Kagaku to Seibutsu 57(8): 478-483 (2019)
解説
オルガネラDNAを自己分解して栄養分にする細胞内共生から生じた種子植物の生存戦略
Contribution of Organelle DNA Degradation to Nutrient Recycling: Adaptation Mechanism of Seed Plants Derived from Endosymbiosis
Published: 2019-08-01
ミトコンドリアと葉緑体は,細胞内共生による進化の痕跡として,バクテリア由来の一部のゲノムDNAをもつが,残りの大多数の遺伝子を宿主である核のゲノムに転移させた.オルガネラに残ったDNAは真核生物の生育に不可欠だが,たとえば葉緑体では必要以上に大量のDNAを保持しており,一見,余分に見えるDNAの生理的な意義付けは長らく疑問であった.なぜ,オルガネラに一部のDNAを残して,しかも大量にもっている必要があるのだろうか.筆者らは最近,種子植物が,葉が老化して養分を転流させたり,リン欠乏による飢餓条件にさらされると,葉緑体DNAを積極的に分解し,リン養分として生育に再利用することを明らかにした.本稿では,このDNA分解システムについて解説する.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
細胞のエネルギー転換反応にかかわる細胞小器官(オルガネラ)であるミトコンドリアと葉緑体(プラスチド)は,それぞれ約18億年から15億年前に始原細胞に別のバクテリアが共生して真核細胞に進化したと考えられている(1, 2)1) 葛西奈津子,日本植物生理学会監修:“植物が地球をかえた(植物まるかじり叢書1)”,化学同人,2007.2) 林 純一,杉山康雄,坂本 亘,田中 寛,正木春彦:“二層膜オルガネラの遺伝学”,タンパク質核酸酵素特集号,共立出版,2006.(図1図1■細胞内共生の一次共生による葉緑体の進化とDNA分解システムの出現(概略図)).1960年代に提唱されたこの「細胞内共生」は,今では定説として認知されているが,私が高校生の1970年代にはまだ生物学の教科書には書かれていなかったので,大学1年生の細胞学でこの現象を初めて聞いて驚いたことをよく覚えている.1960年代は分子生物学の黎明期で,これらのオルガネラに遺伝物質であるDNAがあることがわかり,核の染色体DNAと区別するために「オルガネラDNA」「細胞質DNA」「核外DNA」などと呼ばれるようになった.その後,オルガネラDNAのゲノム配列や遺伝子発現のしくみも明らかとなり,ミトコンドリアと葉緑体が,祖先であるαプロテオバクテリアと光合成細菌(シアバクテリア)の共生に由来して進化したという,「細胞内共生説」を支持する強力な状況証拠を提供している(3)3) S. D. Dyall, M. T. Brown & P. J. Johnson: Science, 304, 253 (2004)..
細胞内共生について,本稿では葉緑体を中心に考えてみる.葉緑体ゲノム配列に基づく系統進化の解析からは,約15億年前のシアノバクテリアの1回の共生に由来する葉緑体の共生進化が長く支持されている(2, 4)2) 林 純一,杉山康雄,坂本 亘,田中 寛,正木春彦:“二層膜オルガネラの遺伝学”,タンパク質核酸酵素特集号,共立出版,2006.4) 東京大学光合成教育研究会編:“光合成の科学”,東京大学出版会,2007.(図1図1■細胞内共生の一次共生による葉緑体の進化とDNA分解システムの出現(概略図)).しかし,不等毛藻,渦鞭毛藻,ユーグレナなどの藻類では一次共生により生じた緑藻もしくは紅藻が二次共生して葉緑体ができたと考えられ,葉緑体の高次的な進化を示している(2, 4)2) 林 純一,杉山康雄,坂本 亘,田中 寛,正木春彦:“二層膜オルガネラの遺伝学”,タンパク質核酸酵素特集号,共立出版,2006.4) 東京大学光合成教育研究会編:“光合成の科学”,東京大学出版会,2007..シアノバクテリアの共生と葉緑体進化については,その起源は1回の共生進化に遡ることができる一方で,たった1回の共生だけでは説明できない葉緑体の機能も次々に明らかになっていて,これらの疑問点については,佐藤による最近の詳しい解説(5)5) 佐藤直樹:“細胞内共生の謎”,東京大学出版会,2018.を参照されたい.葉緑体が成立した年代については注意が必要であるが,本稿では,図1図1■細胞内共生の一次共生による葉緑体の進化とDNA分解システムの出現(概略図)に示す一次共生により成立した細胞内共生を想定し,その痕跡として認知されているオルガネラDNAの存在意義について,少し違う観点から考えてみた研究と,そこから明らかになった植物の環境応答機能について解説する.なお,本稿では主にシロイヌナズナなど種子植物のオルガネラについて言及し,藻類などには一般化できないこともあることを留意いただきたい.
葉緑体ゲノムには,100個ほどの遺伝子があって転写・翻訳され,タンパク質合成をする(6)6) M. Sugiura: Photosynth. Res., 76, 371 (2003)..しかし,葉緑体を構成するタンパク質は3,000以上あり,残りのタンパク質を作る遺伝子は,共生進化の過程ですべて染色体DNAに移行し,自律性を失ったと考えられる(7)7) W. Sakamoto, S. Y. Miyagishima & P. Jarvis: Arabidopsis Book, 6, e0110 (2008)..その代わり,一部を核ゲノムの遺伝子として発現させることで,細胞と協調して葉緑体の機能が分化するようになった(8)8) T. Kleine, U. G. Maier & D. Leister: Annu. Rev. Plant Biol., 60, 115 (2009)..では,なぜ全部の遺伝子を核に転移せず,一部の遺伝子だけを葉緑体に残す必要があったのだろうか.Allenは,光阻害やレドックス制御を受ける光合成反応にかかわる遺伝子は迅速なタンパク質合成に適応するために葉緑体に維持されている,という仮説を提唱している(9)9) J. F. Allen: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10231 (2015)..ただし,光合成しなくなった寄生植物のプラスチドにもDNAがあるので,光合成だけでDNAをもつ必要性は説明できない.また,ミトコンドリアでは植物種により核に転移した遺伝子,あるいは転移に失敗したと考えられる偽遺伝子が見つかっているので(10)10) K. L. Adams, D. O. Daley, Y. L. Qiu, J. Whelan & J. D. Palmer: Nature, 408, 354 (2000).,現在のオルガネラゲノムは核に移行する途上にある,と考えることもできる.どちらにしても,DNAをオルガネラに維持することの必要性を十分には説明できない.
もう一つ葉緑体DNAの特徴的な性質として,核と比べてかなり小さいゲノムサイズ(約150キロ塩基対)であるのに対し,細胞当たりのゲノムコピー数が非常に多いことが知られている(7, 11)7) W. Sakamoto, S. Y. Miyagishima & P. Jarvis: Arabidopsis Book, 6, e0110 (2008).11) K. Liere & T. Borner: “Plastid development in leaves during growth and senescence, Advances in Photosynthesis and Respiration,” ed. by B. Biswal, K. Krupinska & U.C. Biswal, pp. 215, Springer, (2013)..シロイヌナズナ成熟葉の葉肉細胞では,細胞に80~120個の葉緑体が存在し,コピー数は1,000コピー以上になる(12)12) W. Sakamoto & T. Takami: Plant Cell Physiol., 59, 1120 (2018)..つまり,葉緑体は遺伝子数が圧倒的に少ないのとは対照的に,量が多く,全DNA量の30%以上を占めることになる.また,器官や組織,発生段階でプラスチドDNAを定量すると,細胞当たりのコピー数が変動している(13)13) R. Zoschke, K. Liere & T. Borner: Plant J., 50, 710 (2007)..なぜ,葉緑体にこれほどDNAを蓄積させているのだろうか.
オルガネラDNAは固定した組織の薄切片をDNA特異的蛍光色素で染色することで主に顆粒状の構造として観察できる(14)14) T. Kuroiwa: J. Plant Res., 123, 207 (2010)..これらの結果から,オルガネラDNAが核様体と呼ばれる複合体を作っていること,それらの形状が組織や器官により変化することもわかっていた.興味深いことに,発生の進んだ成熟葉や花粉ではオルガネラDNAがほとんど観察されない例が報告され(15)15) B. A. Rowan, D. J. Oldenburg & A. J. Bendich: Curr. Genet., 46, 176 (2004).,オルガネラDNAが何らかの理由で組織特異的に分解されることがBendichらにより提唱された(16)16) D. J. Oldenburg & A. J. Bendich: Front. Plant Sci., 6, 883 (2015)..ところが,これらの分解現象は最近の定量的PCR実験が確立されるまで否定的に解釈されたので,葉緑体やミトコンドリアのDNAが分解されるかどうか,については研究者の間で長く意見が対立していた(17, 18)17) D. J. Oldenburg, B. A. Rowan, R. A. Kumar & A. J. Bendich: Plant Cell, 26, 855 (2014).18) H. Golczyk, S. Greiner, G. Wanner, A. Weihe, R. Bock, T. Borner & R. G. Herrmann: Plant Cell, 26, 847 (2014)..
筆者らは,この疑問に明確な答えを得るため,アブラナ科のモデル植物シロイヌナズナで花粉を用いた以下の実験を試みた.被子植物の花粉は,例外なく成熟するとオルガネラDNAが蛍光色素で検出できなくなるので(19)19) Q. Zhang, Y. Liu & Sodmergen: Plant Cell Physiol., 44, 941 (2003).(図2図2■シロイヌナズナ花粉の成熟過程とオルガネラDNAの消失(模式図)),シロイヌナズナを突然変異処理した集団の花粉を1つ1つ染色して調べ,「花粉のオルガネラDNAが分解されない」突然変異体を単離した(20)20) R. Matsushima, L. Y. Tang, L. Zhang, H. Yamada, D. Twell & W. Sakamoto: Plant Cell, 23, 1608 (2011)..突然変異の原因を調べたところ,DPD1と名付けたDNA分解酵素がなくなると,花粉のオルガネラDNAが分解しないことがわかった(20)20) R. Matsushima, L. Y. Tang, L. Zhang, H. Yamada, D. Twell & W. Sakamoto: Plant Cell, 23, 1608 (2011)..
DPD1の遺伝子は花粉で強く発現していて,DPD1タンパク質のN末端側にはこのタンパク質をプラスチドとミトコンドリアの両方に輸送するシグナル配列が存在し,DPD1を試験管内で発現させると,DNAの3′末端を認識して連続的に分解するエキソヌクレアーゼ活性をもつこともわかった(20, 21)20) R. Matsushima, L. Y. Tang, L. Zhang, H. Yamada, D. Twell & W. Sakamoto: Plant Cell, 23, 1608 (2011).21) T. Takami, N. Ohnishi, Y. Kurita, S. Iwamura, M. Ohnishi, M. Kusaba, T. Mimura & W. Sakamoto: Nat. Plants, 4, 1044 (2018)..興味深いことに,DPD1は大腸菌のDNAポリメラーゼIIIの複製間違いを訂正する機能をもつDnaQサブユニットによく似ているが,シアノバクテリアには同じ遺伝子が見つからない.加えて,藻類やコケ類にもDPD1が見つからず,被子植物・裸子植物のみに存在する.DPD1はシアノバクテリアの共生以降,植物の陸上進化の過程で獲得した機能のようであった(12, 21)12) W. Sakamoto & T. Takami: Plant Cell Physiol., 59, 1120 (2018).21) T. Takami, N. Ohnishi, Y. Kurita, S. Iwamura, M. Ohnishi, M. Kusaba, T. Mimura & W. Sakamoto: Nat. Plants, 4, 1044 (2018)..葉緑体DNAは環状構造であると長く考えられてきたが,最近の研究では,一部が切断されたり,直鎖状の不均一な構造であることもわかってきたので(22)22) A. J. Bendich: Plant Cell, 16, 1661 (2004).,エキソヌクレアーゼ活性をもつDPD1のみでも,おそらくDNAを分解できると考えられた.
DPD1の同定は,オルガネラDNAが分解されるか,という論争に決着をつけたが,では,なぜ花粉で分解されるか,という疑問には答えていない.そこで筆者らは,花粉でのオルガネラDNA分解が片親遺伝(多くの場合は母性遺伝)と関係する可能性を検討してみた.細胞内にたくさん存在するオルガネラのDNAは,体細胞分裂および減数分裂で厳密に分配される染色体とは違って,受精時に卵細胞のみからオルガネラを受け継いで遺伝するため,多くの場合は母性遺伝する(2, 23)2) 林 純一,杉山康雄,坂本 亘,田中 寛,正木春彦:“二層膜オルガネラの遺伝学”,タンパク質核酸酵素特集号,共立出版,2006.23) R. Hagemann & M.-B. Schrödoer: Protoplasma, 152, 57 (1989)..つまり,雄側(花粉)のDNAを消失させるDPD1は,母性遺伝に都合がいい.オルガネラの母性遺伝様式についてはほかの詳しい総説(2)2) 林 純一,杉山康雄,坂本 亘,田中 寛,正木春彦:“二層膜オルガネラの遺伝学”,タンパク質核酸酵素特集号,共立出版,2006.に譲るが,葉緑体の場合は,花粉の精細胞でプラスチド自身が除外されるため,受精で卵細胞のみから遺伝する種がほとんどである.一方,ミトコンドリアは精細胞にはあるが,受精の前後で雄由来のミトコンドリア自体が排除されて母性遺伝する,あるいはDNAが分解されると考えられている(24)24) R. Matsushima, Y. Hamamura, T. Higashiyama, S. Arimura, N. Sodmergen, W. Tsutsumi & W. Sakamoto: Plant Cell Physiol., 49, 1074 (2008)..動物では,雄由来ミトコンドリアの消失はプロテアソームを介した分解,オートファジーを介した分解が報告されている(25)25) M. Sato & K. Sato: Biochim. Biophys. Acta, 1833, 1979 (2013).ことに加え,ミトコンドリアDNAが特異的に分解され母性遺伝に寄与することも報告されている(26)26) Q. Zhou, H. Li, H. Li, A. Nakagawa, J. L. Lin, E. S. Lee, B. L. Harry, R. R. Skeen-Gaar, Y. Suehiro, D. William et al.: Science, 353, 394 (2016)..
そこで,DPD1でオルガネラDNAが分解されない変異体の花粉では,雄由来のミトコンドリアDNAが受精後に受け継がれる可能性を実験的に調べた(20)20) R. Matsushima, L. Y. Tang, L. Zhang, H. Yamada, D. Twell & W. Sakamoto: Plant Cell, 23, 1608 (2011)..その結果,dpd1変異体の花粉を交配したF1を300個体程度調べた実験では,dpd1変異体由来の花粉で父方から遺伝するミトコンドリアは観察出来なかった.したがって,DPD1が母性遺伝に直接関係する,という結果は得られなかった.
シロイヌナズナの花粉は,葯の中で花粉母細胞が小胞子となり,減数分裂と2回の体細胞分裂により成熟花粉となる(図2図2■シロイヌナズナ花粉の成熟過程とオルガネラDNAの消失(模式図)).DNAの分解はこの花粉形成の最後の段階で起こる(20)20) R. Matsushima, L. Y. Tang, L. Zhang, H. Yamada, D. Twell & W. Sakamoto: Plant Cell, 23, 1608 (2011)..筆者らは,花粉が形成されるとほかの器官とは物理的に隔離されるので,余分なDNAを分解することで養分利用に役立てている可能性があるのではと考えた.しかし,dpd1の花粉自体が,花粉の稔性,花粉管の発芽,受精時の胚珠への誘導,などに不利になる結果は観察されなかった.そのため,花粉以外での機能,特に養分利用について再考してみることにした.実際に,DPD1の発現する場所を詳しく調べてみると,花粉だけではなくて,葉が老化するときにも著しく誘導されることがわかってきた(12, 27, 28)12) W. Sakamoto & T. Takami: Plant Cell Physiol., 59, 1120 (2018).27) L. Y. Tang & W. Sakamoto: Plant Signal. Behav., 6, 1391 (2011).28) W. Sakamoto & T. Takami: J. Exp. Bot., 65, 3835 (2014)..
葉の老化と養分の再利用には深い関係がある.動物のように動いて自分の栄養を探して摂取することができない植物は,地に根を張って養分を吸収し,光合成で成長しながら陸上で進化し反映してきた.このため不足する養分に適応するためのさまざまな適応機能を発達させている.「葉の老化」は,そのようなプロセスの一つで,自分が光合成などに使った高分子化合物を分解して転流させ,再利用している(29)29) K. Krupinska: “The structure and function of plastids,” ed. by R.R. Wise, J.K. Hoober, pp. 433, Springer (2006)..たとえば,実りの秋の田んぼが一斉に黄金色になり,稲穂がこうべを垂れるのは,葉の老化で葉緑体の養分が効率よく稲穂に転流して使われるためである(30)30) P. L. Gregersen, A. Culetic, L. Boschian & K. Krupinska: Plant Mol. Biol., 82, 603 (2013)..筆者らは,DNAが分解されるのもこの再利用の1過程であると考えた.植物から切除した葉を暗黒に置くと葉の老化が誘導され,5日程度で黄化する(図3図3■切除葉の老化とDPD1ヌクレアーゼによる葉緑体DNAの分解(概略図)).この老化過程で葉緑体DNAの量を調べると,1,000コピー程度あるDNAが5日目には100コピー以下になって分解されることが実証された(21)21) T. Takami, N. Ohnishi, Y. Kurita, S. Iwamura, M. Ohnishi, M. Kusaba, T. Mimura & W. Sakamoto: Nat. Plants, 4, 1044 (2018)..一方,同じ実験をdpd1変異体で試みると,葉緑体DNAの分解はほとんど進まない.加えて,葉の老化も若干遅れて,「ステイグリーン」になることがわかった(21)21) T. Takami, N. Ohnishi, Y. Kurita, S. Iwamura, M. Ohnishi, M. Kusaba, T. Mimura & W. Sakamoto: Nat. Plants, 4, 1044 (2018)..花粉の結果だけでなく,葉の老化でも同様の結果が得られたことは,DPD1が組織特異的にオルガネラDNAを分解する主要な因子であることを示している.
では最初の疑問に戻り,なぜDNAが組織特異的に分解される意味があるのだろうか.DNA分解と養分の再利用,特に,DNAがリンを多く含むことを考えると,リン栄養の供給に関係することが予想された.生体内でリンを最も多く含む高分子は膜を構成するリン脂質やリボソームを構成するRNAやDNAなどの核酸であり,植物細胞の全リン量の50%ものが核酸に含まれることもある(31)31) E. J. Veneklaas, H. Lambers, J. Bragg, P. M. Finnegan, C. E. Lovelock, W. C. Plaxton, C. A. Price, W. R. Scheible, M. W. Shane, P. J. White et al.: New Phytol., 195, 306 (2012)..葉緑体DNAは,全核酸の6~9%近くを占めるので,分解されて再分配されれば,リンの効率利用に寄与することが推察される.葉の老化における分解もリン利用に役立っていると考えることもできる.そこでシロイヌナズナをリン欠乏させた状態で水耕栽培してみると,DNA分解が起こらないdpd1変異体は典型的なリン欠乏症状を発症し,野生型と比べて生育が悪いことがわかった(21)21) T. Takami, N. Ohnishi, Y. Kurita, S. Iwamura, M. Ohnishi, M. Kusaba, T. Mimura & W. Sakamoto: Nat. Plants, 4, 1044 (2018).(図4図4■リン欠乏条件で栽培した植物の応答とDNA分解(概略)).
同様な実験で窒素欠乏にしたときは,dpd1変異体と野生型の双方ともに窒素欠乏を示すが,大きな違いは見られなかったので,dpd1はリンに対する応答(取込)のみが低下していると考えられた(21)21) T. Takami, N. Ohnishi, Y. Kurita, S. Iwamura, M. Ohnishi, M. Kusaba, T. Mimura & W. Sakamoto: Nat. Plants, 4, 1044 (2018)..リン欠乏条件で栽培を続けて種子の産生を比較するとdpd1変異体ではさや当たりの種子量が低下する(図4図4■リン欠乏条件で栽培した植物の応答とDNA分解(概略)).さらに,リンの下部組織から上部組織への移動も変異体で制限されることがわかり,葉緑体DNA分解がリンの再利用にも寄与することが実際に証明された(21)21) T. Takami, N. Ohnishi, Y. Kurita, S. Iwamura, M. Ohnishi, M. Kusaba, T. Mimura & W. Sakamoto: Nat. Plants, 4, 1044 (2018)..また,以上の結果に加え,リン欠乏時に誘導される応答反応をRNA-seqにより調べてみると,dpd1変異体ではリン酸の取込や脂質のリモデリングを活性化する遺伝子の発現が低下していた.したがって,オルガネラDNAは,リン貯蔵物質として機能していることに加え,分解産物が,効率的リン利用のシグナルとして機能する可能性が示唆された.
以上,細胞内共生に由来するオルガネラ,特に葉緑体について,筆者らが明らかにした最近の知見を紹介した.種子植物では,DPD1によってオルガネラDNAが分解され,主にリンの養分として再利用している,というDNAのリン貯蔵モデルである(図5図5■オルガネラDNAのリン貯蔵モデル).
ワトソンとクリックが1953年にDNAの二重らせん構造を解明し,DNAが遺伝情報物質と分かり,現在ではDNAの研究があらゆる分野で進んでいる.しかし,実はこの発見に遡る1860年代にドイツ・チュービンゲン大学の化学者フリードリヒ・ミーシャーが初めてDNAを生化学的に単離していて,患者の膿の細胞から単離した物質(DNA)を当時「ヌクレイン」と名付けた(32)32) R. Dahm: EMBO Rep., 11, 153 (2010)..ミーシャーは,ヌクレインがタンパク質とは異なり多量のリンを含む物質であることを見いだし,リンの細胞内貯蔵にかかわる可能性を述べている.今回の研究は,細胞内共生により維持される植物のDNAについて,リン貯蔵の機能がある可能性を示している.さらに,細胞内共生による進化とDNAの問題にも一つの答えを提示している.DNAの一部を残すことで,葉緑体に大きな核酸のプールを形成し,リン貯蔵の役割を担わせることで,リン栄養の枯渇に備えている,とも考えることができる.
今回の研究では,DNAが分解して再利用されることを明らかにした一方で,さまざまな疑問も提起している.まず,リンとして再利用される分解産物が何を今後調べる必要がある.葉緑体包膜にはヌクレオチドあるいはリン酸の輸送体が報告されているので,このどちらかの可能性が高い.また,これらの分解産物がリン利用効率を活性化させることも,今後,検証する必要がある.植物自身のリン利用効率を改良することは,化学肥料による施肥の抑制にもつながると期待される.窒素・リン酸・カリウム(NPK)は主要な化成肥料で,特にリンは天然のリン鉱石から作られるが,埋蔵量が懸念され,今世紀中に枯渇するのではとも危惧されている.また過剰なリンの利用による水質汚染も懸念されている.今回の研究により,葉緑体におけるDNAとリン再利用の関係が明らかとなり,オルガネラDNA量をコントロールすることでリン利用効率の向上した作物の育成にもつながることが期待される.
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