Kagaku to Seibutsu 57(8): 472-477 (2019)
解説
腸から脳の健康を考えるビフィズス菌A1株による認知機能改善作用
Alzheimer’s Disease and Gut Microbiota Modifications: Therapeutic Strategy to Prevent or Slow Down Alzheimer’s Disease Progression with Bifidobacterium
Published: 2019-08-01
近年の研究により,腸内細菌叢はわれわれヒトの健康と密接なかかわりをもつことが明らかとなり,腸内細菌叢を介した健康維持に注目が集まっており,さらには腸内細菌を含めた腸と脳の双方向的な機能連関を意味する“脳腸相関”が注目されている.プロバイオティクスやプレバイオティクスを利用して腸内環境を整えることにより,精神的ストレスやそれに起因する精神疾患,さらには認知症の発症リスクを軽減する戦略が模索されている.本稿では,脳腸相関に着目して認知症と腸内細菌叢との関連を概説するとともに,プロバイオティクスの代表格であるビフィズス菌によるアルツハイマー病の改善作用に関する研究を紹介したい.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
腸管は栄養の吸収を司る器官であると同時に粘膜上皮に覆われた最大の免疫器官であり,「第二の脳」とも呼ばれている.この第二の脳である腸管と脳神経系は古くから機能連関し,相互に影響を及ぼし合うことがわかっている(1)1) E. A. Mayer: Nat. Rev. Neurosci., 12, 453 (2011)..たとえば,緊張や不安により腹痛や摂食障害が引き起こされたり,さらには過敏性腸症候群に発展してストレスによる下痢や便秘を繰り返すこともある.一方,腸で生じたさまざまな生理的変化がストレス反応や行動にも影響を及ぼすことが報告されている.このように脳と腸は神経系・液性因子・免疫系などの複数の経路を通して双方向的なネットワーク:脳腸相関を形成している(2)2) T. R. Sampson & S. K. Mazmanian: Cell Host Microbe, 17, 565 (2015)..
一方,われわれの腸には数十兆個もの細菌が住み,その種類は1,000種類近くと推定されている(3)3) R. Sender, S. Fuchs & R. Milo: Cell, 164, 337 (2016)..この腸内細菌叢と腸管は複雑な腸内システムを形成しており,腸内細菌やその代謝産物は宿主の免疫機能,腸管上皮バリアの恒常性維持,栄養吸収などさまざまな生理機能に影響を与える(4)4) L. V. Hooper & J. I. Gordon: Science, 292, 1115 (2001)..近年,腸内細菌と宿主の生体機能が密接に関連していることが明らかとなっており,さまざまな疾患と腸内菌叢との機能連関が示唆されている.さらに腸内細菌叢は前述の脳腸相関にも大きな影響をもち,気分やストレスなどの精神状態や脳高次機能,行動にまで影響を与えることが次々と明らかとなってきており,「腸内細菌-腸-脳」相関とも呼ばれる新たな研究領域が注目を浴びている(5)5) 須藤信行:腸内細菌学雑誌,31, 23 (2017)..
本分野の先駆的な研究として,須藤ら(6)6) N. Sudo, Y. Chida, Y. Aiba, J. Sonoda, N. Oyama, X.-N. Yu, C. Kubo & Y. Koga: J. Physiol., 558, 263 (2004).は,無菌(germ free; GF)マウスはspecific pathogen free(SPF)マウスと比較して拘束ストレスに対する副腎皮質刺激ホルモンおよびCorticosteroneの上昇反応が亢進することを発見し,腸内細菌が視床下部-下垂体-副腎軸(Hypothalamus–Pituitary–Adrenal axis; HPA軸)の発達にかかわる可能性を報告した.また,GFマウスではSPFマウスと比較して多動や不安様行動を示し,この行動特性はSPFマウスの腸内細菌をGFマウスに移植することによって通常のレベルまで減弱できることを示し,腸内細菌が宿主の行動面にも影響をもつことがわかった.
これらGFマウスを用いた研究によって,腸内細菌に由来する腸内情報が中枢に伝達されて脳機能に影響を及ぼすことがわかってきたが,プロバイオティクスにより腸内環境を制御することによって,抗不安作用をもたらすことも報告されている(7~9)7) J. A. Bravo, P. Forsythe, M. V. Chew, E. Escaravage, H. M. Savignac, T. G. Dinan, J. Bienenstock & J. F. Cryan: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 16050 (2011).8) M. Messaoudi, R. Lalonde, N. Violle, H. Javelot, D. Desor, A. Nejdi, J.-F. Bisson, C. Rougeot, M. Pichelin, M. Cazaubiel et al.: Br. J. Nutr., 105, 755 (2011).9) Y.-W. Liu, W.-H. Liu, C.-C. Wu, Y.-C. Juan, Y.-C. Wu, H.-P. Tsai, S. Wang & Y.-C. Tsai: Brain Res., 1631, 1 (2016)..Bravoら(7)7) J. A. Bravo, P. Forsythe, M. V. Chew, E. Escaravage, H. M. Savignac, T. G. Dinan, J. Bienenstock & J. F. Cryan: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 16050 (2011).の研究により,乳酸菌Lactobacillus rhamnosus JB-1をBALB/Cマウスに投与すると,前頭前野,海馬および扁桃体のGABAB1bおよびGABAAa2受容体の発現レベルが変化し,Corticosteroneレベルおよび不安行動を減少させることや,求心性の迷走神経が情報伝達の担い手であることが示された.モデル生物だけでなく,ヒトにおいてもプロバイオティクスによるストレス反応への作用が報告されている.フランスの研究グループにより,健常者を対象にしたLactobacillus helveticusとBifidobacterium longumを含んだプロバイオティクスのランダム化比較試験の結果が報告され,プロバイオティクス摂取群ではプラセボ群と比較して,抑うつ気分だけでなく自覚的ストレス度の有意な改善などが認められた(8)8) M. Messaoudi, R. Lalonde, N. Violle, H. Javelot, D. Desor, A. Nejdi, J.-F. Bisson, C. Rougeot, M. Pichelin, M. Cazaubiel et al.: Br. J. Nutr., 105, 755 (2011)..さらに機能性乳酸菌の投与による医学生のストレス軽減作用(10)10) M. Takada, K. Nishida, Y. Gondo, H. Kikuchi-Hayakawa, H. Ishikawa, K. Suda, M. Kawai, R. Hoshi, Y. Kuwano, K. Miyazaki et al.: Benef. Microbes, 8, 153 (2017).や,IBS患者の病態改善作用(11)11) K. Nobutani, D. Sawada, S. Fujiwara, Y. Kuwano, K. Nishida, J. Nakayama, H. Kutsumi, T. Azuma & K. Rokutan: J. Appl. Microbiol., 122, 212 (2017).も報告されており,プロバイオティクスによる脳腸相関を介した脳機能改善作用への期待が高まっている.
以上のように,消化管に生息する腸内細菌が中枢神経系に影響を与えることがわかっているが,どのように中枢に情報伝達するかは多くの経路が想定されている.本稿では関与が示唆されている一部の経路について概説する.
腸管には多くの求心性神経が分布しており,腸管の状態を中枢神経に情報伝達している.事実,Lactobacillus rhamnosus JB-1の投与によりストレス誘導性の不安様行動の低下や脳部位特異的なGABA受容体の遺伝子発現変動が見られるが,迷走神経切断によってそれらの行動変化や遺伝子発現が消失することから,JB1株は迷走神経を介して抗不安作用を発揮すると考えられる(7)7) J. A. Bravo, P. Forsythe, M. V. Chew, E. Escaravage, H. M. Savignac, T. G. Dinan, J. Bienenstock & J. F. Cryan: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 16050 (2011)..腸内細菌が腸管神経を刺激するメカニズムについては精力的に研究が進められており,腸クロム親和性細胞による神経伝達物質セロトニンの産生・放出(12)12) N. W. Bellono, J. R. Bayrer, D. B. Leitch, J. Castro, C. Zhang, T. A. O’Donnell, S. M. Brierley, H. A. Ingraham & D. Julius: Cell, 170, 185 (2017).や,腸内分泌細胞(Neuropod cell)と求心性神経とのシナプス結合によるメカニズムが報告されている(13)13) M. M. Kaelberer, K. L. Buchanan, M. E. Klein, B. B. Barth, M. M. Montoya, X. Shen & D. V. Bohórquez: Science, 361, eaat5236 (2018)..
腸内細菌は短鎖脂肪酸(SCFA)やポリアミン,トリプロファン代謝物などさまざまな生理活性物質を産生している(14, 15)14) E. Holmes, J. V. Li, J. R. Marchesi & J. K. Nicholson: Cell Metab., 16, 559 (2012).15) W. R. Wikoff, A. T. Anfora, J. Liu, P. G. Schultz, S. A. Lesley, E. C. Peters & G. Siuzdak: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 3698 (2009)..これらの物質が全身をめぐり神経系に対して直接的もしくは間接的に作用すると想定されている.このなかでも特にSCFAが注目されており,多くの研究成果が報告されている.たとえばErnyら(16)16) D. Erny, A. L. H. De Angelis, D. Jaitin, P. Wieghofer, O. Staszewski, E. David, H. Keren-Shaul, T. Mahlakoiv, K. Jakobshagen, T. Buch et al.: Nat. Neurosci., 18, 965 (2015).は,GFマウスではSPFマウスと比較して脳内ミクログリアの分布が密になっており,突起が複雑に分岐することを示した.これらは未成熟なミクログリアにみられる形態であり,未成熟ミクログリアに特徴的な細胞膜表面マーカーを発現していた.GFマウスで見られる未成熟ミクログリアは,GFマウスにSCFAを経口的に投与することによって正常化したことから,腸内細菌が作り出すSCFAはミクログリアの活性や分化に深く関与すると考えられる.
腸内細菌が菌体成分として有するLPSやペプチドグリカンは腸管免疫系のマクロファージや樹状細胞からサイトカインの産生を誘導し,免疫系を制御することが知られている.中枢神経系の恒常性維持や機能は全身の免疫系と深く関与することが報告されていることから(17)17) Y. Ziv, N. Ron, O. Butovsky, G. Landa, E. Sudai, N. Greenberg, H. Cohen, J. Kipnis & M. Schwartz: Nat. Neurosci., 9, 268 (2006).,腸内細菌が全身免疫系を介して脳機能に作用する可能性も考えられる.興味深いことに,末梢血に存在するLy6Chi単球が海馬歯状回の神経新生に関与することが示されており(18)18) L. Möhle, D. Mattei, M. M. Heimesaat, S. Bereswill, A. Fischer, M. Alutis, T. French, D. Hambardzumyan, P. Matzinger, I. R. Dunay et al.: Cell Rep., 15, 1945 (2016).,免疫系を介した脳への情報伝達に関しても今後の研究が期待される.
これまで解説したように,脳腸相関の研究分野においては,ストレス反応やうつ・不安症状など精神障害に関するものが中心であったが,近年では認知症を含む多くの脳疾患も腸内細菌と密接に関連することが示されてきた(19)19) K. Kowalski & A. Mulak: J. Neurogastroenterol. Motil., 25, 48 (2019)..認知症は全世界的に増加しており,特に日本では超高齢社会の到来とともに大きな社会問題となっている.認知症の中でも60%以上という最も高頻度なアルツハイマー病(AD)は,認知機能が次第に低下していく疾患であり,重大な脅威である.ADは老人斑や神経原線維変化という病理学的な特徴を示す神経変性疾患であり,発症機序は未解明な点が多く残っているものの,脳内のアミロイドβ(Aβ)の増加・蓄積ののちに,タウタンパク質の異常リン酸化が起こり神経原線維変化が生じるという「アミロイドカスケード仮説」に基づいた治療法の研究・開発が数多く行われている.ADでは臨床症状が出現する数十年も前から脳内にAβが蓄積し始めることが認められ,数十年単位で進行する脳の慢性疾患であると考えられている(20)20) C. R. Jack Jr., D. S. Knopman, W. J. Jagust, L. M. Shaw, P. S. Aisen, M. W. Weiner, R. C. Petersen & J. Q. Trojanowski: Lancet Neurol., 9, 119 (2010).(図1図1■アルツハイマー病の病態進行のモデル(文献20より一部改変)).ADの最大のリスク因子は加齢であり,高齢者人口の増加に伴い,急激に患者数が増加している.ADは一度発症すると症状を改善させることが困難であり,現在のAD治療薬は病態の進行を遅らせることしかできず,根本的な治療法がない.ADは遺伝的要因や加齢のみでなく,睡眠や食生活といった環境的要因がその発症に関与している.環境的要因の管理がADの予防に重要と考えられており,ADの発症予防や進行抑制を目的とした生活習慣の介入や,機能性食品による日常生活のなかでの予防策が求められている(21)21) F. Pistollato, S. Sumalla Cano, I. Elio, M. Masias Vergara, F. Giampieri & M. Battino: Nutr. Rev., 74, 624 (2016)..
近年のADモデルマウスや認知症患者における研究から,口腔細菌や腸内細菌の異常とADとの関連が示唆されている.Harachら(22)22) T. Harach, N. Marungruang, N. Duthilleul, V. Cheatham, K. D. Mc Coy, G. Frisoni, J. J. Neher, F. Fåk, M. Jucker, T. Lasser et al.: Sci. Rep., 7, 41802 (2017).は,脳にAβが沈着するトランスジェニックマウス(APPPS 1マウス)を用いて16SrRNAによる腸内細菌解析を行い,APPPS1マウスは加齢とともに野生型マウスと異なる腸内細菌叢を有していくことを報告した.さらに腸内を無菌化したAPPPS1マウスは通常の環境で飼育されたAPPPS1マウスと比較して脳内Aβの沈着量が有意に減少したと報告している.これらの結果は,腸内細菌叢はAβの代謝・蓄積の過程に密接にかかわり,AD発症機構に深く関与することを示唆している.マウスにとどまらずヒトにおいても,腸内細菌とADとの関係も報告されている.Vogtら(23)23) N. M. Vogt, R. L. Kerby, K. A. Dill-McFarland, S. J. Harding, A. P. Merluzzi, S. C. Johnson, C. M. Carlsson, S. Asthana, H. Zetterberg, K. Blennow et al.: Sci. Rep., 7, 13537 (2017).の研究では,AD患者の糞便を採取して腸内細菌解析を行ったところ,AD患者では健康な同世代の人よりも腸内細菌の多様性が乏しく,腸内細菌の構成が異なることがわかった.AD患者はFirmicutes門やActinobacteria門に属する菌は健常人と比較して減少するのに対し,Bacteroidetes門に属する菌は多い.興味深いことに,AD患者の腸内菌叢ではプロバイオティクスの代表格であるビフィズス菌の割合が減少していることも報告されている.上記に例にあげた文献だけでなく,多くの研究者によって腸内細菌の破綻とADの病態進行・発症が深く関与し合うことを示唆するデータが報告されており(24, 25)24) C. Mancuso & R. Santangelo: Pharmacol. Res., 129, 329 (2018).25) N. Saji, S. Niida, K. Murotani, T. Hisada, T. Tsuduki, T. Sugimoto, A. Kimura, K. Toba & T. Sakurai: Sci. Rep., 9, 1008 (2019).,どの腸内細菌が変動しているかについては報告によって結果は異なるものの腸内細菌をターゲットとしたADの治療戦略が期待されている.
ビフィズス菌は乳酸菌と並んでプロバイオティクスとして利用されており,整腸作用やアレルギー予防,感染防御,抗腫瘍作用といったさまざまな生理機能が臨床試験や動物試験などで多数検証されている(26~28)26) M. G. Gareau, P. M. Sherman & W. A. Walker: Nat. Rev. Gastroenterol. Hepatol., 7, 503 (2010).27) E. Savilahti: Biosci. Microflora, 30, 119 (2011).28) A. Sivan, L. Corrales, N. Hubert, J. B. Williams, K. Aquino-Michaels, Z. M. Earley, F. W. Benyamin, Y. M. Lei, B. Jabri, M.-L. Alegre et al.: Science, 350, 1084 (2015)..前述のとおり,AD患者の腸内菌叢ではビフィズス菌の割合が減少していることが報告されていること(23)23) N. M. Vogt, R. L. Kerby, K. A. Dill-McFarland, S. J. Harding, A. P. Merluzzi, S. C. Johnson, C. M. Carlsson, S. Asthana, H. Zetterberg, K. Blennow et al.: Sci. Rep., 7, 13537 (2017).から,われわれはビフィズス菌に焦点を当て,ADモデルマウスの腸内にビフィズス菌数を補給することによって病態進行や認知機能の低下を抑制できないか検討を開始した.ADの原因物質と考えられているAβを脳室内に投与したマウスをADのモデルとして用いて,ビフィズス菌の改善作用を評価した.Aβ投与モデルでは,Aβ蓄積やタウ病変などのADに特徴的な病態は再現できないものの,Aβに起因する炎症や認知機能低下を誘導することができ,比較的簡便にAβの毒性に対する薬効を評価するモデルとして古くから用いられている(29)29) S. Takeda, N. Sato, K. Niisato, D. Takeuchi, H. Kurinami, M. Shinohara, H. Rakugi, M. Kano & R. Morishita: Brain Res., 1280, 137 (2009)..われわれはこのモデルマウスを用いて複数のビフィズス菌株の評価をしたところ,乳児糞便より単離したBifidobacterium breve A1株(B. breve A1)に有効性を見いだした(30)30) Y. Kobayashi, H. Sugahara, K. Shimada, E. Mitsuyama, T. Kuhara, A. Yasuoka, T. Kondo, K. Abe & J. Z. Xiao: Sci. Rep., 7, 13510 (2017)..本稿では,B. breve A1のモデルマウスへの作用について詳細に解説する.Aβを脳室内投与したマウスに対し,B. breve A1を10日間にわたり経口投与し,Y迷路試験と受動回避試験に処すことで,認知機能を評価した.Y迷路試験とは,マウスが探索行動で自発的に異なるアームに入る性質を利用した行動試験であり,作業記憶を評価するのに適している.受動回避試験はマウスが明室から暗室に入ったときに電気刺激を与えることにより,暗室と痛みを関連づけて記憶させる試験であり,長期記憶の評価として用いられている.いずれの行動試験においても,モデルマウスにおいて試験成績が悪化したが,B. breve A1摂取によって改善が見られた(図2A図2■Aβ誘導性の行動異常に対するB. breve A1の改善作用).その改善作用は陽性コントロールとして設定した認知症処方薬であるDonepezilと同レベルであり,B. breve A1がAβ誘導性の認知障害を改善できることが示唆された.
Error bars: SEM (n=10) **: p<0.01 by Student’s t test (vs. sham) #: p<0.05, ##: p<0.01 by Student’s t test (vs. Saline)
次に,記憶や学習能力にかかわる脳組織である海馬に着目し,次世代シーケンサーを用いたRNA-sequencingにより海馬の遺伝子発現を網羅的に解析した.通常マウスと比較して,モデルマウスでは多くの遺伝子発現が変動し,特に免疫反応や炎症にかかわる遺伝子群の発現が誘導されていた.驚くべくことに,B. breve A1を継続摂取したマウスでは,それらの遺伝子発現のほとんどが正常の状態を保っていた.これらのことから,B. breve A1がAβによって誘導される脳内の過剰な免疫反応や脳内炎症を抑えることが示唆された.ADの脳では脳内の免疫反応を担当するミクログリアが活性化して慢性的に炎症が発生しており,病態進行に大きくかかわっていると推定されている(31)31) T. Wyss-Coray: Nat. Med., 12, 1005 (2006)..ミクログリアやニューロンの炎症反応により,炎症性サイトカインの上昇も確認されている.B. breve A1を摂取したモデルマウスでは脳海馬における炎症反応が減弱していたことから,B. breve A1の脳内抗炎症作用によりモデルマウスの認知障害を改善したと推測される.
B. breve A1を摂取したモデルマウスの腸内細菌叢を解析したところ,当然のことながらBifidobacterium属は微量に増加していたが,B. breve A1の10日間の摂取では大きな菌叢変化が観察できなかった.このことからB. breve A1の認知機能改善作用は腸内菌叢の変化を介したものではなく,菌そのものが生体に作用した結果であると考えられる.そこで,B. breve A1の作用本体を探るべく,B. breve A1の生菌と死菌体,およびビフィズス菌の代表的な代謝物である酢酸をモデルマウスにそれぞれ投与し,行動試験によってその改善の有無を評価したところ,生菌が最も強い改善作用を示したが,死菌や酢酸投与によってもある程度までは試験成績の改善が見られた(図2B図2■Aβ誘導性の行動異常に対するB. breve A1の改善作用).このことから,B. breve A1生菌の改善作用は,菌体成分による迷走神経刺激もしくは免疫細胞制御,そして代謝物である酢酸が血流にのって脳組織に作用するという3つの経路を合わせた結果であると考えられた.ただし,菌体成分が迷走神経を刺激するか,免疫反応をどう制御するか,ならびにどんな菌体成分が関与しているかなど,未解明なことが数多く,今後さらなる検証が必要である.
モデルマウスを用いた研究から,B. breve A1がAβ誘導性の認知機能障害を改善できる可能性が示された.そこでヒトに対する改善作用を検証すべく,認知症を発症する前段階である軽度認知障害(MCI)が疑われる高齢者を対象にB. breve A1を摂取する前後比較試験を実施した.MCIとは健常人と認知症の中間であるグレーゾーンにあたる段階であり,適切な介入によって症状の回復がみられたり認知症の発症を遅延させることができるため,認知症の発症予防戦略のうえで重要なターゲットとなっている(32, 33)32) R. C. Petersen: N. Engl. J. Med., 364, 2227 (2011).33) S. A. Eshkoor, C. Y. Mun, C. K. Ng & T. A. Hamid: Clin. Interv. Aging, 10, 687 (2015)..認知機能の評価として,認知症のスクリーニングや診断の補助として広く活用されているミニメンタルステート検査(MMSE)を用いたところ,24週間のB. breve A1の継続摂取により,摂取16週後と24週後のいずれにおいても経時的にMMSEスコアの有意な上昇が認められた(34)34) Y. Kobayashi, T. Kinoshita, A. Matsumoto, K. Yoshino, I. Saito & J.-Z. Xiao: J. Prev. Alzheimer’s Dis., 6, 70 (2019).(図3図3■軽度認知障害が疑われる高齢者がB. breve A1を継続摂取したMMSEスコアの経時変化).さらに半分以上の被験者が検査の点数上ではMCIに該当しないレベルにまでMMSEスコアの改善が見られた.これらはB. breve A1の比較的長期の継続摂取によって,MCIの認知機能を改善する可能性を示している.ただし,これらの研究はプラセボを設定していない前後比較のpilot試験であるため,有効性の検証のためにはプラセボ摂取を対照群とした二重盲検試験が今後必要となるであろう.
腸内細菌とAD病態との関連が次々と報告されており,腸内細菌叢という外部環境因子を制御することがAD予防戦略となる可能性が高まっている.腸内細菌が作り出すアミロイドやLPS,種々の毒性物質が全身性の炎症だけでなく脳内炎症も誘導する可能性も報告されており,プロバイオティクスやプレバイオティクスによって腸内環境を制御することがADのリスクを下げることにつながるかもしれない.本稿で紹介したB. breve A1がその一助になれることを切に願う.ただし,B. breve A1がどのように脳に作用するか未解明な点が多い.その詳細な作用メカニズムが明らかになれば,ADのみに限らずさまざまな脳機能障害・疾患への応用も期待されるとともに脳腸相関の本質的な理解が進むと考えられる.本研究を進めることにより,腸からのアプローチによるADや認知症のリスク軽減につながることを期待して筆をおきたい.
Acknowledgments
本稿にて紹介したB. breve A1の研究は,東京大学大学院農学生命科学研究科阿部啓子特任教授,地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所,愛媛大学大学院医学系研究科の斉藤 功教授,木下博士,あき整形外科クリニックのご指導・ご協力のもとに実施したものであり,この場を借りて皆様に深く感謝申し上げます.
Reference
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