セミナー室

環境DNA分析技術の進展高精度分析・遺伝子多型検出・現場分析

Hideyuki Doi

土居 秀幸

兵庫県立大学大学院シミュレーション学研究科

Published: 2019-07-01

はじめに

これまでのセミナー室でも紹介があったとおり,環境DNAによる生物調査手法は,水域環境における新たな調査法として注目され,その活用が模索されている.その結果,これまで,さまざまな生物種や生息場所において環境DNAを測定することで生物分布や生物量が明らかになってきた(1, 2)1) 源 利文:化学と生物,57, 181 (2019).2) G. F. Ficetola, C. Miaud, F. Pompanon & P. Taberlet: Biol. Lett., 4, 423 (2008)..これまでは,源(1)1) 源 利文:化学と生物,57, 181 (2019).でも紹介があったとおり,種特異的なプライマープローブを用いて対象種1種を特定する手法が普及してきている.その手法の多くは,据え置き型のリアルタイムPCRを用いたものである.この手法は種特異的検出の標準的な手法として,多くの総説や解説で紹介されている(2~5)2) G. F. Ficetola, C. Miaud, F. Pompanon & P. Taberlet: Biol. Lett., 4, 423 (2008).3) T. Takahara, T. Minamoto & H. Doi: PLOS ONE, 8, e56584 (2013).4) S. Fukumoto, A. Ushimaru & T. Minamoto: J. Appl. Ecol., 52, 358 (2015).5) 山中裕樹:化学と生物,57, 380 (2019)..これらの手法は環境DNA研究において,10年近く利用されてきた.一方,近年の技術発展により,さまざまな新しい分子生物学的手法や機器が開発されている.その一つは,メタバーコーディングによる生物群集の網羅的な解析を可能にした超並列シークエンサである(6~8)6) M. Miya, Y. Sato, T. Fukunaga, T. Sado, J. Y. Poulsen, K. Sato, T. Minamoto, S. Yamamoto, H. Yamanaka, H. Araki et al.: R. Soc. Open Sci., 2, 150088 (2015).7) M. Ushio, H. Fukuda, T. Inoue, K. Makoto, O. Kishida, K. Sato, K. Murata, M. Nikaido, T. Sado, Y. Sato et al.: Mol. Ecol. Resour., 17, e65 (2017).8) 宮 正樹:化学と生物,57, 242 (2019)..本セミナー室では,次の3つの最新手法について紹介したい.1)デジタルPCR:ドロップレットを利用して高精度で絶対定量を行うPCRシステムである.2)Cycleave PCR:キメラプローブを用いることで1塩基の多型(SNP)を解析することができるPCR手法である.3)モバイルPCR:リアルタイムPCRの現場での高速分析を可能にした,ハンディタイプのリアルタイムPCRシステムである.これらの手法を紹介し,今後の環境DNA分析におけるこれら新技術の適用について議論したい.

デジタルPCRとは

1種検出系の環境DNA手法では,多くの場合,リアルタイムPCR装置を用いて環境DNAを解析してきた.しかし近年では,次世代(第3世代)PCRと呼ばれるデジタルPCR法が実用化され,研究に用いられつつある.本稿でのデジタルPCRは,デジタルドロップレットPCR(digital droplet PCR; ddPCR)を主に扱う.これは,DNAサンプルを油膜で区切られた粒(ドロップレット)に小分けして分析する手法である(たとえば,BioRad製デジタルPCR).約2万個の2ピコリットルのドロップレットのなかでDNAをPCRで増幅させてプローブなどにより蛍光標識し,そのドロップレットごとの蛍光の有無について解析する(図1図1■デジタルPCR(BioRad,QX-100)の原理.BioRad社より提供).デジタルデータから絶対定量ができることから,リアルタイムPCRよりも高精度でDNA量を定量でき,さらにPCR阻害に強いと考えられている(9)9) H. Doi, K. Uchii, T. Takahara, S. Matsuhashi, H. Yamanaka & T. Minamoto: Minamoto PLOS ONE, 10, e0122763 (2015).

図1■デジタルPCR(BioRad,QX-100)の原理.BioRad社より提供

われわれの研究グループでは,デジタルPCRとリアルタイムPCRについて環境DNA分析における性能を検証する2つの実験を行った(9, 10)9) H. Doi, K. Uchii, T. Takahara, S. Matsuhashi, H. Yamanaka & T. Minamoto: Minamoto PLOS ONE, 10, e0122763 (2015).10) H. Doi, T. Takahara, T. Minamoto, S. Matsuhashi, K. Uchii & H. Yamanaka: Environ. Sci. Technol., 49, 5601 (2015)..Doiら(9)9) H. Doi, K. Uchii, T. Takahara, S. Matsuhashi, H. Yamanaka & T. Minamoto: Minamoto PLOS ONE, 10, e0122763 (2015).では,デジタルPCRとリアルタイムPCRにおける環境DNAを用いた生物量の定量の検出精度について,メソコズム実験の水サンプルに含まれるコイ(Cyprinus carpio)の環境DNA量から検討した.さらに,Doiら(10)10) H. Doi, T. Takahara, T. Minamoto, S. Matsuhashi, K. Uchii & H. Yamanaka: Environ. Sci. Technol., 49, 5601 (2015).では,ため池の水サンプルに含まれるブルーギル(Lepomis macrochirus)の環境DNAの在・不在について,デジタルPCRとリアルタイムPCRでの検出感度やPCR阻害による分析への影響の違いについて検討した.

個体数・生物量の定量へのデジタルPCRの利用

環境DNA量から魚の個体数を推定する手法についてデジタルPCRとリアルタイムPCRの性能を比較するため,メソコズムによる操作実験を行った.約450 Lのメソコズム12基において,それぞれ,0~85個体のコイを飼育して,その飼育水から環境DNAを採集して解析した.その結果を用いて,コイの環境DNA量とその個体数・生物量の関係について検討した(9)9) H. Doi, K. Uchii, T. Takahara, S. Matsuhashi, H. Yamanaka & T. Minamoto: Minamoto PLOS ONE, 10, e0122763 (2015).

実験は,広島大学理学部に設置されている野外実験水槽を12基用いて行った(図2図2■コイ飼育実験の水槽(450 L)).各水槽(約450 L)に実験7日前に水道水を入れ,実験開始までくみ置きした.また,1基の水槽はコイを入れない対象区とした.採水は,コイを入れる前(コントロール,0日),1日目,2日目,3日目に実施した.また,途中で死亡した個体については体重を測定して,実験水槽から取り除いた.

図2■コイ飼育実験の水槽(450 L)

環境DNAはエタノール沈殿法により表層水から抽出した.水槽中央部において,1.5 mLの3 M酢酸ナトリウムを入れておいた50 mL遠沈管に15 mLの水をピペットで採水した.採水後すぐに33 mLエタノールを入れた後,−20°Cにて冷凍保存した.その後,高速冷却遠心機(条件:10,000 g, 1時間,4°C)で遠心して上澄みを除き,Qiagen DNeasy Blood and Tissue Kitを用いて,沈殿物からDNAを抽出・精製した.多くの環境DNA調査では,山中(5)5) 山中裕樹:化学と生物,57, 380 (2019).にあるように,DNA濃縮処理はグラスファイバーフィルターかカートリッジフィルターを用いているが,このように,エタノール,もしくはイソプロパノールを用いた沈殿法による手法がある(2, 11)2) G. F. Ficetola, C. Miaud, F. Pompanon & P. Taberlet: Biol. Lett., 4, 423 (2008).11) L. R. Nathan, M. D. Simmons, B. Wegleitner, C. L. Jerde & A. Mahon: Environ. Sci. Technol., 48, 12800 (2014)..本手法は分析に供することができる水サンプル量が少ないという欠点はあるが(15~30 mL),調査現場で,エタノール,もしくはイソプロパノールを添加することで環境DNAの減衰を防ぐことができるという特徴があり,野外での長期調査などに活用できる可能性がある.

環境DNA量については,リアルタイムPCR(StepOne, Life technologies)とデジタルPCR(QX-100, Bio-Rad)の両手法を用いて解析を行った.コイのプライマープローブについては,リアルタイムPCR,デジタルPCR共に同じものを用いて分析を行った.これら2つの手法にて定量された環境DNA量と飼育実験の個体数との関係を比較した.

環境DNAと個体数・生物量について,リアルタイムPCRとデジタルPCR共に高い精度で解析できた.しかし,低濃度の環境DNAにおいては,デジタルPCRで測定値のばらつきが小さく,より高精度に測定できることがわかった(図3, 4図3■リアルタイムPCRとデジタルPCRで測定した環境DNA量とコイの個体数との関係図4■リアルタイムPCRとデジタルPCRで測定した環境DNA量とコイの生物量との関係).測定のばらつき(CV: Coefficients of variation)については,特に低濃度の環境DNAにおいてデジタルPCRで低くなることがわかった(図5図5■リアルタイムPCRとデジタルPCRで測定した環境DNA測定におけるCoefficient of variation(CV)とDNA量の関係).

図3■リアルタイムPCRとデジタルPCRで測定した環境DNA量とコイの個体数との関係

直線はType II回帰の結果を示す.Doiら9)9) H. Doi, K. Uchii, T. Takahara, S. Matsuhashi, H. Yamanaka & T. Minamoto: Minamoto PLOS ONE, 10, e0122763 (2015).を改変.

図4■リアルタイムPCRとデジタルPCRで測定した環境DNA量とコイの生物量との関係

直線はType II回帰の結果を示す.Doiら9)9) H. Doi, K. Uchii, T. Takahara, S. Matsuhashi, H. Yamanaka & T. Minamoto: Minamoto PLOS ONE, 10, e0122763 (2015).を改変.