Kagaku to Seibutsu 57(7): 440-445 (2019)
セミナー室
納豆抗菌ペプチドの抗がん剤への応用納豆の新機能
Published: 2019-07-01
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
洋の東西にかかわらず,発酵食品は古来より健康に良いとされてきた.発酵食品は身体の免疫力を高めると言われており,われわれの健康維持のためには欠かせないものとなっている(1, 2)1) 辻啓介:日本醸造協会誌,89, 207 (1994).2) 遠藤明仁,Dicks Leon M.T.: 日本乳酸菌学会誌,19, 152 (2008)..発酵食品の健康効果は,腸内環境を整えることにより,栄養価の消化吸収がよくなり,便秘予防,血中コレステロール値の低下,免疫力が高まるなどの効果がある.健康食品の生体にとって有用な未知なる分子を解析することを目的とし,発酵食品のなかでも食卓になじみの深い食品の一つである納豆に着目した.納豆は,古来より日本の発酵食品の代表格である.ちなみに納豆の起源は諸説あるが,秋田県横手市のJR奥羽本線“後三年”駅付近の金沢公園の中には,「納豆発祥の地」の碑が建っており,後三年の役(1083~1087年)に納豆が作られ,後に広まったとされている(1)1) 辻啓介:日本醸造協会誌,89, 207 (1994)..納豆には人体に不可欠な必須アミノ酸群をバランスよく含んでおり,ビタミンB2・E・Kなどのビタミン群,カリウム・亜鉛・カルシウム・鉄などのミネラル成分,食物繊維などの栄養素も豊富である(3)3) 秋田県雄物川町教育委員会編:“雄物川町郷土史資料”.納豆の効用は,栄養的な面だけでなく納豆菌自体の優れた作用に負うところが大きい.すなわち,納豆菌は胃酸にも耐えて腸にたどりつき,ビフィズス菌や乳酸菌の増殖を促進して整腸作用を発揮し,便通を改善する.また,ウェルシュ菌や大腸菌などがつくる腐敗産物の生成を減少させ,有害物質を吸着して排泄を促すことから肝臓の負担を軽くし,肌や各組織にも良い影響を与えるものと考えられている.
納豆の健康効果を挙げると,疲労回復,整腸作用,便通促進,滋養強壮,コレステロールの代謝を促す,免疫力アップ効果,活性酸素の働きを抑え体の老化やがんを防ぐ,肌や皮膚を若々しく保つ,などがマスコミや一般書籍などで多数紹介されているが,納豆のいかなる成分が効果を発揮するのかなどの科学的分析報告はあまりなく,科学的解析はナットウキナーゼ位である(3)3) 秋田県雄物川町教育委員会編:“雄物川町郷土史資料”.われわれは,納豆抽出成分を生化学的に分離し,各種培養がん細胞に対する影響を解析した.
納豆,テンペ,または煮豆(100 g)に300 mLの10 mM Tris–HCl(pH 7.4)を加え,ポリトロンホモジナイザーで全体が均一に滑らかになるまでホモジナイズし,15,000 rpm, 15 min, 4°Cで遠心分離した.上清を回収し,飽和硫酸アンモニウム濃度が0~30%(分画A),30~50%(分画B),50~75%(分画C),および75~100%(分画D)で硫酸アンモニウム分画(硫安分画)した.遠心分離後の沈殿部分を10 mM Tris–HCl(pH 7.4)で溶解し,同バッファーに一晩透析して,透析後に凍結乾燥を行い,サンプルとして回収した.HeLa細胞(ヒト子宮頸がん由来細胞)に,各分画を終濃度1 mg/mLになるよう投与した.24時間後の顕微鏡画像解析の結果,コントロール,納豆抽出成分非硫酸アンモニウム分画成分投与HeLa細胞には顕著な変化は観察できなかった.一方,硫酸アンモニウム分画成分投与群のなかでも30~50%飽和分画では,接着細胞であるHeLa細胞すべてが死滅し,球状となり浮遊していた.納豆抽出液硫酸アンモニウム分画成分Bには,強力な抗がん作用のあることが判明した(図1図1■納豆抽出液硫酸アンモニウム分画によるがん細胞死滅効果).
納豆菌,または煮豆でも同様の効果があるのか解析した結果,どちらも全く抗がん効果は認められなかった(図2図2■HeLa細胞に対する納豆菌と煮豆成分の影響).同様に,煮豆にテンペ菌を添加したインドネシアの納豆とも呼ばれるテンペでも同様の実験を行ったが,抗がん効果は全く確認出来なかった.HeLa細胞以外の培養がん細胞でも,効果を解析した.Neuro 2A細胞(マウス神経芽細胞腫由来株),PC12細胞(ラット副腎褐色細胞腫)でも同様の結果であった(図3図3■HeLa細胞以外のがん細胞に対する納豆抽出液アンモニウム分画Bの影響).ほかにも,HepG2細胞(ヒト肝臓がん由来細胞株),SHSY5Y細胞(ヒト神経芽細胞腫)など,接着タイプの培養がん細胞では同一結果となり,がん細胞は死滅し浮遊した.一方,浮遊細胞のRaji細胞(ヒトバーキットリンパ腫Bリンパ球様細胞株)では,驚いたことに細胞が消失し,よく見ると細胞破片のような小さな物質が確認された(図4図4■Raji細胞(ヒトバーキットリンパ球様細胞)への納豆抽出液硫酸アンモニウム分画Bの影響).このように,納豆硫酸アンモニウム分画Bには,強力な抗がん活性が認められた.