメージング技術が利用可能なことは大きな利点になる.

現在までに報告されている代表的な蛍光性温度計は,感熱性応答分子(1~3, 9~11)1) T. Tsuji, S. Yoshida, A. Yoshida & S. Uchiyama: Anal. Chem., 85, 9815 (2013).2) S. Uchiyama, T. Tsuji, K. Ikado, A. Yoshida, K. Kawamoto, T. Hayashi & N. Inada: Analyst (Lond.), 140, 4498 (2015).3) S. Uchiyama, T. Tsuji, K. Kawamoto, K. Okano, E. Fukatsu, T. Noro, K. Ikado, S. Yamada, Y. Shibata, T. Hayashi et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 57, 5413 (2018).9) C. Gota, K. Okabe, T. Funatsu, Y. Harada & S. Uchiyama: J. Am. Chem. Soc., 131, 2766 (2009).10) K. Okabe, N. Inada, C. Gota, Y. Harada, T. Funatsu & S. Uchiyama: Nat. Commun., 3, 705 (2012).11) T. Hayashi, N. Fukuda, S. Uchiyama & N. Inada: PLOS ONE, 10, e0117677 (2015).,Eu錯体(12~14)12) O. Zohar, M. Ikeda, H. Shinagawa, H. Inoue, H. Nakamura, D. Elbaum, D. L. Alkon & T. Yoshioka: Biophys. J., 74, 82 (1998).13) K. Oyama, M. Takabayashi, Y. Takei, S. Arai, S. Takeoka, S. Ishiwata & M. Suzuki: Lab Chip, 12, 1591 (2012).14) Y. Takei, S. Arai, A. Murata, M. Takabayashi, K. Oyama, S. Ishiwata, S. Takeoka & M. Suzuki: ACS Nano, 8, 198 (2014).,蛍光タンパク質(15, 16)15) S. Kiyonaka, T. Kajimoto, R. Sakaguchi, D. Shinmi, M. Omatsu-Kanbe, H. Matsuura, H. Imamura, T. Yoshizaki, I. Hamachi, T. Morii et al.: Nat. Methods, 10, 1232 (2013).16) M. Nakano, Y. Arai, I. Kotera, K. Okabe, Y. Kamei & T. Nagai: PLOS ONE, 12, e0172344 (2017).,ナノダイヤモンド(17)17) G. Kucsko, C. P. Maurer, Y. N. Yao, M. Kubo, J. H. Noh, K. P. Lo, H. Park & D. M. Lukin: Nature, 500, 54 (2013).,低分子化合物(18, 19)18) S. Arai, M. Suzuki, S.-J. Park, S. J. Yoo, L. Wang, N.-Y. Kang, H.-H. Ha & Y.-T. Chang: Chem. Commun. (Camb.), 51, 8044 (2015).19) D. Chrétien, P. Bénit, H.-H. Ha, S. Keipert, R. El-Khoury, Y.-T. Chang, M. Jastroch, H. T. Jacobs, P. Rustin & M. Rak: PLOS Biol., 16, e2003992 (2018).などが材料として使われている.このなかでも,われわれは温度計の感度と細胞内への導入方法という2点に着目して開発をしてきた.この2指標は技術ツールとしての汎用性の高さを意味するからである.高い感度で細胞内温度計測が実現できることを明確に示し,この分野の発展を促したのが,内山らが開発したアクリルアミド系感温性高分子と環境応答性蛍光色素ベンゾフラザンを使った蛍光性高分子温度計(Fluorescent Polymeric Thermometer; FPT)である.筆者が開発に携わるときには,すでにゲル状蛍光高分子による細胞内温度計測(9)9) C. Gota, K. Okabe, T. Funatsu, Y. Harada & S. Uchiyama: J. Am. Chem. Soc., 131, 2766 (2009).の報告が出され,ひも状蛍光高分子による細胞内温度マッピング(10)10) K. Okabe, N. Inada, C. Gota, Y. Harada, T. Funatsu & S. Uchiyama: Nat. Commun., 3, 705 (2012).の結果も準備されている状況であった.最高でコンマ数°Cの温度差を検出できる高い感度をもっていることを活かし,化学刺激による細胞内温度変化(9, 10)9) C. Gota, K. Okabe, T. Funatsu, Y. Harada & S. Uchiyama: J. Am. Chem. Soc., 131, 2766 (2009).10) K. Okabe, N. Inada, C. Gota, Y. Harada, T. Funatsu & S. Uchiyama: Nat. Commun., 3, 705 (2012).や,細胞周期による細胞内温度の変化(10)10) K. Okabe, N. Inada, C. Gota, Y. Harada, T. Funatsu & S. Uchiyama: Nat. Commun., 3, 705 (2012).,さらには細胞内に温度分布があること(10)10) K. Okabe, N. Inada, C. Gota, Y. Harada, T. Funatsu & S. Uchiyama: Nat. Commun., 3, 705 (2012).が報告された.筆者は,これらの高感度なFPTにカチオン性基を付与し,細胞への導入法を,マイクロインジェクションによる導入方法から,混ぜるだけで導入可能な方法へと改良していくプロセスで共同開発させていただいた.まずはひも状カチオン性FPTについて紹介する.

ひも状カチオン性蛍光高分子温度計の開発

開発したひも状カチオン性FPT2種の構造とその温度計測の原理について図1図1■ひも状FPTに示した.図1(a),(b)図1■ひも状FPTに示すとおり,化学構造としては,感温性ユニット,蛍光性ユニット,カチオン性ユニットがランダムに並んだ高分子を基本構造としている.感温性ユニットの1種であるNNPAMユニットは,周囲が低温環境のときには伸張した構造をとるが,周囲の温度上昇に伴い,小さく丸まった構造へと変化する.蛍光性ユニットの1種であるベンゾフラザン骨格を有するDBD-AA,もしくはDBThD-AAは周囲に水が存在すると蛍光強度が低下し,周囲の水が排除されると蛍光強度が上昇する蛍光特性をもつ.この蛍光性ユニットを感温性ユニットに組み込むことで,感温性ユニットの温度依存的な構造変化を蛍光強度の変化という形で検出することができる(図1(c)図1■ひも状FPT).適切な量のカチオン性ユニットは細胞内への移行に必須であり,さらに細胞内という塩存在下でのポリマーの安定性を高めている.図1(a),(b)図1■ひも状FPTに示した2つの温度計の違いは,使用できる蛍光法の違いになる.図1(a)図1■ひも状FPTで示した構造のFPT(1)1) T. Tsuji, S. Yoshida, A. Yoshida & S. Uchiyama: Anal. Chem., 85, 9815 (2013).では,パラメーターとして使える(推奨できる)のは,蛍光寿命である.もちろん,蛍光性ユニット由来の蛍光強度を測定することでも温度変化を調べることはできるが,蛍光強度は,温度変化以外にもFPTの濃度や励起光の強度といった実験条件の変化に大きく影響を受けてしまうため,感度や精度に劣る.蛍光寿命は,励起状態から基底状態に戻るまでの時間を測定する手法であり,温度変化に対してのみ可変となるため精度の高い測定が可能となる.なお,この蛍光温度計の場合は,高温下で蛍光寿命が延びる特性があることがわかっている.一方,この蛍光寿命は,バイオ研究者にとって,そう馴染みのあるパラメーターではないであろう.そこで開発したのが図1(b)図1■ひも状FPTの構造のレシオ型FPT(2)2) S. Uchiyama, T. Tsuji, K. Ikado, A. Yoshida, K. Kawamoto, T. Hayashi & N. Inada: Analyst (Lond.), 140, 4498 (2015).である.こちらは温度変化があってもほとんど蛍光強度が変化しない蛍光性ユニット2が温度計の濃度を示すリファレンスの役割を果たし,蛍光性ユニット1の蛍光強度/蛍光性ユニット2の蛍光強度という強度比を取ることで,蛍光強度をパラメーターに用いても細胞内の温度を計測することができる.

図1■ひも状FPT

(a)蛍光寿命測定用FPTの化学構造の一例.(b)2波長による蛍光強度比(レシオ)で測定するFPTの化学構造の一例.(c)レシオ型FPTの温度応答メカニズム.

1. 蛍光寿命測定用のカチオン性蛍光高分子温度計

図1(a)図1■ひも状FPTで示したFPTを使って,初めて出芽酵母細胞での温度計測が可能になった(1)1) T. Tsuji, S. Yoshida, A. Yoshida & S. Uchiyama: Anal. Chem., 85, 9815 (2013)..一般的に高分子の取り込みが困難とされる酵母細胞で,高分子が導入できるようになったのは,カチオン性ユニットの効果が大きい.対照実験として,アニオン性ユニットを組み込んだFPTを合成したが,細胞内への取り込みは全く認められなかった.そして,このFPTの取り込みには重要な要素がもう一つある.それは「導入時の細胞周囲の環境をイオンがない状態にすること」である.具体的には,酵母細胞へのFPTの取り込み時には,ソルビトール溶液などを用いている.なぜ,この溶液にしたのか.理由は,酵母の形質転換法を参考に技術開発をしたからである.酵母の有名な形質転換法の一つに通称スフェロプラスト法と呼ばれる方法がある.硬い細胞壁を消化酵素によって取り除き,PEGとDNAを混ぜて細胞内にDNAを取り込ませる.このときに浸透圧を保つために使われている最もベーシックな溶液がソルビトールである.このソルビトール溶液は高分子(DNA)導入に適しているのではないか,という朧げな仮説をもって進めていたために,細胞とFPTを非イオン存在下で混ぜるという実験手法に,比較的早い段階で行きつくことが出来た.興味深いのは,この条件が哺乳類細胞への適用のときにも同じように必要とされたことであった.哺乳類細胞用にソルビトールではなく,ブドウ糖液などでも使われるグルコースを使うことにしたが,HEK293T(ヒト胎児腎由来細胞),MOLT-4(浮遊性ヒト白血球系細胞),NIH3T3(マウス胎児由来線維芽細胞),COS7(アフリカミドリザル腎由来細胞)を使った実験でも同様に,混ぜるだけでカチオン性FPTの細胞内への移行が観察された(1, 11)1) T. Tsuji, S. Yoshida, A. Yoshida & S. Uchiyama: Anal. Chem., 85, 9815 (2013).11) T. Hayashi, N. Fukuda, S. Uchiyama & N. Inada: PLOS ONE, 10, e0117677 (2015).

酵母細胞に導入されたFPTは,外部温度の変化に応じてその蛍光強度が上昇し,蛍光寿命も伸長した.繰り返し測定における標準偏差から温度分解能(温度分解能以上の温度差を有意な温度変化と評価できる)を評価したところ,0.09~0.78°Cという高い水準を示した(1)1) T. Tsuji, S. Yoshida, A. Yoshida & S. Uchiyama: Anal. Chem., 85, 9815 (2013)..さらに,稲田・内山らは,この図1(a)図1■ひも状FPT構造の蛍光性ユニットを蛍光退色耐性の高いDBThD-AAという化合物に変えたFPTを作成し,蛍光寿命測定可能な顕微鏡であるFluorescence Lifetime Imaging Micoroscopy(FLIM)を用いて,カチオン性FPTのHeLa細胞内での温度分布を計測した(温度分解能は25~35°Cの範囲で0.30~1.29°C).その結果,FPTは細胞質および核に分布し,核内が細胞質と比較して約1°C高いことを明らかにした(11)11) T. Hayashi, N. Fukuda, S. Uchiyama & N. Inada: PLOS ONE, 10, e0117677 (2015).図2図2■HeLa細胞内の温度マッピング結果11)).また,ミトコンドリアの脱分極剤CCCP刺激(10 μM)によって,1.5°CのHeLa細胞内の温度上昇があることも明らかにした(11)11) T. Hayashi, N. Fukuda, S. Uchiyama & N. Inada: PLOS ONE, 10, e0117677 (2015)..この研究には,細胞内温度のマッピングがさまざまな細胞で行えるようになったという点,そして今後のイメージング研究の主要技術となりうる蛍光寿命イメージングの実用例を示したという2つの点でユニークだったと言える.2019年3月のNature Protocol誌にも丁寧なプロトコールが掲載(20)20) N. Inada, N. Fukuda, T. Hayashi & S. Uchiyama: Nat. Protoc., 14, 1293 (2019).されており,フナコシ社から販売されている専用のFPT(Cat No. FV-0004)を用いて,今後の細胞内温度研究を実践するうえでの指針となることが期待される.

図2■HeLa細胞内の温度マッピング結果11)

(a)カチオン性FPTのHeLa細胞内の局在.共焦点蛍光像(左)と蛍光寿命像(右).蛍光寿命像は温度に依存した値を示す.Nは核を示す.(b)Aの細胞における核内(赤)と細胞質内(青)の蛍光寿命分布を示したヒストグラム.(c)核と細胞質の温度差(細胞数=49).培地は30°C.barは10 µm. 文献(11)より引用.

2. 蛍光色素(レシオ)型のカチオン性蛍光高分子温度計

近年,さまざまな顕微鏡メーカーなどから,蛍光寿命イメージングができる顕微鏡やオプション装置が販売されており,その操作性も年々向上しているため,近い将来,FLIMが手軽に使える装置になっていくことは予想される.とはいえ,すぐに多くの研究者が使える状況にはならないであろう.その点,図1(b)図1■ひも状FPTに示したレシオ型FPTは,一般的な蛍光顕微鏡下での測定が可能なため扱いやすい.蛍光性ユニット2の選択においては,単一波長で両蛍光性ユニットが励起できるように設定しており,たとえば,458~473 nmの範囲で測定できる.レシオ型FPTはMOLT-4細胞に10分程度の処理時間でほぼ100%の割合で取り込まれ,PIによる毒性評価の結果,未処理条件と比較して有意な差は認められないことから,毒性も低いと判断した(2)2) S. Uchiyama, T. Tsuji, K. Ikado, A. Yoshida, K. Kawamoto, T. Hayashi & N. Inada: Analyst (Lond.), 140, 4498 (2015)..温度分解能は,28~44°Cの温度範囲で0.03~0.20°Cと非常に高い値を示し(2)2) S. Uchiyama, T. Tsuji, K. Ikado, A. Yoshida, K. Kawamoto, T. Hayashi & N. Inada: Analyst (Lond.), 140, 4498 (2015).,この応答温度範囲の広さと温度分解能の高さは,現在までに報告されている細胞内温度計測用センサーのなかでも最高レベルである.また,このレシオ型FPTを使用すれば,接着性ヒト細胞HEK293TやHeLa細胞内の温度分布を可視化できることもわかり,細胞質と比較して核の温度が高温である様子も同じく明らかとなっている(2)2) S. Uchiyama, T. Tsuji, K. Ikado, A. Yoshida, K. Kawamoto, T. Hayashi & N. Inada: Analyst (Lond.), 140, 4498 (2015).

応用例としては,レシオ型FPTを導入した褐色脂肪細胞で,ノルエピネフリン刺激依存的な細胞内温度上昇があることを明らかにした(21)21) T. Tsuji, K. Ikado, H. Koizumi, S. Uchiyama & K. Kajimoto: Sci. Rep., 7, 12889 (2017).図3図3■ひも状レシオ型FPTによる褐色脂肪細胞内の温度計測21)).さらには,すでに市販化された試薬を使って,心房性ナトリウム利尿ペプチドによる褐色脂肪細胞の熱産生効果を測定した例も報告されている(22)22) H. Kimura, T. Nagoshi, A. Yoshii, Y. Kashiwagi, Y. Tanaka, K. Ito, T. Yoshino, T. D. Tanaka & M. Yoshimura: Sci. Rep., 7, 12978 (2017).

図3■ひも状レシオ型FPTによる褐色脂肪細胞内の温度計測21)

(a)ノルエピネフリン(NE)刺激前後の細胞内温度の変化(b)NEおよびβ3アドレナリン受容体アゴニストCL316.243刺激時の細胞内温度の変化.文献21より引用.

ナノゲル状カチオン性蛍光高分子温度計の開発

最後に直近で報告したナノゲル状のカチオン性蛍光高分子(3)3) S. Uchiyama, T. Tsuji, K. Kawamoto, K. Okano, E. Fukatsu, T. Noro, K. Ikado, S. Yamada, Y. Shibata, T. Hayashi et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 57, 5413 (2018).についてご紹介したい.ひも状分子と異なり,ナノゲルと言われている水溶性の球状高分子は,その合成メカニズムから表面に重合開始剤由来の官能基が提示される.タンパク質などのアクリルアミド電気泳動で使うゲルを作成したことのある読者ならご存じかと思うが,ナノゲル合成に良く使われるラジカル重合開始剤はアニオン系の官能基をもつ過硫酸アンモニウム(APS)であり,なぜかカチオン性ラジカル重合開始剤は存在していなかった.正確に言えば,富士フィルム和光純薬(株)社から販売されているV-50やVA-061といったアミノ基をもつ開始剤は存在していても,単純な水中とも言えないような細胞内環境で,どんなときも安定的に正に帯電する4級アンモニウムのようなカチオン性基をもった開始剤は存在していなかった.重合開始剤の開発経緯は,内山助教らの解説記事をご参照いただきたい(23)23) 内山聖一,徳山英利:化学,73,12(2018)..東大薬内山助教と東北大薬徳山教授らの研究により新たに合成されたイミダゾリウム基をもつカチオン性アゾ重合開始剤ADIPは,通常の重合開始剤と同様に使うだけでナノゲル状カチオン性FPT(図4(a)図4■ナノゲル状FPT)を合成することができる.このナノゲル状FPTも先ほどのひも状FPTと同様,高温下で収縮することによって蛍光性ユニットが疎水場に置かれて蛍光を強く発する(図4(b)図4■ナノゲル状FPT).筆者は,このナノゲル状カチオン性FPTを用いて,細胞内の温度計測を行った.カチオン性に帯電したナノゲルFPTは混ぜるだけでHeLa細胞や初代培養の前駆褐色脂肪細胞内に入り込み,さらに細胞分裂や分化も阻害しないことがわかった(3)3) S. Uchiyama, T. Tsuji, K. Kawamoto, K. Okano, E. Fukatsu, T. Noro, K. Ikado, S. Yamada, Y. Shibata, T. Hayashi et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 57, 5413 (2018).図5(a)図5■ADIPで合成したナノゲル状FPTの細胞内での挙動とラテックス系粒子).この毒性の低さはひも状FPTでは実現できなかったことであった.さらに興味深いのは,ナノゲルのほうがひも状FPTに比べ分子サイズも大きく(数十nm程度),物理的には細胞に入りにくいと思われたのに,なぜか前駆褐色脂肪細胞などの一部の細胞ではひも状蛍光温度計よりも導入量が多い様子も認められた.もちろん,導入された後のナノゲル状FPTは,細胞内で高温状態になると強い蛍光を発することが確認できた(図5(b)図5■ADIPで合成したナノゲル状FPTの細胞内での挙動とラテックス系粒子).

図4■ナノゲル状FPT

(a)新規カチオン性アゾ重合開始剤ADIPの化学構造とナノゲル状FPTの模式図.(b)ナノゲル状FPTの温度応答メカニズム.

図5■ADIPで合成したナノゲル状FPTの細胞内での挙動とラテックス系粒子

(a)前駆褐色脂肪細胞に導入されたナノゲル状FPTとその分化の様子.(b)HeLa細胞でのナノゲル状FPTの温度応答の様子.文献3より引用.Copyright ©2018 John Wiley & Sons. (c)ADIPで合成したPMMAおよびPSの走査電顕像.bar; 200 nm

ところで,このカチオン性重合開始剤の開発の魅力は,温度計測用ナノゲルの合成にとどまらない応用範囲の広さにあり,筆者もその価値に魅了された一人である.ビニル基をもつようなモノマーであれば基本応用できるため,各種ナノセンサーの開発などに応用できるであろう.たとえばラテックスと言われるようなポリスチレン(PS)やポリメタクリル酸メチル(PMMA)粒子を安定的に水分散させることも可能であり,比較的単分散な大きさのそろった粒子ができることもわかっている(図5(c)図5■ADIPで合成したナノゲル状FPTの細胞内での挙動とラテックス系粒子).また,本稿の話題とは少し話が逸れるが,このADIPで合成したポリスチレン粒子には黄色ブドウ球菌に対する抗菌効果があることもわかっており,イミダゾリウムというカチオン性基がポリマー表面に提示されることでどんな効果がもたらされるかの探索は,非常に楽しみな研究でもある.

今後の細胞内温度計測の展開

今までの細胞内温度計測の結果から,ミトコンドリアが細胞内の発熱器官であることは,どのセンサーを用いても主張されていることであり,低分子蛍光色素を用いた研究結果では,(その数値に議論の余地があるものの)ミトコンドリアの温度が50°Cに近いという報告(19)19) D. Chrétien, P. Bénit, H.-H. Ha, S. Keipert, R. El-Khoury, Y.-T. Chang, M. Jastroch, H. T. Jacobs, P. Rustin & M. Rak: PLOS Biol., 16, e2003992 (2018).もなされた.発光・蛍光測定では,絶対温度が測定できるわけではなく,蛍光色素が置かれている環境を模倣した溶液系などで引いた検量線を用いて,その温度を算出することになる.したがって,どうしても一つのセンサーを用いた結果だけでは,議論しにくく,さまざまな作動原理のセンサーで同一の結果が見えるのかは,その現象の確からしさを議論する材料になると言えるだろう.そして,ミトコンドリアが細胞内温度の変化を司る一つの熱源だとすれば,がんなどの病態細胞で発熱が多い(24)25) G. Baffou, H. Rigneault, D. Marguet & L. Jullien: Nat. Methods, 11, 899 (2014).というのは,どういうことか? という疑問にも当たる.教科書的には,ガン細胞は,ワールブルグ効果で解糖系優位になり,ミトコンドリア代謝に頼らずエネルギー産生をしていることになっているのに,なぜ発熱が多いとされているのか.それは発熱だけであり,温度は高くないということなのか.そしてこの疑問は酵母のアルコール発酵にもあてはまる.解糖系によりグルコースから代謝されたピルビン酸は,ミトコンドリア代謝には行かずに,アセトアルデヒドを経て,エタノールになる.発酵熱は一体どこから出ているのか.これらの疑問に一定の答えを出すときが,この研究分野がよりオーソドックスな生体評価手法として認められるときなのかもしれず,私もこれら疑問への解を出したく,応用研究を進めている.現状,細胞内温度イメージングはとりわけ材料を改良した手法開発の研究が先行しており,温度と関連する新しい生物学的発見をしたという報告は数少ない.改めて本稿を読んで,ご自身の目の当たりにしているバイオロジカルな現象と細胞内の温度に関係性があるのではと感じた方がいれば,ぜひその実験を試してみていただきたい.大きな発見につながるかもしれない.

Reference

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