Kagaku to Seibutsu 57(8): 463-471 (2019)
解説
植物ポリフェノール有機合成研究の今と昔革新的反応が生み出す新しい合成戦略
Synthetic Study on Plant Polyphenol from the Past to the Present: New Synthetic Strategies by Innovative Reactions
Published: 2019-08-01
植物ポリフェノールは,ヒトの生活に関係の深い身近な化合物群である.比較的単純な構造を持つものから,かなり入り組んだ複雑な高次構造を持つものまでの多種多様な構造を持つものが知られ,生理活性も多様である.古くから有機合成化学者は,これらのポリフェノール類の構造や特異な反応性と面白い生理活性に惹かれ,合成研究を展開してきた.21世紀入ると,目を見張るような進展があった.21世紀以前と対比させながら,鍵反応と合成戦略の進歩を解説したい.本解説では,特にフラボンとフラボノール,カテキン,プロアントシアニジン,エラジタンニン,フラバグリンの有機合成化学に焦点をあてた.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
植物ポリフェノールと言って真っ先に思い浮かぶのは,フラボンやフラボノールではないだろうか(図1図1■フラボンとフラボノールの構造)? 最も単純なフラボンであるアピゲニン(1)は,多くの果物や野菜に配糖体として含まれている.ノビレチン(2)と呼ばれるフラボンは,シークワーサーなどの柑橘系植物に含まれアルツハイマーの予防効果があることが知られている.フラボノールで有名なケルセチン(3)は,われわれ日本人が愛してやまないソバに入っているルチン(4)のアグリコン部分である.
洋の東西を問わず合成研究でも,身近に存在するフラボンとフラボノールがまず合成ターゲットになった.これらを合成するには,C環を上手に構築してあげればよい.これにはA環とB環に適切な官能基を組み込んだユニットを用意して,環化反応によりC環を構築する「合成ブロック法(Building block method)」が適している(図2図2■フラボンとフラボノールの合成方法).昔の人もそう考えた.まずは,フラボンとフラボノール合成の歴史をたどってみたい.フラボン合成を調べていくと,有機化学の教科書でお馴染みのロビンソン環化反応で有名なロバート・ロビンソンが1920年代にその足跡を残していることに気づく(Allan–Robinson反応)(1)1) J. Allan & R. Robinson: J. Chem. Soc., 125, 2192 (1924).(図2-A図2■フラボンとフラボノールの合成方法).1930年代には,これの改良版としてBaker–Venkataraman転位反応によりβ-ジケトンを構築した後,酸触媒によりC環を構築する方法が開発された(2)2) T. S. Wheeler: Org. Synth., 32, 72 (1952).(図2-B図2■フラボンとフラボノールの合成方法).これは,フラボンとフラボノールの両方の合成に使用可能だ.同じ頃,日本では小山田が,カルコンを用いたフラボノールの合成研究を精力的行ってAlgar–Flynn–Oyamada反応を開発した(3)3) 小山田太一郎:日本化学会誌,55, 1256 (1934).(図2-C図2■フラボンとフラボノールの合成方法).現在でも定番反応の一つである.しかし,これら定番の反応を使ってもうまくいかないことがある.たとえば,管らは定番反応を使ったフラボン合成で低収率を経験し,β-ジケトンの構築方法を工夫したフラボン合成法を開発した(4)4) T. Asakawa, A. Hiza, M. Nakayama, M. Inai, D. Oyama, H. Koide, K. Shimizu, T. Wakimoto, N. Harada, H. Tsukada et al.: Chem. Commun., 47, 2868 (2011).(図2-D図2■フラボンとフラボノールの合成方法).彼らは,この方法を用いてノビレチン(2)を全合成し,これを11Cでラベル化することでラット脳内のイメージングに成功した(4)4) T. Asakawa, A. Hiza, M. Nakayama, M. Inai, D. Oyama, H. Koide, K. Shimizu, T. Wakimoto, N. Harada, H. Tsukada et al.: Chem. Commun., 47, 2868 (2011)..
21世紀に入った現在も有機合成化学者たちは,定番反応が通用しないときのためにたゆまぬ反応開発を続けている.TfOHを用いたアルキノンの6-endo環化によるフラボン合成(5)5) M. Yoshida, Y. Fujino & T. Doi: Org. Lett., 13, 4526 (2011).やPd触媒を用いたフラボン合成(6)6) Y. Yue, J. Peng, D. Wang, Y. Bian, P. Sun & C. Chen: J. Org. Chem., 82, 5481 (2017).など新しいフラボン合成が続々と出現している.
平面性の高いフラボンの後に合成ターゲットとして注目を集めたのが,お茶に含まれる成分として有名な(−)-エピガロカテキン3-ガレート(5)である(図3図3■カテキン類の合成).C環に不斉をもつという点でフラボンとは一線を画し,ぐっと合成的なハードルが高くなっている.2001年にChanら(7)7) L. Li & T. H. Chan: Org. Lett., 3, 739 (2001)., Zaveri(8)8) N. T. Zaveri: Org. Lett., 3, 843 (2001).,Vercauterenら(9)9) B. Nay, V. Arnaudinaud & J. Vercauteren: Eur. J. Org. Chem., 2001, 2379 (2001).の3つのグループが,相次いでエピガロカテキン3-ガレート(5)とエピカテキン(7)の全合成を発表した.Chanらは,6の二重結合にシャープレス不斉ジヒドロキシ化を行った後,環化反応を行ってC環を構築し,(−)-エピガロカテキン3-ガレート(5)を全合成した(7)7) L. Li & T. H. Chan: Org. Lett., 3, 739 (2001).(図3-A図3■カテキン類の合成).ZaveriとVercauterenらは,カルコン誘導体8を還元的に環化してC環を構築した後,得られた二重結合を足がかりにしてラセミのエピガロカテキン3-ガレート(5)(8)8) N. T. Zaveri: Org. Lett., 3, 843 (2001).と(−)-エピカテキン(7)(9)9) B. Nay, V. Arnaudinaud & J. Vercauteren: Eur. J. Org. Chem., 2001, 2379 (2001).をそれぞれ全合成した(図3-B図3■カテキン類の合成).Vercauterenらの合成では,再結晶による光学分割により(−)-エピカテキン(7)を得ている(9)9) B. Nay, V. Arnaudinaud & J. Vercauteren: Eur. J. Org. Chem., 2001, 2379 (2001)..その後,2008年にYangらは,エポキシ体9に金触媒による環化反応を用いたカテキン誘導体合成を報告した(10)10) Y. Liu, X. Li, G. Lin, Z. Xiang, J. Xiang, M. Zhao, J. Chen & Z. Yang: J. Org. Chem., 73, 4625 (2008).(図3-C図3■カテキン類の合成).また,2012年に大森と鈴木らは,フルオロベンゼン10と光学的に純粋なエポキシ体11をn-BuLiとBF3・OEt2を用いてカップリングさせた後,環化反応を行う(−)-エピカテキン(7)の全合成を報告した(11)11) K. Ohmori: J. Synth. Org. Chem. Jpn., 76, 1154 (2018).(図3-D図3■カテキン類の合成).
カテキン類の合成は,21世紀に入って一気に加速したが,まだまだ簡便かつ力強い合成方法が求められている.C環の構築反応やC環への不斉導入法の新たな合成戦略の開発は,有機合成化学者の格好のデモンストレーションの場でもある.今後も新しい反応や戦略に基づくカテキン類の合成が出現してくるはずである.
上述したように,カテキン類のような低分子ポリフェノールでも合成はかなりたいへんだ.しかし,21世紀に入ってこれらが縮合した高次構造をもつ分子の合成も狙ってできるようになってきた.このようなカテキン類が縮合したものはプロアントシアニジン(proanthocyanidin)と呼ばれ,縮合型タンニンに分類される.無保護のカテキン類は,弱酸性条件下で縮合してプロアントシアニジンになる.しかし,この縮合反応では,無秩序に反応してしまうために狙った構造のプロアントシアニジンを効率よく合成することはできない.プロアントシアニジン類の狙った構造を効率よく作る精密有機合成への扉が開かれたのは,1991年の河本と中坪らのベンジル保護体を用いたC4–C8結合したカテキン二量体の合成によってである(12)12) H. Kawamoto, F. Nakatsubo & K. Murakami: Mokuzai Gakkaishi, 37, 488 (1991).(図4-A図4■プロアントシアニジンの合成).彼らは,カテキンのベンジル保護体12と13に,ルイス酸としてTiCl4を用いた合成を報告した.ベンジル保護体12は,4位のヒドロキシ基が脱離基として働くために求電子剤として働く.一方,ベンジル保護体13は,8位の求核性が非常に高いために求核剤として働く.この論文中,カテキン二量体14のベンジル基は,接触水素添加により脱保護が可能であることも示された.その後,1999年にTückmantelとKozikowskiらが,河本と中坪らの合成法を基にして二量体合成を報告した(13)13) W. Tückmantel, A. P. Kozikowski & L. J. Romanczyk Jr.: J. Am. Chem. Soc., 121, 12073 (1999).辺りから,C4–C8結合した直鎖型プロアントシアニジン合成に多数のグループが一気に加わった.これらのグループの開発した脱離基のなかで,斉藤,中島,生方らが開発したエトキシエチルオキシ(OEE)基は,最もよく使われる優秀な脱離基の一つとして注目に値する(14)14) A. Saito, N. Nakajima, A. Tanaka & M. Ubukata: Tetrahedron, 58, 7829 (2002).(図4-B図4■プロアントシアニジンの合成).そして,ひときわ論理的かつシステマチックな合成戦略を展開したのが大森と鈴木らである(11)11) K. Ohmori: J. Synth. Org. Chem. Jpn., 76, 1154 (2018).(図4-B図4■プロアントシアニジンの合成).河本と中坪らが,カテキン二量体の合成研究で示したように,ベンジル保護体12のみをルイス酸で処理すると自己縮合してC4–C8結合したオリゴマーを与える(図4-A図4■プロアントシアニジンの合成).したがって,通常二量体のみを得たい場合,この自己縮合を抑えるために求核剤を過剰量用いる.河本と中坪らの合成では,ベンジル保護体13を5当量使用した.2011年に大森と鈴木らは,独自の分子設計と合成戦略により,C4–C8結合したカテキンの24量体合成を報告した(11)11) K. Ohmori: J. Synth. Org. Chem. Jpn., 76, 1154 (2018)..まず,自己縮合反応を抑えるために,8位に臭素を導入したベンジル化カテキン15を分子設計した.さらに,15とは異なる脱離基をもつベンジル化カテキン16も分子設計した.そして,糖鎖工学で頻用されるオルトゴナル合成の手法(15)15) O. Kanie, Y. Ito & T. Ogawa: J. Am. Chem. Soc., 116, 12073 (1994).をプロアントシアニジン合成に持ち込んだ.ベンジル化カテキン15のOEE基は,ハードな活性化剤であるBF3・Et2Oにより活性化される.一方,ベンジル化カテキン16の脱離基の2,6-キシリルチオ(SXy)基は,ソフトな活性化剤であるヨウ素とAg2Oの組み合わせにより活性化される.15と1.2当量の16にBF3・Et2Oを作用させると,OEE基のみが活性化され,SXy基は影響を受けずに12量体17が,88%で得られた.17と1.2当量の12量体18に,ヨウ素とAg2Oを組み合わせた活性化剤を用いると24量体19が,80%の収率で得られた.非常に大きな分子同士のカップリング反応にもかかわらず,求電子体に対して1.2当量とほぼ等モルの求核体しか用いていないのに高収率を実現している点が特筆に値する.
2017年には真壁らが,活性化剤のルイス酸の選択と当量を工夫するアプローチで,さまざまな長さのC4–C8結合の直鎖型エピカテキンオリゴマーとカテキンオリゴマーを合成し,構造活性相関研究を行って三量体以上のエピカテキンオリゴマーに抗腫瘍活性があることを示した(16)16) K. Takanashi, M. Suda, K. Matsumoto, C. Ishihara, K. Toda, K. Kawaguchi, S. Senga, N. Kobayashi, M. Ichikawa, M. Katoh et al.: Sci. Rep., 7, 7791 (2017)..
大森と鈴木らは,二重連結型プロアントシアニジンの合成でも大きな足跡を残した(11, 17)11) K. Ohmori: J. Synth. Org. Chem. Jpn., 76, 1154 (2018).17) Y. Noguchi, R. Takeda, K. Suzuki & K. Ohmori: Org. Lett., 20, 2857 (2018)..カテキン類は,そもそも苦みや渋みのある化合物だが,図4-C図4■プロアントシアニジンの合成に示すselligueain A(20)はスクロースの35倍甘い.2018年に大森と鈴木らは,この興味深い20の全合成を達成した(17)17) Y. Noguchi, R. Takeda, K. Suzuki & K. Ohmori: Org. Lett., 20, 2857 (2018)..図4-C図4■プロアントシアニジンの合成に示すように,20の合成は,エピカテキンの2位と4位にエチレングリコールを環状に結合させた鍵中間体21を用いて,オルトゴナル合成の手法を駆使して達成された.
C4–C8結合型プロアントシアニジンの合成では,カテキン分子の8位の求核性と4位の求電子性を巧みに利用したカテキンそのものの性質を上手に使う合成が展開され大きな成功を収めたが,あまりにも8位と4位の反応性が良すぎるためC4–C8結合型プロアントシアニジン以外のプロアントシアニジン合成は難しいのではないかと思われた時期があった.しかし,二重連結型プロアントシアニジンの鮮やかな合成が登場した(11, 17)11) K. Ohmori: J. Synth. Org. Chem. Jpn., 76, 1154 (2018).17) Y. Noguchi, R. Takeda, K. Suzuki & K. Ohmori: Org. Lett., 20, 2857 (2018)..そして,C4–C6結合型プロアントシアニジンの合成もカテキンモノマーの反応性を制御する仕掛けを組み込んだり(11)11) K. Ohmori: J. Synth. Org. Chem. Jpn., 76, 1154 (2018).,結合反応時に工夫をすること(18)18) Y. Higashino, T. Okamoto, K. Mori, T. Kawasaki, M. Hamada, N. Nakajima & A. Saito: Molecules, 23, 205 (2018).で可能になってきた.まだまだ新しい知恵や工夫を基に新しい分子設計や合成戦略が飛び出してきそうで目を離すことができない.
次に,加水分解性タンニンのエラジタンニン(ellagitannin)の合成を紹介したい.エラジタンニンは,ヘキサヒドロキシジフェイノル(HHDP)基(図5図5■エラジタンニンの合成)がD-グルコースのヒドロキシ基を架橋した基本構造をもち,加水分解するとエラグ酸を生じる化合物群の総称である.小さな空間に酸素官能基が高度に密集した取り扱いの難しい化合物である.1994年にFeldmanらが,エラジタンニン類の初の全合成となるテリマグランジンI(22)の合成(19, 20)19) K. S. Feldman, S. M. Ensel & R. D. Minard: J. Am. Chem. Soc., 116, 1742 (1994).20) 山田英俊,池田泰典,長尾浩平,葛西祐介:有機合成化学協会誌,71, 1051 (2013).を報告し,エラジタンニン合成の幕が開けた(図5-A図5■エラジタンニンの合成).22は,すべてのヒドロキシ基がエクアトリアルに配向した構造をもつ.これは,D-グルコースの熱力学的最安定構造と同じである.全合成の鍵となるHHDP基の構築には,23に独自に開発したPb(OAc)4を用いる酸化的カップリング反応を使った(図5-A図5■エラジタンニンの合成).この方法は,非対称に保護されたガロイル基同士のカップリング反応であるために位置異性体が必ず生じるのが難点であるが,カップリングの信頼性は高くFeldmanらはこの反応を使っていくつものエラジタンニン類の合成に成功した(20)20) 山田英俊,池田泰典,長尾浩平,葛西祐介:有機合成化学協会誌,71, 1051 (2013)..21世紀に入って,山田らは,D-グルコースのヒドロキシ基がすべてアキシアルに配向したエラジタンニンであるコリラジン(24)の全合成に挑んだ(20)20) 山田英俊,池田泰典,長尾浩平,葛西祐介:有機合成化学協会誌,71, 1051 (2013).(図5-B図5■エラジタンニンの合成).HHDP基がD-グルコースの3位と6位を縛っているために起こる構造である.アキシアル配向の構造が,全合成の難易度を上げた.アキシアル配向を実現するためには,HHDP基の構築時にグルコースを開環させておく必要があった.2004年の一度目の挑戦では,保護基にメチル基を使ったために,最後に保護基を外すことができず全合成に至らなかった.メチル保護した化合物は扱いやすく途中の反応がスムーズに行えることが多いが,最後に外れないということがしばしばある.二度目の挑戦では,FeldmanのPb(OAc)4によるHHDP構築法を使ったために異性体混合物のままその後の多段階反応に突入することを余儀なくされた.これがあだとなり,コリラジン(24)の全合成は達成したが,山田ら曰く「天然物の単離精製より難しい合成」となってしまった(20)20) 山田英俊,池田泰典,長尾浩平,葛西祐介:有機合成化学協会誌,71, 1051 (2013)..つまり,多段階反応を経た後の複雑な混合物から24を何とかかき集めたということになる.ポリフェノールの合成化学者なら一度は経験したことがあるだろう.三度目の挑戦では,HHDP基構築時に異性体が生成しないようにパラ位のみにベンジル保護した左右対称のガロイル基同士にCuCl2とn-ブチルアミンを組み合わせた試薬を使って酸化的にカップリングさせる反応を新たに開発して挑んだ(20)20) 山田英俊,池田泰典,長尾浩平,葛西祐介:有機合成化学協会誌,71, 1051 (2013).(図5-B図5■エラジタンニンの合成).この反応を化合物25に用いると糖由来のキラリティーがビアリルの軸不斉に転写され,単一のジアステレオマーを与えた.さまざまな技を繰り出した後に柔道で言うところの鮮やかな「一本」が決まった瞬間である.これが決め手となってコリラジン(24)の全合成が完成した.FeldmanのテリマグランジンI(22)の全合成から14年後の2008年のことである.山田らは,この鍵反応を使って次々とほかのエラジタンニンの全合成も報告した(20)20) 山田英俊,池田泰典,長尾浩平,葛西祐介:有機合成化学協会誌,71, 1051 (2013)..このHHDP基の構築反応の波及効果は大きかった.2015年に川端らが,テリマグランジンIIを全合成した(21)21) H. Takeuchi, K. Mishiro, Y. Ueda, Y. Fujimori, T. Furuta & T. Kawabata: Angew. Chem. Int. Ed., 54, 6177 (2015)..2017年に改良版の山田法を用いてQuideauらが,(−)-ベスカリンを全合成した(22)22) A. Richieu, P. A. Peixoto, L. Pouységu, D. Deffieux & S. Quideau: Angew. Chem. Int. Ed., 56, 13833 (2017)..2018年には阿部らがコリアリインBを全合成する(23)23) H. Abe, Y. Kato, H. Imai & Y. Horino: Heterocycles, 97, 1237 (2018).など,国内外のグループが山田法を定番の第一選択肢の反応として利用するようになった.
最後に,フラバグリン(flavagline)類の合成を紹介する.フラバグリンは,5員環が2つと6員環のベンゼン環の3つの環が縮環した構造を中心骨格にもつ図6図6■フラバグリンの合成に示す化合物の総称である.フラバグリン類は,抗腫瘍活性をもつ.フラバグリン類の初めての全合成は,1990年に達成されたTrostらの(−)-ロカグラアミド(26)の全合成である(24)24) B. M. Trost, P. D. Greenspan, B. V. Yang & M. G. Saulnier: J. Am. Chem. Soc., 112, 9022 (1990)..この全合成を図6-A図6■フラバグリンの合成に示す.Pd触媒を用いた27と28の不斉[3+2]環化反応の後,数段階を経て29へと変換された.29はDDQによる酸化的環化反応によりロカグラアミド骨格をもつ30へと変換されて,さらに数段階を経て官能基が整えられ,(−)-ロカグラアミド(26)へと変換された.この全合成により,26の絶対配置が決定された.
Trostらの全合成から14年後の2004年にPorcoらは,生合成経路を模倣した革新的なフラバグリン合成法を開発した(25)25) B. Gerard, G. Jones II & J. A. Porco Jr.: J. Am. Chem. Soc., 126, 13620 (2004)..鍵反応は,メチル化ケンフェロール31への[3+2]光環化反応であり,(±)-メチルロカグラート(32)の全合成に応用された.メチル化ケンフェロール31は,メタノール中で光が照射されると励起状態となり分子内プロトン移動が起こって活性化される.この励起状態における分子内プロトン移動をESIPT(excited-state intramolecular proton transfer)と呼ぶ.この活性化された31に,ケイヒ酸のメチルエステル33を反応させると環化体34を与える.34を塩基で処理するとα-ケトール転位が起きて35となる.35を還元することで(±)-メチルロカグラート(32)が得られた.このESIPTを利用した[3+2]光環化反応は,いわば飛び道具のようなものである.フラボノールさえ手に入れることができれば,超短段階でフラバグリン誘導体が合成できるようになった.
2007年に,Porcoら(26)26) B. Gerard, R. Cencic, J. Pelletier & J. A. Porco Jr.: Angew. Chem. Int. Ed., 46, 7831 (2007).とRizzacasa(27)27) M. E. Sous, M. L. Khoo, G. Holloway, D. Owen, P. J. Scammells & M. A. Rizzacasa: Angew. Chem. Int. Ed., 46, 7835 (2007).らの2つのグループが,ほぼ同時期にESIPTを利用した[3+2]光環化反応を用いて(−)-Silvestrol(36)(図6-C図6■フラバグリンの合成)の全合成を達成すると,これらの全合成を基盤とした多様性指向型合成により構造活性相関研究が展開されるようになった.2012年にTremblayらは,(−)-Silvestrol(36)の6位を狙った「合成終盤の官能基化(Late-Stage-Functionalization)」戦略による多様性指向型合成を行った(28)28) T. Liu, S. J. Nair, A. Lescarbeau, J. Belani, S. Peluso, J. Conley, B. Tillotson, P. O’Hearn, S. Smith, K. Slocum et al.: J. Med. Chem., 55, 8859 (2012).(図6-C図6■フラバグリンの合成).「合成終盤の官能基化」とは,骨格を構築した後の合成終盤にさまざまな官能基を望みの位置に「狙い撃ち」して導入することで多様性指向型合成を行う合成戦略で,21世紀に入ってから脚光を浴びるようになった.これは,あっという間に重要な合成戦略の一つとなった.Tremblayらの合成は次のようである.まず,ESIPT[3+2]環化反応を使ってコア構造37が合成された.次に,37の6位のフェノール性ヒドロキシ基に光延反応によるグルコシル化を行ってさまざまな誘導体を合成した.さらに,37は,6位のフェノール性ヒドロキシ基のトリフラート化により38へと変換され,Pd触媒を用いたカップリング反応により,さまざまな官能基を持つ誘導体へと変換された.2016年には荒井と石橋が,フラボノールのB環をさまざまに換える戦略により3a位へ置換基を導入する多様性指向型合成を行った(29)29) M. A. Arai, Y. Kofuji, Y. Tanaka, N. Yanase, K. Yamaku, R. G. Fuentes, U. K. Karmakar & M. Ishibashi: Org. Biomol. Chem., 14, 3061 (2016).(図6-C図6■フラバグリンの合成).
これらのフラボノール合成では,古典的な図2-B図2■フラボンとフラボノールの合成方法に示すBaker–Venkataraman転位反応を経たβ-ジケトン経路を現代の試薬でブラッシュアップした方法が使われた(26, 28, 29)26) B. Gerard, R. Cencic, J. Pelletier & J. A. Porco Jr.: Angew. Chem. Int. Ed., 46, 7831 (2007).28) T. Liu, S. J. Nair, A. Lescarbeau, J. Belani, S. Peluso, J. Conley, B. Tillotson, P. O’Hearn, S. Smith, K. Slocum et al.: J. Med. Chem., 55, 8859 (2012).29) M. A. Arai, Y. Kofuji, Y. Tanaka, N. Yanase, K. Yamaku, R. G. Fuentes, U. K. Karmakar & M. Ishibashi: Org. Biomol. Chem., 14, 3061 (2016)..既知の合成の方法論を用いる場合でも,どのような反応条件を使うかが有機合成化学者の腕の見せどころであり,これを見つけ出すことも有機合成化学上の重要な発見となる.ここで紹介したフラバグリンの多様性指向型合成は,古典的なフラボノール合成とPorcoらの合成法が融合することで初めて可能となった.既存の合成法と革新的な反応とによる見事な相乗効果により新しい合成戦略が生み出された格好の例と言える.
本稿で紹介したように,21世紀に入って,格段に複雑な植物ポリフェノールの有機合成研究が行われるようになってきた.そして,これらの合成研究で得た純粋で構造が明確なサンプルを用いた生理活性研究から新しいことが徐々にわかるようになってきている.飛び道具的な反応の開発や既存反応の信頼性の向上により,合成戦略の常識も変わってきた.筆者が学生時代の1990年代は,「合成ブロック法」が格好良かった.如何にして合成の初期に必要な官能基やその足がかりを組み込んで標的化合物を組上げるかが腕の見せどころだった.合成後半に,無理な官能基導入をする計画を立てようものなら「それはいかないよ」と一言いわれて撃沈するのがオチであった.しかし,現在は「合成終盤の官能基化」が格好良い.無理と思われる場所にでも望みの置換基や部分構造を導入する合成戦略を立てて,うまくいかないならうまくいく反応を見つけようじゃないか,というわけである.
植物ポリフェノールの合成では,革新的反応と合成戦略に加えて革新的精製方法の開発も必要だと痛感している.それほどポリフェノール類の取り扱いは難しい.今後も,より簡単でより信頼性の高い植物ポリフェノールの合成が,続々と出現してくることを期待したい.
Reference
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