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食肉の「おいしさ」について少数の成分で食肉の「おいしさ」を説明できるか

Keisuke Sasaki

佐々木 啓介

農研機構畜産研究部門

Published: 2019-08-01

近年,「肉ブーム」であるらしく,食肉の「おいしさ」に注目が集まっている.しかし,食肉の「おいしさ」を,何らかの少数の成分や測定項目を指標として客観的に評価する技術はいまだに確立されていない.これはなぜだろうか.筆者はこのことについて,大きく「食肉の官能特性と嗜好性の関係」「食肉の収穫後変化」「食肉の官能特性の構成要素」の3つの理由があると考えている.本稿ではこの3点とともに,このような状況下での「おいしさ」成分研究のこれまでの主要な成果と今後の展望について述べたい.なお,これら3つの理由の関係について概念図として図1図1■食肉の「おいしさ」を構成する要素にまとめた.

図1■食肉の「おいしさ」を構成する要素

・食肉の官能特性と嗜好性の関係

「おいしさ」とはヒトが食肉を食べて味や匂い,食感を官能特性として感知し,その感知した官能特性に対して価値判断した「好み」にほかならない.ある食品素材に対して,「好まれる味や匂い,食感」に個人差が少ない場合は,「おおむね好まれる味,匂い,食感」というものが存在するので,このような特性をもたらす物質を特定すれば良いということになる.しかし,筆者が食肉の消費者嗜好を調べる中でわかってきたことは,「食肉とは好みにそれなりに個人差がある食材である」ということである.筆者は一般消費者300名を牛肉に対する好みから分類を試みたが,その結果,日本の消費者は確かに和牛肉を好ましく感じているが,ある割合で「赤身型牛肉を好む」「やわらかさのみを好む」という消費者群が存在することを明らかにしている(1)1) K. Sasaki, M. Ooi, N. Nagura, M. Motoyama, T. Narita, M. Oe, I. Nakajima, T. Hagi, K. Ojima, M. Kobayashi et al.: J. Sci. Food Agric., 97, 3453 (2017)..このような多様性は,おそらく消費者間でのみ存在するのでは無く,一人の消費者のなかでも「好みの使い分け」をしている可能性が高いと筆者は考えている.このため,「このような味,匂い,食感であれば,大部分の消費者によっていつでも『おいしい』と感じられる」という特性を決めることは,食肉においては難しいと考えている.消費者によって価値判断が異なると思われる食肉の特性としては,「脂肪の多い,もしくは少ない」だけではなく,ケースバイケースで「あっさりした匂い,もしくは肉らしい匂い」「やわらかさ,もしくは歯ごたえ」といったものがありうる.筆者が想定しているこのような特性を表1表1■消費者により好みが分かれる食肉中の成分や感覚要素の事例にまとめた.

表1■消費者により好みが分かれる食肉中の成分や感覚要素の事例
成分や感覚要素その内容備考
脂肪交雑(霜降り)豚肉・牛肉のいずれにおいても,多いものを好む消費者と少ないものを好む消費者が存在・一人の消費者のなかでも好みの使い分けがある
・食べる前の段階で「見た目」で脂肪交雑を忌避することもある
食感「やわらかい」ものが一般的に好まれる一方,銘柄鶏(地鶏肉)などでは独特の歯ごたえが求められる・ケース・バイ・ケースで好みが使い分けられる好例
豚肉の匂い「あっさりした匂い」を好む消費者と,「豚肉らしい匂い」を好む消費者が存在する可能性
脂肪の食感「口溶けの良い脂肪」を好む消費者と「しっかりした脂肪」を好む消費者が存在

・食肉の収穫後変化

食肉は,わが国ではほとんどの場合生食されることはなく,加熱調理されてから喫食される食材である.また,加熱調理においては調味料などの副材料により調味されることが一般的である.このことは,食肉の「おいしさ」を食材の段階で評価するためには,加熱調理後,および調味後の品質を加熱調理前に予測しなければならないことを意味する.

他方,食肉は単一の調理法で喫食されるということは少なく,「焼き」「揚げ」「炒め」などの乾熱調理,「煮」「ゆで」「蒸し」などの湿熱調理のように多くの調理法で喫食される.これら調理法より起こる成分変化もまたさまざまである.このため,加熱調理後の品質予測については調理法ごとに行うことが必要である.

コメの食味計は,調理前のコメを投入すると炊飯後の食味を予測して数値を示してくれる.このような装置が発明された背景には,これはコメの調理法としては「炊き干し」が大部分を占めることや,調味せずに提供されること大部分であること,さらに自動炊飯器の出現により一定の炊飯方法とこれに基づく基準となる官能評価法が確立されたこと(2)2) 小西雅子:日本調理科学会誌,34,144(2001).などが挙げられる.食肉ではこれらの点をそれぞれ解決しなければならない.

また,食肉はよく言われるように,熟成によって風味や食感が変化する(3)3) 佐々木啓介,本山三知代,中島郁世:食肉の科学,59, 129(2018)..これらの要素も加味した場合,と畜直後に「おいしさ」を予測するためには,熟成と調理の両方による変化を予測しなければならない.

このことが,食肉において少数の成分や測定項目による「おいしさ」評価が困難である第二の理由である.

・食肉の官能特性の構成要素

少数の成分や測定項目で食品の「おいしさ」を説明するためには,「おいしさ」に影響を及ぼす官能特性の要素がシンプルであるか,貢献度の大きい特定の要素が存在することが望ましい.しかし,食肉においては,味,匂い,食感といった複数の要素が官能特性に貢献しているとともに,何か特定の要素が大きく貢献しているということもない.これは食肉の「おいしさ」評価を困難にしている第三の理由である.たとえば,食肉においては「やわらかさ」がその特性において大きな要素であると考えられているが,筆者らは「やわらかさ」という概念自体が消費者において一意ではなく,「かみきりやすさ」「変形しやすさ」に分けて理解し,評価する必要性を明らかにしている(3)3) 佐々木啓介,本山三知代,中島郁世:食肉の科学,59, 129(2018)..また,「やわらかさ」以外にも食感においては「ジューシーさ」「脂肪感」などが関与していると考えられる.味においては「うま味」が主要なものと考えられているが,鶏肉以外においては「うま味」の貢献の度合いは明らかでない(後述).匂いについても,肉らしい匂いや「悪い匂い」について,「これを測定しておけばだいたい評価できる」といった,いわゆるキーコンパウンドは見いだされていない.このように,「主要な貢献度を占める官能特性の構成要素」を食肉で特定することは難しい.これが食肉の「おいしさ」評価を困難にしている第三の理由ということになる.

・これまでの研究例

上記のような理由から,食肉の「おいしさ」を決定しうる少数の成分や要素について全容は明らかでない.しかし,いくつかの要因について明らかにされているので簡単に紹介する.まず,鶏肉のおいしさについては,藤村らによる一連の研究が著名である(4)4) 藤村 忍,甲斐慎一,渡邊源哉:鶏の研究,88, 18(2013)..この研究において,藤村らは鶏肉抽出液を活用したオミッションテストを用い,抽出液の味の主たる要因となる物質としてグルタミン酸,イノシン酸,およびカリウムイオンを特定している.また,ニワトリの栄養管理による筋肉中の遊離グルタミン酸濃度の向上や,これによる味の評価の向上も報告されており,鶏肉の「おいしさ」における特にグルタミン酸は重要な要因と考えて良い.次に,和牛肉の脂肪交雑に由来する香気については,沖谷と松石らのグループによる一連の研究がある(5)5) 松石昌典:栄養生理研究会報,53, 38(2009)..この研究によれば,和牛肉の「おいしさ」は味ではなく「和牛香」と呼ばれる口中香(Retronasal aroma)であること,その生成には,加熱前に空気下で数日間貯蔵している間に赤身と脂肪が酸素と接触し何らかの反応が起こった後に加熱することが必要であることが示されている.この和牛香に寄与する成分としては,ラクトン類,ジアセチル,アセトインやアルデヒド類などが推定されている.このような研究がさらに進むことで,和牛肉らしい「おいしさ」を評価するための成分が特定できることも期待される.

ここまで,食肉の「おいしさ」を少数の成分や測定項目で評価できるかどうかについて,過去の研究例も含めて述べた.特に,食肉における味や匂い,食感などの個別の要素がそれぞれどの程度貢献しているかについて明らかで無いことから,キーとなる感覚要素を絞り込めていない点が大きな問題であるというのが筆者らの現状認識である.筆者らの研究ユニットではこのような問題を解決するため,複数の感覚要素の相対的な重要度を推定する試みも進めている(6)6) G. Watanabe, M. Motoyama, K. Orita, K. Takita, I. Nakajima, A. Taijma, A. Abe & K. Sasaki: 64th International Congress of Meat Science and Technology, Paper 6218 (2018).消費者が感じる多様な「おいしさ」をうまく評価するための技術開発には,多くの研究者の叡智を集めた取り組みが引き続き必要である.

Reference

1) K. Sasaki, M. Ooi, N. Nagura, M. Motoyama, T. Narita, M. Oe, I. Nakajima, T. Hagi, K. Ojima, M. Kobayashi et al.: J. Sci. Food Agric., 97, 3453 (2017).

2) 小西雅子:日本調理科学会誌,34,144(2001).

3) 佐々木啓介,本山三知代,中島郁世:食肉の科学,59, 129(2018).

4) 藤村 忍,甲斐慎一,渡邊源哉:鶏の研究,88, 18(2013).

5) 松石昌典:栄養生理研究会報,53, 38(2009).

6) G. Watanabe, M. Motoyama, K. Orita, K. Takita, I. Nakajima, A. Taijma, A. Abe & K. Sasaki: 64th International Congress of Meat Science and Technology, Paper 6218 (2018)